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第十九章 進路
第253話 チュートリアル:親子喧嘩
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「「乾杯」」
キン、と短い音が響きグラスで乾杯した花房夫妻。
常連の有栖はお気に入りのカクテルを頼み、蓮司はジントニックをテンダーに頼んだ。
スッキリとした口あたり、ふわりと広がるライムの香り、そしてしつこさの無い甘さ……。離れした常連でも、BARなんて、と緊張気味なチェリーでも、無難にジントニックを選ぶ事は多いだろう。
しかし、気軽にと頼んだジントニックだが、気軽なのは客であり、ジントニックを頼まれたテンダーは背筋が伸びる思いである。
"自分は試されている"と。
カクテルの基本のキとも言えるジントニック。もっとも技量が試される故、如何にクールなテンダーを装うも、内心はハラハラドキドキしているテンダーが多い様だ。
(さて、ナイスガイな君はどうかな?)
愛する有栖に顔を向けながらも、横目ではよどみなく丁寧にカクテルを作るテンダーを見ている蓮司。彼の趣味趣向として、初めて入ったBARはジントニックから始まると言うこだわりがある。
先述の通り、如何に店が小綺麗だろうが、如何に客層が良かろうが、如何に妻の行きつけだろうが、味の悪い酒を提供する店は好ましくないと彼は思うのだ。
「あらぁ。久しぶりに顔を出したと思ったら、旦那さんを連れてきたの?」
左からヴェーラ、有栖、蓮司とカウンターに並ぶ。
甘く揺蕩う様な声。声は不思議ではないが妙な違和感を感じながらも有栖は「ええ」と答える。
有栖を挟んだ蓮司がひょっこりと顔をヴェーラに向ける。
「ワイフのハビーだ。いい店だと驚いたが、こんなベッピンさんの知り合いが妻に居たとはね。HAHA、正直驚いたよ」
「……」
笑顔でご挨拶した蓮司。
――手を出すな。
蓮司には見えない様に横目でヴェーラを睨めつける有栖。それを受け入れてかどうか、件のヴェーラはと言うと一瞬不思議そうな顔をして、すぐにクスリと笑う。
「旦那さまからも言ってくれない? 私彼女ともっと仲良くしたいのにぃ、素っ気なく返されちゃうの……」
「HAHAHA!! ワイフは嫉妬深いから、きっとたわわに実ったそのボディに嫉妬しているんだ!」
「ちょパパ!?」
ハハハ。と笑う蓮司に対し、予想だに意思ない返答に有栖はしどろもどろになった。
「まぁなんだ。二人の間に何かあったから今もママが警戒してるんだろうが、俺の見立てではあんたは悪人じゃない。だろ、ママ」
「え、まぁね……」
眉をハノ字にして余裕の表情で彼女を見た。
「だからさ、またママがここに来たら、今にみたいに構ってくれないか?」
笑顔の蓮司に、何を言い出すんだと戸惑う有栖。
一本筋の芯のある言葉。それが嘘偽りの無いものだとヴェーラは感じ取り、クスリと笑った。
「ええもちろんよ。彼女は私の数少ないお友達だから」
「――」
背筋がむズ痒く感じた有栖。かの存在がどういった者なのか知っている故、お友達など言われた日にはどう反応していいか混乱した。
しかし、恥ずかしいのか、どこか頬を染めたパートナーを見た蓮司は、にっこりと笑うのであった。
「――ジントニックです」
「Thanks」
提供されるカクテル。
冷え切ったグラスを手に取る。なんとも気恥ずかしいこの場の空気を裂くように冷たい。
「いただくとしよう」
キンッと有栖と軽く乾杯し、ヴェーラとは互いにグラスを軽く上げて乾杯した。
(さて、キミの技量はどうかな――)
材料はもちろんのこと、手順のかけかた一つで味が変わり、作り手の技量が試される。
冷たいグラスに口をつける。見つめる視線にはグラスを拭いているサイの姿が。自信の表れか、口元が緩んでいるのを蓮司は見た。
「――」
スッと口に含んだ。
(これは……)
コクリと喉仏が動き、鼻から息を吐いた蓮司。
自然と口元が綻ぶ。
(強いコシと華やかさが際立つ中に、ふわっとしたライムの香り……。なるほど、自信があるのも頷ける)
「Great。美味しいよ」
「ありがとうございます……」
素直に感謝を述べた。
