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プロローグ1 突然の雨
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急に灰色の雲が空を覆い、大粒の雨が降り出した。
大学生のアレンは、学校帰りの歩道から駆け出した。
部屋を出るときに、ルームメイトから傘を持っていくように言われて、うわの空で返事をしたことを思い出す。
(うわ、あいつの言う事真面目に聞けばよかった・・・)
買ったばかりのパソコンが雨に濡れたら大変だ。
バイト代をはたいて買ったパソコンが壊れたら泣くしかない。
自分よりも、と、パソコンが入ったリュックをジャケットでくるみ、両腕に抱えて走りながら雨宿りができる場所を探す。
学部だけで選んだ大学は、都会の中心部にあり、周辺には「お高め」の店が並んでいる。
アルバイトに応募することすらはばかられる気取った雰囲気の店ばかりで、どこにもずぶ濡れの貧乏学生が立ち寄れるような気楽さはなかった。
(やっと買ったのに・・・!)
バイト代をはたいてもまだ足りず、少しローンが残っているのだ。
こんなすぐに故障したら泣くに泣けない。
途方に暮れて見回すと、ちょっとした軒先を見つけけた。小さな屋根の下に身を滑り込ませ、ほっと息をつく。
足元には水が溜まり、腕や肩に服が張り付く。
ぽたぽたと髪から顔に落ちるしずくを犬のように振り払い、空を見上げた。
灰色の空から降りしきる大粒の雨は止む気配はなかった。
ざあざあと元気に降り注ぐ雨は、アレンの心をどんどん冷やしていく。
(困ったなあ。金欠だから喫茶店に入るのもちょっと・・・ここらの喫茶店は無駄に高いんだよな。でも、パソコンのほうが高いし・・・)
髪から背中に冷たい雨がしたたり、びしょ濡れのシャツが体を冷やす。ぶるっと震えがきて、指先が震えていることに気が付いた。
(うわ、テスト前なのに風邪ひきたくない)
手足は氷のように冷え、濡れた服もどんどん体温を奪っていく。
(困ったなあ)
震えながら空を見上げると、遠慮がちな声が聞こえた。
「あの・・・よければ、店に、どうぞ?」
驚いて振り返ると、そこには見たことのない男がひとり。
高級そうな木のドアから、背の高い男が顔を出していた。
白いシャツに黒いエプロンをして、何かの作業をしていた人なんだろうか?
だけど、高級店の店員らしいたたずまいに、貧乏学生のアレンは気が引けてしまう。
「あ、すみません!俺、じゃまになってますよね!?」
アレンが慌てて後ずさると、また雨が容赦なく降り注いだ。
「うわっ!パソコンが・・・!」
「まだ、雨が降っていますよ?」
男は単純に心配してくれているみたいだ。
迷惑、というよりは目の前のびしょ濡れの学生を心配しているような表情。
ならば、そんなにビビらなくてもいいのかも。
「あ、あの、すみません。俺・・・そこの大学に通っている大学生なんですけど、急に雨に振られて、パソコンも買ったばかりだし、傘もなくて・・・」
ふり絞った勇気はすぐにしぼみ、だんだん声が小さくなっていく。
「そうですか」男は柔和にほほ笑んだ。「いま、店には他にお客様もいらっしゃいませんし、次の予約まで少し時間が空いているので、どうぞお入りください。あなたの服を乾かすぐらいの時間は取れますよ」
「え?そんなご迷惑を・・・」
せいぜい傘を貸してくれる程度の親切をもらえれば、十分だと思っていたのだが。
「ずぶ濡れの学生さんを店の前に立たせてたほうが、店のイメージダウンですよ」
男が肩をすくめ、イタズラっぽく笑った。
「どうぞ、ご遠慮なく」
「すみません・・・少し雨宿りをさせていだだけたら、ありがたいです」
内気なアレンにしては珍しい。だが、この男には感じたことのない親しみを覚えた。本当に迷惑に思っているわけでもなさそうだ。アレンは頭を小さく下げ、男のあとに続いた。
レンガ造りのその店は、壁一面に大小様々な絵がかけられている。
絵の他に特に売り物になっているようなものはない。ただ、部屋の中央にぽつんと座り心地の良さそうな白いソファーが置かれていた。
「ここって・・・」
