2 / 152
プロローグ2 肖像画
しおりを挟む
「あれ?目、目にごみが入って・・・す、すみません」
アレンがうつむくと、無言で白いタオルが差し出された。
顔に押し当てるとふわりといい香りがする。
「は、ははは・・・すみません。俺、どうしたのかな、その、いや、その・・・」
リカルドと名乗った男は黙ってアレンを見つめている。
目をそらさず、一瞬たりとも見逃すまいとするようなその視線に、むしろ戸惑い、またタオルに顔を埋めた。
(なんでそんなに見るんだよ。まるで・・・まるで・・・)
「なにか、おかしいですか?俺」
「・・・おかしい?」
「だって、そんなふうにじっと見て・・・」
男の視線に、つい口ごもってしまう。
まるで、まるで・・・
浮かんできた言葉を振り払うために、強く首を振った。
何をそんな馬鹿なことを。初対面の、しかも男同士だ。
「その!」
「聞かないんですか?」
「え?」
「なぜ見つめているのか」
「・・・」
(こ、これって、どう答えたら?親切な人だと思ったけど、ヤバい人だったのかな)
急に不安に襲われ、表情がこわばった様子を見て男がふっと笑った。
「大した意味はありませんよ。ただ、若くてうらやましいな、と思っただけです。この店には若い方はめったにいらっしゃらないのでね」
「は、ははは。そうですよね、そうだと思った!」
妙なことを考えてしまった照れくささから、アレンはごまかすように大声で笑った。
(馬鹿か、俺は!一瞬でもこの人が俺のことを・・・なんて。余計なこと言わなくて良かった。いや、考えただけでも、おこがましい・・・)
「ここは・・・絵を売ってる店なんですよね?画廊って?」
「まあ、平たく言うとそうですね。なにかお気に召した作品でもございましたか?」
「え・・・?いや、おれ、貧乏学生なんで」
男はにっこりと微笑んだ。
「押し売りしませんから、ご安心を。ただ、美しいものを美しいと感じていただければそれだけでいいんですよ」
「はぁ・・・ありがとうございます」
アレンは周りを見回した。
美しい田園風景、花や果物、若い女の子が窓際で微笑む絵・・・
「時は儚く、過ぎ去ってしまう・・・画家はその一瞬を魂を込めて一枚の絵に封じ込めているんです」
「・・・そんなこと、考えたこともなかった」
スマホがあればいいじゃん?今どき絵なんて時代遅れって思っていたはずなのに、アレンはふらふらと吸い寄せられるように壁にかけられた絵に近づいていった。
「なんか・・・まるで生きているように見えます」
一枚一枚を食い入るように眺めながら移動していくと、部屋の奥に黒っぽい布がかかった大きな絵があるのに気がついた。
「あれは・・・?」
男の目が怪しく揺らめいた。
「あれは・・・さっき、ありましたか?」
「さっき?」
「あの、奥のシャワーをお借りするために前を通ったはずなんだけど、全然気が付かなかった」
「・・・ありましたよ?」
「そうですか。なぜ気が付かなかったんだろう、あんなに大きいのに」
美術館にあるような大きな絵だ。アレンの背よりも遥かに高い。2メートル以上はある大作なのに、なぜ気が付かなかったんだろうか。
「簡単に動かせる作品じゃないのでね」
「そりゃそうか。こんなに大きいんですもんね。あの・・・見てもいいですか?」
紺か紫かはっきりはわからないが、暗い光沢のある布がカーテンのようにかけられている。上部には金のモールが飾られ、カーテンの房飾りのような金色のロープを引けば見られるに違いない。
男は無言で房飾りを引き、枠の突起にロープを巻き付けた。
ちょうど影になって男の表情は見えない。
そして、絵は男の体の後ろに隠れている。
軽いフラストレーションを感じたその瞬間、リカルドが脇に立ち、絵の全体が見えた。
それは、高貴な男の肖像画だった。
絵を知らないアレンにも一目でわかる。真っ青なベルベットのフロックコートと金と銀が縫い込まれたベスト。富を象徴するような大きな宝石で飾られた剣。胸元には宝石が連なった首飾り。
厳しく引き締められた口元に高い頬骨。
直線的で、柔らかみのない肖像画で、雰囲気を和らげるものは何一つない。
ただ唯一なでつけられた淡い金髪だけがゆるくウエーブを描いている。
アレンは一歩近づき、絵をじっと見つめた。
絵の中の男は、じっと遠くを眺めていた。
だが、青い瞳は、空虚で何も映していない。
『画家はその一瞬に魂を込めて一枚の絵に封じ込めているんです』
聞いたばかりの言葉が浮かぶ。
(この人は・・・悲しそうだ)
