~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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㊷僕の名前はリュナ

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新緑の香りが漂ってくる……。

視界に入る、周りの木々は美しく、ちらほらと校庭にも生徒がいるのが目に入る。

けれど、やっぱり脳裏に先程のフォートの顔がチラついて来てーー。



なんで、……泣いてたんだろう。



なにか、夢を見ていたのかな。




それにしては、彼の声色が……甘さを含んでいて。


まるで恋人のような、大切な人を呼ぶ時みたいな……。


そこまで考えて、アリセアはため息を吐く。



「私、本当にフォートのこと、知らなすぎる」




いつか、きちんと彼と向き合える時が来るといいのだけど。

そんな事を考えていたら、視界に人影が見えて。

え?……子供?

柱の影でよく見えないけれど、歩みを進めると、確かに幼い子供……男の子がいてーー。

一見、小等部のような、制服に見える。

白いジャケットの上着に、黒い蝶ネクタイ。
そして白のハーフパンツ。
紺色の艶やかな髪の毛。


可愛らしい顔立ちの男の子は、どうやら蝶々と、戯れているようで、追いかけている。


「6歳くらいかしら…」


通り道でもあったので、そっと歩いていくと、男の子がこちらに気づいた。


「お姉ちゃん、可愛いね!」



出会い頭に、ぱっと笑顔を咲かせながらそう言われて。


アリセアは思わず目を丸くする。



「私……?……ふふ、どうもありがとう」




アリセアは、男の子の急な褒め言葉に驚いたものの。

けれど、彼の純粋な瞳と、優しい笑顔に、ほわほわと心が踊り、癒される。


(私に弟がいたら、こんな感じなのかしら)


愛嬌ある笑顔が、とっても可愛いらしい。


「どなたかの弟さんかな?……お名前は?」

アリセアは少しだけ屈んで、首を傾げる。





「僕の名前はリュナ!」





「リュナ……可愛い名前ね。私の名前はアリセアよ、よろしくね」


にこっと、笑って手を差し出す。

そうすると、リュナはキョトンとしていたのだが。

次の瞬間には、意味が分かってくれたらしい、にっこり笑って握手をしてくれた。



「近くにお兄さんかお姉さんがいるのかな?」



アリセアはそう言って、しゃがみこみ、彼と視線を合わせる。


男の子の瞳は、星屑のようにきらりと光るような、黒い瞳だ。



「アリセアお姉ちゃんは、なんだか優しさの塊のようだね……。それに……不思議な人……」



男の子は、じっと自分の手を見てそう言った。




「えっと、……不思議って?手、どうかしたの?」


初めて会ったばかりなのにそう言われて、
だけど、"不思議な人”という言葉の方に気をとられる。

もしかして、先程の握手で怪我をさせてしまったのかしら。

急に心配になって。


「手を、見せてもらっていい……?」



男の子の手を見せてもらおうとしたのだけれど。





「ーーアリセア?こんなところでどうかした?」






ふわっと、背後からまるで包み込むような声がした。


「ユーグ!」


アリセアが背後を振り向くとちょうど後ろから歩いてくる彼に気がついた。

その後ろには、クラスメイトでもあるヤールもいた。

背も高く、端正な顔立ちのふたりが揃うと、煌びやかさが一気に増すような気がした。

「もしかして魔法全般科も実習?」


彼が笑いながら手を貸してくれ、アリセアは苦もなく立ち上がる。


「そうなんです。えっと、職員室に立ち寄ったあと、通りかかりにリュナに会って」

「リュナ?……」

ユーグストの不思議そうな呟きに、アリセアは紹介しようと、振り返るも。

先程までいた男の子は、すっかりいなくなっていた。

落ち葉が風に舞うだけで、男の子の気配は跡形もない。

「あれ?……さっきまでリュナ……男の子がいたのに。6歳くらいの子で」

「男の子……」


ユーグも周りを見渡すも、思い当たるような人影は見当たらない。



「もしかして、また蝶々を追いかけてどこかに行ってしまったのかしら」



困惑した表情のアリセアに。



「そうなんだ、誰かのご家族かな?この学園はたまに、転入する生徒がいて、ご家族で見学に来たのかもしれないね」


ユーグストは、そう言いながら、腕時計を見た。

「もうそろそろ長休み時間の終わりですね」


そんな、ユーグを見ながら、ヤールがそう応じた。


そしてアリセアを見てやわらかく微笑んだ。

「アリセア様、最近は特にかわりないですか」

「ヤール、心配してくれてありがとうございます。

今日は魔法演習もないですし、実習くらいなので、

わりとのんびり、過ごせてると思います」

「それなら良かったです。殿下も心配していらしたので」

「ヤール……余計な事を言うな」

2人の様子を見て、ふふっと心が温かくなる。



ーー最近ようやく分かってきた。



ヤールは、どうやらユーグを、茶化すのが好きらしい。

2人は幼なじみらしく、主従の関係だけれども、信頼関係で結ばれているのが良く分かる。

この2人の掛け合いが私にとっては面白くあり、とても楽しい時間だ。

いつも、ほっこりする。

先日、ユーグストにそう言ったら、何故だか微妙な反応が返ってきたのだけど。


「ではまた、昼休みに」

アリセアは2人に笑って会釈した。

「あぁ、その時に」

ユーグもそう言って微笑んでくれた。



2度目の魔力暴走を経て、「なるべく俺から離れないように」と言ってくれた彼。



それをきっかけに、昼食を一緒に取るようになったのだった。

――あのときの優しさが、今も胸を支えてくれている。

私にも、心配してくれる人がいる。

支えてくれる人がいる。

だったら、私も――

周りの人たちのため、自分のために、前を向いて進んでいきたい。
私も、頑張らなくちゃ。





 ……そして、誰も気づかなかったその木陰。

小さな落ち葉が揺れる先、

少年の姿はもうなかったけれど――

そこに、別の誰かの気配が確かに残っていた。

――静かに、ただ見守るように。

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