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緘黙
多くの言葉で少しを語るのではなく、
しおりを挟む「真はあいつらの話は聞かなくていいんだよ、今は難しいことはなぁんにも考えなくていい。ゆっくり休んで、今までの嫌なことぜーんぶ忘れてしまっていいんだよ」
秋名さんに抱えられて連れていかれた部屋のベッドに寝かされ目を塞がれて、かれこれ数十分はこうしているような感覚に陥る。数日前までのさっぱりした態度とはまるで違う、蜜を煮詰めた様な甘いそれに疑問が湧いて止まない。
「ぁ...んで...ぼく、なんですか...」
「なんでか?理由があったら真は納得する?」
神奈木さん達の前では全く出なかった声が嘘のように出てくる。笠松さんとあってから緊張状態が続いていたのか、すっかり掠れてしまった声を絞り出して質問する。
秋名さんの問い返しの意図は全く分からない。思考を読むにしても集中できない。頷く他なかった。
「ちょっと待ってね」と言い、秋名さんはズボンに入れていたシャツを引っぱり出し、ぐいと持ち上げた。
「これで納得できる?」
そこには酷い火傷の跡があった。
「ふふ、そんなに痛そうに見えた?今は全然痛くないよ。触ってもいいよ、ほら。」
いつの間にか伸ばしていた手を掴まれ、導かれるように傷跡に触れる。傷跡からはみ出て綺麗な部分に触れている親指の滑らかな感覚とは違い、ボコボコとして、色も本来の色より赤黒く変色している。
「氷花はさ、これのこと知ってたからぼくに真のこと任せようとしたんだよね」
「貴方も親から…?」
「別に虐待されてる自覚は無かったんだけどね。普段から何もしてないのに殴られたり罵倒されたりはしてたけど、そういう愛情表現だと思ってた。だって親ってのは子どもに愛情を注ぐものでしょ?」
秋名さんの口から飛び出る言葉は彼の異常性を十分に表していた。思えばあの時、海で死のうとした時も、そうだった。今にも死のうとしている人間に「死ぬな」と言わず、「銃を返せ」と言った。
「でもね、真と会ってからそれが違うって分かったんだ。」
僕の手首を掴んでいた手を離し、乱れた服を整える。再び手を取られ、手の甲を秋名さんの額にあてがわれる。秋名さんは俯くような姿勢になり、表情を伺うことができない。
「世の中に絶対なんて無いって、分かってたつもりだったんだけどね。誰かの気持ちに共感するのってこんなに幸せで苦しいんだね。」
手に込めた力が強くなった。どこか、縋るような、悲痛な感情を感じた。
「最初はさ、凄く綺麗な目をしてるなって、思っただけだったんだ。」
「…そんなこと、教師に『暗い顔をしている』と言われた時以来です」
「はは、そいつは見る目が無かったんだね。真は凄く綺麗だよ、誰よりも。」
漸く手を離される。依然秋名さんは俯いたままで表情は見えない。
「真と話すうちにさ、真のいろんなところを見れた。考えてることを視てる時は手がダイヤル回すみたいに動いてたり、誰に対しても目が合ったらすぐに逸らしちゃったり、でも人の話はちゃんと聞いてくれたり。」
「…何が言いたいんですか?」
未だに集中力が冴えないから思考を読めない、話をきちんと聞くのが限界だ。それなのに秋名さんの話したいことがまるで見えてこない。
「言いたいことはふたつ、いや、みっつ。」
秋名さんが顔をあげる。その表情は今まで見てきた中で最も穏やかな顔だったと思う。
────
「多くの言葉で少しを語るのではなく、少しの言葉で多くを語りなさい。」ピタゴラス
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