5月の雨の、その先に

藍音

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第五十三話 怖いのは。

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お久しぶりです。
本当は昨日(いえ、おとといになってしまいました・・・)にアップする予定だったのですが、遅くなってしまい申し訳ありません。
お詫びの2話公開です♡
それでは、よろしくお願いします。


***********


リオが口を開こうとすると、アウレリオはすかさず口づけた。
柔らかくて温かい舌が、リオの頬をつつき、舌の根本を優しく刺激すると、リオの全身はチーズのように溶けてしまう。膝から力が抜け、アウレリオにされるままに受け入れた。

「あ・・・ふぅ・・・」

リオがため息をつき、アウレリオの首に手を回すと、アウレリオは低い声で笑った。

「俺だって・・・さみしかったです」

首に回した腕に力を入れると、アウレリオと目が合った。

「俺だって、さみしかったんですよ。でも・・・」
「恐ろしかった?」

リオの目が泳ぎ、アウレリオの言葉を肯定してしまった。

「だって・・・俺はただの使用人だし・・・そんな気持ちを抱くだけでも恐れ多いのに」
「怖がるのは当然だ。私だって、お前の立場なら、逃げ出したくなるだろう」
「どうして?」

ぼうっとした目でリオが尋ねた。まるでアウレリオの魔力に囚われ、抜け出せなくなった獲物のようだ。

「どうして、逃げるんですか?俺は、アウレリオ様のそばにいないと、だめなのに。でも、それが怖くて・・・」
「リオ」

誰よりも怖いのは、自分だ。
自分が、怖い。

主の恋の戯れに、笑顔で応えることも使用人の努め。
配偶者や恋人がいるならまだしも、リオは独身だし恋人はおろか、アウレリオに恋をしてしまっている。
だからこそ、アウレリオにもう用済みだと冷たく告げられたとき、黙って身を引けるのか。
邪魔になったと屋敷を出されても、すがらずにいられるのか、自信がない。

リオのヘイゼルの瞳がよどんだような褐色に変わり、唇が震えた。
慌ててうつむき表情を隠したが、アウレリオには見られてしまったかも・・・

アウレリオは無言でリオを抱きしめた。
腕の中で小さく震えるリオになんて言ってやったら良いんだろう?
どこかに囲って閉じ込めてしまいたい。
もっと権力があれば・・・まだ、ただの伯爵家の跡取りでそれほどの権力もない。
だが、リオが人目を避け、自分の慰み者になる生活を望むとは到底思えない。
しかも、狂気の血の持ち主だ。

「リオ」

気の利いた言葉が浮かばない。
こういうとき、詩人なら愛の歌でも歌うんだろうか?

(・・・愛?)

わからない。

リオを思う気持ちは複雑だ。
胸の奥から湧き上がる渇望
いつでもそばにいて笑顔が見たい
旨いものを食べさせたい
床に寝かせたくない
他の人間と笑顔で話していると胸が焼ける
抱けば満たされ、満足げな吐息を聞いただけで温かなもので胸がいっぱいになる
リオが楽しければ自分も楽しい
悲しければ腕の中で癒やしたい
笑う声を聞けばうれしい
笑顔を見たら、その美しさに言葉を失う

この気持ちを、愛、と言うんだろうか?

わからない。

でも、どうでもいい。
ただ、リオを手放したくない。

「あまり、難しく考えるな」

アウレリオはリオの頬に唇を寄せた。
リオの頬は暖かく、耳のそばに鼻を近づけると、いいにおいがした。

「私が、怖いか?」

リオは大きな目を開き、首を横に降った。

「では、魔力が?」

リオは瞳を大きく見開いた。茶色と空色がまじり、すこし気持ちが落ち着いてきたようだ。

「いいえ」

「では、狂気の血か?」
「まさか」

「では、何が怖い?」

パチパチと暖炉の火がはぜる音がした。
リオは口の中で何かを呟いたが、音は言葉にならず、アウレリオには聞き取れなかった。

「そ、そろそろ・・・これ以上いては執務に支障が出るのではありませんか?」

リオがアウレリオの膝の上で身じろぎすると、大きな手が腰を押さえつけた。

「何が怖いんだ?」
「・・・なにも」

リオは引きつった笑みを浮かべた。

「恋人だなんて、おっしゃってくださるだけで、俺・・・身に余るほどの光栄です。これからも誠心誠意お仕えいたします」

その言葉は何一つ間違っていない。
それなのに、一線を引かれたような気分になるのは何故だろう。

アウレリオの手から力が抜けた。

「もう、行け」

リオはアウレリオの膝から滑り降り、素早く身支度を整えると部屋から出ていった。
温かな体温が膝の上からなくなっただけで、急に物足りなさを感じる。

急に胸が締め付けられるような不安と苦しさを覚え、アウレリオはその感情を振り払うように書類を取り上げた。

・・・ただの、不整脈だ。


******************

泣くな、泣くな、泣くな。
必死で自分に言い聞かせながら、わざとゆっくりとワゴンを押す。

アウレリオのそばにいると感情が抑えられない。
天国から地獄までを味わうような気分は制御不能だった。
大きなため息をひとつ。
屋敷を廻る回廊は薄暗く、人気がなかった。
もう少し、気持ちを落ち着けるまでは誰にも会いたくない。
うつむきがちにワゴンを押していると、パティオから光を遮るように影が入ってきた。

「リオ」

聞き覚えのない低い声。
顔を上げると、眼の前には茶色のフードをすっぽりと被った修道士がいた。
じゃま、というほどではないが、もう少し端によらないと修道士の通行を妨げてしまう。

「申し訳ありません」

慌ててワゴンを左に寄せると、ガシャンと陶器が触れ合い、りんごがころころと床を転がった。
修道士は長い手足を曲げて、りんごを拾うとリオに差し出した。
その指先はかすかに染料で染まっている。
何かが頭の中でサインを送ってくるが、思い出せない。

「ありがとうございます」

リオは頭を下げ、礼儀正しく一歩後ろに引き下がった。

(あれ?)

すぐに立ち去るはずなのに、修道士が動かない。
しかも頭頂部に修道士の視線を感じる。

「あの・・・なにか御用でも?」

リオが見上げると、くすっと笑った気配がした。

「リオ、久しぶりだな」

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