5月の雨の、その先に

藍音

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第十話 従僕見習いのはじまり

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「ま・・・まりょく・・・?」

リオはぽかんと口を開いてアウレリオを見上げた。

「まりょくって・・・なんですか?」
「魔力とは・・・」アウレリオはちっと舌打ちをした。とぼけているのか、それとも、おさなすぎて理解できていないのか。眼の前の子どもはあまりにも小さく、悪巧みをしているようには見えない。だが、油断は命取りだ。
「その、普通の人の力とは違うような・・・たとえば・・・なにもないところから物を出すとか」
「え!そんなことができるんですか!?」
「たとえだ!たとえ」

リオはしばらく考え、こくんと首をよこにかしげた。

「まほうつかい?」
「そ、そうだ。そのようなものだ」
「でも、おとぎ話のなかにしかいないんじゃないんですか?だって、俺が生まれるずーっと前に、遠い森についほうされたって、村の人たちが・・・」

リオはじっとアウレリオをじっと見た。

「あの・・・金色の目って・・・若様みたいな目ですか?俺、あんなにきれいな目、初めてみました。どうして今は青い目なんですか?星みたいにきれいで・・・いまも、空の色みたいで、きれいですけど」

アウレリオは青い目を大きく見開いた。

(金色の目を見られた。しかも、きれいだと?)

生まれて初めて言われた言葉に、胸の奥のなにかが動く。頬に血がのぼりそうになるのを必死で抑え込んだ。
産まれてすぐ、金色の目を持つアウレリオを見て、実の母ですら「不気味だ」と腕に抱くことを拒否したというのに。

「見間違いだ」平静を装い冷たく言い放つ。「この城では余計なことは言うな。死ぬぞ」

リオの目に涙が浮かんだ。ただでさえ、一日中緊張していたのに、まるでとどめを刺されたような気分だ。

「俺・・・俺・・・ごめんなさい」

しょんぼりとうつむいたリオの頭が細かく震えている。

「泣くな」
「な・・・泣いてません」

リオはシャツの腕先で目元をぬぐい、顔を上げた。

「俺は泣きません」
「そうか」アウレリオは目の前の小さな少年を前にすると、どうも落ち着かない気分になった。「ならいい」

少し離れなければと、窓際に向かった。

「それはそうと」
「はい」
「お前の主人は誰だ」
「若様・・・様です」

まだ主人の名前をまともに発音することすらできなほど幼い子どもを選んでしまったのか。
だが、役割を考えれば仕方がないもの・・・思い浮かんだ軽い後悔を首を払って追い払う。

「よく覚えておけ。城づとめは甘くはない。どんなときも自分の主人が誰かを忘れるな」
「はい」
「なにがあろうと、だ。裏切ったら殺す。覚えておけ」
「・・・はい」

”うらぎる”ってなんだろう。わからないけど、御主人様の言う事を聞かないってことかな?
意味はわからないが、リオは何度も首を縦に振った。

「もういい。行け」

アウレリオが片手を振り、リオはもう一度頭を下げた。

「あの、俺、がんばります」

アウレリオは背中を向けたまま、指先を振った。

(その遠い森とやらが、この城の横に広がっていると知ったら、あの子どもはどんな顔をするのかな)

窓の下のに広がる深い森を見下ろしながら、アウレリオはにやりと笑った。
数年ぶりの笑いだったのだが、そんな自覚すらアウレリオにはなく、自分が笑ったことに気づきもしなかった。


********************

「あの・・・」

リオがアウレリオ付きの使用人部屋の扉の枠をたたくと、談笑していた男たちの声がぴたりと止んだ。
使用人部屋の入口には扉はない。
実は、従僕たちはリオがどのくらい持つか賭けていたのだ。

