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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第十七話:失われたソースコードと、大和への指針
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対馬の夜が明け、水平線から昇った太陽が、天箱(アマノハコ)の重厚な装甲を白銀に染め上げていた。
祝宴の喧騒が嘘のように静まり返った朝、天箱の中枢階層にある「中央会議室」には、張り詰めた緊張感が漂っていた。ここは、かつて瑞澪(みずみお)の長たちが国の理(ことわり)を議論するために設計された場所であり、壁一面には全国の神社ネットワークを監視するための「八百万(やおよろず)・モニタリング・パネル」が、主を失ったまま静かに明滅している。
円卓を囲むのは、亮、澪(みお)、サク、そして救出された対馬の主・**阿比留 厳心(あびる げんしん)**だ。
厳心は、娘のサクによく似た鋭い眼光を湛えつつも、長年のハッキングによる拘束で痩せこけた頬をさすり、静かに口を開いた。
「……瑞澪亮殿。そして澪様。まずは、この対馬を救っていただいたこと、一族を代表して感謝申し上げる。だが、我らが掴んだ平和は、まだ砂の城に過ぎぬ」
厳心は、震える手で懐から一振りの「折れた小刀」を円卓に置いた。
それは鉄ではなく、水晶のような透明な素材でできており、内側では複雑な幾何学模様が、まるで心臓の鼓動のように赤く明滅している。
「これは……? ただの武器じゃないな。MI-Z-O、スキャンしろ」
『――了解。……対象をスキャン中。……警告。これは物理的な刃物ではなく、神社ネットワークの最上位階層へのアクセス権を保持した「物理認証キー(マスター・ドングル)」です。……しかし、内部の制御コードが、外部からの強引な書き換え(パッチ適用)により、七割以上が汚染されています』
「……MI-Z-Oの言う通りだ」
厳心の声が、会議室の冷たい空気に沈む。
「不比等(ふひと)は、私を縛り上げる直前、神社の『根源』からある情報を奪い去っていった。……それは、この日の本(ひのもと)という国を構成する全ての神社の『マスター・パスワード』だ。奴は今、都――大和(やまと)にある中心核(センター・サーバー)から、このキーの権限を逆利用し、全国の神社へ不正な『歴史改ざん命令』を送り続けているのだ」
その言葉を聞いた瞬間、澪が椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
「マスター・パスワード……! それがあれば、不比等は全国の神社の『神職権限』を奪い、民の記憶も、土地の理も、全てを自分の都合の良いように上書き(オーバーライト)できるというの!? そんなこと、許されるはずがないわ!」
「許されるか否かではない。……奴は既に実行している」
厳心は、壁のモニタリング・パネルを指差した。
そこには、日本の白地図が映し出されていたが、九州の一部を除き、近畿から関東にかけての全域が、どす黒い「暗黒領域(ブラック・ゾーン)」に塗り潰されていた。
「……これを見ろ。既に、大和を中心とした近畿圏は、不比等の構築した『疑似的な神話(フェイク・ヒストリー)』によって現実が固定されている。我ら瑞澪(みずみお)が正史から消されたのも、このマスター・パスワードによる『検索除外(SEOパージ)』の結果だ。このままでは、あと数ヶ月で、我々の存在そのものが、この世界のログから完全に抹消される」
「……。存在の抹消、か」
亮は、自分の掌をじっと見つめた。
もし不比等の計画が完遂されれば、この世界における「亮」という存在さえも、最初からいなかったことにされる。それは、死よりも深い「虚無」だ。
「……不比等を止めなきゃ、俺たちの明日はねえ。……。それも、ただ戦うだけじゃダメだ。……。大和のセンター・サーバーに直接乗り込んで、マスター・パスワードを奪還する。……。そして、システムを初期化(リブート)して、正しい歴史を再構築するしかない」
亮の宣言に、会議室が静まり返った。
大和へ行く。それは、不比等が支配する「最強の管理者」たちの本拠地へ、わずか一隻の船で殴り込むことを意味する。
「……。じゃあ、決まりじゃない」
サクが、会議室の隅で干し肉を噛み切りながら、事も無げに言った。
「不比等の鼻を明かして、その『ますたー・ぱすわーど』とかいうのを奪い返せばいいんでしょ? 私は行くわよ。……。亮、あんた一人じゃ、大和の門をくぐる前にノイズに溶かされて死ぬでしょうしね。私が横で守ってあげるわ」
