5月の雨の、その先に

藍音

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第五話 騎士と魔女

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やってきた男たちは「キシ」という人たちだった。
リオが見たことがあるのは農夫かパン屋、神父や行商人ぐらいだ。
「キシ」という人たちは、どの人とも違った。

荒々しく、大声で話し、大きな軍馬を乗り回す。
歩くと剣や鎧、足甲や拍車が触れ合って、ガシャガシャ音をたて周りを威嚇した。
胸元には、赤い獅子の紋章が飾られ、男たちが誰のもとで働いているのかを示している。

ウィアードの赤獅子

かつて、魔法使いと共存していた時代、王弟であった大公は悪魔のような力を持つ魔術師と契約し、人ならぬ力を身に着け、国境を守り抜いたという。
だが、強すぎる力は次第に彼を狂わせ、悪魔にとり殺される前に自らの血を封印せねばと、次々に子や血縁者を血祭りに上げた。優秀な長子も、冷静な次男も、策略に長けた三男もみな殺されてしまった。

だが、誰もが勝ち続けることはできない。

時が至り、長い戦いのあと彼を封じ込めたのは、彼が人外になる前、最後にこの世に送り出した十番目の息子だった。
十番目の息子はまた、狂った父が殺しそこねた唯一の血縁者だったという。
その息子の紋章が赤獅子であった。

息子は魔術師を追放し、魔法に頼らない最強の軍団を作り上げ、国境の街を繁栄に導いた。
だが、血の呪いのせいか、いつしか血を求めるようになっていった。
無惨に殺された家臣や自らの子どもたち。
やはりこの血筋は、狂人の家系だと誰もが思った。
だが、逆らえるものは誰もいない。

今、ウィアードを治めているのは、父殺しの赤獅子から3代目のキャンベル伯爵だった。
中央を治める王は、ウィアードの厳しい風土と虎視眈々と侵略を狙う隣国。常に境界線での小競り合いを繰り返さなければならない地を守らせるには、多少病んでいてもキャンベル伯爵家が最適と考えていた。
敵に回すには、恐ろしく、味方につければ頼もしい。
だが、そばには置きたくない。

そして、ウィアードは独立を貫きたい。

利害がピッタリと一致し、ウィアードの統治については何が起こっても中央は口を出さないことがこの百年の慣習となっていた。
赤獅子の騎士たちは、どんな敵にも一歩もひかずに国境を守り抜く。
だが、騎士たちを敵に回せば、赤子すら皆殺しにする最凶の集団だった。
村人たちが恐れるのも無理はない。

騎士たちは許可も取らずに、野営するためにテントを中庭に設え、大声で食料を持ってくるように要求した。
牛や豚はほふられ、鳥はめられ、血を抜かれ、次の瞬間には男たちのために食卓に並べられた。

男たちは、お祭りの日でも見たことがないほどの大量の肉を次々に平らげ、大きな音でゲップをしてゲラゲラと笑っている。
皆、機嫌を損ねないように、大わらわで男たちに料理やエールを運んだ。
リオもその一員として、何度も厨房と中庭の間を走った。

「この人たちは・・・?」

(この黒くて大きな男たちは、なぜ食べたこともないごちそうをガツガツと当然のように貪っているの?)

