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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第二十四話:泥と汗と、小さな約束(中編)
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復活した水路を流れる水の音は、嘉平(かへい)たちの村にとって、どんな名曲よりも美しい調べだった。
だが、その音を掻き消すように、上空から不快な金属音が降り注ぐ。
「……。チッ。……。不比等の『監視の目』か」
亮が泥だらけの顔を上げると、そこにはカラスのような形をした、十数機の「自動焼却ドローン」が滞空していた。そのセンサーは赤く光り、たった今、潤いを取り戻したばかりの田んぼをロックオンしている。
『――警告。……。領域内に「非認可の資源流用(水路の復旧)」を検知。……。不比等パッチ第〇八番「焦土化プロセス」を実行します。……。対象をすべて灰に帰し、情報を初期化せよ』
ドローンの下部に備え付けられた火炎放射器が、青白い予熱を帯び始めた。
「……。させないわよ!!」
背後から飛び出したのは、白猫のシロを天箱の澪(みお)に預け、戦場へと戻ってきたサクだった。
彼女の袴(はかま)は泥で汚れ、頬には猫に引っかかれたような小さな傷があったが、その瞳はかつてないほど鋭く燃えている。
「……。亮! あんたが必死に掘ったこの泥水を、一滴も蒸発させさせないから!!」
サクは走りながら三本の矢を同時に番(つが)え、空へ放った。
矢はドローンの推進部に正確に命中し、火炎を噴く前に爆発四散させる。だが、ドローンは次々と神社の影から湧き出してきた。
「……。サク、数は俺が削る! ……。お前は村の人たちを避難させろ!!」
亮は泥だらけの神器(鍬)を握り直し、足元の泥水を媒介にして、広域ハッキングを開始した。
「――MI-Z-O! 水の導電率を利用して、ドローンの制御ネットワークに『過負荷(オーバーロード)』を流し込め!!」
『――了解。……。亮、ですがこの方法はあなたの脳に……!』
「――構うか! ……。子供たちが笑ってるんだ。……。それを消させるわけにはいかねえんだよ!!」
亮の脳内を、焼けるような熱さが駆け抜ける。
泥水の中に神器を突き立てた瞬間、水路を流れる水そのものが「青い電脳の鎖」へと姿を変え、空飛ぶドローンたちを絡めとった。
「――落ちろぉぉぉ!!」
バチバチと火花を散らし、ドローンが次々と泥の中に墜落していく。
その光景を見ていた村の子供たちが、嘉平の家の縁側から身を乗り出して叫んだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、頑張れー!!」
その声は、重吉の支配する「冷たい造船工場」の拡声器さえも揺るがした。
「……。下らん。……。そんな感情のゴミ溜めに、なぜ瑞澪(みずみお)の生き残りが肩入れする」
重吉の声が、空から降ってくる。
「……。徳蔵(とくぞう)師匠。……。あんたもそうだ。……。そんな古い槌を振るうより、私の作った『自動最適化ハンマー』を使えば、この島を一日で鉄の城に変えられるというのに」
工場の巨大なシャッターが開き、そこから一台の「怪物」が現れた。
それは、四本の腕に巨大な溶接機とカッターを備えた、全高5メートルの自律型重機――**【造船獣(ぞうせんじゅう)・カイナ】**だ。
「……。徳蔵さん。……。あいつは、あんたに任せていいか?」
亮が肩で息をしながら、隣に立つ徳蔵に聞いた。
徳蔵は、何も言わず、腰に差した「マスターキーのレンチ」と、年季の入った愛用の槌を抜き放った。
「……。亮。……。お前はハナの坊主のために、工場の中にある『薬草』を取ってきな。……。不比等のラボで品種改良された『万能パッチ薬』だ。……。あれがありゃ、あの娘の病も一発で治る」
「……。徳蔵さん、でもあいつは……」
「……。弟子の不始末をつけるのは、師匠の仕事だ。……。お前はエンジニアとして、やるべき『仕事』を完遂してこい!!」
徳蔵が地を蹴り、巨大な重機へと突っ込んでいく。
槌と金属がぶつかり合う、凄まじい衝撃音が島中に響き渡った。
