青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第6章》 台湾・林森北路のサロメ

戦慄のティーパーティー3

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 ――覇気が抜けたって……もちろん悪い意味だよね。気力が足りないとか、そういう感じの。

 隣で彼が拳を握りしめ、苛立っているのを瞳子は感じとった。

 しかし、彼は黙ったままだ。口をだしたら、それこそ彼女の弱さを証明してしまうと自制しているのだろう。

 美芳メイファンはにこにこと人の悪い笑みを浮かべながら二人を見つめていた。

 体が、心が、見えない糸に縛りつけられたようだった。

 自信に満ちた声と、外すことを許さない視線、反発を断固としてはねつける権力者としての強靭な佇まい。負荷がかかることに慣れている瞳子でさえも、すくみ上がってしまいそうだ。抵抗よりも従属をえらんだ方が、きっと楽だろう。

 ――これが、飛豪さんも高瀬さんも警告してきた理由だろうな。確かに性格悪いし、圧が強い。

 良い切りかえしがないものか、と思案するけれど、口ゲンカの才能はない。だから、できるだけのことを言うにとどめた。

「バレエを踊らなくなって……踊れなくなってから、日々の緊張感はなくなりました。以前のわたしを好きだと言ってくださった美芳さんをガッカリさせてしまっていたら、申し訳ないです。……でも、わたしのバレエと飛豪さんは関係ない。飛豪さんはわたしの恩人です。叔母様で、身内だから気安いのかもしれませんが、わたしがいる場所で彼をおとしめる言葉は、言わないでください。お願いします」

 瞳子は、またしても深々と頭をさげた。そして顔をあげると、白刃の鋭さで彼女を見据えた。

     *     *     *

 ――あ、スイッチ入った。

 一瞬にして飛豪は察知した。彼女の顔つきが違う。伏せていた面をあげ、顔にかかっていた髪がはらりと後ろに流れると、毅然とした横顔が叔母と向きあっていた。一歩もひかない決意が漲っている。

 凛とした佇まいは、まるでロミオの短刀を胸元につきつけたジュリエットのようで。今、ジュリエットが必死に守ろうとしているのは自分であることに、彼は気づいた。

 ――売られたケンカを全力で買い占める性分か。正月の福袋じゃないんだから……。「かわす」ってやり方も覚えないと、ダメだろ。

「瞳子、カッとなるな」

 飛豪は冷静に間合いをとって二人を制した。隣に座る彼女の手に、宥めるように自分の手をかさねる。

「叔母さんも、つまんない当てこすりしてる暇あったら、俺に直接言えよ。それじゃホントに嫁いびりやってる姑だ。あんたが会いたいって言ったから連れてきたんだ。これ以上続けるなら、俺たちは帰る」

「あら仲良しね。私、別の心配もしてたのよ。あなたが、彼女をいじめすぎてないかって」

 美芳が鼻白むと、彼は即座に言いかえした。

「死ぬほど余計なお世話」

「なら、一〇年前みたいに警察沙汰にはしないでね。今度はあなたが捕まるのかしら?」

「一〇年前のあれは事故だ。叔母さん、俺が稼ぎだしてる利益あてにしてるなら、もうちょっと言葉を慎めば」

「あなたの働きには期待してるけど、だって、飛豪フェイハオもずっと居る訳ではないんでしょ。そっちが公私混同してるなら、私も同じやり方でイヤミの一つくらい言いたくなるわよ」

 飛豪の手のひらの下で、彼女の手がぴくりと動いた。動揺している。嫌な方向へと話が流れている。

 今のやり取りで、瞳子が知らされていない事実が飛びだしていることに彼は気づいていた。一〇年前の警察沙汰と、「飛豪もずっと居る訳ではない」という叔母の言葉。どちらも、まだ隠しておきたい話だった。

 高瀬にした口止めを叔母にしなかったのは、頼んでも、どうせ暴露してくることが読めていたからだ。当てにならない口約束のために、借りをつくるのもバカバカしい。だから最悪のケースとしてこの状況を想定していたものの、実際にそうなってみると不愉快きわまりなかった。

 ――やっぱ事前に瞳子に言っておくべきだったか……。

 内心の苛立ちをおさえて、飛豪は仕事モードの隙のない対応で収拾をつけようとした。

「叔母さん、今の点については後で話そう。彼女は関係ない」

「そうね。私たち、まだ話し合うことが沢山あるわよね」

 ――居残り決定か。

 心中で嘆息していると、向かいに座っている美芳は、何事もなかったかのように泰然として客人に茶菓子を勧めはじめた。

「ごめんなさいね。身内のいざこざよ。どうぞ、チョコでも食べて楽にして」

 ――叔母さん、今更取りつくろってもムダだ。今ので全部バレてる。

 瞳子は、二人の今のいさかいに毒気がぬかれた様子だった。

 母子家庭で、親戚との交流もなく育った彼女には、血縁、利害、過去の因縁がもつれにもつれた親戚どうしがやりあう様など、今まで見たことがなかったのだろう。飛豪と美芳のあいだでは、この程度の小競りあいは日常茶飯事だった。
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