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第八十一話 『何事もなかった』
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戸口には、第三王女とそのとりまきたちがいた。
第三王女は驚きに目を見開き、とりまきたちは部屋の中を交互にのぞきこみ、目を見合わせていた。
「まぁ」
「キャンベル伯の・・・」
「なんてことでしょう」
「第三王女様のご生誕の日に、このような・・・」
「あの方はどちら?」
これだけの人数に見られてしまっては、もう隠せない。アウレリオは小さく舌打ちした。
アウレリオの背で血まみれの姿でぐったりと気を失っているリオ。部屋のあちこちに血が飛び散り、床にも血だまりができている。
涙と血にまみれ、顔には殴られた跡の残るエミリア。
無残に崩れた髪と引きちぎられた衣装。
そして、足元に散らばるドレスの残骸。
縛られ、気を失っている三人の男。
何があったのか、火を見るよりも明らかだった。
アウレリオが一歩踏み出すと、ひそひそ声はぴたりと止んだ。
「当家の家人が負傷した。医師をお願いしたい。それと、衛兵を。しばらくは目を覚まさないと思うが」
毅然とした声に、とりまきのひとりがうなずき、走って衛兵を呼びに行った。
「ご令嬢の名誉のために、口外はおつつしみいただきたい。ご令嬢がここに連れ込まれ、それを阻止しようとした当家の家人が負傷したものだ。命がけで守ったので、ご令嬢はけがはなさったが、『何事もなかった』だ」
つまり、リオが阻止したので、エミリアの純潔は守られた、と。
「よろしいですね」
アウレリオが全員の顔を確認するように見ると、みな顔を見合わせ、小さくうなずいた。
辺境には気味の悪いうわさが多い。誰がそんな相手に逆らう勇気があるというのだ。
全員が反応したことを確認すると、アウレリオは小さく頭を下げた。
「では、失礼。医者はどこだ」
アウレリオがリオを背負ったまま通り過ぎようとすると、第三王女の眉間にほぼわからないぐらい細く、しわが寄った。
「誰か、グラム様から使用人をお預かりしなさい」
第三王女にしてみれば、自分が贈った衣装が血で汚れるなど許せなかった。従僕ごとき、捨て置けばいいのに。
「いや、結構」
アウレリオは意に介さず大股でその場を去り、毛布をかぶったエミリアが顔を隠しながらちょこまかとそのあとをついていく。
伯爵家の跡取りが、たかが従僕を、しかも血まみれで衣装を汚すものを背負うなんて・・・
どれほど高価な絹で作らせたと思っているのか。
「・・・」
第三王女は言葉を失い、その光景を見守った。
顔面は蒼白で、かすかに唇が震えた。
「王女様?このような汚らわしい場をお見せしてしまい申し訳ありません」
「王女様、ご気分を害されたのではありませんか?」
気づかわしげなとりまきたち。王女ははっと我に返った。
「い・・・いえ。ですが、あのご令嬢が心配ですわね。このようなこと・・・心が痛みます」
これで、ここで何があったのか、決定した。
アウレリオが否定しようと、王女がとりまきに言えば、それがあたかも真実であるかのように広まるのだ。
「本当にそうですわ」
「お気の毒に」
「どちらのお嬢様だったかしら」
「侍女ではありませんの?」
噂話は止むことがない。
だが、他人の不幸など、多少のスパイス程度にしか考えない軽薄な人々の興味は長くは続かなかった。
「今日のケーキは、パティシエが隣国から取り寄せた特別なフルーツを入れたと聞きましたが」
「昨年のケーキの見事だったこと!今年はどれほど驚かせていただけるのか、楽しみでなりませんわ」
「皆様に驚いていただければ、わたくしもうれしいですわ。ふふふ。きっと驚かれますよ」
第三王女が小さく微笑み、とりまきたちは胸をなでおろした。
「そういえば・・・」
「やっぱり・・・」
第三王女一行が晩さん会の会場へ戻っていく。
笑いを含んだ話し声が、王宮の空に溶けていった。
**********
何度も、目を覚まし、ぼんやりとした黒い影とろうそくの明かりが輪郭を照らす金色の髪。
(アウレリオ様・・・)
リオの身体は火が付いたように熱く、燃えていた。
特に左腕と右足が熱い。焼けただれて、なくなってしまうかもしれない。
ああ、でも、苦しい。
「つらいか」
いたわりに満ちた声が聞こえ、リオの額を冷たいリネンで拭いた。
リオは目を開こうとしたが、うまく開かない。
ただ、ぼんやりと金色の髪が揺れているだけ。
ひんやりとしたリネンが顔に触れ、誰かが看病してくれていることがわかる。
誰だろう。
「あり・・・がと」
そのまま、また真っ暗な世界に落ちていった。
「げほげほ」
喉の渇きに耐えられない。
手を動かそうとしたが、腕を持ち上げ力がない。
「み、みず・・・」
あたたかくやわらかな何かが唇に触れ、少しずつ水が流し込まれる。
リオがもっと欲しいと口を開けると、何かは離れていった。
もっと、ほしいのに。
「大人しく、寝ろ。熱があるんだから」
大きな手が額に触れた。
ひんやりとして気持ちがいい。
「もっと・・・」
リオが手に顔をすりつけると、その手は戸惑ったように止まり、そして、やんわりと力を抜いた。
「気持ちいい」
「今は、ゆっくり眠れ」
優しい声が聞こえた。リオの口元に笑みが広がる。大好きな、声。
そしてまた、暗闇に沈んだ。
***********
お読みいただきまして、ありがとうございました。
木曜日ですが、更新することにしました。
とりあえず、皆無事です。とりあえず、ですが・・・