「ウィアードの狂人と呼ばれた、男の肖像画です」
「狂人?」
「この男の手にかかって何人死んだのかわからないほど人を殺したんです。一説には3,000人とも・・・戦争を起こして亡くなった人まで合わせれば数万人にも上ると言われています」
突然、アレンの胸を刺すような痛みが走り抜けた。
「嘘だ!」自分の声が悲鳴のように聞こえる。「そんなはずない、そんなはずはない、そんな人じゃないんだ」
「なぜあなたにそんなことがわかるんですか?もう300年も前の人なのに」
「300年・・・」
目の前がぐるぐると回り始める。
『なぜ、あなたにそんなことがわかるんですか?』
なんでだろう。
なぜそんなことを確信できるのだろう。
喉がつまり、ようやく言葉を振り絞った。
「こ・・・この人の名前は?」
だが、聞く前からわかっていた。俺は知っている。この男が誰なのか。
「キャンベル伯爵 ジョン・R・グラン。彼の領地は荒れ果て、草一本残らなかったと伝えられています」
***********************
お読みいただきましてありがとうございます。
お久しぶりの方もはじめましての方もお楽しみいただけたら幸いです。
明日よりやっと本編に入ります。
ギリギリエントリーのため、いろいろ整ってませんけど、異世界モノです。
シリアスモードの方です。
アレンがうつむくと、無言で白いタオルが差し出された。
顔に押し当てるとふわりといい香りがする。
「は、ははは・・・すみません。俺、どうしたのかな、その、いや、その・・・」
リカルドと名乗った男は黙ってアレンを見つめている。
目をそらさず、一瞬たりとも見逃すまいとするようなその視線に、むしろ戸惑い、またタオルに顔を埋めた。
(なんでそんなに見るんだよ。まるで・・・まるで・・・)
「なにか、おかしいですか?俺」
「・・・おかしい?」
「だって、そんなふうにじっと見て・・・」
男の視線に、つい口ごもってしまう。
まるで、まるで・・・
浮かんできた言葉を振り払うために、強く首を振った。
何をそんな馬鹿なことを。初対面の、しかも男同士だ。
「その!」
「聞かないんですか?」
「え?」
「なぜ見つめているのか」
「・・・」
(こ、これって、どう答えたら?親切な人だと思ったけど、ヤバい人だったのかな)
急に不安に襲われ、表情がこわばった様子を見て男がふっと笑った。
「大した意味はありませんよ。ただ、若くてうらやましいな、と思っただけです。この店には若い方はめったにいらっしゃらないのでね」
「は、ははは。そうですよね、そうだと思った!」
妙なことを考えてしまった照れくささから、アレンはごまかすように大声で笑った。
(馬鹿か、俺は!一瞬でもこの人が俺のことを・・・なんて。余計なこと言わなくて良かった。いや、考えただけでも、おこがましい・・・)
「ここは・・・絵を売ってる店なんですよね?画廊って?」
「まあ、平たく言うとそうですね。なにかお気に召した作品でもございましたか?」
「え・・・?いや、おれ、貧乏学生なんで」
男はにっこりと微笑んだ。
「押し売りしませんから、ご安心を。ただ、美しいものを美しいと感じていただければそれだけでいいんですよ」
「はぁ・・・ありがとうございます」
アレンは周りを見回した。
美しい田園風景、花や果物、若い女の子が窓際で微笑む絵・・・
「時は儚く、過ぎ去ってしまう・・・画家はその一瞬を魂を込めて一枚の絵に封じ込めているんです」
「・・・そんなこと、考えたこともなかった」
スマホがあればいいじゃん?今どき絵なんて時代遅れって思っていたはずなのに、アレンはふらふらと吸い寄せられるように壁にかけられた絵に近づいていった。
「なんか・・・まるで生きているように見えます」
一枚一枚を食い入るように眺めながら移動していくと、部屋の奥に黒っぽい布がかかった大きな絵があるのに気がついた。
「あれは・・・?」
男の目が怪しく揺らめいた。
「あれは・・・さっき、ありましたか?」
「さっき?」
「あの、奥のシャワーをお借りするために前を通ったはずなんだけど、全然気が付かなかった」
「・・・ありましたよ?」
「そうですか。なぜ気が付かなかったんだろう、あんなに大きいのに」
美術館にあるような大きな絵だ。アレンの背よりも遥かに高い。2メートル以上はある大作なのに、なぜ気が付かなかったんだろうか。
「簡単に動かせる作品じゃないのでね」
「そりゃそうか。こんなに大きいんですもんね。あの・・・見てもいいですか?」
