青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

文字の大きさ
164 / 192
《第10章》 天国の門

リスクヘッジ

しおりを挟む
 最初の彼の沈黙よりも長い時間をかけて、瞳子は答えを探した。

「あなたが人間的にも経済的にもすごく頼りになる人だっていうのは分かるんです」

 彼女は、いつもよりもペースを落として話しはじめた。

「わたしも飛豪さんが好き。だから、一緒にいたい。でも時々、あなたの世界の半分は普通じゃないと気づかされるから、びっくりするし怖くなる時がある」

「…………」

「広尾のパーティーで拳銃の話が出てきた時、すごく驚きました」

「だろうな」

「助けられておいて言うことじゃないけれど、飛豪さんがわたしを買おうとしていた会社と話をつけた方法も気になってます。日本に拠点を置いてる台湾マフィアの力を借りたんですよね? あなたもご実家も、つながりがあるんですよね?」

「否定はしないよ。……いや、その通りです、としか言えないな」

「叔母様の美芳メイファンさんの意図も気になります。あの方も相当……だと感じました。だからわたしは、飛豪さんのお金だけに頼って、そっちの世界に入るのがすごく怖いんです」

「……至極まっとうなご感想だと思います。俺も正直、それで人生の軌道修正をしたいと思ってるぐらいだし」

「わたしが今やろうとしてる事って、お金のある人たちから見たら馬鹿げていて効率の悪いことかもしれない。だけど、わたしはわたしで自分の世界を作りたい。最低でも、飛豪さんに借金返しおわるまでは真面目に社会人やりたいと思っているし、仕事をすることと踊ることでもう一度わたしだけの人間関係を作って、立て直していきたい。そういう一つひとつの積み重ねが、いつか、わたしを守ってくれるかもしれないって気がしてます」

「リスクヘッジか。なるほどね。俺の家のことながら、良い判断だと思う」

「あともう一つは……」瞳子は恥ずかしそうに、一度唇をぎゅっと閉じた。「わたし、自分のお金で飛豪さんにプレゼント買いたかったんです」

「へ?」

「誕生日プレゼント」

 予想外の方向へと話の軌道がそれてゆき、飛豪は「ん?」と眉間を指でおさえた。

 彼女は、ヒガチカから九月の誕生日を教えてもらったこと、プレゼントを買おうと思った時、自分の貯金がなくて悲しかったことを訥々とつとつと伝えてゆく。卑屈になりたくはないけれど、自分のお金がないのは嫌だ、と主張して締めくくった。

「ふむ……」

「わたし、バレリーナ時代にCM出たときとか、雑誌インタビューだとか受けて、少しはお金もらってたんです。自分で稼いだお金で、可愛いレッスンウェア買ったり、公演のチケット買うのがすごく嬉しくて」

 幸せを噛みしめるような表情を瞳子は浮かべた。今も、社会人になったら最初になにを買おうか、時々考えちゃいます、と、楽しげに続けていく。

「わたしのプラン、大変できついのは分かってるんですけど、あなたとお付き合いをつづけるなら、自分のためにお金はある程度稼ぎたい。それにケジメとしても、借金返済は絶対にします。過去の自分にかかったお金を、今の飛豪さんに押しつけたくない」

「なら、内定とれるまでは就活優先で。できるだけ負担は少なく」

「分かりました」

 飛豪としては、瞳子が自分と関わりつづけるリスクまで考慮していたことは、正直意外だった。

 彼女を低く見積もっていた自分をとがめる。ふんわりしている感受性先行タイプかと思いきや、苦労してきたせいか現実をしっかり捉えている。

 ――そうだった。この子は正当防衛の判例まで調べてから刃物をふりかざす人間だった。

 この一か月、あらゆることを考えた上で、マイナスポイント込みで瞳子は彼を選んだ。地に足がついている上、つらい道を選んででも自分の可能性ともう一度向きあっていこうとしている。

 だとしたら飛豪は、サポートするしかない。

 ダンス関係のコストは支援者として自分が出すこと、資産の殖やし方を教えて経済的に独立させること、あとは――無理がたたって彼女が体調なりメンタルなりを崩したときは、できるだけ早くケアすることぐらいしか、してやれることはない。

 未来は分からない。ハンデを抱えて、一度は地べたにまで落ちた彼女がここからどこまで昇っていくのか、間近で見られるのは楽しみだった。仮に社会人生活と踊ることを両立させるのが難しくなったとしても、それはそれで構わない。彼女なら何がしかは掴むはずだ。

 ――どちらにしろ、俺はこの子が傍にいればいい。

 そんな方針で落ちついたので、瞳子はこの一か月、飛豪よりも忙しくしていた。

 美芳には丁重にバイトの断りをいれたあと、現役時代の拠点だった府中のバレエスタジオに週一回通うようになった。

 もうクラシック・バレエは踊れないが、体のコンディションを整えたり基礎練習を見てもらうには、子供のころからついていた先生がいいらしい。最初、スタジオに挨拶に訪れたときは、四年ぶりに会う先生に「今までどこで何してたの!」と、泣きながら叱責されたと、彼女はほろ苦い表情で報告してくれた。

 他にも、体の安全な可動域を確かめたりアスリート仕様のリハビリをするため、二週に一回専門医にも通っているようだった。

 食事の時間もバラバラになり、一緒に過ごす時間は減った。

 だが、瞳子が飛豪の部屋のキングサイズのベッドで眠るようになったし、正しいお付きあいを始めてからは、お互いに気持ちが安定した。だから、忙しいだけで上手くいっているのだ。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...