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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第二十三話:泥と汗と、小さな約束(前編)
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山の上の神社から不気味な黒煙が上がる一方で、大三島の麓に広がる棚田は、静かな絶望に包まれていた。
かつては「神の米」と呼ばれた黄金色の稲を育んでいたその地は、今やひび割れ、水路からは一滴のしずくも流れてこない。
「……あーあ、こりゃひどいわね。……地面がカチカチじゃない」
サクが、ひび割れた田んぼに足を踏み入れながら、溜息をついた。
亮たちは、酒場での情報収集の際、ひと際肩を落としていた老人・嘉平(かへい)のことが気にかかっていた。彼の孫娘が病に伏せっており、どうしても「本物の米で作った粥」を食べさせてやりたいと泣いていたのだ。
「……。嘉平さんの田んぼに水を引く。……。それが、俺たちが今日やるべき一番のデバッグだ」
亮は、いつもはデバッグコードを叩くために使っている神器(鍬)を、力強く握り直した。
だが、嘉平の田んぼへ続く水路は、重吉が作った「自動造船工場」の冷却水として強引にバイパスされ、巨大な岩でせき止められていた。
「……。MI-Z-O、岩の構造を解析しろ。……。粉砕パッチを流し込んで……」
『――亮。……。お言葉ですが、その岩をパッチで粉砕すれば、下流の民家が鉄砲水で流されます。……。さらに、周囲の地盤は重吉の振動ハッキングで不安定になっています。……。魔法(プログラム)のような解決策は、ここでは通用しません』
「……。つまり、手作業で掘り直せってことか」
亮は眼鏡を外し、額の汗を拭った。
彼は天箱のメインエンジンを動かす計算は得意だが、実際に「土を掘る」という行為には不慣れだった。
「……。おいおい、亮。……。お前、その細腕でやるつもりか? ……。腰を痛めてもしらねえぞ」
徳蔵が笑いながら、自分の槌を置いた。
「……。見てろよ、徳蔵さん。……。鍬(クワ)は、もともと土を耕すための道具だ。……。本来の使い方をしてやるだけだ」
一時間後。
亮は泥だらけになっていた。
慣れない手つきで鍬を振り下ろすが、土は固く、一振りごとに腕に重い衝撃が走る。
「……。くっ……、この……バグより……手強いな……っ!」
「あはは! お兄ちゃん、へたくそー!」
田んぼの畦道(あぜみち)で、近所の子供たちが指を指して笑っていた。
嘉平の孫、病床にいるはずのハナの幼馴染の少年・太一(たいち)だ。
「……。おい、太一。……。笑ってる暇があるなら、コツを教えろ。……。ここはどうすれば効率よく掘れるんだ?」
亮が泥を拭いながら真面目に聞くと、太一は少し得意げに鼻をこすった。
「……。あのね、力いっぱい振るんじゃなくて、鍬の重さを利用するんだよ! ……。ほら、こうやって、土の『呼吸』に合わせるんだ!」
太一が亮の隣に立ち、見よう見まねでステップを教える。
亮は、自分の脳内にある「物理シミュレーション」を一旦リセットした。
(……。土の、呼吸……。……。そうか、これはコードの『タイミング』と同じだ。……。力でねじ伏せるんじゃなく、流れに乗せるんだ……!)