「うちは画廊です。申し訳ないんですけど、そのままの格好では湿度が・・・奥にシャワーがありますから、使ってください。服は置いてくれれば乾燥機にかけておきます。適当に服を見繕っておきますから、シャワーがおわったら、服が乾くまではそれで我慢してください。髪もしっかり乾かしてくださいね。湿度が絵に良くないので」
「あ、はい・・・」
アレンは、男の静かではあるが、有無を言わせぬ口調におとなしく従った。
「どうぞ」
シャワーを借り、うながされるまま部屋の中央にあるソファーに座った。眼の前には温かな湯気の出るコーヒーが置かれている。
「あ、あの、ありがとうございます。いろいろと、見ず知らずの俺に・・・」
「・・・見ず知らず・・・そうですね」
男の声は小さすぎて、よく聞き取れなかったが、同意しているようにも思える。
「着替えまで、お借りしちゃって・・・」
シャワー室から出ると、ふかふかのバスタオルと清潔なスウェットが用意されていた。
しかも、シャワーを浴びている間にアレンのパソコンをびしょ濡れのカバンから救出してくれていた。
「パソコン、外から見た限りは大丈夫そうですよ?もし濡れたのなら、むしろしばらく通電しないほうがいいですよ」男は柔らかく笑い、その美しさにアレンは息を飲んだ。
(男なのに、こんなにきれいに笑う人がいるんだ・・・うわー、イケメンの破壊力ってすごいな)
頬に血がのぼり、それを誤魔化そうと、コーヒーカップを口に運ぶ。
(うわー、うわー、うわー)
心臓が破裂しそうに高鳴り始めた。
何が起こっているのかわからない。
だが、この、見ず知らずの親切な男のことをもっと知ってもいいだろうか?
「あの!」
「あの」
二人は同時に口を開いた。
「どうぞ、お先に」
「いえ、どうぞどうぞ」
「いえ、その、あなたから」
「お客様優先ですよ」
「・・・それもそうか・・・そうですよね。あの、俺はアレンっていいます。この先にある大学の学生です。お名前を伺ってもいいですか」
男は微笑みを浮かべ、じっとアレンの目を見つめた。
「リカルド」
その名を聞いた瞬間、胸の奥に突然春の風が舞い込んだ。
「・・・リカルド」
噛みしめるように名を繰り返す。
「リカルド・・・」
なぜかわからない。だが、猛烈な切なさに身を千切られそうだ。
心臓が壊れてしまいそうなほど、強く胸を打つ。
「・・・リカルド」
もう一度名を呼んだとき、何故かアレンの右目から、一滴、涙がこぼれた。
大学生のアレンは、学校帰りの歩道から駆け出した。
部屋を出るときに、ルームメイトから傘を持っていくように言われて、うわの空で返事をしたことを思い出す。
(うわ、あいつの言う事真面目に聞けばよかった・・・)
買ったばかりのパソコンが雨に濡れたら大変だ。
バイト代をはたいて買ったパソコンが壊れたら泣くしかない。
自分よりも、と、パソコンが入ったリュックをジャケットでくるみ、両腕に抱えて走りながら雨宿りができる場所を探す。
学部だけで選んだ大学は、都会の中心部にあり、周辺には「お高め」の店が並んでいる。
アルバイトに応募することすらはばかられる気取った雰囲気の店ばかりで、どこにもずぶ濡れの貧乏学生が立ち寄れるような気楽さはなかった。
(やっと買ったのに・・・!)
バイト代をはたいてもまだ足りず、少しローンが残っているのだ。
こんなすぐに故障したら泣くに泣けない。
途方に暮れて見回すと、ちょっとした軒先を見つけけた。小さな屋根の下に身を滑り込ませ、ほっと息をつく。
足元には水が溜まり、腕や肩に服が張り付く。
ぽたぽたと髪から顔に落ちるしずくを犬のように振り払い、空を見上げた。
灰色の空から降りしきる大粒の雨は止む気配はなかった。
ざあざあと元気に降り注ぐ雨は、アレンの心をどんどん冷やしていく。
(困ったなあ。金欠だから喫茶店に入るのもちょっと・・・ここらの喫茶店は無駄に高いんだよな。でも、パソコンのほうが高いし・・・)
髪から背中に冷たい雨がしたたり、びしょ濡れのシャツが体を冷やす。ぶるっと震えがきて、指先が震えていることに気が付いた。
(うわ、テスト前なのに風邪ひきたくない)
手足は氷のように冷え、濡れた服もどんどん体温を奪っていく。
(困ったなあ)
震えながら空を見上げると、遠慮がちな声が聞こえた。
「あの・・・よければ、店に、どうぞ?」
驚いて振り返ると、そこには見たことのない男がひとり。
高級そうな木のドアから、背の高い男が顔を出していた。
白いシャツに黒いエプロンをして、何かの作業をしていた人なんだろうか?
