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《第10章》 天国の門

恐竜女子会3

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 突然の着信に瞳子がスマートフォンのディスプレイを見ると、発信者は黒川悠也だった。

 奈津子に断りをいれて電話をとると、黒川が「もしもし、瞳子ちゃん?」と呼びかけてきた。

「わたしですけど、何かありました? 今日お二人ご一緒ですよね」

「大したことじゃないけど、一応連絡しとこうと思って。うん、こっちも今まで飲んでた。で、珍しく飛豪さんが潰れた。ウイスキー四杯目でガクッと落ちた」

「ということは二人ともお店? ひょっとして困ってます? わたし行った方がいいですか」

「もうタクシーで自宅に連れて帰ってきた。水少し飲ませてソファに置いて、いま、神楽坂から電話かけてる」
「それは……すみません。飛豪さん身長高いし、筋肉あるから……重かったですよね」

「ギリギリ歩いてもらったから大丈夫。でも、俺の知るかぎりこの人がこういう落ち方したの初めてだから心配で、報告しつつ理由に心当たりあれば教えてもらおうかなって思って連絡した」

「えっ……と。あ、飛豪さん昨晩、寝てないです。真夜中に海外から急ぎっぽい電話かかってきて、スペイン語話しながら朝までパソコン作業してました。他に……今週は全体的に忙しかったみたいで、毎日帰りはかなり遅め……」

「了解。なら、普通に疲れてただけか。とりあえず毛布かけて寝かしておくよ」

「ありがとうございます! お手数かけました」

「あと……これは、友人として伝えておくけど」と、黒川が声のトーンを落とした。「飛豪さん、瞳子ちゃんのこと応援してるけど、不安も抱えてるよ。今日四、五回はのろけに混ざって『俺はダンサーでもアーティストでもないから、あいつの見えてるものの大半は理解できてない』みたいなこと言ってた」

「えぇっ! わたしだって、飛豪さんの世界、全然追いつけてないのに」

「あの人にとって、瞳子ちゃんが踊ってると嬉しい反面、手の届かない場所に行ってしまいそうな気がするんだろうな。それはちょっと分かる。俺もレッスン後のお迎え行ったとき、顔つきが普段と違うのは見てるから」

「そうだったんだ」

「うん。この人はそういう負の感情は内に溜めこむタイプ。だから、瞳子ちゃんからマメにご褒美あげて発散させてやって」

「ご褒美って……」

「それは自分で考えて。じゃ、また」

 短い通話だったが、情報量は多かった。

 目新しいニュースに奈津子が「なになに? あの人酔いつぶれたって?」と嬉々として詰め寄ってくる。黒川とのやりとりを伝えると、「あぁ。確かにヒゴーさん、外面ソトヅラいい反面、落ちこむときは内側でグッチャグチャになってそう」と一刀両断した。

「で、瞳子は送迎つきでレッスンなんだ。あの人、マジ過保護すぎる」

 堪えきれずに奈津子がアハハハ、と笑う。

「行きは電車ですー。遅い日は先生も駅まで送ってくれるっていうから、本当はそこまで……」

 そうなのだ。

 一〇月以降、レッスン後の帰り道はタクシーか、彼の会社関係の迎えの車を必ず手配してもらっている。そのうちの何回かは黒川で、彼が忙しい事情も承知している瞳子にとっては、はっきり言って心苦しい。

 府中のバレエ教室から神楽坂の自宅に戻るまで、公共交通機関だと軽く一時間はかかる。駅まで住宅街を一〇分以上歩き、乗り換えも二回。まあまあ面倒な道のりではあるが、レッスンで帰りが遅くなるなど、中学高校のころは毎日だった。

「でも今からそんなんで、社会人になって残業発生したらどーするんだろーね」

「飛豪さん的には、帰り道にお迎えつけてくれるのは危ないからだけでなくって、バレエとかダンスの関係者に必要以上に関わってほしくないからだと思う」

 はっきりとは言われていないが、ずっとそんな気がしていた。今日黒川からの言葉を聞いて、確信をもった。

 飛豪は彼女がダンサーに心を移すのではないかと心配している。だから、終わりの時間に自分が手配した車をつけてくれるのだろう。彼女を寄り道させずに家まで送りとどけるように。

 夏にサーシャとの一件があったから尚更だ。

 彼とは、あの後も細々とメールのやり取りを続けていた。紆余曲折のすえ好きな人と暮らしていることや、あの場に割りこんできた人がその人であること、あの日の謝罪をして、母が他界してからの四年間の生活や、その間に考えていたことを断片的に伝えていた。

 レッスンを再開しようと思った時、あらためてサーシャに連絡した。

 自分でも振り付けコレオグラフィを学ぶレッスンや発表の場は探すつもりだが、コネクションは大きな助けになる。この世の中、実力だけではなく、誰と知り合いかによってでも結果は大きく変わってくる。
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