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きっかけ
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その日も、僕は図書館でいつものように時間を潰していた。目についた本を適当にめくる。歴史、科学、小説、どれもこれも心に響くことはなかった。退屈しのぎに開いた、分厚い植物図鑑のページ。そこに載っていたのは、南国のジャングルに咲く、聞いたこともないような花だった。
鮮やかな青色と、燃えるような赤色のコントラスト。複雑な形をしたその花は、まるで生き物のように生命力を放っているように見えた。写真の下には、こんな解説文が添えられていた。
「夜にだけ花を咲かせ、朝にはしぼんでしまう。その姿を見た者は、幸運に恵まれるという言い伝えがある」
言い伝えなんて、どうでもよかった。ただ、その花が持つ、一夜限りの儚くも強烈な輝きに、なぜか心がざわついた。初めてだった。心臓の奥が、ほんの少しだけ、熱を帯びた気がした。
家に帰り、僕はインターネットでその花のことを調べ始めた。名前は**「月光花」**。自生している場所は遠く離れた、地球の裏側。日本の温室でも栽培されているが、開花させるのは非常に難しいと書かれていた。
「へえ」
興味があるわけじゃない。でも、なぜか止まらなかった。僕は図鑑や専門書を読み漁り、月光花について少しずつ知識を増やしていった。夜に開花する理由、特定の昆虫にしか受粉できない仕組み、その花が持つ独特の香り。まるでパズルのピースを埋めていくように、知識が増えていくのが楽しかった。
そして、僕はひとつの結論にたどり着いた。
「この目で、本物の月光花を見てみたい」
それは、今まで僕が感じたことのない、強い「願望」だった。
その日を境に、僕のモノクロームだった世界は、少しずつ色を帯び始めた。
月光花を栽培する温室を調べて、バスを乗り継いで見学に行った。初めて温室に入った時、ムッとした熱気と土の匂いに、僕は胸が高鳴るのを感じた。
「咲かせるのが難しいんだってね。何かコツとかあるんですか?」
植物園の管理人のおじさんに、初めて自分から話しかけた。おじさんは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに月光花のことを語ってくれた。
「この子たちは、すごくデリケートなんだ。湿度や温度、日照時間、全部に気を配ってやらないと、なかなか心を開いてくれない。でも、その分、花を咲かせた時の喜びは格別だよ」
おじさんの話を聞きながら、僕は月光花がまるで自分のことのように思えた。誰もが興味を持たない、地味な存在。でも、特定の条件が揃えば、誰にも真似できないような美しい花を咲かせることができる。
僕は、月光花が咲く瞬間を、この目で見ることを目標にした。簡単なことじゃない。何度も温室に通い、日誌をつけ、開花条件を予測する。失敗ばかりだったが、それでも心は折れなかった。
そして、あの夜。
曇り空が広がる、蒸し暑い夏の日。日中からの予報通り、雨が降りそうな気配が漂っていた。僕は温室の隅に座り込み、じっと月光花の蕾を眺めていた。もう何度も見た、閉じたままの蕾。
時計の針が、真夜中の0時を指した。
鮮やかな青色と、燃えるような赤色のコントラスト。複雑な形をしたその花は、まるで生き物のように生命力を放っているように見えた。写真の下には、こんな解説文が添えられていた。
「夜にだけ花を咲かせ、朝にはしぼんでしまう。その姿を見た者は、幸運に恵まれるという言い伝えがある」
言い伝えなんて、どうでもよかった。ただ、その花が持つ、一夜限りの儚くも強烈な輝きに、なぜか心がざわついた。初めてだった。心臓の奥が、ほんの少しだけ、熱を帯びた気がした。
家に帰り、僕はインターネットでその花のことを調べ始めた。名前は**「月光花」**。自生している場所は遠く離れた、地球の裏側。日本の温室でも栽培されているが、開花させるのは非常に難しいと書かれていた。
「へえ」
興味があるわけじゃない。でも、なぜか止まらなかった。僕は図鑑や専門書を読み漁り、月光花について少しずつ知識を増やしていった。夜に開花する理由、特定の昆虫にしか受粉できない仕組み、その花が持つ独特の香り。まるでパズルのピースを埋めていくように、知識が増えていくのが楽しかった。
そして、僕はひとつの結論にたどり着いた。
「この目で、本物の月光花を見てみたい」
それは、今まで僕が感じたことのない、強い「願望」だった。
その日を境に、僕のモノクロームだった世界は、少しずつ色を帯び始めた。
月光花を栽培する温室を調べて、バスを乗り継いで見学に行った。初めて温室に入った時、ムッとした熱気と土の匂いに、僕は胸が高鳴るのを感じた。
「咲かせるのが難しいんだってね。何かコツとかあるんですか?」
植物園の管理人のおじさんに、初めて自分から話しかけた。おじさんは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに月光花のことを語ってくれた。
「この子たちは、すごくデリケートなんだ。湿度や温度、日照時間、全部に気を配ってやらないと、なかなか心を開いてくれない。でも、その分、花を咲かせた時の喜びは格別だよ」
おじさんの話を聞きながら、僕は月光花がまるで自分のことのように思えた。誰もが興味を持たない、地味な存在。でも、特定の条件が揃えば、誰にも真似できないような美しい花を咲かせることができる。
僕は、月光花が咲く瞬間を、この目で見ることを目標にした。簡単なことじゃない。何度も温室に通い、日誌をつけ、開花条件を予測する。失敗ばかりだったが、それでも心は折れなかった。
そして、あの夜。
曇り空が広がる、蒸し暑い夏の日。日中からの予報通り、雨が降りそうな気配が漂っていた。僕は温室の隅に座り込み、じっと月光花の蕾を眺めていた。もう何度も見た、閉じたままの蕾。
時計の針が、真夜中の0時を指した。
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