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㊸君の視線さえも
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貴族校舎1階裏手に、食堂があった。
ホールのように広いが、カフェのような内装。
食堂と言っても、一流のシェフが多数在籍しており、その美味しさには定評があった。
「そういえばアリセア、ネックレスつけてくれてるんだね」
「はい、寮に入るための魔道具として使わないこともありますが、気に入っていて。……ありがとう、ユーグ」
「そう言って貰えると嬉しい」
ユーグストは私を見てふっと優しく笑った。
ちなみに、エルリオ様から貰ったブレスレットも、昼間だけは持ち歩いている。
この前、ユーグストに、エルリオ様から貰ったと伝えると、一瞬、間が空き。
けれど、すぐに良かったねと言ってくれたのだけど。
(でも、他の男性から貰ったものをつけるのは、やっぱりユーグは嫌だったかしら)
ポケットの上を、そっと触れる。
ここぞと言う時までは、腕ではなく、こうして持っていようかな。
「ここ何日か、こちらに来て食べているけど、食べやすいね」
ユーグストは、そう言いながら昼食に出た鴨肉に、ナイフを入れた。
アリセアは、その一つ一つの所作や、品のあるマナーに、感心した。
「ただ食堂に来て食べているだけなのに、ユーグスト殿下だけ、晩餐会に来ているようですね」
アリセアは、隣に座っていたヤールにそっと囁いた。
「アリセア嬢、気が付かれましたか。実は……騎士科でも、皆同じような反応なんですよ」
苦笑しながら、ヤールも次々に食材を切り分けていく。
そういう彼もまた、所作が美しい。
(お2人ともさすがだわ……)
アリセアの気のせいでなければ、周りの人たちも、顔を赤くして彼らを見つめている気がする。
その気持ちが分かる。
アリセアは、自身もこんなに綺麗に、落ち着いてたべれているだろうかと急に不安になった。
(なんだか……一緒に食べることに、今更ながらに緊張してしまう)
そう思いつつも、
「……騎士科の方々も、規模は小さいですが、美味しいという評判の食堂がありますよね?」
アリセアはユーグにそう問いかけ。
野菜を1口大に切り分けて、口へと運んだ。
こ、これは……。
「美味しい……」
ただの野菜と思ってはいけない。
絶妙な味加減で調理されている。
自然と笑顔になっていたらしい。
隣にいるユーグストやヤールに微笑ましそうに見られていることに気が付き、アリセアの頬が真っ赤に染まる。
「こんなに可愛らしい所が見れるなら、アリセアともっと前から食事しておけば良かったな」
「っ、……」
一瞬、しんと、食堂が、静まり返った気がした。
アリセアは、彼の言葉に驚きすぎて、喉に詰めるところだった。
「ユーグスト殿下、心の声が出ていますよ」
ヤールがやれやれと言うようにユーグストに目を向ける。
「……あ」
そのことに気がついたユーグストも、暫し沈黙して……。
ユーグストがこんなに甘いセリフを公の場で言うのは珍しい。
「いや……ごめんね、アリセア」
注目を浴びてしまったと自覚したのか、少しだけ照れた顔をして、咳払いをする、ユーグ。
「い、いえいえっ……」
アリセアも、どう反応を返せばいいか分からず、肩を縮めて、顔を赤くするだけしかできなかった。
「殿下……、俺は外で待機してますので」
そんな二人を見ながら、ヤールはサッと完食すると、席を立つ。
「後はおふたりでどうぞ」
「気を、使わせちゃったかな……」
アリセアがポツリと呟くと、ユーグもさすがに苦笑する。
「彼には後で謝っておくから、アリセアは気にしないで」
「はい……」
「先ほどの続きだけど……騎士科の食堂は、どちらかと言うと濃い目の肉料理に特化していてね。」
「そうなんですね。肉料理も美味しいでしょうけど……体力使うからかな……?」
「うん、運動量が多いから、どうしてもたんぱく質中心なメニューになるんだ。だから、今度は、アリセアもおいで、……とは、なかなか言えないかもしれないな」
