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第二章 冬のグリンウッド

オスカーの戸惑い(1)

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 その二十日後。
 グリンウッド家の屋敷の玄関前にて――

「いったい何が起きたんだ?」

 馬から降りて若い執事に手綱を渡したオスカーは、そこに広がる光景に目を丸くしていた。
 およそ二か月にわたる、魔物討伐の長期遠征から戻ってきたところ。

 ――おれは遠征先で目の病気にでもかかったのか。

 そう思えるほど、信じられない光景だった。

「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」

 屋敷で働く使用人たちが、玄関先にずらりと並んでオスカーを出迎えている。
 それ自体はいつものこと。――しかし。

 これは、どうしたことだろう。
 男も女も、全員が若返っている。
 中にはまるで誰だかわからない者までいる。
 特にメイドの女性たちが。

 グリンウッド領は、山脈から吹きおろす乾いた風のせいで一年を通じて乾燥しており、肌や髪を傷めやすい。
 歳を取るとともに、硬くて深いヒビのような皺がその顔に刻まれていく。

 ところが目の前に居並ぶ使用人たちは、誰もかれもがツヤツヤで張りのある顔になっている。
 ボリューム感たっぷりの髪は陽射しを受け、キラキラと輝いているかのようだ。

「オスカー様、おつかれさまです。お留守の間も、屋敷の中はしっかりと磨いておきました」

 列から一歩前に出ていたメイドが、落ち着いた声で告げた。
 先ほどから、この年齢不詳の美人メイドは誰だ、と思っていたオスカーは、その声を聞いて驚愕した。

「――ま、まさか、お前、メイド長か?」

 メイド長と言えば、五十歳を過ぎて顔がシワとシミだらけになり、髪も薄くなった老婆のような姿だったはず。
 目の前にいるのは、四十代、いや、三十代と言われても違和感のない、美しい女性だ。
 唖然とするオスカーに、メイド長は妖艶ともいえる顔で微笑んだ。

「ほほほ、オスカー様に穴があくほど見つめられるなんて、女冥利に尽きますわ」
「いったい何があった? なぜそんなに若返った?」

 わけがわからず問いかけたオスカーに、メイド長はくすりと笑うと、軽く膝を曲げて後ろに下がった。

「いやですわ、オスカー様。そんなことを女性に訊くと嫌われますよ」
「いや、そういう問題では……」
「申し上げましたでしょう? お留守の間も磨いておきましたと」

 嬉しそうに告げると、メイド長は顔を伏せ、他のメイドたちと共にオスカーが屋敷に入るのを待つ体勢になった。
 どうやら教える気がないらしい。
 仕方なく、オスカーは屋敷の中へと向かう。
 使用人たちをいつまでも寒い外に立たせておくわけにはいかない。

「セバス! どこにいる。ちょっと来てくれッ!」

 屋敷に入ってすぐのホールで、執事長のセバスを呼んだ。
 いつもなら外から戻れば出迎えてくれるのに、まだ彼の姿を見ていない。

「ずっとおそばにおりますが?」
「うおぉっ!」

 すぐ後ろから声がして、慌てて振り返る。
 しかし、そこに立つ執事姿の男を見たオスカーは、またしても表情が固まってしまった。

「……嘘だろ……」

 目の前にいるのは、先ほど馬の手綱を預けた若い執事――ではなく、肌がツヤツヤ、髪もフサフサになったセバスだった。

「やっとお気づきになりましたか?」

 まるでいたずらが成功した子供のように笑う。

「……お前はちゃんと教えてくれるんだろうな」

 悦に入った顔に向かって問いかけると、セバスが真剣な表情になった。

「もちろんです。ただし、決してお怒りにならないとお約束ください。そうでないとお教えできません」

 ――おれが怒るようなことなのか?
 訝しく思ったが、好奇心がそれを上回った。

「わかった。約束しよう」

 セバスが嬉しそうに笑い、そのときだけは目尻に小さなしわができた。



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