5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
5 / 152

第三話 村長

しおりを挟む
しのつく雨の中、アリサの葬式は教会の柵の外で行われた。
堕落した生き方をしていたアリサは教会の中に入ることは、亡くなってからも許されず、列席者はリオと村長、行きがかり上少し離れたところでメイとシャンニが列席していた。
祈りの言葉は一瞬で終わり、墓穴に投げ入れられた遺体は麻袋に包まれ、中を見ることは許されなかった。
だが、リオは見ろと言われても絶対に見なかっただろう。
それほど、アリサの最後の形相はリオの心に大きな衝撃を与えていた。

村長は山のような大きな男だった。黒っぽいもじゃもじゃとした髪もあごひげも、すべてがリオを怯えさせた。
手は大きく節ばっていて、長く外で肉体労働と続けている、村の男達と同じような手をしていた。
リオを一目見ただけで、関心を失ったらしい。
「世話になったな」とジャンニに声をかけ、農作物の話をしている。

それまでは、なにか聞かれるかと心臓が飛び出るほど緊張したのに、父親だというその人はあっけなくそっぽを向いてしまい、それきりだった。

これから、どうしたらいいんだろう。
ジャンニは村長が俺の父親で、俺を引き取るって言ってたけど・・・
それはつまり、これからは村長の指示で働くということなんだろうか。
パン屋の親方になんて言ったらいいんだろう・・・

「おい、お前・・・」

振り返った村長は、リオに話しかけようとして、言葉が出ず、罵りの言葉を呟いた。

「リオですよ」

おせっかいなメイが口を出す。

「すっかり怯えちまってるじゃないですか。まだ、たったの6つなんですよ」
「ちっ」

村長が舌打ちし、目をそらした。

「来年には奉公に出る年だろう。なんでこんなに痩せてるんだ。これじゃ畑仕事の役に立ちそうもないな。家にいる4歳のガキですらこいつよりもしっかりしているぞ」

そう吐き捨てると、荷馬車のほうに顎をしゃくった。

「神父様に挨拶してくる。そこで待ってろ」

ろくに話もしていないのに、役立たずと決めつけられ、リオは足元をじっと見つめることしかできなかった。

「これを持っていきなさい」

メイがリオに布づつみを押し付けた。

「遠慮しなくていい。もう着ない服だから。着替えを何枚かと、甘いものを入れておいたから。お腹が空いたら食べなさい」

リオは大きな目をうるませてメイを見つめた。
こんなふうに親切にされたことは一度もなかった。こういうときにはなんて言ったらいいんだろう。

「あの・・・すみません」

目を伏せてその言葉を吐き出すと、リオの体はまた一回り小さくなったように見えた。
メイの家にいた3日の間に栄養のある食事を取り、少しだけ頬がふっくらとしてきてはいたが、まだまだ同年代のこどもよりも小さい。その小さな体をもっと小さく縮めて、じゃまにならないように、殴られないように、とそれだけを願ってきた過去が容易に透けて見えた。

「まぁ・・・この子ときたら・・・」つらいときは帰ってこい、と言える仲ではない。
「そういうときは、ありがとう、っていうんだよ。目上の人にはありがとうございます、って言いなさい。あんたより年上の人ってことだよ。挨拶とお礼が言えればなんとかなるもんだ。わかったかい?」

リオは顔を上げ、メイの顔を見つめた。
日に焼けてテラテラした、シワだらけの顔。でもその瞳には今まで出会ったことがない優しさが輝いていた。

(このひとはなんてきれいなんだろう)

「ありがとう、ござい、ます」

噛みながら振り絞った言葉に、メイの目から思わず涙がこぼれた。

「踏ん張んなさい。精一杯頑張ってるのはわかってる。これからつらいこともたくさんあるだろう。だが、つらいのはあんただけじゃない。おえらい領主様だって、つらいことがあるんだよ。踏ん張りなさい。望みすぎず、真面目に働いていれば、必ずいいことがある。わかったね」

「はい・・・ありがとう、ございます」
「そう、そうだよ」

メイは泣き笑いの表情を浮かべ、リオの頭を撫でた。

「しっかり食事をとって、元気でおやんなさい。近くに来たら、挨拶に来なさい」
「はい」

「さあ、そろそろ村長が待ちきれなくなってるぞ」

ジャンニがメイに声をかけ、メイはリオの手を握りしめた。

「元気でね」
「はい・・・メイさんもジャンニさんも・・・」

リオは頭を下げ、荷馬車に向かった。
荷馬車の脇でジャンニと話していた村長がリオに目を留めた。

「荷物はそれだけか」
「・・・はい」
「家によってとってくるものはないのか?」
「・・・?」

ぽかんとして村長を見返すリオ。

「まあまあ・・・今日は葬式でしたし。着替えは持たせましたから、何かあれば俺がお持ちしますよ」

とりなすようにジャンニが言い、村長は小さく頷いた。
あの空っぽの家から何をもってこいというのか。それほど村長はアリサとリオの生活に無関心だった。

「あの、パン屋の親方に・・・言わないと。しばらく行けないって」
「なんだと?」
眉をしかめた村長に気づき、ジャンニが慌てて口を挟む。
「俺が言っておいてやるから。さあ、もう行け」

「お前・・・リオ・・・それを貸せ」

村長はリオの手から布づつみを受け取ると、荷馬車の奥にほおり、リオの腰を両手で掴み、荷台に押し上げた。

「もっと、食わないとな。痩せ過ぎだ」

村長の目がふと緩むと、はしばみ色に輝いた。
リオの目と同じ色をしていた。


***********************

村長はひょいと荷馬車に飛び乗ると慣れた手つきで馬に軽くムチを当て、方向を変えた。

ぽつぽつと話しかけられたが、なんと返したらいいのかわからず、もごもごと口の中で呟いていると、村長は話しかけるのをやめてしまった。

むしろそのほうが気楽で良かった。
荷馬車に乗るのは生まれて初めてだ。こんな高いところから動く景色を見たことなんてない。
わくわくしながら周りを眺めていると、あっという間に目的地についた。
村長の家は、村で一番立派な建物で、母屋の他に倉庫や家畜小屋まであった。
こんなに大きな家は見たことがない。

村長は中庭で荷馬車を止めると、大声で声をかけた。

「今帰ったぞ!」

中央の一番大きな家の扉が開き、背の高い痩せた女が、前掛けで手を拭きながら出てきた。

その女の表情は、憤怒に満ちていた。

「その汚い子どもを家には入れないで!」

怒鳴り声が周囲の空気を震わせ、怯えたニワトリがケケケと鳴きながら家畜小屋へと走り去っていく。
リオは息を飲み、女と村長を交互に見交わした。


***********************

※注 アリサは娼婦から愛人暮らしをしていた宗教的に堕落した存在であるため、教会の敷地内に入ることは許されません。ですが、もう故人なので柵の外(敷地外)に埋葬することは許されています。
   

お読みいただきましてありがとうございました。
そして、♡もいただきまして、ありがとうございました。
ハートって「ココロ」じゃないですか。
「楽しかったよ」とか「続きが気になるな」とか言っていただいているような気がして、本当にうれしいです。(^^)

ストックがないので、途中お休みする日もあるかもしれませんが、なるべくがんばりますので、よろしくお願いします。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない

コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。 だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。 野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。 それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。 そんな生活から一年。 冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。 ――王都へ戻れる。 それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。 迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。 「ならば、ずっとここにいろ」 「俺と婚約すればいい」 不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。 優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...