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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第三十五話:最後のデバッグと、僕らの未来
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大極殿の最上階。黄金の光を放つ亮の「真・神器」が、不比等の「静止の論理」を根底から書き換えていく。
空間を覆っていた漆黒のソースコードは、朝焼けのような茜色へと変じ、不比等の背後に浮かぶ『八咫鏡』は、一億年のループを維持する力を失って、一枚、また一枚と静かに砕け散っていった。
「……。馬鹿な。……。私の計算式は完璧だったはずだ。……。感情などというノイズを排除し、この国を永遠の安定へと導く……それが唯一の正解だったはずだ!!」
不比等が叫び、残された権限のすべてをかき集めて、巨大なデリート・パッチを形成する。それは触れるものすべてを無(ゼロ)に還す、神の怒りの奔流。
だが、亮はその光の渦の中を、一歩、また一歩と真っ直ぐに進んでいった。
「――不比等。……。あんたは『正解』を出そうとした。……。でも、人生はテストじゃないんだ。……。正解がないから、俺たちは明日を必死にビルドする。……。間違えたら、デバッグすればいい。……。壊れたら、また直せばいいんだよ!!」
亮の背後には、天箱(アマノハコ)の仲間たちが並んでいた。
槍を構え、亮の退路を守る厳心。
涙を拭い、確かな未来を見据えて弓を引き絞るサク。
祈りを捧げ、瑞澪の慈しみのコードを響かせる澪。
そして、甲板から「いけぇ、亮!!」と拳を突き上げる徳蔵、那智、静、凛、そしてMI-Z-O。
「――MI-Z-O! 最後のパッチだ!! ……。俺たちの『これまでの旅の全ログ』を、大和のメインサーバーへ全転送(フル・アップロード)しろ!!」
『――了解しました、亮。……。このログはあまりにも熱く、不純(ピュア)です。……。不比等のシステムでは、もはや処理しきれません……。リブート(再起動)開始まで、あと三、二、一……!!』
「――いっけぇぇぇぇぇ!!!」
亮が黄金の鍵を、不比等の胸の中央――この世界のシステム・コアへと突き立てた。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
爆発したのは、破壊のエネルギーではない。
それは、大三島の土の匂い、瀬戸内の波の音、対馬の風、そして人々が交わしてきた何気ない「ありがとう」という言葉の旋律だった。
不比等の冷徹な世界に、生きた人間たちの記憶が濁流となって流れ込み、凍りついていた都が「生命の拍動」を取り戻していく。
「……。あ……。これは……」
不比等の瞳に、色が戻った。
彼の脳裏に、かつて失った家族の、データではない「温もり」の記憶が蘇る。
自分が否定し、消し去ろうとしていた「不完全な世界」こそが、かつて自分が愛した世界そのものだったのだという事実に、彼は静かに涙をこぼした。
「……。瑞澪の……若きエンジニアよ。……。私は、あまりにも長い間……孤独なバックアップを取り続けていたようだ……」
不比等の身体が、白い光となって解けていく。
彼が消えゆく間際、大和の空を覆っていた重苦しい雲が晴れ、本物の太陽の光が、数十年ぶりに大地を照らし出した。
数ヶ月後。
大和の都は、かつての冷たい鉄の要塞から、自然とテクノロジーが調和する「緑の都市」へと再建が進んでいた。
不比等の遺した高度な演算技術は、今では人々の自由を奪うためではなく、作物の成長を助け、災害から命を守るための「共有財産(オープンソース)」として公開されている。
大三島では、嘉平さんや太一が、新しいハッキング技術を応用した「自動灌漑システム」を使って、かつてないほど豊かな収穫を祝っていた。
重吉は、徳蔵の元へ戻り、「不比等の技術を、どうやって人の幸せに変えるか」という難問に、泥だらけになりながら挑んでいる。
そして、対馬。
かつて焼き払われた瑞澪の里には、新しい社が建てられていた。
「……。亮様、見てください。……。海の色が、あんなに透き通っています」
澪が、かつての巫女装束ではなく、現代風にアレンジされた旅装を纏い、亮の隣で微笑んでいた。
「……。ああ。……。これからは、不比等の監視もない。……。俺たちの手で、この国のログを刻んでいけるんだな」
亮の右腕には、もう神器はない。
だが、その手には、かつて徳蔵が使っていたような、使い古された「一本の工具」が握られていた。神の力に頼るのではなく、自分の腕で、一つずつ積み上げていく。それが、亮の選んだ新しいエンジニアの道だった。
「――おーい、二人とも! いつまでイチャイチャしてんのよ!!」
天箱(アマノハコ)の甲板から、サクが身を乗り出して叫ぶ。
その後ろでは、厳心が満足げに海を眺め、那智が「さあ、次は大和のメインOSのアップデートよ!」と、相変わらずのスパルタぶりで指示を出している。
天箱は、今や「移動式開発拠点」として、日本各地の「バグ」に悩む人々を救うために、全国の海を巡る旅に出ようとしていた。
「――MI-Z-O、準備はいいか?」
『――いつでも。……。亮、私の演算によると、今日の旅立ちは最高にハッピーな確率が一〇〇%です』
「――よし、……。全エンジン、始動!! ……。新しい日本を、ビルドしにいくぞ!!」
朝陽を浴びて、天箱が白い尾を引きながら、どこまでも続く青い海へと滑り出していった。