「……。サク、行くぞ!!」
「……。ええ! 工場をハッキングして、薬を分捕ってやりましょう!!」
亮とサクは、泥だらけのまま、山の上の「鉄の要塞」へと駆け出した。
嘉平の田んぼには、いまや水が満ち、泥の底で小さな命が、確かに息吹き始めていた。
工場の内部は、外の風景とは一変し、無機質な銀色の壁と、高速で回転する歯車の音に支配されていた。
「……。ここか。……。MI-Z-O、ラボの場所を特定しろ」
『――三階、奥のクリーンルームです。……。ですが、通路には重吉が仕掛けた「論理トラップ」が多重配置されています。……。一度でも足を踏み外せば、亮、あなたの意識は工場のメインフレームに『永久保存(アーカイブ)』されます』
「……。上等だ。……。保存される前に、ここの全データを書き換えてやるよ」
亮は、工場の端末に神器を叩き込み、セキュリティ・ゲートの強制解除(ブレイク)を開始した。
しかし、その行く手を阻むように、通路の奥から一人の男がゆっくりと歩いてきた。
徳蔵よりも若く、眼鏡の奥に冷徹な知性を宿した男。重吉本人だ。
「……。亮と言ったか。……。お前のハッキングは見事だ。……。だが、お前は一つ、致命的な計算違いをしている」
重吉が指を鳴らすと、天井から無数の細いワイヤーが降りてきて、亮とサクを囲んだ。
「……。ハナという娘の病は、ただの病気ではない。……。私の造船システムの排熱によって生じた『論理汚染(バグ・アレルギー)』だ。……。私がシステムを止めない限り、薬を与えても、彼女の苦しみは永遠に終わらない」
「……。なんだと……!? てめえ、自分の弟子の家族を、システムの犠牲にしてたのか!」
サクが怒りに震え、弓を引き絞る。
「……。犠牲ではない、最適化の過程(コスト)だ。……。さあ、亮。……。私とどちらのコードが正しいか、ここで証明しようじゃないか」
重吉の背後に、巨大なサーバーラックが立ち上がり、亮の脳内へ直接、膨大な「攻撃コード」が流れ込んできた。
次回予告:第二十五話「泥と汗と、小さな約束(後編)」
重吉との電脳決戦! 亮は、工場の熱に侵されたハナの命を救うため、自らの精神を冷却材(クーラント)に変えて、暴走するシステムに飛び込む。徳蔵の魂の槌、サクの怒りの矢、そして亮の命懸けのデバッグ。大三島の物語、ついに感動の結末へ!
だが、その音を掻き消すように、上空から不快な金属音が降り注ぐ。
「……。チッ。……。不比等の『監視の目』か」
亮が泥だらけの顔を上げると、そこにはカラスのような形をした、十数機の「自動焼却ドローン」が滞空していた。そのセンサーは赤く光り、たった今、潤いを取り戻したばかりの田んぼをロックオンしている。
『――警告。……。領域内に「非認可の資源流用(水路の復旧)」を検知。……。不比等パッチ第〇八番「焦土化プロセス」を実行します。……。対象をすべて灰に帰し、情報を初期化せよ』
ドローンの下部に備え付けられた火炎放射器が、青白い予熱を帯び始めた。
「……。させないわよ!!」
背後から飛び出したのは、白猫のシロを天箱の澪(みお)に預け、戦場へと戻ってきたサクだった。
彼女の袴(はかま)は泥で汚れ、頬には猫に引っかかれたような小さな傷があったが、その瞳はかつてないほど鋭く燃えている。
「……。亮! あんたが必死に掘ったこの泥水を、一滴も蒸発させさせないから!!」
サクは走りながら三本の矢を同時に番(つが)え、空へ放った。
矢はドローンの推進部に正確に命中し、火炎を噴く前に爆発四散させる。だが、ドローンは次々と神社の影から湧き出してきた。
「……。サク、数は俺が削る! ……。お前は村の人たちを避難させろ!!」
亮は泥だらけの神器(鍬)を握り直し、足元の泥水を媒介にして、広域ハッキングを開始した。
「――MI-Z-O! 水の導電率を利用して、ドローンの制御ネットワークに『過負荷(オーバーロード)』を流し込め!!」
『――了解。……。亮、ですがこの方法はあなたの脳に……!』
「――構うか! ……。子供たちが笑ってるんだ。……。それを消させるわけにはいかねえんだよ!!」
亮の脳内を、焼けるような熱さが駆け抜ける。
泥水の中に神器を突き立てた瞬間、水路を流れる水そのものが「青い電脳の鎖」へと姿を変え、空飛ぶドローンたちを絡めとった。