紺か紫かはっきりはわからないが、暗い光沢のある布がカーテンのようにかけられている。上部には金のモールが飾られ、カーテンの房飾りのような金色のロープを引けば見られるに違いない。
男は無言で房飾りを引き、枠の突起にロープを巻き付けた。
ちょうど影になって男の表情は見えない。
そして、絵は男の体の後ろに隠れている。
軽いフラストレーションを感じたその瞬間、リカルドが脇に立ち、絵の全体が見えた。
それは、高貴な男の肖像画だった。
絵を知らないアレンにも一目でわかる。真っ青なベルベットのフロックコートと金と銀が縫い込まれたベスト。富を象徴するような大きな宝石で飾られた剣。胸元には宝石が連なった首飾り。
厳しく引き締められた口元に高い頬骨。
直線的で、柔らかみのない肖像画で、雰囲気を和らげるものは何一つない。
ただ唯一なでつけられた淡い金髪だけがゆるくウエーブを描いている。
アレンは一歩近づき、絵をじっと見つめた。
絵の中の男は、じっと遠くを眺めていた。
だが、青い瞳は、空虚で何も映していない。
『画家はその一瞬に魂を込めて一枚の絵に封じ込めているんです』
聞いたばかりの言葉が浮かぶ。
(この人は・・・悲しそうだ)
「ウィアードの狂人と呼ばれた、男の肖像画です」
「狂人?」
「この男の手にかかって何人死んだのかわからないほど人を殺したんです。一説には3,000人とも・・・戦争を起こして亡くなった人まで合わせれば数万人にも上ると言われています」
突然、アレンの胸を刺すような痛みが走り抜けた。
「嘘だ!」自分の声が悲鳴のように聞こえる。「そんなはずない、そんなはずはない、そんな人じゃないんだ」
「なぜあなたにそんなことがわかるんですか?もう300年も前の人なのに」
「300年・・・」
目の前がぐるぐると回り始める。
『なぜ、あなたにそんなことがわかるんですか?』
なんでだろう。
なぜそんなことを確信できるのだろう。
喉がつまり、ようやく言葉を振り絞った。
「こ・・・この人の名前は?」
だが、聞く前からわかっていた。俺は知っている。この男が誰なのか。
「キャンベル伯爵 ジョン・R・グラン。彼の領地は荒れ果て、草一本残らなかったと伝えられています」
***********************
お読みいただきましてありがとうございます。
お久しぶりの方もはじめましての方もお楽しみいただけたら幸いです。
明日よりやっと本編に入ります。
ギリギリエントリーのため、いろいろ整ってませんけど、異世界モノです。
シリアスモードの方です。
51
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!
はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。
********
癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー!
※ちょっとイチャつきます。
辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない
コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。
だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。
野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。
それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。
そんな生活から一年。
冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。
――王都へ戻れる。
それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。
迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。
「ならば、ずっとここにいろ」
「俺と婚約すればいい」
不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。
優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる