5月の雨の、その先に

藍音

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第十四話 こわいもの知らずの従僕見習い

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アウレリオの鋭い足音がホールに響き渡った。

(腹が立つ)

腹の底から凶暴な怒りが湧き上がる。
脳が沸騰するほどの怒りに、目の前に炎が立ち上る。

体の奥底から金色の波動が巻き起こり、いまにも魔力が暴走しそうだ。
いや、だめだ。
魔力の負荷に耐えきれず、内側から爆発した子どもの姿が目の裏に浮かんだ。

(あの毒蛇め・・・)

第二夫人ジョゼフィーヌは、もともと自分が姉に成り代わり伯爵夫人になるつもりだった。ベッドでは伯爵を籠絡したはずなのに、結局結婚したのは冴えない姉。しかも、冴えない姉は自分よりも早く、男子を産み、その子がリカルドの名を継いだ。
あの手この手で伯爵を説得しても、のらりくらりと言い逃れられ、自分の子を伯爵にするために、アウレリオを排除しようと画策している。
残虐だ、冷酷だと噂を流したのもそのひとつ。
そして、もっと直接的に、始末するために何度も毒を盛った。水の一滴、食事一口ごとに用心を重ねたが、目の前で血を吐いて死んでいった子どもはひとりやふたりではなかった。


父伯爵は、自分を守れない者が領地を守れるわけもないと肩をすくめ、半ば面白がっているのも腹ただしい。
母親であるはずの第一夫人が完全にしらんふりをしているのも、認めたくはないが腹が立つ。先程のやり取りにも視線の一つすらあげなかったではないか。

だいたい、あの父親が姉妹に同時に手をつけて兄弟関係を複雑にしたんじゃないか。

(・・・バカどもが)

だが、冷静にならなければならない。
怒りに目がくらんでは、足元をすくわれてしまう。体内に魔力がある者はそう簡単には死なないと言われていても、絶対ではないのだ。現に、第二夫人が送った毒薬を口に含み、死にかけたことも二度ほどあった。

最後の従僕見習いを殺されたとき、怒りに任せて全員に毒入りの焼き菓子を送りつけてやった。
なんなら全員死んでしまっても、眉一つ動かさない自信すらあった。
その結果、第二夫人の侍女と、カリナとマリアの召使が死んだと聞いた。
しかも、イサークはなんの用心もせず、焼き菓子を一口で食べたと。はっ!お笑いだ!甘やかされた毒蛇の息子。
だが、これで、負の連鎖が少しはおさまるだろうとも思った。なのに、あの言いぐさだ!

アウレリオはぐっと拳を握りしめた。

(落ち着け、落ち着くんだ・・・)

体内の金色の波動を丸く、丸くまとめ、小さく、小さく、と抑え込む。
だが、魔力は体内で荒れ狂い、言うことを聞いてくれない。

「仕方ない」

剣に魔力を載せ、騎士たちを相手に鍛錬すれば、少しはおさまるかもしれない。
魔力を外に放出するいちばん簡単な方法は攻撃だからだ。だが、多少の犠牲もつきものだ。
大きく息を吸い、心を決める。鍛錬場に足を向けた瞬間、背中を”とん”とたたかれた。

「わっ・・・」

驚きに息を飲む。
気配に気づかなかった。
背後から近づく命知らずなど、この城にはいないはずなのに。

「アウレーリョさま・・・俺、なにかお手伝いできますか?」

心配そうな声に振り返ると、リオが大きなヘイゼルの瞳でアウレリオを見上げていた。
すとん、と先程まで荒れ狂っていた魔力が静まった。

「なに・・・?どういうことだ?」
「俺、お水でもお持ちしましょうか。それくらいしかできないんですけど」
「み、みず・・・?」

ぽかんとして言葉を返すと、命令されたと思ったのか、リオがニコっと笑った。

「はい!今すぐに!」

小さな体でゴム毬のように走り去る。

「なんだ、なにが起こっているんだ。なぜ・・・なぜ?」

荒れ狂っていた魔力が、ぴたりと止まっている。

そういえば、あいつは呪詛のかかったグラスを初日に叩き壊した。自分も含め、だれもが、思いつきもしなかったというのに。

「一体、何者なんだ・・・金色の瞳だと思ったのは、かん違いではなかったのか・・・?やっぱり、あいつは魔力を持っているのか・・・?」

アウレリオはリオがかけていった通路を呆然と見つめるばかりだった。


*********************


「今日から勉強の合間にお茶とお菓子をお持ちするように」
「うわぁ・・・」

侍従がワゴンの上にセットするお茶やお菓子のセットを、魅せられたようにのぞき込む。
色鮮やかなお菓子は本当に美味しそう・・・
リオは香ばしいクッキーの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