だけど、高級店の店員らしいたたずまいに、貧乏学生のアレンは気が引けてしまう。
「あ、すみません!俺、じゃまになってますよね!?」
アレンが慌てて後ずさると、また雨が容赦なく降り注いだ。
「うわっ!パソコンが・・・!」
「まだ、雨が降っていますよ?」
男は単純に心配してくれているみたいだ。
迷惑、というよりは目の前のびしょ濡れの学生を心配しているような表情。
ならば、そんなにビビらなくてもいいのかも。
「あ、あの、すみません。俺・・・そこの大学に通っている大学生なんですけど、急に雨に振られて、パソコンも買ったばかりだし、傘もなくて・・・」
ふり絞った勇気はすぐにしぼみ、だんだん声が小さくなっていく。
「そうですか」男は柔和にほほ笑んだ。「いま、店には他にお客様もいらっしゃいませんし、次の予約まで少し時間が空いているので、どうぞお入りください。あなたの服を乾かすぐらいの時間は取れますよ」
「え?そんなご迷惑を・・・」
せいぜい傘を貸してくれる程度の親切をもらえれば、十分だと思っていたのだが。
「ずぶ濡れの学生さんを店の前に立たせてたほうが、店のイメージダウンですよ」
男が肩をすくめ、イタズラっぽく笑った。
「どうぞ、ご遠慮なく」
「すみません・・・少し雨宿りをさせていだだけたら、ありがたいです」
内気なアレンにしては珍しい。だが、この男には感じたことのない親しみを覚えた。本当に迷惑に思っているわけでもなさそうだ。アレンは頭を小さく下げ、男のあとに続いた。
レンガ造りのその店は、壁一面に大小様々な絵がかけられている。
絵の他に特に売り物になっているようなものはない。ただ、部屋の中央にぽつんと座り心地の良さそうな白いソファーが置かれていた。
「ここって・・・」
「うちは画廊です。申し訳ないんですけど、そのままの格好では湿度が・・・奥にシャワーがありますから、使ってください。服は置いてくれれば乾燥機にかけておきます。適当に服を見繕っておきますから、シャワーがおわったら、服が乾くまではそれで我慢してください。髪もしっかり乾かしてくださいね。湿度が絵に良くないので」
「あ、はい・・・」
アレンは、男の静かではあるが、有無を言わせぬ口調におとなしく従った。
「どうぞ」
シャワーを借り、うながされるまま部屋の中央にあるソファーに座った。眼の前には温かな湯気の出るコーヒーが置かれている。
「あ、あの、ありがとうございます。いろいろと、見ず知らずの俺に・・・」
「・・・見ず知らず・・・そうですね」
男の声は小さすぎて、よく聞き取れなかったが、同意しているようにも思える。
「着替えまで、お借りしちゃって・・・」
シャワー室から出ると、ふかふかのバスタオルと清潔なスウェットが用意されていた。
しかも、シャワーを浴びている間にアレンのパソコンをびしょ濡れのカバンから救出してくれていた。
「パソコン、外から見た限りは大丈夫そうですよ?もし濡れたのなら、むしろしばらく通電しないほうがいいですよ」男は柔らかく笑い、その美しさにアレンは息を飲んだ。
(男なのに、こんなにきれいに笑う人がいるんだ・・・うわー、イケメンの破壊力ってすごいな)
頬に血がのぼり、それを誤魔化そうと、コーヒーカップを口に運ぶ。
(うわー、うわー、うわー)
心臓が破裂しそうに高鳴り始めた。
何が起こっているのかわからない。
だが、この、見ず知らずの親切な男のことをもっと知ってもいいだろうか?
「あの!」
「あの」
二人は同時に口を開いた。
「どうぞ、お先に」
「いえ、どうぞどうぞ」
「いえ、その、あなたから」
「お客様優先ですよ」
「・・・それもそうか・・・そうですよね。あの、俺はアレンっていいます。この先にある大学の学生です。お名前を伺ってもいいですか」
男は微笑みを浮かべ、じっとアレンの目を見つめた。
「リカルド」
その名を聞いた瞬間、胸の奥に突然春の風が舞い込んだ。
「・・・リカルド」
噛みしめるように名を繰り返す。
「リカルド・・・」
なぜかわからない。だが、猛烈な切なさに身を千切られそうだ。
心臓が壊れてしまいそうなほど、強く胸を打つ。
「・・・リカルド」
もう一度名を呼んだとき、何故かアレンの右目から、一滴、涙がこぼれた。
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