ハイテクウィッチ

あすこもいど

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ハイテクウィッチ部

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「わあ」

 校舎の裏の丘を小路に沿って少し登ると、小さな野球場ほどの広場が開けて、みちるは声をあげる。
春の少し冷たい空気が陽射しと調和して心地よい。
小路の先には小さいがまだ新しい感じの2階建ての建物があった。

「あれが部室なのですね」

「そうみたい。素敵…」

瞳というのはこんなにキラキラするものなのかと、部室とグラウンドを見るみちるを見て陽葵ひまりは思った。

 校舎から出たときには陽葵の手を引いて走り出さんばかりの勢いだったみちるは、いま部室の入口で陽葵の影に隠れている。

「うー!どきどきするー!」

 みちるは緊張しきっていた。
付き添いとしてやってきた陽葵は、みちるより先に扉を開けて入ってしまってもいいものかと少し躊躇した瞬間、

「御用ですか?」

 凛とした声が背後から聞こえて二人は振り返る。
一目で上級生とわかるオーラのある生徒が立っている。
自分より少し色の濃い髪色の、ロングヘアの綺麗なひと。

「こはっ!ふっ!」

みちるが奇声を上げる。

「あら、あなた…」

みちるのを見て、彼女が話しかける。

「それはハイテクウィッチ?」

「あ、は、はい」

みちるはしどろもどろで答える。

「ひょっとして、今朝飛びながら校門をくぐったのはあなた?」

少し険しい顔になって聞く上級生。

「え……?」

顔色というのはこんなに赤や青にコロコロかわるものなのかと、みちるを見て陽葵は思った。

・ ・ ・

「なるほどー。犯人は新入生やったかー」

部室内に案内され、中の上級生との会話から察するに、校則違反の飛行登校を部員の仕業と疑われたらしい。

「ごめんなさぁい」

 みちるは気の毒なほど縮んでいた。
思い起こせば呼び止めた自分のせいな事に、陽葵も少しばつの悪さを感じる。



「まあ、次からは気をつけてね。さて、遅くなってしまったけれど見学会を始めましょうか」

上級生が奥に座っていた何人かにも声をかける。部員だと思っていた奥の何人かは、どうやら同じ見学志望者だったらしい。

「ほな皆、表に出てな」

もう一人の上級生に関西弁で促され、陽葵とみちるは集団についてゾロゾロと外へ出る。

「みちるさん、ごめんなさい。朝わたしが呼び止めたばっかりに」

「え? いやー陽葵ちゃんのせいじゃないよー」

 苦笑いしてみちるが笑う。
その事件があった朝に知り合ったばかりとは思えないみちるの距離感に、陽葵は今まで受けたことのない安心を感じていることに気づいた。

「さて、みなさん。今日はウチらの部に見に来てくれてありがとうな。私は副部長の住吉すみよし みおいいます」

関西弁の副部長は背が高く、パンツルックに4月で半袖のボーイッシュな印象の割にはボリュームのあるツーサイドアップにローポニーと、何か意図があるのかちぐはぐな感じのするルックスだった。

「ハイテクウィッチをまだよう知らん人も居てるやろうから説明すると、皆が知ってるこのベゾムだけやのうて、飛ぶ為の装備品が色々いります」

手に持った無骨な先端の青い杖をかかげる。確かにあれならとちがい、陽葵にも一目でハイテクウィッチなのだとわかる。

「まあ部活やから試合にも出るんで、もし入部するとなったら最低限それが必要なんです。あと、もう一つ重要な事があって…」

「おまたせ」

 先ほどの上級生が部室から出てきた。いま副部長から説明のあったらしき装備を身に着けていた。
わっ、と見学者の何人かから歓声があがる。みちるもその一人だった。

「改めまして、私が部長の伏見ふしみ 小春こはるです」

陽葵はここでやっと、みちるの「伏見ちゃん」が彼女だという事に気づいた。

「装備をそろえるのも必要なのだけど、初心者が飛ぶ上で最初に重要なのはこのベゾムを起動させることなの」

部長のベゾムは副部長のものよりいくぶん小ぶりだったが、何が違うのかは陽葵には見当もつかない。

「“イグニッション”といって、ベゾムを目覚めさせる必要があるの。まあ、要は走って飛びたいと念じるだけの事なのだけど、どうしても飛ぶ意志に迷いや恐怖があったりすると、ベゾムが動かずに飛べないの」

念じる。ハイテクという名前とは逆に位置する言葉に陽葵は少し驚いた。



「一度やってみせるわね」

 そういって背後のグラウンドに振り向いて部長は走り出す。再び横から皆の歓声があがる。
朝のみちると同じように十数メートルも走ると、電子音が鳴り部長はベゾムを持って音もなく浮かび上がった。
空中でベゾムから手を放し、見えない階段を上るようにとんとんと、その棒の上に乗る。
そのままくるりと向きを変えてすーっと戻ってくる。まるで犬の散歩でもしているように。

「慣れるとこれだけの事なんだけど、これがちょっとした初心者の壁なの」

空中にふわふわと浮かびながら言われても、あまりその難しさの実感がわかない。

「でも一度飛べるようになったら気分は最高よ!」

 ぱっと明るい笑顔を咲かせ、髪をふわりとなびかせながら、上級生は春のおだやかな午後の空にゆっくりと昇る。
綺麗だった。
彼女は細い棒きれの上に立って鳥の場所にいる。
ニュース映像などでスクリーン越しに見るのとは違う迫力と緊張感を感じる。
静寂を感じて、ちらりと隣のみちるを見る。彼女も、その向こうの子たちの瞳も一回り大きくなっている。
その瞳がさらに大きくなって、一斉にわあっ、と歓声を上げるのを見て、陽葵も慌てて視線を戻す。

綺麗なロングヘアが水平に持ち上がってゆく。
優雅な立ち姿から、徐々に重心を落としてゆく。
頭上でゆっくりとカーブを描き飛びはじめる。
無造作に脇にあった指が、何かの意志をもって握られてゆくのがこの距離からでも見える。
身体が徐々に旋回の内側に向けて傾き、棒から落ちてしまうのではと恐怖を感じるくらいになる。
そのまま自分たちの頭上に差し掛かったとき、こちらに向かって少し微笑みながら、指だけを広げてヒラヒラと手を振る。
陽葵は自分の胸の奥がすこしきゅっとなるのを感じる。

その瞬間

まるで空に線を描いたように、彼女は遥か彼方に飛んでいった。陽を受けて反射する髪やジャケットの残像を残して。

(素敵…)

自分の胸はこんなにときめくのだと、陽葵は思った。


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