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もう15歳

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 日が暮れていて薄暗いながらも、まだ遠くまで見渡せる明るさの中で入るお風呂は格別でした。
 湯船に浸かっていても外が見える高さの窓からは、学園と外とを隔てる林と、その奥に王都の建物群が見えました。オニキスが外から見えないようにしてくれましたからね。無駄に仁王立ちしてみたりして、楽しく入浴を終えました。

「お帰りなさい。ルーカス」
「ただ今帰りました。姉上」

 部屋着、と言ってもそのまま外へ出ても支障のない程度にシンプルなワンピースを着て、ろうそくの明かりを頼りに1階へ降りていくと、玄関から入ってきたルーカスに会いました。
 やや薄汚れている感じなのは気のせいでしょうか?

「何かあったのですか?」
「あ、これですか? レオンと一緒に剣術部へ見学に行ったのですが、参加してみるかと言われまして、つい・・・」

 どうやらいじめられたとかではなく、自ら汚れることをしてきたようです。
 まあ、私の身内に手を出す度胸のある人はそういないでしょうし、ゲームと違って根暗もやしでもありませんから、大人しくやられるほどやわでもないかな。

「夕食は終えたのですよね?」
「はい。学食でいただいてきました」
「ではそのまま、湯あみをしてきてはどうですか? 今なら湯も温かいですよ。クラウドに案内を・・・」

 談話室にいるであろうクラウドを呼ぼうとすると、ルーカスが首を横へ振りました。

「いえ、大丈夫です。浴室は3階でしたか?」
「ええ。3階の右手にありますよ」

 にっこり笑って手に持っていたろうそくを手渡し、道を譲ると、ほわーっと笑ってからルーカスが階段を上っていきました。かわゆす。

「カーラ様、ルーカス様がお帰りになられましたか?」

 ルーカスの後ろ姿を見送り、談話室へ体を向けた途端に扉が開きます。顔を覗かせたクラウドが、階段の方を確認しながら言いました。

「ええ。クラウド、ちょうどいいところに。ルーカスの着替えを用意してあげてくれませんか?」
「かしこまりました。カーラ様、冷たいお茶をご用意いたしましたので、どうぞお召し上がりください」
「あら、ありがとう。いただきます」

 実はちょっとのぼせかけなので、冷たい飲み物とは有り難いです。
 私に一礼すると、クラウドは暗い階段を全く危なげない足取りで上っていきました。
 私も夜目は利く方ですが、クラウドの身体能力は本当に底知れないですよね。彼がガンガーラ軍へ入ってしまう前に拾うことができて、本当に良かった。
 彼と行う鍛錬が実戦でしたら、すでに私は何度も命を落としています。あんなのと本気で戦うなんて、無理ゲーですよ。ゲームではパーティー戦でしたけど。

 私は冷たいお茶が用意されていた、ローテーブル近くのソファに腰かけます。

『カーラ、その状態異常を食ってやろうか?』

 そのままぽやーっとしていると、オニキスがいつも通りソファへ乗って体を伏せ、私の膝に頭を乗せました。私もいつも通りその頭をゆっくりと撫でます。

「ぼんやりしている程度ですから大丈夫ですよ」

 氷が浮かぶアイスティーを口に含むと、少し頭がすっきりしたような気がしました。
 この形が揃った四角く透明な氷はモリオンの作品かな。クラウドだと大きな氷の塊を出してしまうので、いちいち砕いてからでないと使えないのです。

『しかし人間どものカーラに対する恐怖心はすごいな』

 意図的に怖がらせてきましたから、満足いく結果なのですが、気絶されるのは困りものですね。私もまさか気絶されるほど、怖がられているとは思っていませんでした。

『あれらの恐怖のひとつに隣国ガンガーラからの和平交渉があるようだ。どうやらカーラを怖れて申し込んできたのだと、噂されているようだな。ほぼすべての人間が畏怖の念を抱いている。女どもには嫌悪の感情もみられたが』

 なるほど。戦争を回避するほど隣国が怖れている存在なのですから、それは畏怖もしますよね。
 女生徒が抱いている嫌悪は、同性愛者へ向けられるものだと思います。男子生徒が抱いていないのは、実害がないからでしょうか。

『軽く「魅了」をかけてしまおうか』
「いいえ。その必要はありません。私はこのままで十分です」
『しかし・・・傷ついていないわけではないのだろう?』

 虚をつかれて、言葉に詰まってしまいました。オニキスの闇色の瞳がこちらを見上げています。
 私は観念して本心を告げることにしました。

「オニキスに隠し事はできませんね。確かに「全く平気か」と聞かれたら「いいえ」と答えますが、気に病むほどではありませんよ」

 軽く微笑んで見せれば、オニキスが真意を探るように体を起こしてこちらを見つめてきました。私はそっと彼の柔らかな胸元を撫でます。

「私には貴方がいる」

 ゲームのスタート時にはすでに、ほぼすべての生徒が「魅了」されていたようなので、入学時のカーラがどの程度怖れられ、避けられていたのかは分かりません。どれほどの孤独に耐えていたのかも。
 オニキスの、終わりも見えない、延々と続く耐え難い孤独を思い出してしまって、思わず身震いしました。