彼らの旅は、終わらない。
世界にバグがある限り。
そして、それを「直したい」と願う熱い魂がある限り。
不完全な僕らの、完璧な物語は、ここからまた新しく書き換えられていくのだ。
第1章【完】
空間を覆っていた漆黒のソースコードは、朝焼けのような茜色へと変じ、不比等の背後に浮かぶ『八咫鏡』は、一億年のループを維持する力を失って、一枚、また一枚と静かに砕け散っていった。
「……。馬鹿な。……。私の計算式は完璧だったはずだ。……。感情などというノイズを排除し、この国を永遠の安定へと導く……それが唯一の正解だったはずだ!!」
不比等が叫び、残された権限のすべてをかき集めて、巨大なデリート・パッチを形成する。それは触れるものすべてを無(ゼロ)に還す、神の怒りの奔流。
だが、亮はその光の渦の中を、一歩、また一歩と真っ直ぐに進んでいった。
「――不比等。……。あんたは『正解』を出そうとした。……。でも、人生はテストじゃないんだ。……。正解がないから、俺たちは明日を必死にビルドする。……。間違えたら、デバッグすればいい。……。壊れたら、また直せばいいんだよ!!」
亮の背後には、天箱(アマノハコ)の仲間たちが並んでいた。
槍を構え、亮の退路を守る厳心。
涙を拭い、確かな未来を見据えて弓を引き絞るサク。
祈りを捧げ、瑞澪の慈しみのコードを響かせる澪。
そして、甲板から「いけぇ、亮!!」と拳を突き上げる徳蔵、那智、静、凛、そしてMI-Z-O。
「――MI-Z-O! 最後のパッチだ!! ……。俺たちの『これまでの旅の全ログ』を、大和のメインサーバーへ全転送(フル・アップロード)しろ!!」
『――了解しました、亮。……。このログはあまりにも熱く、不純(ピュア)です。……。不比等のシステムでは、もはや処理しきれません……。リブート(再起動)開始まで、あと三、二、一……!!』
「――いっけぇぇぇぇぇ!!!」
亮が黄金の鍵を、不比等の胸の中央――この世界のシステム・コアへと突き立てた。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
爆発したのは、破壊のエネルギーではない。
それは、大三島の土の匂い、瀬戸内の波の音、対馬の風、そして人々が交わしてきた何気ない「ありがとう」という言葉の旋律だった。
不比等の冷徹な世界に、生きた人間たちの記憶が濁流となって流れ込み、凍りついていた都が「生命の拍動」を取り戻していく。
「……。あ……。これは……」
不比等の瞳に、色が戻った。
彼の脳裏に、かつて失った家族の、データではない「温もり」の記憶が蘇る。
自分が否定し、消し去ろうとしていた「不完全な世界」こそが、かつて自分が愛した世界そのものだったのだという事実に、彼は静かに涙をこぼした。
「……。瑞澪の……若きエンジニアよ。……。私は、あまりにも長い間……孤独なバックアップを取り続けていたようだ……」
不比等の身体が、白い光となって解けていく。
彼が消えゆく間際、大和の空を覆っていた重苦しい雲が晴れ、本物の太陽の光が、数十年ぶりに大地を照らし出した。
数ヶ月後。
大和の都は、かつての冷たい鉄の要塞から、自然とテクノロジーが調和する「緑の都市」へと再建が進んでいた。
不比等の遺した高度な演算技術は、今では人々の自由を奪うためではなく、作物の成長を助け、災害から命を守るための「共有財産(オープンソース)」として公開されている。
大三島では、嘉平さんや太一が、新しいハッキング技術を応用した「自動灌漑システム」を使って、かつてないほど豊かな収穫を祝っていた。
重吉は、徳蔵の元へ戻り、「不比等の技術を、どうやって人の幸せに変えるか」という難問に、泥だらけになりながら挑んでいる。
そして、対馬。
かつて焼き払われた瑞澪の里には、新しい社が建てられていた。
「……。亮様、見てください。……。海の色が、あんなに透き通っています」
澪が、かつての巫女装束ではなく、現代風にアレンジされた旅装を纏い、亮の隣で微笑んでいた。
「……。ああ。……。これからは、不比等の監視もない。……。俺たちの手で、この国のログを刻んでいけるんだな」
亮の右腕には、もう神器はない。
だが、その手には、かつて徳蔵が使っていたような、使い古された「一本の工具」が握られていた。神の力に頼るのではなく、自分の腕で、一つずつ積み上げていく。それが、亮の選んだ新しいエンジニアの道だった。
「――おーい、二人とも! いつまでイチャイチャしてんのよ!!」
天箱(アマノハコ)の甲板から、サクが身を乗り出して叫ぶ。
その後ろでは、厳心が満足げに海を眺め、那智が「さあ、次は大和のメインOSのアップデートよ!」と、相変わらずのスパルタぶりで指示を出している。
天箱は、今や「移動式開発拠点」として、日本各地の「バグ」に悩む人々を救うために、全国の海を巡る旅に出ようとしていた。
「――MI-Z-O、準備はいいか?」
『――いつでも。……。亮、私の演算によると、今日の旅立ちは最高にハッピーな確率が一〇〇%です』
「――よし、……。全エンジン、始動!! ……。新しい日本を、ビルドしにいくぞ!!」
朝陽を浴びて、天箱が白い尾を引きながら、どこまでも続く青い海へと滑り出していった。
彼らの旅は、終わらない。
世界にバグがある限り。
そして、それを「直したい」と願う熱い魂がある限り。
不完全な僕らの、完璧な物語は、ここからまた新しく書き換えられていくのだ。
第1章【完】
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