心の声が聞こえたのか、近くにいた男が「しっ」とリオの腕をつねった。「命が惜しければ口をつぐんでいろ。騎士様に逆らったら、俺達農民は殺されても文句は言えない」

リオはこわごわと男たちを眺めた。
気がつけば女たちは姿を消していた。

「女はどこだ!」

叫ぶ騎士に、村長が近づいた。「村で商売をしている女を呼びにやったところです。もう少々お待ちを・・・」
「ははは!気が利くな!」

ひときわ大きい髭面の大男が村長の肩をたたいた。
この大男の前では、村長がほっそりと小柄に見えるほどだ。

大男はぐいっとエールの入ったジョッキを開け、また大声で笑った。

「ははは、気分がいいな。この村は食事もうまい。しかも村長は気が利いている。あとは女さえいれば・・・」
「ところで」村長の背筋がぴんと伸びた。「私共の貧しい村に尊い騎士様においでいただけたのは、どういった理由で?8歳から10歳の男子をお城にとは・・・お城のお手伝いならもっと年がいっていたほうがお役に立てるでしょうに」
「あー、それか」大男はめんどくさそうにあごひげの下を掻いた。
「まあ、手伝いなら、な。ただ、騎士になるための修行をさせるには、子どもでも十分だ。今回集める子どもたちはその子どもにあった仕事を与えてやることになる。手当もいただけるし、ありがたい話だろう。だがな」
大男がニヤッと笑った。
「本当の理由があるんだ」
「本当の?」
村長が指を上げ、いつの間にか現れていた色っぽい女が大男のジョッキにエールを注いだ。
大男は胸を張り、にんまりと笑う。

「おもちゃが欲しいんだよ」
「おもちゃ・・・?」
「おぼっちゃまの、おもちゃが」
「といいますと?」

大男が大きなげっぷをしたが、だれもが固唾かたずをのんでその続きの言葉を待っていた。

「今の伯爵様には三人の男のお子様と二人の姫君がいらっしゃる。男のお子様の一番上が今回の主役さ!」

大男は大声で笑った。

「今まで何人の従者が変わったかわからないほど、おかしな方でな。とにかく感情がない上に、残酷でいらっしゃる。寝床に死んだ猫を投げ入れられても、眉一つ動かさない。従者は何人もやめ、毒を盛られたとか、殺さかけたとか、いなくなちまったとか・・・額を切りつけられたって子どももいたな。それでもう、年頃の合う子どもがいなくなっちまったのさ。ありがたいだろう?お前らのような農民から、次期伯爵様の側近になる道が開かれたんだ」

男は身をのけぞらせて笑い、そのまま椅子から崩れ落ちた。

「え?」
「やっと効いたな」
「大男だから、なかなかエラ婆さんの眠り薬も効かなかったな」

小声で男たちがささやき交わす言葉に驚いて見回すと、騎士たちは皆くずおれるようにして眠りに落ちていた。

「聞きたいことは聞いた。女たちにはコイツらが出ていくまで扉を締めておくように言え。知らせるまで出てくるなと。エラ、助かったよ」

先ほど妖艶な仕草で大男にエールを注いでいた女は、よく見るとかなり年老いた女だった。

「ふん。しっかりお代はいただくよ。あやかしが効いたから良かったけど、危ないったらありゃしない。ついでにまじないもつけておいたから、今日の夜は極上の美女と天国みたいな一夜を過ごしたって思い込んでるはずさ」

村長は大きく頷くと、エラという女に金貨を一枚渡した。

「金貨5枚だよ」

そう言うと女は村長の懐に節くれだった長い指先を伸ばし、きっかり金貨5枚を取り出した。

「冬中の蓄えが失くなって飢え死にするより安いだろうに・・・おや?」

エラはジョッキを片付けようと近寄ったリオに目を留めた。

「この子は・・・お前さんの子だね?そう、パストラとは縁がないね・・・ははーん」

村長を肘でつつき、リオの顔をじっとのぞきこんだ。

「へえ・・・これは、面白い」
「な、なにが・・・」女がぐいと顔を近づけ、リオは一歩後ずさった。
「知りたいかい?でも教えられないよ。未来を知るってことはいいことじゃないからね」
「み、みらい・・・?」
「魔女には未来が見えるのさ。追放された魔女でもね」

そう言うとエラは身をひるがえし、片手を振って中庭から出ていった。
取り残された男たちは皆目を見合せ、リオに目を留めた。

「8歳から10歳の子ども・・・一つぐらい誤魔化してもわからないんじゃないか?」



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