AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め

第二十話:鳴門・九十九折(つづらおり)のハッキング

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​ 天箱(アマノハコ)の船底部から放たれる青い光が、海面に映る不気味なエラー・グリッドを弾き飛ばしていた。
 徳蔵(とくぞう)が不眠不休で叩き上げ、反重力石(フローティング・ストーン)を組み込んだ新艤装「浮身(うきみ)・八咫烏(やたがらす)」が、ついに火を噴く時が来た。

​「……亮、見えてきたわ。あれが……鳴門の『ゴミ箱』ね」

​ 澪(みお)が震える指で前方を指さした。
 そこには、海そのものが「陥没」しているかのような巨大な穴があった。直径数キロメートルに及ぶその大渦は、周囲の海水だけでなく、空を流れる雲、さらには光そのものさえも中心部へと引きずり込み、漆黒の虚無へと消し去っている。

​『――警告。……。これより「鳴門デリート・ゾーン」の境界線に侵入します。……。周囲の空間圧縮率は通常時の400倍。……。天箱の「存在確率(HP)」が、一秒間に0.5%の速度で減少を開始します』

​「……。一秒に0.5%……200秒で俺たちは文字通り消滅するってことか。……。十分だ。……。徳蔵さん、エンジン全開(フル・オーバーロード)! 凛(りん)、重心制御をミスるなよ!」

​「ガッハッハ! 壊れるのが先か、抜けるのが先か! 命懸けのビルドを見せてやるぜ!」
「もう、心臓に悪いですぅ! でも、計算上の最短ルートは既に亮様のデバイスに叩き込んであります! 死ぬ気で舵を切ってください!」

​ 天箱が、猛烈な回転を続ける渦の縁(ふち)へと突っ込んだ。
 ドォォォォォォン!! という衝撃と共に、船体がミシミシと悲鳴を上げる。
 窓の外は、もはや海ではなかった。あらゆるデータが分解され、バイナリのノイズが万華鏡のように飛び交う、狂気の世界だ。

​「……。座標が……座標が固定できない! 空間が九十九折(つづらおり)に折り畳まれてやがる!」

​ 亮は神器(鍬)を床に突き立て、全身の神経を天箱の制御システムに同期させた。
 彼の眼鏡には、激しく明滅するエラーログと、渦の奥底に隠された「第一のアンカー(解除ノード)」の座標が表示されている。

​「……。サク! 右舷から『デッド・パケット』の残骸が来る! 撃ち落とせ!」

​「……。わかってるわよ! 見えなくても、空間の『歪み』を撃てばいいんでしょ!」

​ サクは、透明な獣の髭を組み込んだ新しい弦を引き絞った。
 彼女の放つ矢は、空気抵抗を無視して空間の裂け目を通り抜け、天箱に衝突しようとしていた巨大な瓦礫(過去に飲み込まれた船のデータ)を次々と粉砕していく。

​ しかし、中心部に近づくにつれ、渦の回転速度はさらに増していく。
 そして、ついに「それ」が姿を現した。

​ 渦の底から、漆黒の鱗を持つ巨大な「龍」が、咆哮と共に立ち上がった。
 だが、それは生物ではない。数え切れないほどの「廃棄されたソースコード」が、渦のエネルギーによって自己組織化した、最古の自動防衛システム――**【防人龍(さきもりりゅう)・ハザード】**だ。

​『――亮、警告。……。対象は、この領域に侵入するあらゆる「異物」を「例外(エクセプション)」として強制終了(ターミネート)するプログラムです。……。物理攻撃は九割カットされます!』

​「……。強制終了だと? ……。だったら、こっちが『管理者権限(管理者モード)』を奪って、プロセスそのものをキルしてやる!」

​ 亮は、船首の神器に手をかけ、自分の精神を「天箱」そのものへと拡張した。
 龍が口を開き、高密度の「抹消ブレス(デリート・ビーム)」を放とうとする。

​「――全システム、デバッグ・モード起動!! ……。澪! 巫女の力で、俺の演算能力をブーストしてくれ!!」

​「……。わかったわ! 瑞澪の血に眠る……古の記憶よ……亮に『真実』を見せる翼となれ!!」

​ 澪が亮の背中に手を添えると、彼女の身体から清浄な光が溢れ出し、亮の演算速度を一気に跳ね上げた。
 亮の視界の中で、龍の動きがスローモーションに変わる。
 巨大な身体を構成する、無数の複雑な数式の連なり。その中に、わずか一箇所だけ、色が異なる「不純なコード」が混じっているのを、亮は見逃さなかった。

