AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め

​第十九話:鳴門の渦潮と、回転する呪術コード

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​ 瀬戸内海の夜明けは、もはやかつての穏やかな金色ではなかった。
 海賊王・純友の消滅によって一時的に霧は晴れたものの、空には依然として不気味な「エラー・グリッド」が走り、海面は不自然なほどに静まり返っている。

​ 天箱(アマノハコ)の中央会議室。
 亮は、純友が残した『黒い航海日誌』をホログラムとして展開し、ギルドメンバー全員と共有していた。

​「……見てくれ。純友の持っていた権限(ログ)によれば、瀬戸内海には六つの『強制座標固定装置』……つまり、不比等の仕掛けた『巨大なアンカー』が打ち込まれている。これをすべて引き抜かない限り、大和への海上ルートは永久に開かない」

​ 亮が指し示したホログラム。瀬戸内海の地図上に、六つの赤い点が禍々しく点滅している。

​「……。そして、その第一のアンカーが設置されているのが、ここだ。……阿波(あわ)と淡路(あわじ)の間、『鳴門(なると)の渦潮』の底だ」

​ 阿比留厳心(あびる げんしん)が、その地点を見て険しい表情を浮かべた。
「……鳴門か。あそこは古くから、海の神の怒りが渦巻くと言われる難所。不比等はその自然のエネルギーを逆利用し、近づくものすべてのデータを『分解・消去』する巨大な『ゴミ箱(デリート・ゾーン)』に作り変えてしまったのだな」

​「ゴミ箱……!? つまり、触れた瞬間に存在そのものが消されるってことですかぁ?」
 凛(りん)が、計算用の木簡を震わせながら亮に問いかけた。

​「ああ。……。今の天箱の装甲厚じゃ、渦の外周に触れただけで、船体がバイナリの塵(ちり)になって消滅する。……。だから、このまま直進するのは自殺行為だ」

​「じゃあ、どうすんのよ。……。まさか、泳いで行くわけじゃないでしょうね?」
 サクが、予備の矢羽を整えながら、亮を茶化すように見た。だが、その瞳には亮が「何か」を企んでいることを見抜いた色が宿っている。

​「……。遠回りをする。……。厳心さんの話では、この近くの島に、かつて阿比留の一族が神事の際に使っていた『反重力石(フローティング・ストーン)』の鉱脈があるはずだ。……。徳蔵さん、これを使って天箱の船底部を『浮かせる』ことはできるか?」

​ 腕を組んで聞いていた徳蔵が、鼻を鳴らした。
「……。反重力石だと? ……。ふん、扱いが難しい素材だが、俺の炉なら溶かせねえことはねえ。……。だが亮、石を掘り出すには、あの島を根城にしてる『守護バグ』をどかさなきゃならねえぞ。……。あれは、物理攻撃が効かねえ『透明な獣』だって噂だ」

​「……。物理が効かないなら、俺の『視覚化パッチ』の出番だ。……。よし、全員、進路変更だ! 鳴門へ向かう前に、まずは素材採取の『修行(クエスト)』を開始する!!」

​ 天箱が向かったのは、因島(いんのしま)から少し南に位置する、地図にも載っていない「無名の岩島」だった。
 島全体が青い水晶のような物質で覆われ、その周囲だけは、重力が狂っているのか、海水が空に向かって逆流する「水の柱」が何本も立ち昇っている。

​「……。うわぁ、綺麗……なんて言ってる場合じゃないわね。……。亮、あれ見て!」

​ 澪(みお)が指差した先。
 島の中心にある巨大なクレーターのような場所から、陽炎(かげろう)のように揺らめく「何か」が、ゆっくりとこちらに向かって這い出してきていた。

​ それは、姿が見えない。
 ただ、周囲の空気が歪み、足元の岩が「パリッ、パリッ」と音を立てて消滅していくことで、そこに「何か」がいることがわかる。

​『――警告。……対象は、不比等の実験によって生み出された「空間食らい(スペース・イーター)」。……。周囲の空間データを直接捕食し、自らの質量に変えています。……。亮、視認できませんが、現在あなたの正面三メートルに、巨大な口が開いています!』

