アヤメの花が咲く頃に

ずんだもち

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逃避行

人間は生きることが全部である。死ねば全てなくなる。

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 意識が緩やかに浮上する。僅かに感じる頭痛と吐き気を抑えながら体を起こす。
 目を覚ました場所は見覚えのないものだった。察するに誰かが生活している部屋で、家主のベッドに寝かされていたようだ。
 現在は真夜中のようだ。やけに月明かりが眩しく感じる。


「あれ、起きた?ずいぶんぐっすり寝てたねぇ」
『まさか丸1日寝るとはねぇ、とりあえず訊きたい事が多いなぁ』


 声のする方を向けば、銀髪の青年が頬杖をついてこちらを見ていた。何故か笑顔だ。

「……

 思わず飛び出た疑問にしまったと思い、慌てて口を塞ぐ。青年も驚いているように見える。
 しかしすぐに笑顔に戻り首を傾げる。

「仕事?」
『おっと、ぼくらの事知ってるのかな?これは訳あり…いや「同類」かも?』
「…いえ、なんでもありません。すみません。しかし…僕は何故ここに?」

 とっさのこととはいえ嘘をついてしまった。なんでもない訳がない。まだ状況が把握しきれていない。
 嘘を気付かれていないと信じたい。

「君の部屋の近くで倒れてたんだよ、ケガとかは無かったみたいだったからぼくの家に連れてきたんだ。何かあったの?」
『これ軽率に「仕事で保護する必要があった」とか言ったら氷花に殺されてたヤツだー!』

 知らないフリ。彼が僕を保護したなら。あの時僕は部屋の中にいた。

「僕は部屋の外に倒れていたんですか?」

 だからカマをかける事にした。彼の反応は全く予想できないが、そうするしか無かった。
 彼は目を丸くする。しかし彼はまたすぐに笑みを戻した。さっきよりも眼光が鋭いような気がする。



「ああ。君が話したいのは死体のこと?」

 知っていた。ならばこれから本題に入るつもりだろう。

『驚いたなあ。これは腹に一物抱えてるね。氷花が気付かないなんてよっぽどかもなぁ』
「その事について訊きたいことがたくさんあるんだよね。瑞城 真みずき しんくん。」


───やっぱり君お母さんのこと殺したでしょ?

 僕は部屋から立ち去った。


◆◆◆


 逃げられちゃった。「それなら貴方がたの仕事は僕の始末に変わったでしょう?だったら僕は逃げます。せっかく母から解放されたんです、最期の鬼ごっこにでも付き合って下さいよ、『秋名 透あきな とおるさん』。」だってさ。
 しかも彼、窓から飛び降りて行ったよ。あっけに取られて追いかけるのも忘れてた。教えてないはずの名前もなぜか知られてるし。

 呆けていたらスマホに大量のメッセージ通知が来ていた。氷花からだ。

『瑞城くんはどうしたんだ?』
『彼お前の事知ってるみたいだったけど知り合いなのか?見覚えないぞ』
『なんで私たちの仕事のこと知ってるんだよ』
『なんで窓の方見てんだ?部屋のドアから出ていったぞ』
「えっ?」

 ?窓から飛び降りたわけでなく?

『窓から飛び降りたんじゃないの?』

 何か食い違いが起きている。ぼくは確かに真くんが窓から飛び降りたのを見た。
 頭をひねっている所に氷花が再びメッセージを送ってくる。




『お前この状況で私が嘘ついてると思うか?あまり私の力を舐められても困るんだが』





────

「人間は生きることが全部である。死ねば全てなくなる」坂口安吾
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