青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第6章》 台湾・林森北路のサロメ

戦慄のティーパーティー7

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 瞳子がまとった底知れない闇の深さに、美芳メイファンは一つ身震いをした。

 しかし、客人の年若い娘に圧されたままでいるわけにはいかない。なにしろ此処は、彼女のサロンなのだから。

 美芳がただ瞳子を傷つけるための言葉を選びだそうとした、その時。

「叔母さん、もういいだろ」

 頬杖をつき、二人のやりとりに油断なく注意をはらっていた飛豪は、今度こそ席をたった。ここまでだ。叔母が本気になったのならば、彼女に長居させるわけにはいかない。

 彼は身内ならではの間合いと強引さを、遺憾なく発揮した。

「遅くなると疲れるだろうから、この子は先に帰す」

 独り決めして、遠慮して何も言えないでいる瞳子の腕をつかんで立たせる。「悪い。俺、もうちょっと話さなきゃいけないことがあるんだ。黒川くんには伝えてあるから、送ってもらえ」と、言い含めた。

 美芳のことなど構いもせずに、飛豪は彼女だけを見つめていた。

「瞳子、この場でした話は誰にも口外するな。意味……分かるよな? 黒川くんにも、藤原さんもダメだ」

「はい」素直そのものの態度で、彼女は了解する。

「俺も遅くならないうちに戻るから、起きててくれないか?」

「分かった。待ってますね」

 瞳子は、美芳に「ごちそうさまでした」とさらりと一礼してから出ていった。その背からはもう、先ほどの虚無の影は抜け落ちていた。







 彼女を階段のところまで送りだすと、飛豪はようやく安心して一息ついた。叔母が引き留めなかったのは、自分でも潮時だと分かっていたからだろう。

「相変わらず、見事よね」

 赤のサロンに戻ると、ティーテーブルの上にはいつの間にかイタリアワインのボトルが現れていて、叔母は恨みがましい眼をこちらに向けていた。

「何がだよ」

「兄さん譲りの知性と、雪乃ちゃん譲りの社交力。良いとこばっかもらって何不自由なく生きてるくせに、どうしてあなたは李家ウチと距離を置きたいなんて言うのかしらね」

 私なんて、あるのは度胸と勢いくらいで、その二つだけで生きてきたのに。と、愚痴めかして呟くのを聞いて、彼は「俺はその二つ持ってないよ。あと、社交は叔母さんの方が得意じゃん」と返した。自分で赤ワインのボトルを引き寄せ、棚に置かれていた青磁の茶器に手酌する。

「まったく……絶妙なタイミングで逃がしてくれて」

「そりゃそうだ。俺、今日は一〇〇パーセントあいつの味方をするつもりで来たから」

 知らず知らずのうちに、彼女についての会話が始まっていた。

「なにあのジャックナイフみたいな子! しれっとした顔で、とんでもないこと言ってくるじゃない」

 ジャックナイフとは、瞳子のことか。間違ってはいないたとえだ。

 負けず嫌いで気が強く、しかも売られたケンカは片っ端から買っていく。ナチュラルにクレイジーな発言をする。基本的に自分からは争わないが、牙を剥いたときの冴えた表情は、飛豪が気に入っているものの一つだ。

「クリーヴランドとか余計なこと言って……。俺があいつに自分のことも実家のことも詳しく言わずに通してるって、知ってたよな。分かってて口滑らしただろ?」

「当然よ、あの子は李家ウチのものにしておきたいわ。パッと見はどこにでもいるお嬢さんだけど、本質をついたことを言うし、攻撃的。あと、焚きつけても意外と冷静だったのよね。相手のペースに吞まれない」

 叔母が画策しているのは、彼女を李家の駒にすることだ。

 本家を追放されるかたちで海を渡ってきた末に、日本拠点の拡大をして影響力を強め、干渉をはねつけようとしている。多岐にわたる分野で専門家プロフェッショナルを輩出してきた李家でも、芸術家アーティストは少ない。

 もし瞳子が飛豪と婚姻関係を結びでもしたら、叔母は彼女の過去を利用することだろう。

 社交界の華とするか、芸術家たちの閉ざされたネットワークに上手く食いこませて、新奇な資金調達の手だてとするはずだ。そして彼自身は、望まない本家と分家のいざこざに巻きこまれて一生を終えることになる。

 それが嫌だから、会社――および実家――と離れる、離れないで叔母とは春先から揉めていた。
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