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戒め

廃墟と化した二軒の家は、雨に濡れて一層陰鬱な雰囲気を漂わせていた。雑草が生い茂る庭、雨風に晒され朽ちかけた壁。かつては人々の生活の温もりがあったであろう場所に、今はただ静寂と荒廃だけが残っている。
​雨宮は、憔悴した面持ちで自分の生家を見つめていた。迅は、隣の、確かに見覚えのある作りの家に目を凝らした。幼い頃のぼんやりとした記憶が蘇ってくるようだった。優しい笑顔の両親、そして、隣に住んでいた少し Sc特殊な雰囲気の双子の兄弟……。
​「ここだ……間違いない」雨宮は、低い声で呟いた。「弟の心の残響が、強く感じられる」
​二人は、それぞれの廃屋に足を踏み入れた。迅の家の室内は、長らく手入れされていないことが明らかだった。埃を被った家具、色褪せた壁紙。両親がここで確かに生活していた痕跡が、痛々しく残っていた。
​一方、雨宮の家は、迅の家よりもさらに荒れていた。物が散乱し、壁には引っ掻き傷のようなものがいくつもあった。異様な臭いが鼻をついた。
​「何か……嫌な予感がする」迅は、周囲を警戒しながら言った。
​その時、雨宮が息を呑んだ。「鷲見さん……これを見てください」
​雨宮が指差したのは、床に落ちていた一枚の写真だった。それは、幼い頃の迅と、二人の少年が並んで写っているものだった。三人は笑顔で、肩を組んでいる。迅の両親も、後ろで優しく微笑んでいた。
​「これは……」迅は、驚きで言葉を失った。写真の中の二人の少年は、間違いなく隣に住んでいた双子の兄弟だった。しかし、なぜこんな写真が、雨宮の家に落ちているのか。
​「そして……この裏を見てください」雨宮は、震える声で言った。
​写真の裏には、歪んだ文字でこう書かれていた。「お前たちのせいで、全てを奪われた」
​迅は、その言葉の意味が理解できなかった。自分たちは、一体何を奪ったというのか。
​その時、二階から物音が聞こえた。雨宮と迅は、顔を見合わせ、警戒しながら階段を上がった。
​二階の廊下は、一層荒れ果てていた。突き当たりの部屋の扉が、わずかに開いている。雨宮は、静かに扉を開けた。
​部屋の中は薄暗く、じめじめとしていた。そして、その中央には……椅子に縛られた男がいた。顔はタオルで覆われており、呻き声を上げている。
​「誰だ！？」迅は、声を荒げた。
​その瞬間、背後から鋭い痛みが走った。迅は、咄嗟に振り返ったが、そこにいたのは……雨宮だった。しかし、その表情は、先ほどの悲痛なものとは全く違っていた。冷酷で、憎悪に満ちた 雨宮。手には、血の付いたナイフが握られていた。
​「雨宮……！？一体、何を……！」
​理解が追いつかない迅に、雨宮は低い声で言った。「雫は、私の『表の顔』。私は、雨宮 霧だ」
​信じられない光景が、迅の目の前で繰り広げられていた。あの優しげな雨宮雫は、偽りの姿だったのか。
​「お前……まさか、最初から……！」
​霧と名乗る男は、嘲笑うように言った。「ああ、そうだ。全ては、この日のためだった。お前たち鷲見家への復讐のためにな」
​霧は、椅子に縛られた男の方を冷たい目で見下ろした。「これは、お前の叔父だ。覚えていないか？昔、お前たちのせいで、私たちは全てを失った」
​迅の頭の中に、幼い頃の曖昧な記憶が蘇ってきた。隣の家で、何かが起こったような……激しい怒号、泣き叫ぶ声……そして、突然の引っ越し。
​「一体、何があったんだ……！？」
​霧は、歪んだ笑みを浮かべた。「お前たちの父親と叔父が……私たちの父親を陥れたんだ。会社を乗っ取り、私たち家族を離散させた。母は病に倒れ、弟は……霧は心を病んで自殺してしまった」
​「雫……お前は……」
​「ああ、雫は、私の弱い部分だ。優しいだけの、無力な私だ。だが、私は違う。復讐をするために出来た人格だ」
​迅は、全てを理解した。連続殺人事件の犯人は、雨宮雫の双子の弟ではなく二重人格の、もうひとつの人格雨宮霧だったのだ。そして、彼が憎んでいたのは、迅の家族だった。
​「なぜ……両親を殺したんだ……！？」
​「当然だろう？お前たちのせいで、私たちの人生は狂ったんだ！まずは、その償いをしてもらう。そして……最後に、私を苦しめた張本人である、お前を殺す！」
​霧は、手に持ったナイフを、迅に向けた。雨の音が、廃墟に虚しく響いていた。心を読む異能を持つ人格の雫と、復讐に燃える霧。そして、過去の因縁に翻弄される刑事。複雑に絡み合った運命の糸は、血塗られた結末へと向かおうとしていた。