ザシュッ、ザシュッ。
次第に、亮の鍬の音がリズムを刻み始める。
子供たちも、いつの間にか亮を応援する「コール」を送り始めていた。
「……。お兄ちゃん、頑張れー! ……。水が来れば、ハナちゃん元気になれるよ!」
一方、サクは別の「声」を拾っていた。
嘉平の家から逃げ出してしまったという、ハナの唯一の友達――白猫の「シロ」探しだ。
「……。もう、なんで私が猫探しなのよ。……。あっちこっち、バグった工作機がうろついてるってのに」
サクは文句を言いながらも、自慢の聴覚を研ぎ澄ませていた。
街の裏路地、洗濯物が干された狭い隙間。
「……。ねえ、おばあさん。……。この辺で、耳の先が黒い猫、見なかった?」
「……。ああ、さっきあそこの廃材置き場の方へ走っていったよ。……。でもあそこは、重吉の捨てた『暴走歯車』が転がってるから、危ないよ」
「……。チッ、余計な手間を……」
サクは弓を背負い直し、廃材置き場へと飛び込んだ。
そこでは、巨大な歯車が不気味な音を立てて空転しており、その影で震えている小さな白い塊があった。
「……。シロ。……。おいで、怖くないわよ」
サクが優しく声をかけるが、シロは怯えてさらに奥へと逃げ込んでしまう。
その時、上空から巨大な鉄パイプが崩れ落ちてきた。
「――っ! ……。危ないわね!」
サクは猫を抱きかかえると同時に、バク転でその場を回避した。
シロを腕の中に閉じ込め、優しく喉を撫でる。
「……。あんたも、ハナが心配でパニックになってたのね。……。大丈夫、亮があの田んぼをどうにかしてくれるわ。……。一緒に帰りましょう」
サクが、泥だらけの顔で笑う。
クールな狩人としての彼女ではなく、一人の少女としての顔が、そこにはあった。
夕暮れ。
亮の手はマメだらけになり、全身は泥で真っ黒だった。
だが、彼が最後の一振りを下ろした瞬間。
ゴゴゴゴ……という音と共に、せき止められていた澄んだ水が、乾いた水路を勢いよく流れ出した。
「……。流れた……! 水が流れたぞ!!」
子供たちが歓声を上げ、嘉平が涙を流して崩れ落ちた。
亮は、流れてくる水に泥だらけの手を浸し、冷たさに目を細めた。
「……。あはは、本当だ。……。冷てぇな、これ」
泥だらけのエンジニアを、子供たちが囲んで跳ね回る。
天箱からそれを見ていた凛は、そっとログを記録した。
『――本日、瑞澪亮のパラメータに変化。……。攻撃力、演算力は変わらず。……。しかし、「人間への慈しみ」という隠し属性が、大幅に上昇しました』
だが、その平和な光景を、山の上の神社から見下ろす冷徹な視線があった。
「……。何をしている、徳蔵。……。そんな泥遊びに興じるために、この島に来たのか?」
工場の拡声器から響く、冷たい、機械的な声。
徳蔵の弟子、重吉の声だった。
「……。お前の作った『自動造船所』、……。もう限界だぞ。……。その汚れ、俺の『清浄な火』で焼き尽くしてやろうか?」
水路が復活した喜びも束の間。
空から、不自然なほど赤い火花が降り注ぎ始めた。
次回予告:第二十四話「泥と汗と、小さな約束(中編)」
重吉の放った「自動焼却ドローン」が、復活したばかりの田んぼを襲う! 嘉平の稲を守るため、亮は泥だらけのまま、農具を武器に変えて立ち向かう。そして、病床のハナを救うための「伝説の薬草」が、重吉の工場の中にあることが判明し……!?
かつては「神の米」と呼ばれた黄金色の稲を育んでいたその地は、今やひび割れ、水路からは一滴のしずくも流れてこない。
「……あーあ、こりゃひどいわね。……地面がカチカチじゃない」
サクが、ひび割れた田んぼに足を踏み入れながら、溜息をついた。
亮たちは、酒場での情報収集の際、ひと際肩を落としていた老人・嘉平(かへい)のことが気にかかっていた。彼の孫娘が病に伏せっており、どうしても「本物の米で作った粥」を食べさせてやりたいと泣いていたのだ。
「……。嘉平さんの田んぼに水を引く。……。それが、俺たちが今日やるべき一番のデバッグだ」
亮は、いつもはデバッグコードを叩くために使っている神器(鍬)を、力強く握り直した。
だが、嘉平の田んぼへ続く水路は、重吉が作った「自動造船工場」の冷却水として強引にバイパスされ、巨大な岩でせき止められていた。
「……。MI-Z-O、岩の構造を解析しろ。……。粉砕パッチを流し込んで……」
『――亮。……。お言葉ですが、その岩をパッチで粉砕すれば、下流の民家が鉄砲水で流されます。……。さらに、周囲の地盤は重吉の振動ハッキングで不安定になっています。……。魔法(プログラム)のような解決策は、ここでは通用しません』
「……。つまり、手作業で掘り直せってことか」
亮は眼鏡を外し、額の汗を拭った。
彼は天箱のメインエンジンを動かす計算は得意だが、実際に「土を掘る」という行為には不慣れだった。
「……。おいおい、亮。……。お前、その細腕でやるつもりか? ……。腰を痛めてもしらねえぞ」
徳蔵が笑いながら、自分の槌を置いた。
「……。見てろよ、徳蔵さん。……。鍬(クワ)は、もともと土を耕すための道具だ。……。本来の使い方をしてやるだけだ」
一時間後。
亮は泥だらけになっていた。
慣れない手つきで鍬を振り下ろすが、土は固く、一振りごとに腕に重い衝撃が走る。
「……。くっ……、この……バグより……手強いな……っ!」
「あはは! お兄ちゃん、へたくそー!」
田んぼの畦道(あぜみち)で、近所の子供たちが指を指して笑っていた。
嘉平の孫、病床にいるはずのハナの幼馴染の少年・太一(たいち)だ。
「……。おい、太一。……。笑ってる暇があるなら、コツを教えろ。……。ここはどうすれば効率よく掘れるんだ?」
亮が泥を拭いながら真面目に聞くと、太一は少し得意げに鼻をこすった。
「……。あのね、力いっぱい振るんじゃなくて、鍬の重さを利用するんだよ! ……。ほら、こうやって、土の『呼吸』に合わせるんだ!」
太一が亮の隣に立ち、見よう見まねでステップを教える。
亮は、自分の脳内にある「物理シミュレーション」を一旦リセットした。
(……。土の、呼吸……。……。そうか、これはコードの『タイミング』と同じだ。……。力でねじ伏せるんじゃなく、流れに乗せるんだ……!)