(この間いただいたバターケーキも美味しかったけど、クッキーも美味しそうだなぁ。それに、このふんわりしたお菓子はなんだろう。きつね色で、飴がかかってて・・・)

色とりどりのお菓子をよだれをたらさんばかりに見つめていると、「ちゃんと言いつけどおりにするんだぞ」と笑いを含んだ声でたしなめられた。

「もちろんです!」
「いいな、手順を守れ。必ずだ」
「はいっ」

朝の軽食でも相変わらずアウレリオよりも先に食べさせられていたし、いつも美味しいモノばかりで、朝がくるのが楽しみだった。
今日からお菓子も食べていいなんて、夢みたい。

ワクワクしながら勉強部屋にワゴンを運びいれると、ちょうど休み時間に入ったところだった。

「来たか」
「失礼いたします」

頭を下げてワゴンをソファーの前に運び入れ、ドキドキしながらテーブルを広げる。
お菓子のサーブぐらいは自分でやってみろと、侍従のお許しが出たのだ。

(うまくできるかな)

お菓子の正面がアウレリオに向くように置いてから、紅茶を小さなカップに注ぐ。
臭いをかぎ、舌先でなめ、ひとくち口に含む。

(おいしーい)

ふくいくとした香りが鼻から抜け、口の中がすっきりする。

「美味しい!いかがですか?」

少し離れたところからリオの様子を伺っていたアウレリオはソファーに腰掛けた。

(どうも、こいつを前にすると調子が狂う)

素知らぬ顔で紅茶を口に含むと、目の端でリオの動きを観察した。

(美味しい・・・か。たしかに、そうかも・・・)

リオは褒められることを期待する子犬のような目でアウレリオを見つめている。

「う、うむ・・・うまい、な」

ぱああっとリオの顔が輝いた。「そうでしょう!?」
踊りださんばかりに喜ぶリオに、ついつられて頬がゆるんでしまう。

「おれ、お茶を上手に淹れられるようになりたいです!そうすれば、もっとアウレリオ様に喜んでもらえるでしょう?」

こいつはなぜこんなに人懐っこいんだ。いままでの子どもたちは、皆私を恐れて目をそらしていたというのに。

「お前は私が怖くないのか」
「え?」
「私はお前の主人だ。お前を殺す権利だって持っている。それなのに、なぜ恐れない?」
「こわい・・・?俺、怖がらなければならなかったんですか・・・?」
「いや、そうではなく」

どうも調子が狂う。

「まあ、もうよい。これを」

アウレリオが焼き菓子の一つを指さした。
真ん中に真っ赤ないちごジャムののった美味しそうなクッキーだ。
ぱああっとリオの顔が輝いた。

「はいっ!」

嬉しそうに銀の皿にクッキーを載せると、皿の上を滑らせ、ナイフで半分に割った。
くんくんとにおいを嗅ぐと、たまらないほどいいにおいだ。バターの香ばしい・・・

ぱくり

思わず手の中のクッキーを口に含んだ。
サクサクのクッキーが口の中でほろほろと崩れ、甘酸っぱいいちごジャムが口いっぱいに広がった。

「馬鹿者!今すぐ吐き出せ!」

アウレリオの怒鳴り声に、リオは目を丸くして驚き、ごっくんと口の中のクッキーを飲み込んだ。

「あ、あの・・・食べちゃいました・・・」





**********************

(お礼)
お読みいただきまして、ありがとうございました。
重ねて、♡もありがとうございます!
本当に励まされています(^◯^)/

今日は、お礼に明日天気になりますようにと願っておきます。
明日も良い日になりますように。
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