​「……。見つけた。……。そこが、不比等が後付けした『パッチ』の継ぎ目だ!!」

​ 亮は神器を突き出し、叫んだ。

​「――強制割込み(インテラプト)・命令!! ……。ターゲット、龍の核(コア)!! 属性を『味方』に書き換え(オーバーライト)ろ!!」

​ 亮の手元から放たれた金色のコードが、龍の胸元へと突き刺さった。
 グオォォォォォォォッ!! という、龍の断末魔のような叫び。
 次の瞬間、漆黒だった龍の身体が、真っ白な光へと反転した。

​「……。な、何が起きたの……!?」
 サクが目を見開く。

​「……。あいつの『防衛対象』を、俺たちに書き換えたんだ。……。今、この瞬間に限り、龍はこの渦から俺たちを守る『バリア』になった!」

​ 白光の龍は、天箱をその長い身体で包み込むと、渦の最深部へと猛スピードで突き進んだ。
 周囲のデリート・エネルギーを龍が身代わりとなって受け、みるみるうちにその身体が削られていく。

​「――着いたぞ! あれがアンカーだ!!」

​ 渦のどん底、そこには巨大な黒い柱が海に打ち込まれていた。
 亮は天箱から身を乗り出し、神器をその柱に叩きつけた。

​「――アンロック(開門)!! 瀬戸内の第一ノード、正常化(デバッグ)完了だ!!」

​ ――カランッ。

​ 耳を澄ませば聞こえるような、小さな、だが決定的な「音」がした。
 黒い柱は一瞬で砂のように崩れ去り、それと同時に、あれほど荒れ狂っていた鳴門の渦潮が、嘘のように凪(な)いでいった。

​「……。はぁ、はぁ。……。やった、のか?」

​ 亮は甲板に膝をつき、激しい息を吐いた。
 精神を極限まで削ったハッキングは、彼の脳に凄まじい負荷をかけていた。

​ ふと見上げれば、鳴門の海には穏やかな朝日が差し込み、遠くに淡路島の島影がはっきりと見えていた。

​「……。亮様! 見てください! ……。ループ・シーの一部が解除されて、次の航路への『許可証(アクセス・トークン)』がドロップされましたよ!」

​ 凛が、キラキラと輝く小さな水晶の板を持って駆け寄ってきた。

​「……。ああ。……。これで六つのうち、一つが終わった。……。まだ先は長いけどな」

​ 徳蔵が、焦げ付いた船体を見回しながら笑った。
「……。まったくだ。……。だが、いい修行になったぜ。……。次の島では、もっと強力な冷却材を探さねえとな。……。亮、お前の脳みそが沸騰しちまう前に、少し休めよ」

​「……。そうね。……。今日は、みんなで美味しい魚でも食べましょう」
 澪が、亮の肩を優しく叩いた。

​ しかし、亮の眼鏡には、休息を許さない不穏な通知が届いていた。

​『――亮、緊急通知。……。「世界再構築(リフレッシュ)・プロトコル」が発動しました。……。不比等が、これまでの亮の行動データを元に、世界の難易度を一段階、強制的に引き上げ(アップデート)ました』

​「……。チッ。……。やっぱり、楽にはさせてくれないか。……。でも、望むところだ。……。世界が強くなるなら、俺たちはそれ以上に『ビルド』してやるだけだ」

​ 天箱は、次なるノード、そして次なる海賊が待つ、未知の海域へとゆっくりと動き出した。



​次回予告:第二十一話「阿波の踊り子と、幻惑の偽装パッチ」
渦を抜けた先に待っていたのは、煌びやかな祭りの島。だが、そこでは住人全員が「偽りの幸福」という強力な精神パッチを植え付けられていた。亮は、踊りの中に隠された「解放のステップ」を解読できるのか!?

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