~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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65:会いたくて会いたくて

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「私ね……貴方が幸せなら、何もいらないの」

そう言って花束を持って、柔らかく微笑む彼女。


(どうして……そんなに優しいんだ)

その懐かしい眼差しに、フォートは言葉につまる。


胸が痛い……心が、引き裂かれる。

まるで、自分の半身がもぎ取られるかのように。


(お前がいなくて……どうやって、幸せになれって言うんだよ)


これが、夢だと分かっている。

けれど、それでも、また会えた。

会いたくて、あいたくて、触れたかった人。

彼女がたまらなく……愛おしい。


(やっと、傍に……)

彼女に触れようと、手を伸ばすもーーー。



『主さまー!別の精霊を見つけました』

ハッとその声で目を覚ますと、そこは真っ暗な寮の部屋。

夕闇に部屋が染まり、小さなランプの灯りだけが、フォートの顔を照らしていた。

小さな白い鳥ーーリュセルがそこには羽ばたいていた。

『場所は……』

「分かってる……」
静かにベッドから起き上がる。

『主様……?』
フォートの顔は、暗闇で見えない。

「……もういい、ありがとな、行け」

『あ!主様~』
フォートがそっと手を振ると、リュセルは光となって消えた。

「……夢だったか」
フォートはゆっくりとベッドから起き上がり、窓辺に肘をついた。

窓の外はすっかり闇にのまれている。

彼の手のひらは、まだ誰かに触れた温もりを探すように、宙をさまよっていた。

そのまま、彼はそっと目を閉じる。

……この胸の痛みが、幻であればよかったのに。

(俺の、大切な……)


*******


薄暗い、曇り空が広がる。
そのせいか、風が吹くたびに木々がざわりと音を立て、どこか落ち着かない気配が漂っていた。

「アリセア様……どちらへ?」

アリセアが校舎1階を歩いていた時、背後から突然声をかけられた。

この声は……。
アリセアが、振り向くと、穏やかな微笑をするヤールがそこにはいた。


(やっぱり……)


「ヤール……どこから現れたの?」


アリセアの困惑した表情に、ヤールも困ったように眉を下げた。

「……ここから?ですかね」

「もう……また隠形つかったの?」


「申し訳ありません。ただ、ユーグスト殿下のご命令ですので、文句はあちらにどうぞ」

「ユーグは……心配症ね。職員室にいくだけだから……とにかくユーグには、大丈夫だからと言っておいてくれる?」


「お伝えします。殿下も、心配なのでしょう」


「今日は、ユーグが不在だものね。……でも、夜には帰ってくるって言ってたから……」


「はい、それまでは申し訳ありませんが」
「分かったわ……」

小さくうなづいて、アリセアは職員室へと足を運ぶ。


ヤールは付き添わず、少し離れた場所でそっと見守った。

「失礼します……」
アリセアが職員室へと行ったのは、教師に呼び出されたからだ。

「アリセア様、こちらの資料もっていってくれますか?」
教師は穏やかな声で、プリントや教材をアリセアに渡す。
「はい……」
「それから……フォートさん、貴方はこれね」
大きなダンボールを、フォートは受け取っていた。
「フォート……?」
教師の隣りには、いつのまにかフォートがいた。


目が合うかと思ったその時。

フォートは唇を固く結び、何も言わずにそっと視線を逸らした。

すぐに、その場から離れてしまう。

(どうしたのかしら……今日は、なんだか……)

胸の奥に小さな棘のような違和感だけが残った。

****

夜、王族寮の客室で待機していたヤールが帰宅の途について間もなく。
扉が静かに開き、ユーグストが戻ってきた。

「おかえりなさいユーグ、疲れたわよね?」

アリセアが心配して、そっと声をかける。
ユーグは小さく笑い、けれど目元には確かに疲労が残っていた。

「ただいまアリセア、今回はだいぶね……」

公務が立て続けに入ったようで、休む暇もなかったという。

「学園生活は問題なかった?」
ユーグは薄手のジャケットを脱ぎながら、少しだけ眉を下げてアリセアに尋ねる。

「大丈夫よ、ヤールもいたから……」
それを手伝いながら、アリセアはふふっと小さく笑った。

「今の言い方……少し含んでる?」
「そんなことは……でも、心配してくれたのよね……ありがとう、ユーグ」

アリセアが柔らかく微笑むと、ユーグは無言で、自身の方にそっと引き寄せた。


「えっ!……ユーグ?」

気づけば、その身体は彼の胸の中に収まっていた。
戸惑いで頬が赤くなる。

しばらく、何の言葉もなくて。
ただ、お互いの温度だけが伝わってくる。

(……ドキドキする)

