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《第6章》 台湾・林森北路のサロメ
戦慄のティーパーティー6
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彼が叔母に牽制するような視線を送ると、彼女は物わかりよく受けとめた。そして、視線の意図を理解したうえで――否、理解したからこそ――またしても燃料を投下してきた。
「あなた、パスポートは持ってる? 有効期限は?」と、瞳子へと問いかける。
「持ってますし、あと五年は大丈夫ですけど」
「なら、夏休み中のあいだにアメリカに行ってみない? うちの別荘がクリーヴランドにあってね、ちょっと過ごすにはもってこいなのよ。五大湖のある北のあたりで、良い美術館も実力あるオーケストラもあるし……あと、あなたが本当に自分の身をきちんと守れるようになりたいなら、うちが懇意にしてる射撃場もある」
「叔母さん」
飛豪が強い口調で制止しても、叔母はやめなかった。射撃場という言葉に驚いている瞳子に、畳みかけていく。
「銃だけでなくて、護身術も習えるわ。あなたみたいに身体能力の高い子だったら才能あると思うの。そこの飛豪もアメリカで大学生してた時に一通り訓練してるし、九月に二週間くらい……どう?」
「やめろ。彼女はそういうんじゃない」
彼が叩きつけるように言うのと、瞳子が口を開いたのは同時だった。ハッとして飛豪は、彼女を見つめた。
「美芳さん、まず最初に言わなきゃいけないのは、わたし、怪我でバレエをやめたんです。走るのも辛いぐらいで……だから、護身術なんて到底ムリです」
「そうね、だったら、銃の方をオススメするわ」
「わたしにそれを勧める意図を聞いていいですか?」
「あなたがウチの甥っ子と一緒にいたいのなら、必要なことよ」
「わたしと飛豪さんは、お金でつながっているだけの関係です。再来年の春までは一緒に住ませてもらいますけど、就職したら出ていきますし、借金の返済が終わったら関係も消えます」
瞳子は断言した。自分に言い聞かせているようでもあった。
「でも、そうならない未来もありえるでしょ?」
「それは美芳さんではなく、わたしと彼のあいだで決めることです」
「あら、ちゃんと生意気ね。でも、あなたもこの数か月で身に染みたんじゃない。学校のお勉強や通りいっぺんの常識だけじゃ通用しない事があるって。だから、出来ることは少しでも増やしておく、というのも手だてじゃないかしら? いつ何が起きるか分からない世の中だし」
「それで、拳銃ですか」
「えぇ」
「なら、わたしも訊きたいんですけれど」瞳子は不穏な流れに、まるで動じていなかった。
「どうぞ」
「人に武器を持たせたら、いつかその武器で自分が傷つけられることもあるんじゃないですか? 美芳さんは、その可能性まで考えないんですか?」
淡白な口調である。だが彼女の表情は明確に、自分に銃を持たせたら美芳を撃つと言っていた。
瞳子と美芳、二人が睨みあいをしているようには、飛豪は見えなかった。
茶器に手をかけて視線をかわしている二人は、フェルメールの絵画のように静謐である。なのに、目に見えない感情が乱気流となって渦を巻き、火花がけたたましい音をあげて弾けていた。
沈黙の末、口をひらいたのは美芳だった。
「……本当に面白い子ね。でも、あなたの負け。だってあなた、腹を立てた私が、今この瞬間に手持ちの銃で撃ってくるところまでは考えずに言ったでしょう? もう少し先の先まで読めるようにならなくちゃ」
「確かに考えていませんでした。けど、でも……それでいいんです」
「何がいいの?」
「わたし別に、いつ死んでもいいと思ってますから。バレエができなくなった時点で、すべてが終わってます。八田の人たちに玩具にされて生きるより、言いたいこと言って美芳さんに撃ち殺されるほうがマシです。飛豪さんの血縁なのだから、許容範囲です」
厭世観のにじんだ穏やかな口調で瞳子はこたえた。
