5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
6 / 152

第四話 干し草のベッド

しおりを挟む
石がのどに詰まったような気まずい沈黙が流れ、遠くでのんきに鳴く牛の声に赤ん坊の泣き声が混ざった。

「その・・・まだ、奉公にも出せないし・・・たったの一年だけだ。勘弁してやってくれ」

女の顔は真っ赤に染まり、憎々しげにリオをにらみつけた。

「ふん!小綺麗な格好したってだまされないからね!あんたからは汚い匂いがプンプンするよ!」
「パストラ!言い過ぎだ!」
「あんただって同類だよ!思い出すだけで虫唾が走る!」

怒りの矛先は村長にも向いた。
二人はにらみ合い、硬直した空気が流れた。

「一年だけだ」
「母屋のベッドでは寝かさないよ」
「・・・わかった」
「あたしの家族じゃない」
「・・・お前に母親になることは求めない」
「約束は守って」

そう言うと、女はもう一度リオをにらみ、茶色の長いスカートをひるがえして出てきたドアに戻っていった。
村長は肩をすくめ、首を振り、ひとつため息をついた。

「・・・まあ、そういうことだ。こっちに来い」

どういうことなのかわからないが、初めてみたときは山のように大きく見えた村長は、一回り小さくなったように見えた。



案内された先は母屋の脇にある、先程にわとりが逃げ込んでいった家畜小屋だった。
入口の柱の横には小さなドアがあり、小さな歌声が聞こえてくる。赤ん坊の笑い声もかすかに混じっている。

「悪いが、そこじゃない」

村長はドアと反対側に親指を向けたが、そこは薄暗く、大きな動物がひしめいていた。

(うわ、でっかい)

通りを走る馬や畑を耕す牛を見たことはあったが、こんなに近くで見たことはなかった。

「用もなく近づくな。柵から中には絶対に入っちゃいかん。お前みたいな子どもは踏み殺されるぞ」

牛がムウォーと大きな声で鳴き、びくっと肩が跳ね上がった。獣臭い匂いにもぞっとする。
少しでも距離を取るため、こわごわと壁際を進んだ。
どの牛も恐ろしく、馬もまた恐ろしい。
ただ、馬はリオには関心がないらしく、村長をおもねるように見つめ、足元の土を掻いていた。

「今は何も持っていないんだ」

村長はポケットを裏返してみせると、馬は諦めきれないと鼻を擦り寄せてくる。それを軽くかわし、一番奥のはしごをするすると登っていった。

「お前も登れ」



ホコリ臭い空気の中、はしごをのぼると、その奥は意外なほど広々としていた。
先に登った村長は、ひょいひょいと干し草の束を重ね、リオの居場所を作っていた。

「あとでシーツを持ってきてやる。いいな」

リオが村長の言っている意味がわからず、首をかしげると、村長は言いづらそうに口を開いた。

「その、おまえは今夜からここで寝るってことだ。干し草にシーツを乗せれば、ふかふかのベッドと同じだ。いいだろう?」

ようやく言っている意味がわかった。
あの怒っていた女は「母屋のベッドでは寝かせない」と言った。つまり、ここは母屋ではないということなんだ。

いままで一間しかない家しか知らないリオには母屋も家畜小屋も違いがわからなかった。

「馬や牛がいるから、冬も温かいし・・・下の部屋には家畜番の家族が住んでいるから、お前をいれるのは難しいだろう。赤ん坊もいるし・・・だから・・・」
「はい」

リオは平気なふりをして頭を下げた。
本当は、牛や馬が恐ろしかった。だが、ここにおいてくれると言うならそれでいい。
もしかして、寝ている間に牛や馬が上がってきて食われてしまうかもしれないけど・・・
でも、今目の前の男の機嫌を損ねて殴られるよりはマシだろう。

「ありがとうございます。村長様」

習ったばかりの言葉を使い、深々と頭を下げると、村長は困ったような顔になった。

「いや・・・その・・・悪いな?今のところはここで勘弁してくれ」
「・・・・」

これ以上言う言葉もなくなり、黙り込んでしまったリオに、気まずくなったのか、村長は慌てて立ち上がった。

「また、後でな」



ひとりになると、急に牛や馬の蹄の音や鳴き声が聞こえてきた。
だが、牛や馬がはしごを登ってくる気配はない。

(ここにいれば安全なのかもしれない)

大きく伸びをして干し草の山に身をあずけると、ふわりと全身を包みこまれ、干し草のいい香りがした。

(ここで寝ていいんだ・・・こんないいところで・・・)

干し草に潜り込むと、暖かく、ホッとした。

(村長様って、すごい人なんだな。俺にこんないいねどこをくださるなんて・・・明日からたくさん働いて追い出されないようにしないと・・・メイに教わったように清潔にして。臭いって言われないように・・・)

