5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
5 / 120

第三話 村長

しおりを挟む
しのつく雨の中、アリサの葬式は教会の柵の外で行われた。
堕落した生き方をしていたアリサは教会の中に入ることは、亡くなってからも許されず、列席者はリオと村長、行きがかり上少し離れたところでメイとシャンニが列席していた。
祈りの言葉は一瞬で終わり、墓穴に投げ入れられた遺体は麻袋に包まれ、中を見ることは許されなかった。
だが、リオは見ろと言われても絶対に見なかっただろう。
それほど、アリサの最後の形相はリオの心に大きな衝撃を与えていた。

村長は山のような大きな男だった。黒っぽいもじゃもじゃとした髪もあごひげも、すべてがリオを怯えさせた。
手は大きく節ばっていて、長く外で肉体労働と続けている、村の男達と同じような手をしていた。
リオを一目見ただけで、関心を失ったらしい。
「世話になったな」とジャンニに声をかけ、農作物の話をしている。

それまでは、なにか聞かれるかと心臓が飛び出るほど緊張したのに、父親だというその人はあっけなくそっぽを向いてしまい、それきりだった。

これから、どうしたらいいんだろう。
ジャンニは村長が俺の父親で、俺を引き取るって言ってたけど・・・
それはつまり、これからは村長の指示で働くということなんだろうか。
パン屋の親方になんて言ったらいいんだろう・・・

「おい、お前・・・」

振り返った村長は、リオに話しかけようとして、言葉が出ず、罵りの言葉を呟いた。

「リオですよ」

おせっかいなメイが口を出す。

「すっかり怯えちまってるじゃないですか。まだ、たったの6つなんですよ」
「ちっ」

村長が舌打ちし、目をそらした。

「来年には奉公に出る年だろう。なんでこんなに痩せてるんだ。これじゃ畑仕事の役に立ちそうもないな。家にいる4歳のガキですらこいつよりもしっかりしているぞ」

そう吐き捨てると、荷馬車のほうに顎をしゃくった。

「神父様に挨拶してくる。そこで待ってろ」

ろくに話もしていないのに、役立たずと決めつけられ、リオは足元をじっと見つめることしかできなかった。

「これを持っていきなさい」

メイがリオに布づつみを押し付けた。

「遠慮しなくていい。もう着ない服だから。着替えを何枚かと、甘いものを入れておいたから。お腹が空いたら食べなさい」

リオは大きな目をうるませてメイを見つめた。
こんなふうに親切にされたことは一度もなかった。こういうときにはなんて言ったらいいんだろう。

「あの・・・すみません」

目を伏せてその言葉を吐き出すと、リオの体はまた一回り小さくなったように見えた。
メイの家にいた3日の間に栄養のある食事を取り、少しだけ頬がふっくらとしてきてはいたが、まだまだ同年代のこどもよりも小さい。その小さな体をもっと小さく縮めて、じゃまにならないように、殴られないように、とそれだけを願ってきた過去が容易に透けて見えた。

「まぁ・・・この子ときたら・・・」つらいときは帰ってこい、と言える仲ではない。
「そういうときは、ありがとう、っていうんだよ。目上の人にはありがとうございます、って言いなさい。あんたより年上の人ってことだよ。挨拶とお礼が言えればなんとかなるもんだ。わかったかい?」

リオは顔を上げ、メイの顔を見つめた。
日に焼けてテラテラした、シワだらけの顔。でもその瞳には今まで出会ったことがない優しさが輝いていた。

(このひとはなんてきれいなんだろう)

「ありがとう、ござい、ます」

噛みながら振り絞った言葉に、メイの目から思わず涙がこぼれた。

「踏ん張んなさい。精一杯頑張ってるのはわかってる。これからつらいこともたくさんあるだろう。だが、つらいのはあんただけじゃない。おえらい領主様だって、つらいことがあるんだよ。踏ん張りなさい。望みすぎず、真面目に働いていれば、必ずいいことがある。わかったね」