ザシュッ、ザシュッ。
次第に、亮の鍬の音がリズムを刻み始める。
子供たちも、いつの間にか亮を応援する「コール」を送り始めていた。
「……。お兄ちゃん、頑張れー! ……。水が来れば、ハナちゃん元気になれるよ!」
一方、サクは別の「声」を拾っていた。
嘉平の家から逃げ出してしまったという、ハナの唯一の友達――白猫の「シロ」探しだ。
「……。もう、なんで私が猫探しなのよ。……。あっちこっち、バグった工作機がうろついてるってのに」
サクは文句を言いながらも、自慢の聴覚を研ぎ澄ませていた。
街の裏路地、洗濯物が干された狭い隙間。
「……。ねえ、おばあさん。……。この辺で、耳の先が黒い猫、見なかった?」
「……。ああ、さっきあそこの廃材置き場の方へ走っていったよ。……。でもあそこは、重吉の捨てた『暴走歯車』が転がってるから、危ないよ」
「……。チッ、余計な手間を……」
サクは弓を背負い直し、廃材置き場へと飛び込んだ。
そこでは、巨大な歯車が不気味な音を立てて空転しており、その影で震えている小さな白い塊があった。
「……。シロ。……。おいで、怖くないわよ」
サクが優しく声をかけるが、シロは怯えてさらに奥へと逃げ込んでしまう。
その時、上空から巨大な鉄パイプが崩れ落ちてきた。
「――っ! ……。危ないわね!」
サクは猫を抱きかかえると同時に、バク転でその場を回避した。
シロを腕の中に閉じ込め、優しく喉を撫でる。
「……。あんたも、ハナが心配でパニックになってたのね。……。大丈夫、亮があの田んぼをどうにかしてくれるわ。……。一緒に帰りましょう」
サクが、泥だらけの顔で笑う。
クールな狩人としての彼女ではなく、一人の少女としての顔が、そこにはあった。
夕暮れ。
亮の手はマメだらけになり、全身は泥で真っ黒だった。
だが、彼が最後の一振りを下ろした瞬間。
ゴゴゴゴ……という音と共に、せき止められていた澄んだ水が、乾いた水路を勢いよく流れ出した。
「……。流れた……! 水が流れたぞ!!」
子供たちが歓声を上げ、嘉平が涙を流して崩れ落ちた。
亮は、流れてくる水に泥だらけの手を浸し、冷たさに目を細めた。
「……。あはは、本当だ。……。冷てぇな、これ」
泥だらけのエンジニアを、子供たちが囲んで跳ね回る。
天箱からそれを見ていた凛は、そっとログを記録した。
『――本日、瑞澪亮のパラメータに変化。……。攻撃力、演算力は変わらず。……。しかし、「人間への慈しみ」という隠し属性が、大幅に上昇しました』
だが、その平和な光景を、山の上の神社から見下ろす冷徹な視線があった。
「……。何をしている、徳蔵。……。そんな泥遊びに興じるために、この島に来たのか?」
工場の拡声器から響く、冷たい、機械的な声。
徳蔵の弟子、重吉の声だった。
「……。お前の作った『自動造船所』、……。もう限界だぞ。……。その汚れ、俺の『清浄な火』で焼き尽くしてやろうか?」
水路が復活した喜びも束の間。
空から、不自然なほど赤い火花が降り注ぎ始めた。
次回予告:第二十四話「泥と汗と、小さな約束(中編)」
重吉の放った「自動焼却ドローン」が、復活したばかりの田んぼを襲う! 嘉平の稲を守るため、亮は泥だらけのまま、農具を武器に変えて立ち向かう。そして、病床のハナを救うための「伝説の薬草」が、重吉の工場の中にあることが判明し……!?
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