「ふふ、なんだか同じ学園なのに食堂ひとつ、特色がちがって不思議……」
アリセアが、そう言いながら、視線を周囲に巡らすと。
あ、……フォートだ。
食堂の入口付近に顔を出した彼は、どうやらヤールと話をしているようだった。
ちらっと一瞬目が合うも、すぐにそらされて2人は話し込んでいるようだった。
それにしても、めずらしい組み合わせ。
朝の……あの時の涙は大丈夫だったかしら。
その時のことを思い出して、アリセアの意識が完全に、フォートに向けられる。
*****
アリセアの視線が、ふいに遠くへ向いたのが、ユーグストにはすぐに分かった。
その先にいたのは、フォート。
入口近くでヤールと何かを話している。
――また、彼か。
アリセアの心が、目の前にありながら遠くへ行ってしまったように感じる。
胸の奥が少しだけ、ざわついた。
いつも、無意識だろうが、彼のことを気にしている彼女。
日常の何気ない会話の中でも──名前を出すことはなくても、彼の存在がそこにいるようで。
アリセアは優しいから。
誰にでも分け隔てなく接するから。
……だから仕方がないと、そう思うことにしていた。
けれど。
(……違うな)
いや、正直に言うと、俺も独占したかったのかもしれない。
彼女との時間を。
アリセアの笑みを、些細な会話すら。
だから俺は、ふと思いついて、目の前にある、彼女が好きなプリンをそっと、アリセアの視線の先に滑らせた。
「アリセア……」
呼びかけると、彼女は驚いたようにこちらを振り返る。
「良かったら、食べて」
「え?……いいの?」
見上げてくるその顔が、思いがけないほど嬉しそうで、胸が温かくなる。
差し出したプリンには微笑を添えた。
これが、俺なりの、「引き留め」だった。
「午後から外で剣技訓練だから、腹八分で調度良いんだ。無理しなくていいけれど」
「では……お言葉に甘えて」
そう言ってアリセアは喜んでくれた。
アリセアの意識が、自分の方へ戻ってくる。
そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
たとえそれが、プリン一つぶんの時間でも。
いつか、彼女の頭の中全てが……俺になりますようにと、願って。
ホールのように広いが、カフェのような内装。
食堂と言っても、一流のシェフが多数在籍しており、その美味しさには定評があった。
「そういえばアリセア、ネックレスつけてくれてるんだね」
「はい、寮に入るための魔道具として使わないこともありますが、気に入っていて。……ありがとう、ユーグ」
「そう言って貰えると嬉しい」
ユーグストは私を見てふっと優しく笑った。
ちなみに、エルリオ様から貰ったブレスレットも、昼間だけは持ち歩いている。
この前、ユーグストに、エルリオ様から貰ったと伝えると、一瞬、間が空き。
けれど、すぐに良かったねと言ってくれたのだけど。
(でも、他の男性から貰ったものをつけるのは、やっぱりユーグは嫌だったかしら)
ポケットの上を、そっと触れる。
ここぞと言う時までは、腕ではなく、こうして持っていようかな。
「ここ何日か、こちらに来て食べているけど、食べやすいね」
ユーグストは、そう言いながら昼食に出た鴨肉に、ナイフを入れた。
アリセアは、その一つ一つの所作や、品のあるマナーに、感心した。
「ただ食堂に来て食べているだけなのに、ユーグスト殿下だけ、晩餐会に来ているようですね」
アリセアは、隣に座っていたヤールにそっと囁いた。
「アリセア嬢、気が付かれましたか。実は……騎士科でも、皆同じような反応なんですよ」
苦笑しながら、ヤールも次々に食材を切り分けていく。
そういう彼もまた、所作が美しい。
(お2人ともさすがだわ……)
アリセアの気のせいでなければ、周りの人たちも、顔を赤くして彼らを見つめている気がする。
その気持ちが分かる。
アリセアは、自身もこんなに綺麗に、落ち着いてたべれているだろうかと急に不安になった。
(なんだか……一緒に食べることに、今更ながらに緊張してしまう)
そう思いつつも、
「……騎士科の方々も、規模は小さいですが、美味しいという評判の食堂がありますよね?」