緊張がとけたのか、眠りの底に引きずり込まれていった。


********************


半年が過ぎた。

リオの朝は早い。
一番鶏の鳴き声とともに跳ね起きると、井戸に走り、素早く顔を洗い、次に台所の水瓶をいっぱいにする。
家畜小屋に駆け戻って卵を集め、台所に届けたあと、また家畜小屋に戻り乳搾りを手伝う。
最初は怖くて近づけなかったが、今ではすっかり慣れてしまった。
牛の鳴き声も、リオに甘えているのか怒っているのかもわかるようになった。

家長の子どもを、いくら私生児とはいえ家畜小屋で寝かしていることについて、ヒソヒソと話すものはいたが、当の本人は幸せだった。

ここでは、無体に殴られることはない。
朝と夕方に食事がもらえ、干し草のベッドは快適だった。

何よりも、リオは「まともな人間」の生活がどういうものなのか、知ることができた。
毎日朝からずっと飲んだくれている人間はいない。
雨だから、酒瓶が空だから、と殴りつける人間もいない。
挨拶をする。
頑張ればほめてもらえることもある。

たまには殴られたり小突かれたりすることもあるが、今までの生活とは大違いだった。

三月みつきもすると、枝のようだった腕に少しずつ肉がついてきた。
男たちや女たちの冗談に少しずつ反応するようになり、心の奥で何かが芽吹き始めた。

引き取られてしばらくしてから、村長を怒鳴りつけていた女は村長の妻で、この家の奥様だと知ったが、リオを母屋で寝かさないことで溜飲を下げたのか、冷ややかな態度のまま存在を無視することに決めたようだった。

「リオ!今日は床磨きをしてちょうだい」

手伝いの女が声をかけ、リオは「はい」と元気に返事をする。

(このままここに置いてもらえたらいいのに・・・)

ただ、そうはいかないこともわかっていた。7歳になったら遠くの街のどこかに奉公に出されることは、最初からの約束だったからだ。
自分の人生で自分で選べることなどないんだろうな、とぼんやりと感じながら女の手伝いをするために母屋に向かった。

***********************

その日の夕方、夕焼けが真っ赤に空を染めた時刻に、黒い馬に乗った男たちの集団が、突然村長の屋敷の中庭に現れた。

「東の村の村長はここに参れ」

家畜小屋にいる馬たちよりも一回り大きな、猛々しい馬の馬具がガシャガシャと音を立てながら、夕日を受けて輝いている。
男も女も遠巻きにその姿をこわごわと見つめるばかり。
その中を転がるように村長が駆け出してきた。
いつも男たちを取りまとめる堂々とした姿はなく、小さく背中を丸めて地面に額をすりつけた。

銀色に輝く軍装の大男が大声を出した。

「お前たちの領主様よりありがたいお達しである。8歳から10歳の男子をお城に奉公に出すように。刻限は1週間後。わかったな」







************************
(ここからはお礼です)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
ハート♡もありがとうございます。
とてもうれしいです。
いよいよリオの運命が動き出します(ゆっくりですけど)
相手役がでてくるまでもう少しです!

しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

【完結】こじらせ半猫くんは、好きな人の前だけ可愛い―溺愛ダーリン×半猫化男子―

砂原紗藍
BL
大学生の三毛乃レンは、雨に濡れたり感情が高ぶったりすると、ふわふわの猫耳としっぽが勝手に出てしまう“半猫体質”。 誰にも知られないように隠してきたのに、気になっていた隣人・橘カナトに見られてしまう。 「お前は、そのままで可愛い」 そう言って優しく受け入れてくれるカナトに対し、レンは「別に嬉しくない」と強がる。 でも本当は――寂しがりで不安になりやすく、嫉妬も拗ねるのも止められない“無自覚メンヘラ”気質。 実はその原因は、“幼い頃に背負った傷”にあった。 半猫姿を狙われて怯えたり、危ない目に遭えば、カナトは迷わず抱き寄せて守ってくれる。 そんな溺愛に触れていくうちに、気づけば、“心も体も”カナトなしでは生きていけなくて――。 「カナトさんがいないと、やだ。置いてかないでね」 「置いていかない。絶対に」 「……約束?」 「約束するよ」 レンを守り甘やかす一方で、嫉妬や拗ねるレンにデレデレになりがちなカナト。 耳もしっぽも、心も体も――お互いを独り占めしたくて、手放せない。 こじらせ半猫男子と、一途に溺愛するダーリンの、甘々ラブストーリー。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない

コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。 だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。 野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。 それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。 そんな生活から一年。 冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。 ――王都へ戻れる。 それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。 迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。 「ならば、ずっとここにいろ」 「俺と婚約すればいい」 不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。 優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結 第三章 完結

処理中です...