5月の雨の、その先に

藍音

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第五十四話 懐かしい人

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(だれ?)

修道士の顔はフードの影になり見えない。しかも、修道士の知り合いなどいないはずだ。
無礼な態度を取ることにもなりかねず、リオは困った顔で修道士を見上げた。

「わからないのか?」

声に含まれる失望に、リオは小さく肩をすくめた。

「ご無礼を・・・」
「これでも?」

修道士がフードを肩の後ろに落とすと、茶色の巻き毛が陽の光にきらきらと輝いた。
男らしいスッキリとした顔立ちには昔の面影はほとんどない。
でも、爪先に残る顔料、そして袖口の木炭の汚れ・・・
相手の評価を待つときの少し不安げなまなざし・・・

「ラファエル様?」

修道士の顔に満面の笑みが広がった。

「やっぱり、覚えていてくれたんだな!」

男はリオをぎゅっと抱きしめた。「久しぶりだな!お前は全然変わってないな!ひと目でわかったよ」
「あいたた・・・力強すぎですよ。お坊ちゃま。ラファエル様は変わりすぎですよ!」
「おっと、すまない。力が強すぎたか」

ラファエルは慌ててリオから手を放した。

「あまりにうれしくて、つい・・・すまないな」
「いえ、大丈夫です」

リオは両肩をさすりながら微笑んだ。

「そんなところは昔と変わってらっしゃらないんですね。ご立派になられて、すぐにはわかりませんでした」
「お前はますます美しくなったな。滞在している間、ぜひモデルになってくれ。相変わらず兄上にお仕えしているのか?お前を貸してくれるように頼まないと」

矢継ぎ早に言われ、情報が追いつかない。

「あ、あの、待ってください。俺・・・いや、私の一存ではまだなんとも申し上げられません。主人の了解もですが、侍従長にも・・・」
「生真面目なところは相変わらずだな」

ラファエルの手がリオの頭を撫で、そしてその手が頬を覆うように触れた。

「相変わらず・・・」

じっとラファエルの目がリオを見つめ、なにか言いたげに瞳の色が動いた。
まさか・・・?でも、そんなはずない。リオは息を飲みどうしたらこの場から逃げ出せるのかと口実を探した。

「ちょっと、ラファエル様、急に走り出したと思ったら、何をなさってるんですか!」

遠慮のない声が割り込み、ラファエルは小さく舌打ちし、手を引いた。

「お前がモタモタしているからだろう」
「いえ、そんな訳ありませんよ。ラファエル様とは違って俺には荷物があるんですから。しかも、いきなり道端の召使を口説くとは・・・モデルを見つけると見境がないんですから」
「おい、なんてことを言うんだ」

「・・・ドン?」リオが声を掛けると、ラファエルの使用人は勢いよく振り返り、まじまじとリオを見つめた。ヘイゼルの大きな瞳、栗色の髪。天使のような顔立ちに、ほっそりとした体つき。
「リオ?間違いない、リオだろ?いや、これは・・・どおりでラファエル様が走って追いかけたわけだ。これはなかなか・・・」
「おい、余計なことを言い過ぎだぞ」
ラファエルがドンの口を両手でふさいだ。

「リオ!今日から暫くこの屋敷の世話になるんだ。良ければ遊びに来てくれないか。私の部屋は以前と変わらない。アトリエが取れる場所が良いのでね」
「わかりました。後ほどお手伝いに伺います」


*****************

ワゴンを厨房に戻し、侍従長にラファエルの部屋に行く伺いを立てると、あっさりと訪問が許可された。

伯爵家の末っ子のラファエルは、妾腹の三男だった。三番目ということで、次男の相続の邪魔にはならないが、目障りだと第二夫人やその子どもたちからいつもいじめられ、息を殺して過ごしていた。母親は伯爵家のメイドだったとのことだが、第二夫人に屋敷を追い出されたと使用人たちがひそひそと話していた。くわしくはわからない。
本人も伯爵家やそれに連なる爵位を継ぐことは望んでおらず、好きな絵を極めたいと修道院で絵を学んでいた。
絵の修業を初めてからは没頭し、伯爵家に戻ることもなかった。いつしか、若く才能のある画家として頭角を現し、この度伯爵家の礼拝堂の宗教画を描くために、数年ぶりに呼び戻された。

「長くいらっしゃる予定だから、ラファエル様が過ごしやすいように手伝ってきなさい。今日の午後はそのまま上がっていいから」

年月が経ってもラファエルの召使はドン一人で手が回らないので滞在中は手伝ってほしいと事前に相談があったそううだ。芸術家らしく気難しい方なので、仕えることのできる召使がほかにいないらしい。

(気難しい?昔から絵以外にはあまり興味のない方だけど)

どちらかというと変人のたぐいだとは思うが、芸術家とはそんなものなんだろう。
リオがラファエルの部屋を尋ねると、ドンが鬼気迫る形相で部屋の天井のすすをほうきで払っていた。
数年来のホコリをたった一人で払い、人が住める部屋にすることは簡単ではない。そして、ラファエルは妾腹とはいえ、伯爵家の子息。掃除を手伝うなど思いもよらない。

「手伝いに来たぞ」

リオが声を掛けると、ドンは「助かった」と歓喜の声を上げ、一分後にはリオも天井のすすと蜘蛛の巣を一緒に払っていた。
ラファエルが旅立ってから、一度も掃除されなかった部屋は想像以上に汚れていた。

「一人で掃除するのは大変だな」リオが額の汗を腕でぬぐいながら言うと、ドンは肩をすくめた。
「いいんだ。中途半端な仕事をされてもどうせやり直しだからさ。万一絵に汚れが付いたら、どれほど大目玉を食らうかわからないよ」

小さな台所と寝室とアトリエだけの小さな離れの掃除は思った以上に体力が必要だった。念入りに天井のホコリを払い空気を通し、床をはきブラシでこすり、オレンジの皮で磨き上げ・・・ようやく人が住める部屋になった頃には、陽が傾いていた。


*****************

ろうそくに灯を灯すと、オレンジ色の揺れるあかりが室内をやさしく照らした。獣脂のにおいが漂い、部屋の中は不思議と居心地の良い空間になった。

ドンがごそごそと自分の袋をかき分け、大事そうにを茶葉を取り出した。

「俺が作ったお茶だ、修道院では、茶の作り方も学んだよ。茶を売って生活の足しにしたりもしていたんだ」
「へぇ」

二人で頑張ってきれいに掃除したかまどで湯を沸かし、琥珀色のお茶がリオの前に差し出された。

「どうぞ」

口に含むと、馥郁ふくいくとしたさわやかな香りが口腔に広がる。そういえば、ずっと悩んでいたことをしばらく忘れていたことに気がついた。泥の中に足を踏み入れてしまったような、どうにも逃れられない気がしていたのに。

「うまいな」
リオは茶碗を両手で包み込んだ。てのひらにあたたかさが広がる。
ドンにはドンの苦労があったんだろう。自分だけが苦しいわけでもないのに。

「・・・修道院では苦労したのか?」
「それほどでも」

ドンが肩をすくめた。



***********

お読みいただきまして、ありがとうございました。
そして、待ってくださった方にも重ねてお礼申し上げます。
急に寒くなりましたので、暖かくして体調を崩さないようお気をつけてくださいね。
それでは、また明日。

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