AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め

​第二十一話:阿波の踊り子と、幻惑の偽装パッチ

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​ 鳴門の激流を潜り抜けた天箱(アマノハコ)が辿り着いたのは、不気味なほどに凪いだ海に浮かぶ、色彩豊かな島だった。
 島のあちこちから、笛や太鼓の軽快なリズムが響いてくる。空にはデジタルな花火が絶え間なく打ち上がり、港には豪華な装飾を施された屋台が立ち並んでいた。

​「……何よ、ここ。……さっきまでの地獄が嘘みたいに平和じゃない」

​ サクが、警戒を解かずに弓を握り締めながら呟いた。
 天箱が接岸すると、島の住人たちが満面の笑みで駆け寄ってくる。彼らは色鮮やかな浴衣のような衣装を纏い、まるで長年の友人を迎えるかのように、亮たちに手を振っている。

​「ようこそ、楽園の島へ! さあ、そこのお侍さんも、綺麗な巫女さんも、一緒に踊りましょう! 悩みなんて全部忘れて、朝まで踊り明かすのがこの島の掟ですよ!」

​ 住人の一人が、亮の腕を掴んで引き込もうとした。
 だが、亮はその男の瞳を見て、背筋に冷たいものが走った。

​ 男の目は笑っていた。だが、その瞳孔の奥には、細かなデジタルノイズが走っており、焦点がどこにも合っていない。

​「……MI-Z-O、こいつらをスキャンしろ。……。何かがおかしい」

​『――解析。……。異常事態です。……。島民全員の脳内神経チップ(魂の回路)に、強力な「幸福感強制上書きパッチ(ハッピー・ドラッグ・コード)」が適用されています。……。彼らは現在、飢えや痛み、さらには「恐怖」という概念を、脳が認識できない状態にあります』

​「……。恐怖を感じない? ……。じゃあ、目の前で家が焼けても、家族が死んでも、こいつらは笑ってるってことか?」

​「ええ、その通りですぅ」
 凛(りん)が、青ざめた顔で自分の端末(木簡)を叩きながら割り込んできた。
「……。亮様、見てください。この島の『幸福度データ』、上限を振り切ってバグってます。……。これ、不比等による『大規模なストレス・デバッグ実験』ですよ。……。負の感情をすべて削除すれば、反乱も起きないし、管理コストが下がる……っていう最悪の思想です」

​「……。ふざけやがって。……。徳蔵さん、船から降りるな! ……。不用意にこの島の空気を吸うと、俺たちの脳にもパッチがダウンロードされるぞ!」

​ だが、事態はさらに深刻だった。
 島の中心にある巨大な櫓(やぐら)の上で、一人の女性が舞っていた。
 彼女が袖を振るたびに、周囲にキラキラとした光の粉が舞い散る。それが、空気中に散布される「偽装パッチ」の本体だった。

​「――よし、あそこで踊ってる『パッチの配信源(ソース)』を叩くぞ。……。サク、遠距離からあの踊り子を狙えるか?」

​「……。やってみるわ。……。でも、あの子……踊りながら、微妙に空間を歪ませてる。普通の矢じゃ当たらないわね」

​ サクが矢を放った。だが、矢は踊り子の数センチ手前で、まるで水面に弾かれるように軌道を逸らされた。
 
「――あらあら。……。無粋なお客様ねぇ。……。せっかく、苦しみも悲しみもない『完璧な歴史』の中に招待してあげたのに」

​ 櫓の上の踊り子が、踊りを止めて亮たちを見下ろした。
 彼女の名は、不比等が放った六大海賊の二番手――【幻惑の舞姫・阿波(あわ)】。
 純友のような物理破壊ではなく、情報の「偽装」と「隠蔽」を得意とするデバッガー殺しだ。

​「……。阿波。……。お前、自分が何をしてるか分かってんのか。……。ここの住人たちは、生きてるんじゃない、ただ『笑うだけの機械』に改造されてるんだぞ!」

​「……。あら、それが何か? ……。死ぬまで幸せな夢を見ていられるなら、それは救済でしょう? ……。さあ、あなたも『デバッグ』してあげる。……。あなたの脳にある、その忌々しい『正義感』を、ゴミ箱へ捨ててあげるわ!」

​ 阿波が扇を大きく広げると、島中に響いていた音楽が、耳を劈くような高周波のノイズへと変わった。
 
『――亮、視覚・聴覚ログが侵食されています! ……。現実と虚構の境界が曖昧になります! ……。あなたの見ている「サク」や「澪」が、敵に見え始める可能性があります!』

