俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第十八章 VS傀儡君主

第237話 心のガラス

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 次元を切り裂き、理をも超越する剣――キャンディ・ツインズ。

 君主ルーラーがルーラーたらしめる最強の剣であり、各々が持つ無二の剣だ。

 横に振ればキラキラと砂糖菓子が散りばめられ、斜めに振れば甘いお菓子が飛び出し、縦に振れば空間を塗り潰す絵具の様に、チョコレートが乗る。

 塗り潰す。自分がここに居たんだと、自分はここに居るんだと、爪痕を残しながら攻撃する。まるで世界を凌辱する様な光景。
 この光景を目にする度に、宝石のように光る砂糖菓子を見る度に、剣を振り、鍔迫り合い、お菓子をばら撒く度に、ボクは心の何処かが震える。

「ハアアアアア!!」

「ッヒッハア!!」

 それは何故なのか。

 ルーラーを殺す時も、その世界を塗り潰す時も、バカバカしくそして楽しく戦う中でも、何故なのかと頭の片隅で考えてきた。

 ――ッグワン!!

 と空間が歪む程の鍔迫り合い。

 ――ッバリバリ!!

 と互いの背後の空間がひび割れる。

「いいねいいね!!」

 空間が揺らぎ、次元も揺らぎ、世界が揺らぐ。ここまでの戦いは数える程しか経験がない。

 凄まじい。本当に凄まじい戦いだ。一歩間違うと、空間の修復すら困難になると言うのに、ボクが戦っている彼は果敢に攻めてくる。

 彼は人間だ。ただの人間だ。

 そんなどこにでもいるちっぽけな人間が、ルーラーであるボクと渡り合っている……。
 きっとそれを可能にしているのは、ボクが操り、殺した彼女のおかげだろう。

「うおおおおおおおお!!」

 彼女が彼に託した剣。それは本来ルーラーでしか顕現できない理を超越する剣だ。その剣を扱う事で、ボクと渡り合っている。

 いや、それだけじゃない。

 水で形成されたヒレの様な耳、水で形成された腕と脚にも波打つヒレ。体全体を薄い水の膜が覆っている。まるでそう、人魚が地に足付けた姿。それが彼女と彼が一つになった姿だ。

 ――モキュ

 キャンディ・ツインズは他の理の剣と同じく、空間を絶つ力をベースとしているけど、キラキラと煌めく砂糖菓子やチョコレートにも力が宿っている。

 それは触れた物を強制的にお菓子にしてしまう事だ。

 指に触れればチョコレートの様に溶けたり、体が触れればそこがドーナツにもなったりする。

 お菓子になる。それは体が欠損すると同義でもある。

 これまでに戦って来たルーラーたちにはボクよりうんと強いルーラーも居たけど、このお菓子に変わる力によって勝利を捥ぎ取ってきた。

 だからこそ、狼狽した姿や悲鳴をあげ泣き叫ぶ姿を想像し、今回も同じように勝つんだと思っていた……。

 だけど蓋を開けてみたらどうだ。

「――斬撃ぃいいいいいい!!」

 さっきから砂糖菓子やドーナツ、チョコレートに塗れてもお菓子に成らず、それどころか剣を振れば振るほど調子が上がって行き、斬撃を飛ばしてくるではないか。

「しゃらくさい!!!!」

 飛ぶ斬撃をキャンディ・ツインズでいなしながら思った。体に纏う膜の様な水が、彼を守っていると。

 ――ッガギン!!

「――」

「――」

 勢い任せに剣を押しつけられ鍔迫り合う。お互いの睨んだ目が合い、頬にキャンディの砂糖菓子や爆ぜた水しぶきがッピピとかかる。

 すでに何回鍔迫り合った……。すでに何回お互いの顔を見た……。すでに何回、何回……、ボクはこの剣で、人を殺したんだろう……。

(――覚えてる訳無いよね)

 そう。覚えてない。

(――昨日食べたパンですら、何のパンを食べたのか覚えてないしね)

 覚えていない……。パンどころか、今まで殺してきた人たちの人数も、顔も、何もかも……。

「カルーディいいいいいいい!!!!」

「――」

 思い出せる暇なんて今は無い。あるはずがない。目の前にボクを襲ってくる奴らがいるから。

(――思い出したくないだけ、だろ)

 ……そうだよ。

 ボクはすべてを思い通りにしたい。だから、嫌な思い出は、思い出したくないんだ。

(――自分勝手すぎないか)

 そうだよ。ボクは自分勝手。ルーラーなんだから。

 痛いのは嫌だから、剣で防ぐし、避けもするし、相手をやっつけるために攻撃する。当然じゃないか。

(――ルーラーだから、自分勝手に生きて、自分勝手に攫って、自分勝手に酷い事をする……。そう言いたいのか)

 ……。……そうだ。

(――でも。それは本当のキミじゃない)

「――」

(――分かってるんだろ。キミはルーラーに。に取りつかれている)

 ……。

(――キミは、本当は優しい人間なんだ)

「――」

 ……キャンディ・ツインズを使う時、ボクの心理に必ず出てくるんだね、キミは。

 ……もしかしたら初めて聞くかもしれない。顔の見えないキミ。キミの名前はなんだい。

(――ボクはね。キミだよ)