少しだけ勇気を出して、アリセアは彼の肩にそっと頭を預けた。
途端に、ユーグが僅かに息を呑んだ気配がして。

その反応に、アリセアの胸がまた高鳴る。

(ユーグも、……私がこうしたら、ドキドキしたのかしら)

ユーグの背中に、おずおずと腕を回すと、さらにぎゅっと抱きしめられた。

「アリセア……ほんとうに可愛い」


「っ……もう……そういうの恥ずかしいから」

(でも、こんなふうに思ってもらえるの、嬉しい……)

温かな腕の中で、心臓の音が重なる。
自然と目を閉じて、優しい香りと鼓動を感じるだけで、胸の奥が柔らかくなる。

(あぁ……ここに、ユーグがいる)
その事が奇跡のように感じてーー。
心が満たされた。


「……どうしてだろう、君を抱いてると、胸がいっぱいになるんだ」

耳元で落とされる甘い吐息。
喉が詰まる。


(私と同じこと……思ってくれてるの……?)

(私も、ユーグが“私の居場所”って感じる……)

「……ユーグ。私も……貴方といるとね、安心するの。……その……心が、溶けていくみたいに」


気恥ずかしさがあったけれど、きちんと言葉にした。
言わなきゃ……伝えられないこともあるから。

「っ……じゃあ、もう少し溶かしてもいい?」

「えっ……?」
我慢の限界、と言ったように、ユーグの顔が近づく。
アリセアを見つめる真剣な瞳。
アリセアを求めるような表情、けれども、一瞬だけ目を伏せ……。
少しだけ迷った末……そんな表情で。
額……そして頬にキスをされる。

「あっ……え、や、ユーグ……んん」

(こんな……唇にされた訳じゃないのに……ドキドキするなんて)

ユーグの甘い吐息が耳をくすぐる。
熱い思いが込められたかのように、アリセアをときめかせた。

「アリセア、そろそろ……君の気持ちも……見えてきた?」

ユーグストが、揺れるような眼差しで彼女の顔を見る。

「えっ……?」
その言葉の意味を図りかねて……しかし、納得する。


(……ユーグに好きだと言われて、こんな関係でもあるのに、私は気持ちをきちんと返せてなかったものね……)

あの時の私は、彼を本当に好きなのか、自分を疑っていたようだった。






(貴方が好き……)





心の奥で確かにそう思うのにーー
まだその言葉を、唇が拒む。

(どうして……?)


ーーまるで、胸の奥に“何か”が引っかかっているようで。


「焦らず行こうと思ったのに、ダメだな」

ふいに、彼の甘い声が耳元でささやかれる。


「アリセアの前だと……決意が揺らぐ」

「あっ……」

そっと耳朶に触れる、軽いキス。
くすぐったくて、思わず肩をすくめる。

「やっ……ユーグ、そこ……くすぐったいわ……」

「……ごめん。アリセアが、焦らすから……だよ。」

そう呟くと、ユーグストは名残惜しそうにしながらも、アリセアの肩に手を置いて少し距離を取った。

(私……どんな顔してたのかしら。)

不安が滲んだのか、ユーグストがふっと柔らかく笑う。

「アリセア……こんなこと、今更だって思うかもしれないけど……唇は、君と両想いになってから……ちゃんとしたい」

「え……?」

一瞬で頬に熱が上る。
ユーグストはその反応を見つめて、小さく安堵したように息を吐いた。

「……本当は、例え君が俺を好きじゃなくても、この結婚は進んでしまう。……アリセアも、それは感じてるよね」

(ユーグ……)

「だけど……俺はアリセアが好きだから。だからこそ、ちゃんと……段階を踏みたいんだ。」

視線が真っ直ぐで、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「君が心から俺を選んでくれたとき……そのとき、改めて……全部を奪う。」

「……!」

(奪うって……い、今の流れだと……キス、だけのことじゃ……ないみたい……)

「……うん……」

声は小さく、それでもはっきりと頷くと、ユーグストは優しく微笑んだ。

「お風呂入ってくるから、アリセアはもう遅いから、寝てていいよ」
「はい……おやすみなさい」

パタンと、彼が出ていった扉を見つめる。


ふと思い返したのはーー

昼間、元気のない、寂しげなフォートの横顔だった。

布団に身を沈め、アリセアはゆっくりと瞳を閉じた。

どうして……こんなに、胸がざわめくのだろう。


放っておけない気がして……。

やがて目を閉じても、その波紋は、しばらく静かに揺れていた。







ーーーーーーーーー

※7/26現在プロット全消えしてしまいました(T^T)
更新に時間かかります。申し訳ありません。
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