『我にもお前がいる』

 オニキスがくつくつと笑いながら、私の頬へ頭を擦り寄せてきます。
 彼は強い。あの孤独が過去のものだと、こうして笑う程に。
 私の方が寂しい気持ちになって、それを埋めるようにぎゅっとオニキスを抱き締めました。

『愛しているよ。カーラ』

 視線を落とすと、闇色の毛並みが少し逆立っているのが目に入ります。
 心臓が軋むような微かな痛みと共に、背筋を何かが這い上がるような感覚がしました。オニキスの首元へ頬をすり寄せ、体を押し付けます。

「オニキス・・・私」
「姉上!!」

 勢いよく扉が開かれ、頬を紅潮させて興奮している様子のルーカスが飛び込んできました。
 一拍の間の後、オニキスがふんすと息を吐いて、私の影へ溶け込みます。ルーカスはオニキスの姿が見えていなかったようで、特に気に留める様子もなくこちらへ近づいてきました。

「レオンを呼んでもいいですか?!」
「え? いいですけど・・・もう湯あみは済ませたのですか?」
「いいえ。これからです。あ・・・一緒に入るのは駄目ですか?」

 しょぼーんと肩を落とす、ルーカス。かわゆす。
 どうやら大きな湯船を見てテンションが上がったようですね。あれはこの世界の人でも心が躍る物のようです。
 しかし普通の貴族は肌を見せ合うことを嫌います。レオンが応じるかどうかが分かりません。

 この学園では一人一部屋与えられていますが、手洗い、浴室は各部屋へ設置されてはいません。
 寮は中央に階段があって、その真ん中にある壁の左右で女子寮、男子寮が隔てられています。手洗いは男女別で各階にあり、浴室は1階にあります。そしていくつかありますが、すべて個室となっていますから、そう広くもないでしょうし、誰かと一緒に入るなんてことはできないと思います。

「駄目ではないのですが、レオンが了承するかは・・・どうでしょうか?」
「レオンハルト様は気にされないと思います。エンディアでも大風呂に入れなかったことを悔しがってみえましたから」

 開け放たれたままだった扉から、クラウドが入ってきました。上着を脱いで、腕まくりしているところを見るに、浴室を掃除してくれたのかもしれません。一応、自分でも水を流してきれいにしてはみたのですがね。恥ずかしい毛とかないように。

 ふむ。そういえばレオンはここにいる私の声が、寮の彼の部屋でも聞き取れるとか豪語していましたよね。試してみるとしましょう。

「レオン。こちらへ来れますか?」

 やや声を張りつつ声に出してみました。次いで訪れる静寂。
 ルーカスもクラウドも、面白そうにしながらも「まさか」と思っているのがわかる顔をしています。うん。まさかね。いくら暗部の人間とはいえ、そんな・・・。

「呼んだ?」

 びくっとする私と、ルーカス。クラウドはややムッとした顔で、声がした方を見ていました。
 いやいや。できても怖いだけですから、張り合わないでくださいよ!

「・・・普通に玄関から入ってくださいませんか?」
「えー。だってこの窓が一番寮に近いんだもん」

 不服そうにレオンが口を尖らせます。残念ながら、ヘンリー殿下ほどの可愛さはありませんね。

「レオン! 湯あみは済んだかい?」

 現状を受け入れたらしいルーカスが、興奮気味に言いました。レオンが嬉しそうに目を細めます。

「え? もしかして、僕もあの3階の浴室を使ってもいいの?」

 今来たのではなくて、その前から聞き耳を立てていたのではないですか? 自分でも眉間にしわが寄っているのが分かります。

「・・・なぜ、知っているのですか?」
「うふふ。情報収集は諜報部員の基本でしょ?」

 制服の上着をどこへ置いてきたのか、シャツのボタンをいつもより1つ余分に外して、色気を垂れ流してくる、レオン。さらに私の方へ近づいてきて、ソファの背もたれに肘をついて前かがみになりました。
 中が見えるからやめなさい。

「・・・なんで効かないのかなぁ。目をそらすってことは、異性もいけるってことだと思うんだけど」

 まだ私の性癖を疑っているようです。疑わし気な顔ですんすんと鼻を鳴らすと、ぱあっと物凄い笑顔になりました。

「よし行こう! ルーカス! 一緒に入ろう!!」
「あ、うん」

 困惑気味のルーカスを引きずるように、レオンが部屋を出て行きます。
 クラウドが鋭い視線をレオンへ向けた後、すっかり氷が溶けてしまったアイスティーを新しいものに変えてくれました。礼を言いながら受け取り、ひとくち飲んでから首をひねります。

「・・・何だったのでしょうか」
『馬鹿は放置しておけ』

 影から出てきたオニキスはふんすと鼻を鳴らして、いつものように私の膝の上へ頭を乗せました。

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