「ああ、どうだった。若様のお話は」先ほど案内してくれた侍従が声をかけた。
「はい、とても優しくしていただきました」
「え・・・?」

リオの返事に部屋の中にいた全員が固まった。

「うらぎったら殺すと注意していただきました!うらぎるってなんですか?」

全員がほっと息をつく。

「なんだ。いつもどおりじゃないか・・・」
「おどろいたよ」

口々にいうと、リオに椅子を勧めた。

「まあ、お疲れ様。そうそう、お優しい方なんだよ」
「あまり口数の多くはない方だが、そうだよなあ」
「気に入られたようで良かったな」

使用人たちの言葉にリオは大きく「はい!」と答えた。

部屋にいる使用人たちはせいぜい5人ほど。
伯爵家の跡取り様にお仕えするものとしてはあまりにも少ない。

「ここには子どもの使用人はお前しかいないんだ。ほかのお子様方と比べると少ないが・・・わからないことがあったらなんでも聞けよ」
背の高い少年がリオに話しかけた。
「はい」良さそうな人だ。
「仕事はまず私が説明しよう」さっき案内してくれた侍従がリオをそばに呼んだ。「最初はまず、簡単なことからやってもらう。まずは、朝一番に・・・」


**********************

翌朝、一番鶏の声とともに、リオは飛び起きた。
リオは、アウレリオのお付きとして、戸口の前に藁布団をしいて寝ることを許された。

『何時だろうと、アウレリオ様のご命令にはすぐ従うんだぞ。おそばにいさせていただくのは、この上なく光栄な役割なんだ』

侍従にそう言われ、自分のような者で良いのかと不安になったが、任された仕事は精一杯やるつもりだった。
この城に勤めれば、食事と服が支給され、寝るところまでいただける。しかも、お給金までいただけると聞いた。すごい大出世だ。
パン屋の下働きをしていたときは、一日働いて銅貨3枚。村長の家ではお祭りの日に銀貨が2枚もらえるだけだった。それなのに、この城で働くと金貨までいただけるという。金貨の価値はわからないが・・・とにかくすごい。

(がんばらなきゃ!)

リオはそっと藁布団をたたみ、音を立てずに長持ちにしまった。

(そーっと、そーっと)

さっと身支度を整えると、音を立てずにアウレリオのベッドに近づき、サイドボードの上の水差を手に取り、部屋の扉から滑り出た。
眠たげな騎士と軽く挨拶を交わし、井戸に向かう。

『アウレリオ様が、起きてすぐに飲まれる水をご用意するのが、朝一番の仕事だ』

侍従に言われたとおり、水差の中までよく洗い、釣瓶から汲みたての水を注ぎ入れる。
次に、台所に向かい、アウレリオ専用のグラスが置いてある棚に手を伸ばした。
大人が手を伸ばしてやっと届く高さは、小さなリオには果てしなく高く見えた。

(あんな高いところ、手が届かない)

周りを見回しても誰もいない。

(誰か・・)

もういちど見回しても誰もいない。アウレリオ専用のグラスは、高い足のついた高価なガラス製で、周りは金や宝石,赤い色のキラキラしたなにかで装飾されている。

(遅くなっちゃう)

リオは心を決めた。
自分の身体よりも大きな椅子をやっとの思いで引きずって来ると、その上に乗り、手を伸ばす。

(まだ届かない・・・)

必死で手を伸ばしても、グラスには手が触れそうで触れない。

(あとちょっとなのに)

精一杯背伸びして、腕だけではなく、指先まで伸ばしても届かない。
では、とジャンプした瞬間。

”チュー”

(えっ・・・!!)

気がそれた瞬間、”ガシャン”と大きな音がした。

(ま、まさか・・・うそ、割っちゃった・・・初仕事なのに・・・どうしよう)

床には、グラスが粉々に飛び散り、リオをからかうようにキラキラと輝いていた。



*******************

(作者注)
貨幣価値 銅貨 100円ぐらい、銀貨 1,000円ぐらい、金貨 10,000円ぐらい。

・パン屋さんでは、リオに同情して仕事をあげていたので、激安価格でした。でも、まかないで毎日パンをもらえたし、ちょっと買い食いもできるので生き延びることができました(ちなみに母親のアリスは、そのパンを平気で食べていました)
・村長宅では、衣食住を与えて貰う代わりにタダ働きでした。でも、まつりの日は使用人に特別給与を与えるので、そのドサクサに紛れて村長が小遣いを与えていました。

※本編が長くなるのでカットした裏設定です。


(お礼)
お読みいただきまして、ありがとうございました。
いよいよBLパートが始まって、ホッとしています。
本日もハートを投げてくださった方!
「宝くじ当たれー」と祈りを捧げておきました(多謝!)
ほんとにうれしいです♡
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