​「……。くっ……! 画面が……歪んでやがる……!」

​ 亮の視界の中で、サクの姿が不比等の兵士に、澪の姿が巨大なバグモンスターに書き換えられていく。

​「亮! 私よ、しっかりして!!」
 澪の声が聞こえるが、亮の目には、それが化け物の咆哮にしか聞こえない。

​「……。あははは! さあ、殺し合いなさい! ……。仲間に手をかける瞬間の絶望も、次の瞬間には『最高の笑顔』に変えてあげるから!」

​ 阿波の高笑いが響く中、亮は神器(鍬)を自分の足に突き立てた。
 激痛。
 だが、その痛みが一瞬だけ、偽装パッチの支配を跳ね除けた。

​「……。MI-Z-O、……。痛覚データをトリガーにして、……『アンチ・ウィルス・プログラム』を全開で回せ! ……。サク、澪! ……。俺の耳を塞げ! 音楽を聴くな!!」

​ 亮は、脳内に直接コマンドを打ち込んでいく。
 
(……。偽装されてるのは『出力(アウトプット)』だけだ。……。なら、視覚に頼るのをやめればいい。……。この島の『論理構造(ソース)』だけを見ろ……!)

​ 亮は目を閉じ、眼鏡の機能を「ワイヤーフレーム・モード」に切り替えた。
 色彩も、笑顔も、豪華な屋台もすべて消えた。
 そこにあるのは、無数の黒いコードに縛られた、泣き叫ぶ島民たちの「真実のデータ」と、櫓の上に浮かぶ巨大な「エラー・プロトコル」の塊だった。

​「……。見えた。……。阿波、お前の踊りの『リズム』には、三拍子ごとに一箇所の『同期ズレ(ラグ)』がある!」

​ 亮は神器を空中に向け、阿波の踊りのリズムと「逆位相」の振動を叩き込んだ。

​「――ノイズ・キャンセリング・パルス、発射!!」

​ 亮の神器から放たれた無色透明の波動が、島中に響き渡る高周波を打ち消した。
 一瞬の静寂。
 
「……。えっ……? 私、何を……」
「……。痛い……。お腹が……空いたよ……」

​ 島民たちが、次々と正気に戻り、地面に泣き崩れる。
 
「……。私の……私の完璧な舞台を、よくも台無しにしてくれたわね!!」
 阿波が形相を変え、隠し持っていた暗器を亮に投げつけた。

​「――させるかぁぁぁ!!」

​ 徳蔵が天箱の甲板から、巨大な「磁力ネット」を射出した。
 暗器がネットに吸い寄せられ、阿波の動きが一瞬止まる。

​「――サク!! 今だ、あの櫓の『基盤コード』を射抜け!!」

​「――言われなくても!! ……。あんたの偽物の笑顔、大嫌いだったのよ!!」

​ サクが放った「真実の銀矢」が、櫓の土台に刻まれていた偽装パッチのサーバーを貫いた。
 
 ドォォォォォォォォォンッ!!

​ 櫓が崩落し、阿波の身体がバイナリのノイズとなって霧散していく。
 島を覆っていたデジタルな花火が消え、そこには、少し寂しいけれど、確かな「人の営み」がある夕暮れの島が戻っていた。

​「……。ふぅ。……。物理攻撃より、よっぽど疲れるぜ……」

​ 亮は、正気に戻った島民たちが、お互いを支え合いながら立ち上がる姿を見て、ようやく安堵の溜息をついた。

​「……。亮様、お見事ですぅ。……。でも、この島のパッチを解析したんですけど、これ、不比等だけじゃなくて、もっと高度な『大和のAI(人工知能)』が裏で糸を引いてる可能性があります」

​ 凛が、解析データを亮に見せる。
 
「……。AIか。……。不比等も、自分の手だけじゃこの広い世界を管理しきれないってわけか。……。面白い、そのAIごとデバッグしてやるよ」

​ サクが、島民の老婆からお礼に貰った「本物のおにぎり」を亮に差し出した。
「……。ほら、食べなさいよ。……。偽物の満腹感じゃなくて、本物の空腹を埋める方が、エンジニア様には似合ってるわ」

​「……。ああ。……。うまいな」

​ 亮は、泣きながらおにぎりを頬張る島民たちを見ながら、決意を新たにした。
 この瀬戸内海には、まだ四人の海賊王が残っている。
 
 そして、この島を救ったことで、亮たちは新たな「ヒント」を手に入れていた。
 崩れた櫓の跡地から、次の目的地を示す「黄金の扇」が見つかったのだ。



​次回予告:第二十二話「造船の島と、徳蔵の過去」
次に亮たちが向かうのは、瀬戸内最大の造船拠点・大三島(おおみしま)。そこには、不比等に魂を売った徳蔵のかつての弟子が待ち構えていた。天箱に「対・電子戦用レーダー」を実装するため、師弟の因縁が激突する!

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