「はい・・・ありがとう、ございます」
「そう、そうだよ」

メイは泣き笑いの表情を浮かべ、リオの頭を撫でた。

「しっかり食事をとって、元気でおやんなさい。近くに来たら、挨拶に来なさい」
「はい」

「さあ、そろそろ村長が待ちきれなくなってるぞ」

ジャンニがメイに声をかけ、メイはリオの手を握りしめた。

「元気でね」
「はい・・・メイさんもジャンニさんも・・・」

リオは頭を下げ、荷馬車に向かった。
荷馬車の脇でジャンニと話していた村長がリオに目を留めた。

「荷物はそれだけか」
「・・・はい」
「家によってとってくるものはないのか?」
「・・・?」

ぽかんとして村長を見返すリオ。

「まあまあ・・・今日は葬式でしたし。着替えは持たせましたから、何かあれば俺がお持ちしますよ」

とりなすようにジャンニが言い、村長は小さく頷いた。
あの空っぽの家から何をもってこいというのか。それほど村長はアリサとリオの生活に無関心だった。

「あの、パン屋の親方に・・・言わないと。しばらく行けないって」
「なんだと?」
眉をしかめた村長に気づき、ジャンニが慌てて口を挟む。
「俺が言っておいてやるから。さあ、もう行け」

「お前・・・リオ・・・それを貸せ」

村長はリオの手から布づつみを受け取ると、荷馬車の奥にほおり、リオの腰を両手で掴み、荷台に押し上げた。

「もっと、食わないとな。痩せ過ぎだ」

村長の目がふと緩むと、はしばみ色に輝いた。
リオの目と同じ色をしていた。


***********************

村長はひょいと荷馬車に飛び乗ると慣れた手つきで馬に軽くムチを当て、方向を変えた。

ぽつぽつと話しかけられたが、なんと返したらいいのかわからず、もごもごと口の中で呟いていると、村長は話しかけるのをやめてしまった。

むしろそのほうが気楽で良かった。
荷馬車に乗るのは生まれて初めてだ。こんな高いところから動く景色を見たことなんてない。
わくわくしながら周りを眺めていると、あっという間に目的地についた。
村長の家は、村で一番立派な建物で、母屋の他に倉庫や家畜小屋まであった。
こんなに大きな家は見たことがない。

村長は中庭で荷馬車を止めると、大声で声をかけた。

「今帰ったぞ!」

中央の一番大きな家の扉が開き、背の高い痩せた女が、前掛けで手を拭きながら出てきた。

その女の表情は、憤怒に満ちていた。

「その汚い子どもを家には入れないで!」

怒鳴り声が周囲の空気を震わせ、怯えたニワトリがケケケと鳴きながら家畜小屋へと走り去っていく。
リオは息を飲み、女と村長を交互に見交わした。


***********************

※注 アリサは娼婦から愛人暮らしをしていた宗教的に堕落した存在であるため、教会の敷地内に入ることは許されません。ですが、もう故人なので柵の外(敷地外)に埋葬することは許されています。
   

お読みいただきましてありがとうございました。
そして、♡もいただきまして、ありがとうございました。
ハートって「ココロ」じゃないですか。
「楽しかったよ」とか「続きが気になるな」とか言っていただいているような気がして、本当にうれしいです。(^^)

ストックがないので、途中お休みする日もあるかもしれませんが、なるべくがんばりますので、よろしくお願いします。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

王太子殿下のやりなおし

3333(トリささみ)
BL
ざまぁモノでよくある『婚約破棄をして落ちぶれる王太子』が断罪前に改心し、第三の道を歩むお話です。 とある時代のとある異世界。 そこに王太子と、その婚約者の公爵令嬢と、男爵令嬢がいた。 公爵令嬢は周囲から尊敬され愛される素晴らしい女性だが、王太子はたいそう愚かな男だった。 王太子は学園で男爵令嬢と知り合い、ふたりはどんどん関係を深めていき、やがては愛し合う仲になった。 そんなあるとき、男爵令嬢が自身が受けている公爵令嬢のイジメを、王太子に打ち明けた。 王太子は驚いて激怒し、学園の卒業パーティーで公爵令嬢を断罪し婚約破棄することを、男爵令嬢に約束する。 王太子は喜び、舞い上がっていた。 これで公爵令嬢との縁を断ち切って、彼女と結ばれる! 僕はやっと幸せを手に入れられるんだ! 「いいやその幸せ、間違いなく破綻するぞ。」 あの男が現れるまでは。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

冬は寒いから

青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。 片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。 そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。 「二番目でもいいから、好きになって」 忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。 冬のラブストーリー。 『主な登場人物』 橋平司 九条冬馬 浜本浩二 ※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

処理中です...