それからというもの、夫婦のお互いの近況や仕事の愚痴を聞いたり、ヴェーラも交えて世間話もした。
話が続く中当然のこと、この話題に触れないほかはない。
「萌ったら、あんなに頑固だったかしら? 私たちの気も知らないで……」
一人の女性であるが、一人の母でもある有栖。
一人息子と進路相談をした今日、お互いが納得いかない形になり、日を改めると言う形で終わってしまった。
この世の中が変わってしまった黎明期。いや、これは何世代も前から約束された出来事。そんな世の中に生き方の選択肢が増え、その最高峰の組織からのオファーもあり引く手あまた。
そんな状況だと言うのに、眼に入れても痛くない、そしてどこに出しても恥ずかしくない一人息子の選択は、両親である二人には非常に納得に行かないものだった。
「育て方を間違えた。なんて言いたくないけど、少しでもそう思ってしまった自分が恥ずかしいわ……」
手に持つグラスの中の氷が少しだけ溶ける。
「HAHA、俺もそう思ったさ。でも恥ずかしがる事なんて無いと思う。……ただ単に、平和な一般家庭で巻き起こった出来事を、放任主義な俺たちが経験しただけだ」
「パパ……」
平和な一般家庭。
思い返せば、時折ヘルパーに息子を任せて仕事で海外に飛び回り、普通の子が経験する物事、萌が享受するはずだった親子の育みを蔑ろにしてしまった。
その事実に目を背けてはいないが、利口的にすくすくと育つ息子に甘えていたのも事実。と、視線を落とす有栖。
「親子喧嘩……。初めて経験したわ……」
怒りは湧いてこない。むしろ萌に対し、申し訳なさで胸がいっぱいだった。
「親子喧嘩、か」
フッ。と蓮司の口元が綻ぶ。
「親子喧嘩も初めてだが、思い返してみれば今日みたいな萌の我儘、何が何でも通したいって我儘。それも初めてだ……」
同僚たちから聞く子供の我儘。息子が居ると言うのにどこか空の上の話だと思っていた蓮司だったが、今日初めて、息子から我儘を聞いた。
お利口さん過ぎた萌。しかし我慢を強いていたと思うと、蓮司と有栖は胸が痛かった。
「……子供の成長は早いものよ。歩き始めたと思ったら、気づくと木に登るほどに成長しているもの」
「……貴女にも子供が?」
意外だとヴェーラに対して驚いた有栖。
「ううん。孤児院の子たちよ」
微笑みを返す。
「みんなわんぱくでねぇ……。あまり深い事は言えないけれど、親からすれば大人になっても子供は子供のままなの。だから、親子の時間を過ごすのに、遅いなんて事はないと思うわ」
「――」
ヴェーラの言葉。それは二人にじんわりと心に染みた。
忙しいのは変わらない。それこそ、より一層に仕事が忙しくなる。だがしかし、空いた時間は息子に使おうと心に決めるのだった。
「まさか貴女の言葉で考えさせられるとはね」
「友達でしょ」
両者、クスリと笑う。
「ンク」
ジントニックを飲み干して静かにグラスを置く。
「ママ。萌の我儘、聞いてやってもいいと俺は思う」
「……」
白い歯を見せて笑う蓮司。
「息子が我儘を言ったんだ、我儘尽くめの俺たちが聞かないなんて、それこそ筋が通らん。だから、萌が納得いくまで、好きにやらせようと思った」
「パパ……」
奇しくも、有栖も同じ思いだった。
頭の中でうねる様に心配事が周る中、有栖も同調する。
「まぁ最悪首が回らなくて泣きついたらだけど、私たちのところで働かせればいいしね♪」
「HAHAHA!! 抜け目ないなぁママは!!」
ピカピカに磨かれたグラスに、サイの綻ぶ顔が映る。
キン、と短い音が響きグラスで乾杯した花房夫妻。
常連の有栖はお気に入りのカクテルを頼み、蓮司はジントニックをテンダーに頼んだ。
スッキリとした口あたり、ふわりと広がるライムの香り、そしてしつこさの無い甘さ……。離れした常連でも、BARなんて、と緊張気味なチェリーでも、無難にジントニックを選ぶ事は多いだろう。
しかし、気軽にと頼んだジントニックだが、気軽なのは客であり、ジントニックを頼まれたテンダーは背筋が伸びる思いである。
"自分は試されている"と。
カクテルの基本のキとも言えるジントニック。もっとも技量が試される故、如何にクールなテンダーを装うも、内心はハラハラドキドキしているテンダーが多い様だ。
(さて、ナイスガイな君はどうかな?)