「サク……」
亮はサクの真っ直ぐな、一点の曇りもない視線に、少しだけ毒気を抜かれた。
「……。ああ。……。逃げ回るだけじゃ、いつか詰む。……。不比等のサーバーを直接ハッキングして、この世界に『真実』をアップデートしてやる」
『亮。……。大和への直行ルートを計算。……。現在、関門海峡から瀬戸内海にかけて、不比等の放った「海上封鎖プログラム」により、空間そのものが隔離されています。……。特に瀬戸内は、座標データが乱され、一度入れば二度と出られない「無限迷宮(ループ・シー)」と化しています』
「……。座標の乱れか。……。厄介だけど、そこを通らなきゃ大和には着けない。……。よし、野郎ども! ……。いや、ギルドの諸君!」
亮は、通信機を介して天箱全体の住人たちに、その声を届けた。
「目標は大和だ! だが、今の俺たちのレベルじゃ、瀬戸内の入り口でゴミ箱行きだ。……。だから、大和に着くまでに、この『天箱』を最強の要塞にビルドアップする。……。徳蔵(とくぞう)さん、エンジンに過給(ブースト)をかけられる新素材、対馬の山から全部回収してきてくれ! 凛(りん)、兵士たちのレベル上げカリキュラムを最大効率で回せ!」
「ガッハッハ! 待ってたぜその言葉! 対馬のバグった鋼があれば、天箱の装甲を三倍は厚くできるぜ!」
艦内放送から、徳蔵の豪快な笑い声が響く。
「えぇー、大和まで行くなんて非効率ですぅ……。でも、不比等の持ってるお宝(レア素材)を全部奪えるなら、やる価値はありますねぇ。凛、やります! ギルドの連中を地獄の特訓で『デバッグ部隊』に仕上げてあげますよ!」
凛の事務的だが熱い決意が、艦内に活気を吹き込む。
厳心は、その様子を見て、わずかに口角を上げた。
「……瑞澪亮。そなたのような男がいれば、あるいは……。……。一つ、助言だ。瀬戸内を抜けるには、海を支配する『海賊王・藤原純友(すみとも)』のバグ・データを攻略せねばならぬ。奴は空間そのものを斬る力を持っている。……。大和への道は、そなたの『知恵』と『勇気』、そして『仲間の絆』が試される試練となろう」
天箱が、轟音と共に錨を上げた。
対馬の島民たちが見送る中、巨大な移動要塞は、まだ見ぬ大和、そして最強の敵・不比等が待つ中心地へと向かって、波を切り裂き進み始めた。
亮は舳先に立ち、眼鏡に表示される「大和までの推定距離」を見つめる。
その真の第一歩が、今ここに刻まれたのだ。
次回予告:第十八話「瀬戸内ハッキング航路と、海賊王のバグ」
霧に包まれた瀬戸内海。そこには、座標データを奪われ、空間の裂け目に閉じ込められた「商船の亡霊」たちが彷徨っていた。亮はサクと共に、空間を斬る海賊王との接触を試みるが……!?
祝宴の喧騒が嘘のように静まり返った朝、天箱の中枢階層にある「中央会議室」には、張り詰めた緊張感が漂っていた。ここは、かつて瑞澪(みずみお)の長たちが国の理(ことわり)を議論するために設計された場所であり、壁一面には全国の神社ネットワークを監視するための「八百万(やおよろず)・モニタリング・パネル」が、主を失ったまま静かに明滅している。
円卓を囲むのは、亮、澪(みお)、サク、そして救出された対馬の主・**阿比留 厳心(あびる げんしん)**だ。
厳心は、娘のサクによく似た鋭い眼光を湛えつつも、長年のハッキングによる拘束で痩せこけた頬をさすり、静かに口を開いた。
「……瑞澪亮殿。そして澪様。まずは、この対馬を救っていただいたこと、一族を代表して感謝申し上げる。だが、我らが掴んだ平和は、まだ砂の城に過ぎぬ」
厳心は、震える手で懐から一振りの「折れた小刀」を円卓に置いた。
それは鉄ではなく、水晶のような透明な素材でできており、内側では複雑な幾何学模様が、まるで心臓の鼓動のように赤く明滅している。
「これは……? ただの武器じゃないな。MI-Z-O、スキャンしろ」
『――了解。……対象をスキャン中。……警告。これは物理的な刃物ではなく、神社ネットワークの最上位階層へのアクセス権を保持した「物理認証キー(マスター・ドングル)」です。……しかし、内部の制御コードが、外部からの強引な書き換え(パッチ適用)により、七割以上が汚染されています』
「……MI-Z-Oの言う通りだ」
厳心の声が、会議室の冷たい空気に沈む。
「不比等(ふひと)は、私を縛り上げる直前、神社の『根源』からある情報を奪い去っていった。……それは、この日の本(ひのもと)という国を構成する全ての神社の『マスター・パスワード』だ。奴は今、都――大和(やまと)にある中心核(センター・サーバー)から、このキーの権限を逆利用し、全国の神社へ不正な『歴史改ざん命令』を送り続けているのだ」