「……」

 この深層心理の世界に、子供時代のボクがいた。

「やっと来てくれた! カルールったら遅いよ~!」

 子供っぽくプリプリしてボクを迎えてくれた。

 彼はいったい……。

「言っただろ、ボクはキミだって」

「信じられない」

「信じてよ。ボクはキミが信じてくれるって確信してるんだ」

 ババンと指さす子供。その姿はボクが覚えている子供時代のボクだけど、何とも生意気な顔をしている。

「はいはい分かったから。実はさ、カルールに重大な発表があります!」

「……なに」

「ボクはキミだけど、それは側面に過ぎません! ボクの正体……! それはズバリ!! キミの壊れた心のガラスだったのです!!」ババーン

「……」

「いや反応してよ」

 変にポーズまでして、ホントに生意気なガキだ。

「まぁ自虐乙だけどカルール、ルーラーに生り支配欲に駆られ暴れ回った非道な存在だと自負してるらしいけど、それってただの自己満オ〇ニーだから」

「……は?」

「わかるわかる。ホントは仲良くしたいのにいっぱい殺してしまうのは支配欲にのせい! それはわかる!! でもマリオネットを作ってしまうのは支配欲を満たすためって思い込んでるだけで実はただの寂しがりやって事も知ってる!」

「……」

「人を殺して笑う度に、マリオネットに変える度に、心のガラスは壊れてるから何も感じないと思い込んでる。でも、本当はそんな事したくないんだろ」

 ――そうだ。目の前にいるクソガキの言う通り、ボクは人なんか殺したくないし、人と仲良くしたい。でもそれは抗えない欲によって行使されてしまう。

「アミリーとグレーゼルの死……。その死を、積み上げたを大量の死の一つに過ぎなくさせたんだろ」

「ッ」

「そうやって逃げて来たんだよな。ボクってさ……」

 分かってた。死の山を築こうと、血の雨を被ろうと、大好きな二人を殺してしまった事実は決して拭えない。

「だからこそ、に逃げた……」

 そうだ。本能に任せれば楽になれた。

 理性に、彼らの様に自分を律する事なんて、心の余裕が無かったんだ。

「でもさ、今はどう?」

「い、今?」

 ……言われてみれば、強迫観念の様な本能は微塵も感じない。

「ここにいるから、かな」

「そうだよ!」

 フッと思い出が過ぎていく深層心理の世界。

 ボクの壊れた……、残っていた心の世界だから、本能は寄ってこないのか。

 それが分った途端、ボクの胸に温かな物が顔を出した。

「――ボクは」

「うん」

「ボクは、後悔する資格なんて無い」

 少し開いた拳を見た。

「ヘンテルとグレーゼル、アメリーとギャブレー……。それだけじゃない。数えきれないほどの人々の血によって、この手は血にまみれてる」

 瞬きすると一瞬、血まみれな手が。

「到底許される事じゃない。ボクがしでかした事は、絶対に許されちゃいけないんだ……」

「……うん」

 ボクの罪は消えない。未来永劫、罪は消えない。

「だからこそ、彼と、彼たちとは正々堂々戦いたい」

 心理のボクが見せた映像。そこには今戦っている彼の必死な姿だった。

 突然、腰にポンと衝撃を覚えた。

「今更カッコつけたって仕方ないって!」

「……別にカッコつけてない」

 ボク自身の癖に、知ったような口を。……ッぁ。

「そこはカッコつけてよ。リングマスターだろ。カルールは……」

「――――」

 クソガキのボクの言葉に、ハッとしてしまった。

 ――――ボクが本能を押さえるよ。少しだけね♪

 そしてボクは、小さなボクに押され、深層心理の世界から意識を戻した。

「レディース&ジェントルメェェェェン!!」

 ――ガキン!!

 心から笑い、お互いの剣を打ち付けた。

 火花と砂糖菓子、水しぶきが散る中、ズイと顔を寄せる。

「ボクの最後のショー!! 楽しんでいってね♪」

「お前精神状態おかしいよ……!!」

 飛翔し、斬撃を交わし、打ち付け合う。

 その度に空間が歪み、ひび割れ、水しぶきと砂糖菓子を撒き散らした。

 互いに残像を残す程のスピード。

 場所は代わる代わると移動し、拘束していた彼の近くにも場所は変わる。

「――」

 拘束されながらも、赤い点の様な眼がボクを見た。

 ボクはいったいどんな顔でそれを見返したのか、空間を割りながら戦っている三千里離れた今では分からない。

「ハアアアアアア!!」

「――」

 拮抗していた均衡が崩れたのは、諦めない彼の気迫に関心してからだった。

 何度もキャンディ・ツインズを押しつけた。でも気の緩みか、一瞬力を抜いてしまい、ボクは彼によってバランスを崩される。

「――」

 すぐに立て直すも、ツインズを持っていた腕先が、すでに彼女の剣によって斬られ、明後日の方向へと飛んでいた。

「――」

 鬼気迫る睨んだ目がボクを見る。

(――糸で攻撃するのかい)

 ――いや、正々堂々と戦いたいから。

 表のボクと心のボク。

 二人は笑顔で笑い合い。

 嫋々と波揺れる人魚の剣を、ボクは微笑みながら迎えた。
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