アヤメの花が咲く頃に

ずんだもち

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外出

自分自身を幸福だと思わない人は、

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「真の服買いに行くよ!いままでオシャレとかしてきてないでしょ?誰かとの外食もショッピングも青春だよ!」

 真がピクリと反応した。こちらの様子をうかがうように見ている。


 ああ、そういう事だったんだ。真は小さい頃からやりたいことやれなかったんだ。氷花がことある事に「お前の感性が他と違うだけだ、お前の境遇は誰だって心を壊すモンだ」って言ってたのはこれなんだ。

「気にしちゃダメだよ!真は幸せにならなくちゃ、今までたくさんガマンしてきたんでしょ?」
「幸せ…僕に幸せを享受する事ができるでしょうか」
「あたりまえだよ!幸せになっちゃいけない奴なんて人の幸せを踏みにじった奴以外いないからさ、真は今まで自分のことを自分で守ってきたんだ。その権利はあるよ!」

 その時、初めて真の目に光が見えた気がした。真の手を取り会計を済ませ、カフェを出る。

◆◆◆

 初めて、誰かに赦された気がした。幸せになっていいと言われた。とうに壊れていた心が、形容できないもので満たされるような、そんな感覚がした。


 秋名さんに手を引かれ、カフェを出た。曰く「先輩が務めてる洋服店に行く」との事だった。年の差のほとんどない男二人が手を繋いでいるからか、人の目がこちらを向いているのが感じられる。秋名さんはそれらに目もくれず店のあるだろう方向に進んでいた。

『あれは…』

 誰かの思考とも肉声とも取れるような音が聞こえた気がして、その方向を振り向いた。

「真?なにかあった?」
「……いえ、なんでもないです。」
「そう。行こっか。」

 声がいくらか沈んでいたように聞こえたが、その時の秋名さんの表情は逆光で見えなかった。



「せんぱーい!お久しぶりでーす!」
「久しぶりでもないだろ、お前また誰か引っかけてきたのか?」
『コイツ本当に見境ないな』
「ヤダなぁそんなじゃないですよ、仕事の都合で保護してる子ですよ」
『真の親は本当に救えないよ、先輩には分からない』

 秋名さんに連れられた場所は商業ビルの一角にある洋服店だった。先輩と呼ばれている人は秋名さんが高校生だった時にお世話になった方のようだ。
 お二人の話についていけず、少し離れた所で店内を見回す。あまり派手でなく、カジュアル?な服を取り扱っているようだ。確かに秋名さんも似た系統の服を来ていたと思う。母さんに買い与えられた服しか着れなかった僕にはよく分からない話だ。

「……い、おい、瑞城とか言ったか?」
「あ、はい。瑞城真です。」
「何か気になるモンあったか?」

 気になるもの。興味関心すら制限されていた人間にはあまりに酷な要求だ。せめて嘘でも何か言わなければ、失望され────

「ちょっと先輩!人の話無視しないでくださいよ!」

 秋名さんが僕から引き剥がすように先輩の肩を掴み向かい合わせる。先輩が声を潜めて話し出した。

『お前保護してるだけの奴に執着しすぎだろ!いちいち突っかかんな!嫌われるぞ!』
『んなっ……!話の途中で真の方に行くからじゃないですか!真親のせいで今まで何かを選べる家庭環境じゃなかったんですよいきなり選択肢見せられても選べないですよ!』
『お前それ本人に言うなよ!?』
『真はもう家が異常なの気づいてます!僕が真に今までできなかった青春体験させたいだけですよ!』

 先輩が肩にある秋名さんの手を振り落とす。

「秋名お前だいぶ変わったな、まあいいさ。よし、瑞城!似合う服選んでやる!」

────

「こんなに買って良かったんですか?」
「いいよ全然!お金は事務所こっち持ちだからさ!」
「…そこまでする必要ないのに」

 事務所の人達は優しすぎる。自分の手を家族の血で汚した人間にとる態度ではない。僕は誰かに優しくされる謂れは無いのだ。赦されたと思った事すら烏滸がましかった。僕は───

「やっぱり…真くんなんだな?」

 嘘だ。今日は平日のはずだ。オフィスに居るんじゃなかったのか。あの人はいつ如何なる時も父と一緒にいるじゃないか。呼吸が浅くなるのを自覚する。
 震える体を無理矢理抑え込み、振り向く───


「笠松、さん…」


 そこに居たのは、父の、秘書の方だった。



────

「自分自身を幸福だと思わない人は、決して幸福になれない。」アケメネス朝ペルシア王 キュロス二世
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