愛する有栖に顔を向けながらも、横目ではよどみなく丁寧にカクテルを作るテンダーを見ている蓮司。彼の趣味趣向として、初めて入ったBARはジントニックから始まると言うこだわりがある。
先述の通り、如何に店が小綺麗だろうが、如何に客層が良かろうが、如何に妻の行きつけだろうが、味の悪い酒を提供する店は好ましくないと彼は思うのだ。
「あらぁ。久しぶりに顔を出したと思ったら、旦那さんを連れてきたの?」
左からヴェーラ、有栖、蓮司とカウンターに並ぶ。
甘く揺蕩う様な声。声は不思議ではないが妙な違和感を感じながらも有栖は「ええ」と答える。
有栖を挟んだ蓮司がひょっこりと顔をヴェーラに向ける。
「ワイフのハビーだ。いい店だと驚いたが、こんなベッピンさんの知り合いが妻に居たとはね。HAHA、正直驚いたよ」
「……」
笑顔でご挨拶した蓮司。
――手を出すな。
蓮司には見えない様に横目でヴェーラを睨めつける有栖。それを受け入れてかどうか、件のヴェーラはと言うと一瞬不思議そうな顔をして、すぐにクスリと笑う。
「旦那さまからも言ってくれない? 私彼女ともっと仲良くしたいのにぃ、素っ気なく返されちゃうの……」
「HAHAHA!! ワイフは嫉妬深いから、きっとたわわに実ったそのボディに嫉妬しているんだ!」
「ちょパパ!?」
ハハハ。と笑う蓮司に対し、予想だに意思ない返答に有栖はしどろもどろになった。
「まぁなんだ。二人の間に何かあったから今もママが警戒してるんだろうが、俺の見立てではあんたは悪人じゃない。だろ、ママ」
「え、まぁね……」
眉をハノ字にして余裕の表情で彼女を見た。
「だからさ、またママがここに来たら、今にみたいに構ってくれないか?」
笑顔の蓮司に、何を言い出すんだと戸惑う有栖。
一本筋の芯のある言葉。それが嘘偽りの無いものだとヴェーラは感じ取り、クスリと笑った。
「ええもちろんよ。彼女は私の数少ないお友達だから」
「――」
背筋がむズ痒く感じた有栖。かの存在がどういった者なのか知っている故、お友達など言われた日にはどう反応していいか混乱した。
しかし、恥ずかしいのか、どこか頬を染めたパートナーを見た蓮司は、にっこりと笑うのであった。
「――ジントニックです」
「Thanks」
提供されるカクテル。
冷え切ったグラスを手に取る。なんとも気恥ずかしいこの場の空気を裂くように冷たい。
「いただくとしよう」
キンッと有栖と軽く乾杯し、ヴェーラとは互いにグラスを軽く上げて乾杯した。
(さて、キミの技量はどうかな――)
材料はもちろんのこと、手順のかけかた一つで味が変わり、作り手の技量が試される。
冷たいグラスに口をつける。見つめる視線にはグラスを拭いているサイの姿が。自信の表れか、口元が緩んでいるのを蓮司は見た。
「――」
スッと口に含んだ。
(これは……)
コクリと喉仏が動き、鼻から息を吐いた蓮司。
自然と口元が綻ぶ。
(強いコシと華やかさが際立つ中に、ふわっとしたライムの香り……。なるほど、自信があるのも頷ける)
「Great。美味しいよ」
「ありがとうございます……」
素直に感謝を述べた。
それからというもの、夫婦のお互いの近況や仕事の愚痴を聞いたり、ヴェーラも交えて世間話もした。
話が続く中当然のこと、この話題に触れないほかはない。