殺したいのならどうぞ、と全身で伝えていた。
彼女が時折みせる儚さや諦めには、濃い影がさしている。今その影は大きく腕をひろげて、この場のすべてを呑みこもうとしていた。
「あなた、パスポートは持ってる? 有効期限は?」と、瞳子へと問いかける。
「持ってますし、あと五年は大丈夫ですけど」
「なら、夏休み中のあいだにアメリカに行ってみない? うちの別荘がクリーヴランドにあってね、ちょっと過ごすにはもってこいなのよ。五大湖のある北のあたりで、良い美術館も実力あるオーケストラもあるし……あと、あなたが本当に自分の身をきちんと守れるようになりたいなら、うちが懇意にしてる射撃場もある」
「叔母さん」
飛豪が強い口調で制止しても、叔母はやめなかった。射撃場という言葉に驚いている瞳子に、畳みかけていく。
「銃だけでなくて、護身術も習えるわ。あなたみたいに身体能力の高い子だったら才能あると思うの。そこの飛豪もアメリカで大学生してた時に一通り訓練してるし、九月に二週間くらい……どう?」
「やめろ。彼女はそういうんじゃない」
彼が叩きつけるように言うのと、瞳子が口を開いたのは同時だった。ハッとして飛豪は、彼女を見つめた。
「美芳さん、まず最初に言わなきゃいけないのは、わたし、怪我でバレエをやめたんです。走るのも辛いぐらいで……だから、護身術なんて到底ムリです」
「そうね、だったら、銃の方をオススメするわ」
「わたしにそれを勧める意図を聞いていいですか?」
「あなたがウチの甥っ子と一緒にいたいのなら、必要なことよ」
「わたしと飛豪さんは、お金でつながっているだけの関係です。再来年の春までは一緒に住ませてもらいますけど、就職したら出ていきますし、借金の返済が終わったら関係も消えます」
瞳子は断言した。自分に言い聞かせているようでもあった。
「でも、そうならない未来もありえるでしょ?」
「それは美芳さんではなく、わたしと彼のあいだで決めることです」
「あら、ちゃんと生意気ね。でも、あなたもこの数か月で身に染みたんじゃない。学校のお勉強や通りいっぺんの常識だけじゃ通用しない事があるって。だから、出来ることは少しでも増やしておく、というのも手だてじゃないかしら? いつ何が起きるか分からない世の中だし」
「それで、拳銃ですか」
「えぇ」
「なら、わたしも訊きたいんですけれど」瞳子は不穏な流れに、まるで動じていなかった。
「どうぞ」
「人に武器を持たせたら、いつかその武器で自分が傷つけられることもあるんじゃないですか? 美芳さんは、その可能性まで考えないんですか?」
淡白な口調である。だが彼女の表情は明確に、自分に銃を持たせたら美芳を撃つと言っていた。
瞳子と美芳、二人が睨みあいをしているようには、飛豪は見えなかった。
茶器に手をかけて視線をかわしている二人は、フェルメールの絵画のように静謐である。なのに、目に見えない感情が乱気流となって渦を巻き、火花がけたたましい音をあげて弾けていた。
沈黙の末、口をひらいたのは美芳だった。
「……本当に面白い子ね。でも、あなたの負け。だってあなた、腹を立てた私が、今この瞬間に手持ちの銃で撃ってくるところまでは考えずに言ったでしょう? もう少し先の先まで読めるようにならなくちゃ」
「確かに考えていませんでした。けど、でも……それでいいんです」
「何がいいの?」
「わたし別に、いつ死んでもいいと思ってますから。バレエができなくなった時点で、すべてが終わってます。八田の人たちに玩具にされて生きるより、言いたいこと言って美芳さんに撃ち殺されるほうがマシです。飛豪さんの血縁なのだから、許容範囲です」
厭世観のにじんだ穏やかな口調で瞳子はこたえた。
殺したいのならどうぞ、と全身で伝えていた。
彼女が時折みせる儚さや諦めには、濃い影がさしている。今その影は大きく腕をひろげて、この場のすべてを呑みこもうとしていた。
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