アリセアはユーグにそう問いかけ。
野菜を1口大に切り分けて、口へと運んだ。
こ、これは……。
「美味しい……」
ただの野菜と思ってはいけない。
絶妙な味加減で調理されている。
自然と笑顔になっていたらしい。
隣にいるユーグストやヤールに微笑ましそうに見られていることに気が付き、アリセアの頬が真っ赤に染まる。
「こんなに可愛らしい所が見れるなら、アリセアともっと前から食事しておけば良かったな」
「っ、……」
一瞬、しんと、食堂が、静まり返った気がした。
アリセアは、彼の言葉に驚きすぎて、喉に詰めるところだった。
「ユーグスト殿下、心の声が出ていますよ」
ヤールがやれやれと言うようにユーグストに目を向ける。
「……あ」
そのことに気がついたユーグストも、暫し沈黙して……。
ユーグストがこんなに甘いセリフを公の場で言うのは珍しい。
「いや……ごめんね、アリセア」
注目を浴びてしまったと自覚したのか、少しだけ照れた顔をして、咳払いをする、ユーグ。
「い、いえいえっ……」
アリセアも、どう反応を返せばいいか分からず、肩を縮めて、顔を赤くするだけしかできなかった。
「殿下……、俺は外で待機してますので」
そんな二人を見ながら、ヤールはサッと完食すると、席を立つ。
「後はおふたりでどうぞ」
「気を、使わせちゃったかな……」
アリセアがポツリと呟くと、ユーグもさすがに苦笑する。
「彼には後で謝っておくから、アリセアは気にしないで」
「はい……」
「先ほどの続きだけど……騎士科の食堂は、どちらかと言うと濃い目の肉料理に特化していてね。」
「そうなんですね。肉料理も美味しいでしょうけど……体力使うからかな……?」
「うん、運動量が多いから、どうしてもたんぱく質中心なメニューになるんだ。だから、今度は、アリセアもおいで、……とは、なかなか言えないかもしれないな」
「ふふ、なんだか同じ学園なのに食堂ひとつ、特色がちがって不思議……」
アリセアが、そう言いながら、視線を周囲に巡らすと。
あ、……フォートだ。
食堂の入口付近に顔を出した彼は、どうやらヤールと話をしているようだった。
ちらっと一瞬目が合うも、すぐにそらされて2人は話し込んでいるようだった。
それにしても、めずらしい組み合わせ。
朝の……あの時の涙は大丈夫だったかしら。
その時のことを思い出して、アリセアの意識が完全に、フォートに向けられる。
*****
アリセアの視線が、ふいに遠くへ向いたのが、ユーグストにはすぐに分かった。
その先にいたのは、フォート。
入口近くでヤールと何かを話している。
――また、彼か。
アリセアの心が、目の前にありながら遠くへ行ってしまったように感じる。
胸の奥が少しだけ、ざわついた。
いつも、無意識だろうが、彼のことを気にしている彼女。
日常の何気ない会話の中でも──名前を出すことはなくても、彼の存在がそこにいるようで。
アリセアは優しいから。
誰にでも分け隔てなく接するから。
……だから仕方がないと、そう思うことにしていた。
けれど。
(……違うな)
いや、正直に言うと、俺も独占したかったのかもしれない。
彼女との時間を。
アリセアの笑みを、些細な会話すら。
だから俺は、ふと思いついて、目の前にある、彼女が好きなプリンをそっと、アリセアの視線の先に滑らせた。
「アリセア……」
呼びかけると、彼女は驚いたようにこちらを振り返る。
「良かったら、食べて」
「え?……いいの?」
見上げてくるその顔が、思いがけないほど嬉しそうで、胸が温かくなる。
差し出したプリンには微笑を添えた。
これが、俺なりの、「引き留め」だった。
「午後から外で剣技訓練だから、腹八分で調度良いんだ。無理しなくていいけれど」
「では……お言葉に甘えて」
そう言ってアリセアは喜んでくれた。
アリセアの意識が、自分の方へ戻ってくる。
そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
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