♡をありがとうございます。
皆さま、健康に気を付けて~
第三王女は驚きに目を見開き、とりまきたちは部屋の中を交互にのぞきこみ、目を見合わせていた。
「まぁ」
「キャンベル伯の・・・」
「なんてことでしょう」
「第三王女様のご生誕の日に、このような・・・」
「あの方はどちら?」
これだけの人数に見られてしまっては、もう隠せない。アウレリオは小さく舌打ちした。
アウレリオの背で血まみれの姿でぐったりと気を失っているリオ。部屋のあちこちに血が飛び散り、床にも血だまりができている。
涙と血にまみれ、顔には殴られた跡の残るエミリア。
無残に崩れた髪と引きちぎられた衣装。
そして、足元に散らばるドレスの残骸。
縛られ、気を失っている三人の男。
何があったのか、火を見るよりも明らかだった。
アウレリオが一歩踏み出すと、ひそひそ声はぴたりと止んだ。
「当家の家人が負傷した。医師をお願いしたい。それと、衛兵を。しばらくは目を覚まさないと思うが」
毅然とした声に、とりまきのひとりがうなずき、走って衛兵を呼びに行った。
「ご令嬢の名誉のために、口外はおつつしみいただきたい。ご令嬢がここに連れ込まれ、それを阻止しようとした当家の家人が負傷したものだ。命がけで守ったので、ご令嬢はけがはなさったが、『何事もなかった』だ」
つまり、リオが阻止したので、エミリアの純潔は守られた、と。
「よろしいですね」
アウレリオが全員の顔を確認するように見ると、みな顔を見合わせ、小さくうなずいた。
辺境には気味の悪いうわさが多い。誰がそんな相手に逆らう勇気があるというのだ。
全員が反応したことを確認すると、アウレリオは小さく頭を下げた。
「では、失礼。医者はどこだ」
アウレリオがリオを背負ったまま通り過ぎようとすると、第三王女の眉間にほぼわからないぐらい細く、しわが寄った。
「誰か、グラム様から使用人をお預かりしなさい」
第三王女にしてみれば、自分が贈った衣装が血で汚れるなど許せなかった。従僕ごとき、捨て置けばいいのに。
「いや、結構」
アウレリオは意に介さず大股でその場を去り、毛布をかぶったエミリアが顔を隠しながらちょこまかとそのあとをついていく。
伯爵家の跡取りが、たかが従僕を、しかも血まみれで衣装を汚すものを背負うなんて・・・
どれほど高価な絹で作らせたと思っているのか。
「・・・」
第三王女は言葉を失い、その光景を見守った。
顔面は蒼白で、かすかに唇が震えた。
「王女様?このような汚らわしい場をお見せしてしまい申し訳ありません」
「王女様、ご気分を害されたのではありませんか?」
気づかわしげなとりまきたち。王女ははっと我に返った。
「い・・・いえ。ですが、あのご令嬢が心配ですわね。このようなこと・・・心が痛みます」
これで、ここで何があったのか、決定した。
アウレリオが否定しようと、王女がとりまきに言えば、それがあたかも真実であるかのように広まるのだ。
「本当にそうですわ」
「お気の毒に」
「どちらのお嬢様だったかしら」
「侍女ではありませんの?」
噂話は止むことがない。
だが、他人の不幸など、多少のスパイス程度にしか考えない軽薄な人々の興味は長くは続かなかった。
「今日のケーキは、パティシエが隣国から取り寄せた特別なフルーツを入れたと聞きましたが」
「昨年のケーキの見事だったこと!今年はどれほど驚かせていただけるのか、楽しみでなりませんわ」
「皆様に驚いていただければ、わたくしもうれしいですわ。ふふふ。きっと驚かれますよ」
第三王女が小さく微笑み、とりまきたちは胸をなでおろした。
「そういえば・・・」
「やっぱり・・・」
第三王女一行が晩さん会の会場へ戻っていく。
笑いを含んだ話し声が、王宮の空に溶けていった。
**********
何度も、目を覚まし、ぼんやりとした黒い影とろうそくの明かりが輪郭を照らす金色の髪。
(アウレリオ様・・・)
リオの身体は火が付いたように熱く、燃えていた。
特に左腕と右足が熱い。焼けただれて、なくなってしまうかもしれない。
ああ、でも、苦しい。
「つらいか」
いたわりに満ちた声が聞こえ、リオの額を冷たいリネンで拭いた。
リオは目を開こうとしたが、うまく開かない。
ただ、ぼんやりと金色の髪が揺れているだけ。
ひんやりとしたリネンが顔に触れ、誰かが看病してくれていることがわかる。
誰だろう。
「あり・・・がと」
そのまま、また真っ暗な世界に落ちていった。
「げほげほ」
喉の渇きに耐えられない。
手を動かそうとしたが、腕を持ち上げ力がない。
「み、みず・・・」
あたたかくやわらかな何かが唇に触れ、少しずつ水が流し込まれる。
リオがもっと欲しいと口を開けると、何かは離れていった。
もっと、ほしいのに。
「大人しく、寝ろ。熱があるんだから」
大きな手が額に触れた。
ひんやりとして気持ちがいい。
「もっと・・・」
リオが手に顔をすりつけると、その手は戸惑ったように止まり、そして、やんわりと力を抜いた。
「気持ちいい」
「今は、ゆっくり眠れ」
優しい声が聞こえた。リオの口元に笑みが広がる。大好きな、声。
そしてまた、暗闇に沈んだ。
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お読みいただきまして、ありがとうございました。
木曜日ですが、更新することにしました。
とりあえず、皆無事です。とりあえず、ですが・・・
♡をありがとうございます。
皆さま、健康に気を付けて~
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