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《第2章》 ワルツの成果
セレナ 2
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侍女たちが退出すると、部屋は急にしんとして広く感じられた。セレナがゆっくりとベッドに近づいて、傍のチェアに腰かけた。
「エリー様。こうしてお話しするのは初めてですね。今日はお加減はいかがですか」
「もう部屋のなかは歩きまわれるほどに良くなっております。ただ、ジャンヌが……侍女が……わたしをいつまでも病人にしておきたいみたいで、外へ出ることをなかなか許してもらえないの。でも仕方ないわ。脱走しようとしたんですから。それに……」
「ご実家のことを考えていらっしゃるの?」口ごもったエリーの不安を、セレナはぴたりと言いあてた。
「わたしの心配の種など、お見通しなのですね」
「分かりますわ。だってそもそもが、ご実家と王都の板ばさみになってエリー様はガラティアに来られたのでしょう」
「……わたし、捕まらなければいい、メッシーアに帰らなければいいと、考えが浅いまま逃げだしたのですが、実際はそうでなかったみたいで、後でたっぷり叱られてしまいました」
エリーは傷心のまま、泣きだしそうに顔を大きく歪めた。
なぜだか、セレナの前では感情を表に出してもいいような気がしていた。そんな不思議な安心感と包容力が彼女にはあった。
ジャンヌからは、叱責された程度ではすまなかった。
「あなたの軽率な行動で、ご実家のお父様が処罰されますよ」と責められ、脅されたのだ。そして初めて、メッシーアの公爵家からガラティアへ嫁ぐ娘を選ばなければならなかった理由を聞かされた。
すべての事情は、先の皇位継承戦争に発端があった。南の公爵領メッシーアは、当初からリシャール王一派についていたが、対抗する第二王子を中心とする一派も無視できない事情があった。
第二王子とメッシーア公爵――エリーの父――が従兄弟の関係にあったからである。
戦は情でなすべきことではない。エリーの父メッシーア公爵はその原理を知りつくしていたため双方の戦力と哲学を冷静に比較してリシャール王側についていたが、最後まで第二王子との交信はつづけていた。
二人のやり取りは、リシャール王が王国の覇権をにぎり第二王子の処刑に際して情報が漏れてしまった。リシャール王は裏切りを許さない苛烈な性格である。メッシーア公爵は、裏切りこそなかったが「いつ敵方に転んでもおかしくなかった」と判断された。
だから、リシャール王は踏み絵をさせたのである。人質として娘をさしだせ、と。
そういった経緯で嫁いできた以上、エリーがガラティアを逃げだせば公爵家は取りつぶしにあい、平和で豊かな領地を軍兵たちが踏みにじることになる。
エリーは、自分がガラティアに嫁ぐことになった政治的背景の全容をこうして知った。あの雪の朝から二週間ほどたち、ようやく熱が下がってきた日のことだった。
エリーが肺炎と高熱にうなされているあいだ、事態はめまぐるしく動いていた。
一三歳の少女が身一つで逃げだそうとするほど、置かれていた環境の悪さがリシャール王に上申され、取り沙汰された。しかしガラティアはこの件を上手く取りつくろって逆に好機として利用し、領地にはいっていた王都の騎士団を撤退させることに成功した。
しかし、エリーのもとにクロードが見舞いに訪れることは一度としてなかった。日によって熱が上がったり下がったりする不安定な体調のなかで、彼の来訪に期待をかけては失望する毎日だった。
「クロード様は、意固地になっていらっしゃるの。あの方は、二心なくお兄様であるリシャール様に忠誠を誓っていたから。最初に兄弟の縁を認めてくださったのも、戦の才能をみとめて軍を任せてくださったのもリシャール様だったのに、今になって疎まれる気持ちが分からず、苦しみ傷ついている。家族なのにどうして、と」
その延長の押しつけられた婚姻だ。とても自分を歓迎できるはずがない、とエリーは納得していた。
「エリー様。こうしてお話しするのは初めてですね。今日はお加減はいかがですか」
「もう部屋のなかは歩きまわれるほどに良くなっております。ただ、ジャンヌが……侍女が……わたしをいつまでも病人にしておきたいみたいで、外へ出ることをなかなか許してもらえないの。でも仕方ないわ。脱走しようとしたんですから。それに……」
「ご実家のことを考えていらっしゃるの?」口ごもったエリーの不安を、セレナはぴたりと言いあてた。
「わたしの心配の種など、お見通しなのですね」
「分かりますわ。だってそもそもが、ご実家と王都の板ばさみになってエリー様はガラティアに来られたのでしょう」
「……わたし、捕まらなければいい、メッシーアに帰らなければいいと、考えが浅いまま逃げだしたのですが、実際はそうでなかったみたいで、後でたっぷり叱られてしまいました」
エリーは傷心のまま、泣きだしそうに顔を大きく歪めた。
なぜだか、セレナの前では感情を表に出してもいいような気がしていた。そんな不思議な安心感と包容力が彼女にはあった。
ジャンヌからは、叱責された程度ではすまなかった。
「あなたの軽率な行動で、ご実家のお父様が処罰されますよ」と責められ、脅されたのだ。そして初めて、メッシーアの公爵家からガラティアへ嫁ぐ娘を選ばなければならなかった理由を聞かされた。
すべての事情は、先の皇位継承戦争に発端があった。南の公爵領メッシーアは、当初からリシャール王一派についていたが、対抗する第二王子を中心とする一派も無視できない事情があった。
第二王子とメッシーア公爵――エリーの父――が従兄弟の関係にあったからである。
戦は情でなすべきことではない。エリーの父メッシーア公爵はその原理を知りつくしていたため双方の戦力と哲学を冷静に比較してリシャール王側についていたが、最後まで第二王子との交信はつづけていた。
二人のやり取りは、リシャール王が王国の覇権をにぎり第二王子の処刑に際して情報が漏れてしまった。リシャール王は裏切りを許さない苛烈な性格である。メッシーア公爵は、裏切りこそなかったが「いつ敵方に転んでもおかしくなかった」と判断された。
だから、リシャール王は踏み絵をさせたのである。人質として娘をさしだせ、と。
そういった経緯で嫁いできた以上、エリーがガラティアを逃げだせば公爵家は取りつぶしにあい、平和で豊かな領地を軍兵たちが踏みにじることになる。
エリーは、自分がガラティアに嫁ぐことになった政治的背景の全容をこうして知った。あの雪の朝から二週間ほどたち、ようやく熱が下がってきた日のことだった。
エリーが肺炎と高熱にうなされているあいだ、事態はめまぐるしく動いていた。
一三歳の少女が身一つで逃げだそうとするほど、置かれていた環境の悪さがリシャール王に上申され、取り沙汰された。しかしガラティアはこの件を上手く取りつくろって逆に好機として利用し、領地にはいっていた王都の騎士団を撤退させることに成功した。
しかし、エリーのもとにクロードが見舞いに訪れることは一度としてなかった。日によって熱が上がったり下がったりする不安定な体調のなかで、彼の来訪に期待をかけては失望する毎日だった。
「クロード様は、意固地になっていらっしゃるの。あの方は、二心なくお兄様であるリシャール様に忠誠を誓っていたから。最初に兄弟の縁を認めてくださったのも、戦の才能をみとめて軍を任せてくださったのもリシャール様だったのに、今になって疎まれる気持ちが分からず、苦しみ傷ついている。家族なのにどうして、と」
その延長の押しつけられた婚姻だ。とても自分を歓迎できるはずがない、とエリーは納得していた。
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