​「――っ! 全員、下がれ!!」

​ 亮が叫ぶと同時に、神器(鍬)を地面に叩きつけた。
 
「――多重レイヤー・スキャン、展開!!」

​ 亮の眼鏡から放たれた青い光が、空中に「等高線」のようなグリッドを描き出した。
 すると、何もないはずの空間に、巨大なムカデのような、あるいは竜のような、おぞましい「歪みの塊」が姿を現した。

​「……。出たな。……。サク、狙えるか!?」

​「……。姿が見えれば、こっちのものよ!!」

​ サクが、対馬で手に入れた新素材で強化された「閃光矢」を放った。
 矢は獣の胴体と思わしき空間を貫き、そこで爆発的な光を放つ。だが、獣は苦しむどころか、その光のエネルギーさえも「捕食」し、さらに巨大化していく。

​「嘘でしょ!? 光まで食べるなんて……!」

​「……。落ち着け! あいつは『エネルギー』を食べてるんじゃない、その場の『計算式』を食べてるんだ。……。なら、食べきれないほどの『無限ループ・コード』を飲ませてやる!」

​ 亮は神器を空中に向け、自分自身の記憶(メモリ)を極限まで開放した。

​「――MI-Z-O、強制アクセス! ……。円周率(パイ)の計算コードを、一兆桁、あいつの口腔内に直接流し込め(インジェクション)!!」

​『――了解。……。演算処理、開始。……。対象へのデータ転送率、120%を超過。……。オーバーフローまで、あと三秒』

​ 獣が突然、苦しそうにのたうち回った。
 目に見えない巨体が、内側から膨れ上がり、幾何学的なエラー文字を吐き出し始める。
 一兆桁の計算という「終わらない食事」を詰め込まれたことで、その処理能力がパンク(ハングアップ)したのだ。

​「――今だ、徳蔵さん!! あいつの核(コア)を叩き割れ!!」

​「――おうよ!! 瑞澪流・大槌・『デリート・バースト』!!」

​ 徳蔵が、天箱のエンジンと同期させた巨大なハンマーを振り下ろした。
 
 ――ガギィィィィィィィィィィィンッ!!!

​ 空間を揺るがす衝撃音と共に、透明な獣は粉々に砕け散り、その中から、純度の高い「反重力石(フローティング・ストーン)」が雨のように降り注いだ。

​「……。ふぅ。……。これだけの量があれば、天箱の『ホバー機能』を実装できるな」

​ 亮は、汗を拭いながら、拾い上げた青い石の重みを確かめた。
 ただ戦うだけでなく、自分たちの船を強化するための素材を、自分たちの手で勝ち取った。その実感こそが、ギルドの結束をさらに強くしていた。

​「……。亮様、お疲れ様ですぅ。……。素材の重さを計算したところ、天箱の旋回性能が23%向上しますね。……。これで鳴門の渦に巻き込まれても、五秒間だけなら耐えられますよ!」

​「……。五秒だけかよ、凛。……。でも、その五秒があれば、俺が渦の中核にある『解除キー』をハッキングするには十分だ」

​ 徳蔵が、早速回収した石を炉に放り込み、ハンマーを振るい始めた。
 船内に響く、心地よい打撃音。
 
 サクは、捕食した獣の破片から取れた「透明な髭」を自分の弓に巻き付け、ニヤリと笑った。
「……。これで私の矢も、少しは『見えにくい』攻撃ができるようになるかしら」

​ 澪は、そんな仲間たちの姿を見守りながら、亮の隣に立った。
「……。遠回りして、正解だったわね、亮。……。私たちは、ただ大和を目指しているんじゃない。……。この旅そのものが、私たちを『作り変えて』いるのね」

​「……。ああ。……。不比等は、この世界を『固定』しようとしているけど、俺たちは、立ち止まらない。……。一文字ずつ、一歩ずつ、俺たちの歴史をビルドしていくんだ」

​ 天箱の船底部が、反重力石の輝きと共に青く発光し始める。
 鳴門の巨大な「ゴミ箱」を突破するための準備は整いつつあった。
 だが、不比等の監視網もまた、亮たちの急速な成長を「バグ」として、より強力な排除プログラムを準備し始めていた。



​次回予告:第二十話「鳴門・九十九折(つづらおり)のハッキング」
ついに鳴門の渦潮へと突入する天箱。しかし、渦の中心に待ち受けていたのは、巨大な「龍」の形をした、最古の自動防衛システムだった!

 
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