青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第3章》 ロミオ at 玉川上水

襲撃2

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 車が完全に停車しきるのを待たず、飛豪は飛びだした。

 前方で、白のライトバンが藤原の紺色のセダンに道を塞がれて往生していた。

 パッと見で、路上にいるのは藤原と見慣れない男が一人のみ。

 とすると、ライトバンの中にいるのは彼女と監視の人間だけだろう。

 たしかに、女性の誘拐なら男二人で足りる。藤原のセダンには彼のほか要員が二名乗っていると聞いていたので、人数の上でもすでに決着はついていた。

 一般人のフリをしていろいろ隠しきれていない藤原と、ライトバンから出てきた男が公道のど真ん中で押し問答をしている。

 雰囲気と言葉遣いからして組織の構成員だと知れたが、車の中身を見られたくない、夜の住宅街で騒ぎをおこしたくない、という事情から、苦りきった顔をしている。

 その辺りをすべて承知した上で、空気の読めない酔漢のふりをして、ますます大声で難癖をつける藤原。なんだかんだとクダを巻き続けている。

 平時であるならば、目をそむけてでも関わりたくない三文芝居だった。

 飛豪が問答無用でライトバンの後部座席のドアを開くと、山根らしき男と、口に粘着テープを貼られて手首を拘束された瞳子がいた。

 彼女は座面に押しつけられて、側頭部を殴りつけられているところだった。鼻と口付近に、点々と鮮血が散っている。

 涙目でこちらを見あげた彼女と、視線が交錯した。

 瞬間、頭が沸騰した。

“Hijo de puta!! Voy a matarte.(クソ野郎‼ 殺してやる)”

 思わず、一番使い慣れたスペイン語の罵倒文句が口をついて出てきた。

 男の首もとを掴み一気に車から引きずりだす。事態を予測できていなかったのか、彼はまったくの無抵抗だった。

 急にあらわれた正体どころか国籍不明の男に、アスファルトに突き飛ばされたところで我にかえったらしい。

「何すんだよ!」と抵抗の構えをとった。

 飛豪はその顔を、腹部を蹴りつける。

 一回、二回、三回――首を狙ったら本気で殺してしまう、というのは分かっていたので、「冷静に、冷静に」と内心で呟きながら急所を外す。

 そもそも、足しか使っていない時点で、我慢をしているのだ。

 山根は必死で飛豪の脚をとろうとして、反撃の機をねらっていた。しかし、脳筋の鉄砲玉時代すらない三流の経済ヤクザが、現役で訓練をつづけている飛豪にかなうはずがない。

 女一人と油断して、銃も所持していなかった。彼は二〇秒もたたずに苦悶の表情をうかべ、抵抗をあきらめた。飛豪はその首を掴みあげ、近場のブロック塀に押しつけた。

 呼吸を失いつつあり、血走った眼つきで荒い呼吸をしている山根を、飛豪は昆虫を観察するように冷然と見つめた。

 自分より一〇歳程度上の、中年男。

 その業界の人間らしく、スーツだけは仕立てのいいものを着ていた。威圧的な雰囲気と、人に有無を言わせず命令をくだす凄みもある。だが、彼にはまるで通用しなかった。

 金が動いている以上、組織も瞳子に執着しているようだが、一番はこの男だ。この男が個人的に彼女を手に入れたがっていたのは、最初から明白だった。

 飛豪の視線に気づいた山根が、抵抗するように身じろぎした。そして、嘲笑しながら唾をはきかけてきた。

「お前も、あの小娘と寝て金払ってるんだろ。あんなクソ生意気なビッチ、ヤるくらいしか価値ねぇよ」

「…………」

「……っ、だから何だよ。俺を誰だと……ひ、ギャッ!」

 安い文句を延々とたれ流す口が煩わしくて、飛豪は彼の鼻に拳を叩きこんだ。

 まだ四割程度の力しか出していない。しかし、赤黒い鼻血がどくどくと流れ出す。もう一度、無表情に顎を殴りつけると、恐怖の色がうかんだ。
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