「萌ったら、あんなに頑固だったかしら? 私たちの気も知らないで……」
一人の女性であるが、一人の母でもある有栖。
一人息子と進路相談をした今日、お互いが納得いかない形になり、日を改めると言う形で終わってしまった。
この世の中が変わってしまった黎明期。いや、これは何世代も前から約束された出来事。そんな世の中に生き方の選択肢が増え、その最高峰の組織からのオファーもあり引く手あまた。
そんな状況だと言うのに、眼に入れても痛くない、そしてどこに出しても恥ずかしくない一人息子の選択は、両親である二人には非常に納得に行かないものだった。
「育て方を間違えた。なんて言いたくないけど、少しでもそう思ってしまった自分が恥ずかしいわ……」
手に持つグラスの中の氷が少しだけ溶ける。
「HAHA、俺もそう思ったさ。でも恥ずかしがる事なんて無いと思う。……ただ単に、平和な一般家庭で巻き起こった出来事を、放任主義な俺たちが経験しただけだ」
「パパ……」
平和な一般家庭。
思い返せば、時折ヘルパーに息子を任せて仕事で海外に飛び回り、普通の子が経験する物事、萌が享受するはずだった親子の育みを蔑ろにしてしまった。
その事実に目を背けてはいないが、利口的にすくすくと育つ息子に甘えていたのも事実。と、視線を落とす有栖。
「親子喧嘩……。初めて経験したわ……」
怒りは湧いてこない。むしろ萌に対し、申し訳なさで胸がいっぱいだった。
「親子喧嘩、か」
フッ。と蓮司の口元が綻ぶ。
「親子喧嘩も初めてだが、思い返してみれば今日みたいな萌の我儘、何が何でも通したいって我儘。それも初めてだ……」
同僚たちから聞く子供の我儘。息子が居ると言うのにどこか空の上の話だと思っていた蓮司だったが、今日初めて、息子から我儘を聞いた。
お利口さん過ぎた萌。しかし我慢を強いていたと思うと、蓮司と有栖は胸が痛かった。
「……子供の成長は早いものよ。歩き始めたと思ったら、気づくと木に登るほどに成長しているもの」
「……貴女にも子供が?」
意外だとヴェーラに対して驚いた有栖。
「ううん。孤児院の子たちよ」
微笑みを返す。
「みんなわんぱくでねぇ……。あまり深い事は言えないけれど、親からすれば大人になっても子供は子供のままなの。だから、親子の時間を過ごすのに、遅いなんて事はないと思うわ」
「――」
ヴェーラの言葉。それは二人にじんわりと心に染みた。
忙しいのは変わらない。それこそ、より一層に仕事が忙しくなる。だがしかし、空いた時間は息子に使おうと心に決めるのだった。
「まさか貴女の言葉で考えさせられるとはね」
「友達でしょ」
両者、クスリと笑う。
「ンク」
ジントニックを飲み干して静かにグラスを置く。
「ママ。萌の我儘、聞いてやってもいいと俺は思う」
「……」
白い歯を見せて笑う蓮司。
「息子が我儘を言ったんだ、我儘尽くめの俺たちが聞かないなんて、それこそ筋が通らん。だから、萌が納得いくまで、好きにやらせようと思った」
「パパ……」
奇しくも、有栖も同じ思いだった。
頭の中でうねる様に心配事が周る中、有栖も同調する。
「まぁ最悪首が回らなくて泣きついたらだけど、私たちのところで働かせればいいしね♪」
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