溶ける背徳、秘め事の灯

春夏冬

文字の大きさ
9 / 24
溶ける背徳

8

しおりを挟む

不意に清澄がそう言って、あまねの視線をやわらかく受け止めるように微笑んだ。言葉だけを見れば、穏やかな兄のそれに違いなかったけれど、その笑みにはどこか温度差があった。

「……僕たち、今はこうして落ち着いた生活を送っていますけど、昔はまったく余裕がなかったんです」

自ら注いだ紅茶に口をつけながら、清澄はそう続けた。

「親を早くに失って、僕が大学のころには育ててくれた祖母も亡くなって。それからは弟を育てながらバイトと授業と、立ち上げた事業を軌道に乗せるのとで必死で……それこそ霧翔には、たくさん我慢をさせてきました」

「……」

話題が思わぬ方向へ逸れていくのを感じて、あまねの呼吸がわずかに浅くなる。

なぜ今、そんな話をするのだろう。

清澄は“弟の進路相談”という名目で自分を呼んだはずだ。もしかしてこの話が、霧翔の進学拒否につながる内容なのだろうか。

しかし、続く清澄の言葉はそれを簡単に否定した。

「それでも、弟は本当に素直ないい子に育ってくれました。今も、第一志望への進学を目指して毎日努力していますよ」

(……え…?)

言葉が、全くかみ合わない。

「で、でも……電話では…進学はやめたいと…言ってたって……」

そう聞き返した途端、清澄の表情が変わった。やわらかく見えるその微笑には、どこか楽しげな色が混じっていた。

それはまるで、何かおかしくて仕方がないとでも言うような笑い方だった。丁寧な言葉遣いの奥に、背筋が冷たくなるようなうっすらとした含みがある。

何を考えているか分からない──けれど、何かを“愉しんでいる”気配だけが確かに感じられた。

「……篠宮先生、さっき、“弟さんと二人で暮らしてるんですか”って聞きましたよね」

息をのんだ。これから続く言葉が、自分の予想から大きく外れていくような──そんな予感が、じわじわと胸を締めつけていく。

「本当はここ、自宅じゃないんです」

空気が、音もなく変わった。

あまねは、大きく目を見開いた。

「え?」

「会社の関係で、仕事用に借りてる部屋なんですよ。だから弟とは、こことは別の場所で暮らしてます」

さらりとした言い方だった。
けれどあまねの中で、さっきから芽を出しかけていた違和感が、静かに輪郭をもつ。

「……ど、うして……」

声に出した瞬間、自分の中でその意味にやっと気づいた。この呼び出しは弟のためでも、ただの家庭訪問でもない。

彼の言葉に図られてここに来たことを、このときようやく理解した。

「……相変わらず、チョロすぎない?」

清澄の低い声が、床に落ちた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...