5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
66 / 152

第六十一話 母の思惑(おもわく)

しおりを挟む
リオはひっくひっくと嗚咽をこらえながら、アウレリオの愛しい名を呼び続けた。アウレリオはそっと背中に手を回し、リオを引き寄せた。

(守らなければ)

強く、思う。だが、事情を知らないリオにどう説明したらいいのか。

「どうした?そんなに泣くほど辛かったのか」
「う・・・うえ・・・」

リオの声は涙にかき消され、言葉にならない。

「急なことで、すまなかったな」

アウレリオ様が謝るなんて!リオは目を見開き、首を横に振った。

「仕方がなかったんだ。母上がしびれを切らしてしまって」

アウレリオが大きくため息をつくと、さらさらと記憶のカーテンを開けたようにあの日の出来事がよみがえってきた。


***********

これまでも、母は気が向くとアウレリオを呼び出し、早く結婚しろとせっついていた。
その日もいつもの小言だろうと覚悟していたのだが。

何度も繰り返される説教。
早く身を固めて、後継者を作れ。
お前には伯爵家の跡取りとしての責任があるのだ。

聞き飽きた。

金色の瞳は薄気味が悪いと、幼い頃は見向きもしなかったくせに。母が自分を気味悪そうに見るたび、心をえぐられたことは忘れてはいない。



ソフィアにしてみれば、令嬢として教養も作法も完璧だと褒められて育ったのに、結婚後、婚約時代から夫と妹が恋人同士だったと知らされた日の屈辱は忘れられない。
意地でも自分が先に息子を産んでやると決意し、男の子が生まれたまではよかったが、生まれた子供は魔とつながっているといわれている薄気味悪い金色の瞳を持っていた。
かわいいとは思えなかったが、伯爵家で確固たる地位を築くためには、金色の瞳を持つ優秀な息子を授かったことは、役に立った。いつしか、金色の瞳を持っていても許してやろうと心が和らいだが、その時には不愛想で全くなつかない子供になっていた。
だが、かわいげがあろうとなかろうと、アウレリオは最大の手駒だった。
頭がよく控えめなエミリアと結婚して早く確固たる地位を築いてほしいのに。
そう思っても、肝心のアウレリオは思い通りにはならなかった。

「一体いつになったら、エミリアと結婚する決意が固まるのですか」

ソフィアがアウレリオをいらただしげに見つめた。ご機嫌伺いの名目で息子を呼びつけ、今日こそ結婚話を進めようとしているのに、息子はのらりくらりとかわしてばかり。
ソフィアはポットを指でコツコツと叩いてしまい、はっと気がついてその手をクロスの下に隠した。



「あれはまだ幼いではありませんか」アウレリオはそしらぬ顔でティーカップを口元に運んでいる。「ほう、これは新しい茶葉ですね?なかなか香りがいい。選んだ女主人の人柄が浮かび上がるような、品のいい・・」
「まあ・・・そんなことがわかるようになったのね?私もこのお茶ならお茶会に出してもあの口うるさい男爵夫人に何も言われなくてすむわ。この間なんて、一口飲んで顔をしかめたのよ。失礼ったらないわ」
「顔に出すなど、身分が低い証ですよ」
「そうよ。そうでしょう?お前もだんだん話がわかるようになってきたじゃない」
「ははは、母上のご薫陶くんとう賜物たまものですね。それでは私はそろそろ・・・」

アウレリオが椅子から腰を浮かせると、ソフィアははっと気がついた。

「ちょっと!話をそらさないで!お前はいつもいつも・・・」
「このあとも、執務が立てこんでおりまして」
「いいえ、だめよ。座りなさい」
アウレリオは母の剣幕に浮かせかけた腰をまた椅子の上に戻した。今日は短く済むかと思ったのは甘かった。

「お前、いつまでとぼけているの。お茶の味がわかるほどの大人になったんじゃない。ならば、早く結婚して私に孫の顔を見せて頂戴」

アウレリオの右眉が上がったが、聞こえないふりをしてお茶を飲んでいる。

「エミリアがこの家に来て半年もたったのよ。結婚の準備も進んでいるわ。お前が首を縦に振れば一月後には結婚できるのよ」
「・・・それはいくら何でも急ぎすぎでは?」
「まさか!お前のペースに合わせていたら、私が生きているうちに孫の顔を見ることなんてできそうにないじゃない。騙されないわよ。」
「だますだなんて人聞きの悪い。ただ、タイミングを見計らっているだけで」
「もう結構。言い訳は聞きたくないわ。早く結婚して子を作るのが、後継者としてのお前の役割でしょう。まさかそれがわからないほど子供でもあるまいし」

(母上はずいぶん焦っているらしい。さて・・・)

「私が知らないと思っているの?」

アウレリオの口元がぴくりと揺れた。

「この屋敷の中で起こっていることで、私が知らないことなんて何ひとつないのよ?」
「さて?」
「お前がいつまでもそんな態度ならば、事故が起きるかもしれないわね」

アウレリオが視線を上げ、ティーカップをソーサーに戻した。

「結婚しなさい、アウレリオ。早く結婚して足場を固めるのです。伯爵様にお前を確実に後継者としていただくためには、早く結婚して子をもうけなさい。それがお前のためなのよ」

アウレリオは小さく舌打ちすると立ち上がった。

「なんのことやら」
「おだまり!座りなさい!態度を改めないのなら、あの男を棒で百回叩いて城から追い出してやってもいいのよ?」

心臓がどきんと大きな音を立てた。

母に、知られていた。

慎重に隠していたはずなのに。だが、甘かった。侍従長はそもそも母方の家系の出身だというのに。

「・・・あの男?」アウレリオの声が一段低くなった。
「わかっているでしょう?」ソフィアが鼻白んだ。「側にいることが問題ならば、追い出すしかない。眼の前から消えればお前の考えも変わるでしょう。たかが召使の一人ばかり、どこかで野垂れ死んだとしてもかまわない」
「母上」他人ならばアウレリオの動揺を見抜くことはできなかっただろう。だが、ソフィアはやはりアウレリオの母親だった。

「ほう。ようやく自分の立場がわかってきたようね?」



*************

本日もお読みいただきましてありがとうございました。
今日も出先のため、なかなかとりかかれず、遅くなってすみません。

♡も広告もありがとうございます。

また明日、よろしくお願いします♡♡♡♡♡
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない

コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。 だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。 野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。 それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。 そんな生活から一年。 冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。 ――王都へ戻れる。 それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。 迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。 「ならば、ずっとここにいろ」 「俺と婚約すればいい」 不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。 優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...