その言葉を聞いた瞬間、澪が椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
「マスター・パスワード……! それがあれば、不比等は全国の神社の『神職権限』を奪い、民の記憶も、土地の理も、全てを自分の都合の良いように上書き(オーバーライト)できるというの!? そんなこと、許されるはずがないわ!」
「許されるか否かではない。……奴は既に実行している」
厳心は、壁のモニタリング・パネルを指差した。
そこには、日本の白地図が映し出されていたが、九州の一部を除き、近畿から関東にかけての全域が、どす黒い「暗黒領域(ブラック・ゾーン)」に塗り潰されていた。
「……これを見ろ。既に、大和を中心とした近畿圏は、不比等の構築した『疑似的な神話(フェイク・ヒストリー)』によって現実が固定されている。我ら瑞澪(みずみお)が正史から消されたのも、このマスター・パスワードによる『検索除外(SEOパージ)』の結果だ。このままでは、あと数ヶ月で、我々の存在そのものが、この世界のログから完全に抹消される」
「……。存在の抹消、か」
亮は、自分の掌をじっと見つめた。
もし不比等の計画が完遂されれば、この世界における「亮」という存在さえも、最初からいなかったことにされる。それは、死よりも深い「虚無」だ。
「……不比等を止めなきゃ、俺たちの明日はねえ。……。それも、ただ戦うだけじゃダメだ。……。大和のセンター・サーバーに直接乗り込んで、マスター・パスワードを奪還する。……。そして、システムを初期化(リブート)して、正しい歴史を再構築するしかない」
亮の宣言に、会議室が静まり返った。
大和へ行く。それは、不比等が支配する「最強の管理者」たちの本拠地へ、わずか一隻の船で殴り込むことを意味する。
「……。じゃあ、決まりじゃない」
サクが、会議室の隅で干し肉を噛み切りながら、事も無げに言った。
「不比等の鼻を明かして、その『ますたー・ぱすわーど』とかいうのを奪い返せばいいんでしょ? 私は行くわよ。……。亮、あんた一人じゃ、大和の門をくぐる前にノイズに溶かされて死ぬでしょうしね。私が横で守ってあげるわ」
「サク……」
亮はサクの真っ直ぐな、一点の曇りもない視線に、少しだけ毒気を抜かれた。
「……。ああ。……。逃げ回るだけじゃ、いつか詰む。……。不比等のサーバーを直接ハッキングして、この世界に『真実』をアップデートしてやる」
『亮。……。大和への直行ルートを計算。……。現在、関門海峡から瀬戸内海にかけて、不比等の放った「海上封鎖プログラム」により、空間そのものが隔離されています。……。特に瀬戸内は、座標データが乱され、一度入れば二度と出られない「無限迷宮(ループ・シー)」と化しています』
「……。座標の乱れか。……。厄介だけど、そこを通らなきゃ大和には着けない。……。よし、野郎ども! ……。いや、ギルドの諸君!」
亮は、通信機を介して天箱全体の住人たちに、その声を届けた。
「目標は大和だ! だが、今の俺たちのレベルじゃ、瀬戸内の入り口でゴミ箱行きだ。……。だから、大和に着くまでに、この『天箱』を最強の要塞にビルドアップする。……。徳蔵(とくぞう)さん、エンジンに過給(ブースト)をかけられる新素材、対馬の山から全部回収してきてくれ! 凛(りん)、兵士たちのレベル上げカリキュラムを最大効率で回せ!」
「ガッハッハ! 待ってたぜその言葉! 対馬のバグった鋼があれば、天箱の装甲を三倍は厚くできるぜ!」
艦内放送から、徳蔵の豪快な笑い声が響く。
「えぇー、大和まで行くなんて非効率ですぅ……。でも、不比等の持ってるお宝(レア素材)を全部奪えるなら、やる価値はありますねぇ。凛、やります! ギルドの連中を地獄の特訓で『デバッグ部隊』に仕上げてあげますよ!」
凛の事務的だが熱い決意が、艦内に活気を吹き込む。
厳心は、その様子を見て、わずかに口角を上げた。
「……瑞澪亮。そなたのような男がいれば、あるいは……。……。一つ、助言だ。瀬戸内を抜けるには、海を支配する『海賊王・藤原純友(すみとも)』のバグ・データを攻略せねばならぬ。奴は空間そのものを斬る力を持っている。……。大和への道は、そなたの『知恵』と『勇気』、そして『仲間の絆』が試される試練となろう」
天箱が、轟音と共に錨を上げた。
対馬の島民たちが見送る中、巨大な移動要塞は、まだ見ぬ大和、そして最強の敵・不比等が待つ中心地へと向かって、波を切り裂き進み始めた。
亮は舳先に立ち、眼鏡に表示される「大和までの推定距離」を見つめる。
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