「――落ちろぉぉぉ!!」
バチバチと火花を散らし、ドローンが次々と泥の中に墜落していく。
その光景を見ていた村の子供たちが、嘉平の家の縁側から身を乗り出して叫んだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、頑張れー!!」
その声は、重吉の支配する「冷たい造船工場」の拡声器さえも揺るがした。
「……。下らん。……。そんな感情のゴミ溜めに、なぜ瑞澪(みずみお)の生き残りが肩入れする」
重吉の声が、空から降ってくる。
「……。徳蔵(とくぞう)師匠。……。あんたもそうだ。……。そんな古い槌を振るうより、私の作った『自動最適化ハンマー』を使えば、この島を一日で鉄の城に変えられるというのに」
工場の巨大なシャッターが開き、そこから一台の「怪物」が現れた。
それは、四本の腕に巨大な溶接機とカッターを備えた、全高5メートルの自律型重機――**【造船獣(ぞうせんじゅう)・カイナ】**だ。
「……。徳蔵さん。……。あいつは、あんたに任せていいか?」
亮が肩で息をしながら、隣に立つ徳蔵に聞いた。
徳蔵は、何も言わず、腰に差した「マスターキーのレンチ」と、年季の入った愛用の槌を抜き放った。
「……。亮。……。お前はハナの坊主のために、工場の中にある『薬草』を取ってきな。……。不比等のラボで品種改良された『万能パッチ薬』だ。……。あれがありゃ、あの娘の病も一発で治る」
「……。徳蔵さん、でもあいつは……」
「……。弟子の不始末をつけるのは、師匠の仕事だ。……。お前はエンジニアとして、やるべき『仕事』を完遂してこい!!」
徳蔵が地を蹴り、巨大な重機へと突っ込んでいく。
槌と金属がぶつかり合う、凄まじい衝撃音が島中に響き渡った。
「……。サク、行くぞ!!」
「……。ええ! 工場をハッキングして、薬を分捕ってやりましょう!!」
亮とサクは、泥だらけのまま、山の上の「鉄の要塞」へと駆け出した。
嘉平の田んぼには、いまや水が満ち、泥の底で小さな命が、確かに息吹き始めていた。
工場の内部は、外の風景とは一変し、無機質な銀色の壁と、高速で回転する歯車の音に支配されていた。
「……。ここか。……。MI-Z-O、ラボの場所を特定しろ」
『――三階、奥のクリーンルームです。……。ですが、通路には重吉が仕掛けた「論理トラップ」が多重配置されています。……。一度でも足を踏み外せば、亮、あなたの意識は工場のメインフレームに『永久保存(アーカイブ)』されます』
「……。上等だ。……。保存される前に、ここの全データを書き換えてやるよ」
亮は、工場の端末に神器を叩き込み、セキュリティ・ゲートの強制解除(ブレイク)を開始した。
しかし、その行く手を阻むように、通路の奥から一人の男がゆっくりと歩いてきた。
徳蔵よりも若く、眼鏡の奥に冷徹な知性を宿した男。重吉本人だ。
「……。亮と言ったか。……。お前のハッキングは見事だ。……。だが、お前は一つ、致命的な計算違いをしている」
重吉が指を鳴らすと、天井から無数の細いワイヤーが降りてきて、亮とサクを囲んだ。
「……。ハナという娘の病は、ただの病気ではない。……。私の造船システムの排熱によって生じた『論理汚染(バグ・アレルギー)』だ。……。私がシステムを止めない限り、薬を与えても、彼女の苦しみは永遠に終わらない」
「……。なんだと……!? てめえ、自分の弟子の家族を、システムの犠牲にしてたのか!」
サクが怒りに震え、弓を引き絞る。
「……。犠牲ではない、最適化の過程(コスト)だ。……。さあ、亮。……。私とどちらのコードが正しいか、ここで証明しようじゃないか」
重吉の背後に、巨大なサーバーラックが立ち上がり、亮の脳内へ直接、膨大な「攻撃コード」が流れ込んできた。
次回予告:第二十五話「泥と汗と、小さな約束(後編)」
重吉との電脳決戦! 亮は、工場の熱に侵されたハナの命を救うため、自らの精神を冷却材(クーラント)に変えて、暴走するシステムに飛び込む。徳蔵の魂の槌、サクの怒りの矢、そして亮の命懸けのデバッグ。大三島の物語、ついに感動の結末へ!
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