AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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​サイドストーリー連作:【対馬・亡国編】

​第二話:紅蓮の海と、兄の最期

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​ 対馬の夜は、文字通り「崩壊」していた。
 空からは不比等が放った『神罰(パッチ)』という名の青白い雷撃が降り注ぎ、瑞澪の里を形作っていた美しい木造建築と最新の電脳回路を、等しく炭塵へと変えていく。

​「……っ、ハァ、ハァ……!! ……。サク、止まるな! ……。足元を見るな、前だけを見て走れ!!」

​ サクの細い腕を、兄・弦一郎が強く引き寄せる。
 背後では、里の誇りだった中央サーバー『海神(わたつみ)』が爆発し、夜空を真っ赤に染め上げていた。サクの視界は涙と煙で滲んでいたが、握られた兄の手の、骨が軋むほどの強さだけが、今この地獄で唯一の現実だった。

​「……。兄さま、……。お母さんは!? お父さんは!? ……。まだ、あそこに、……!」

​「……。父上と母上なら大丈夫だ。……。あの二人は、里のメインフレームを物理的に切断して、不比等の侵食を食い止めている。……。俺たちの仕事は、この『種火(ログ)』を生き延びさせることだ!!」

​ 弦一郎の胸元には、母・琴音が今際の際に押し込んだ、結晶型の外部メモリが怪しく光っていた。
 それは、瑞澪の全エンジニアの叡智、そして不比等の「完璧な秩序」を根底から覆す可能性を秘めた、未完成の「反逆プログラム」だった。

​ だが、二人の前に、音もなく漆黒の影が降り立った。
 不比等直属の暗殺部隊――【静謐なる処刑人(サイレント・デバッガー)】。
 感情を去勢され、ただ「バグの削除」のみを命じられた、機械仕掛けの武者たちだ。

​『――ターゲット、確認。……。瑞澪の直系、および重要機密の保持者。……。これ以上の遅延は許されない。……。即刻、物理的消去(物理フォーマット)を実行する』

​ 処刑人の一人が、高周波で振動する漆黒の刀を抜き放つ。
 その刃が空気を切り裂く音を聞いた瞬間、弦一郎はサクを背後に突き飛ばした。

​「――サク、伏せろ!!」

​ ギィィィィィィィン!!

​ 弦一郎が腰から引き抜いた護身用の小太刀と、処刑人の大刀が激突し、激しい火花が散る。
 弦一郎はエンジニアとしても優秀だったが、当主・厳心の血を継ぐ武人でもあった。だが、相手は不比等のメインフレームから常に「必中」の最適解をダウンロードし続ける殺人兵器。

​「……。ぐ、……、ぁぁっ!!」

​ 力押しに負けた弦一郎の肩を、黒い刃が深く切り裂く。
 鮮血が、サクの頬に飛んだ。

​「――兄さま!!」

​「……。来るな!! ……。サク、お前は……お前だけは、……!」

​ 弦一郎は、傷ついた身体で、懐から一つのアンプルを取り出した。
 それは、瑞澪の禁忌とされた「神経接続ブースター」。脳の演算能力を数千倍に跳ね上げる代わりに、使用者の意識を焼き切る諸刃の剣。

​「……。兄さま、それを使ったら、あんたの脳が……!!」

​「……。サク、……。お前に、父上を託す。……。そして、いつか現れる『三日月を背負う者』に、このメモリを届けてくれ。……。それが、俺たちの……瑞澪の最後の仕事だ」

​ 弦一郎がアンプルを首筋に叩き込んだ。
 瞬間、彼の瞳が青白い光を放ち、全身の血管がデジタル回路のように浮かび上がる。
 
「――オーバーロード……『極限の守護(エターナル・シールド)』!!!」

​ 弦一郎の周囲に、凄まじい密度の電子防壁が展開された。
 処刑人たちの連撃をすべて無効化し、逆にその衝撃波で敵を吹き飛ばしていく。
 だが、それは命を燃やす「最後の輝き」だった。

​「――走れ、サク!! 港へ行け!! ……。そこに、亮の父上が手配した小型艇があるはずだ!! ……。後ろを振り返るな!!」

​「……。嫌だ、……。兄さまと一緒じゃなきゃ、……。嫌だよ!!」

​ サクは泣き叫び、兄の背中に縋り付こうとした。
 だが、弦一郎は一度だけ、今まで見たこともないほど優しく、そして悲しい笑顔でサクを振り返った。

​「……。サク。……。お前は、俺の自慢の妹だ。……。強く、生きろ」

​ その直後、弦一郎の背後で巨大な爆発が起きた。
 不比等の増援部隊が、里全体を焼き払うための広域爆撃を開始したのだ。
 爆炎の中に消えていく、兄の姿。
 
「――あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

​ サクの絶叫が、燃える対馬の空に響き渡る。
 彼女の手には、兄から託された、まだ温もりを帯びた結晶メモリが握りしめられていた。

​ サクは、炎の中を無我夢中で走った。
 転び、泥にまみれ、着物の裾を焦がしながらも。
 背後で聞こえる崩落の音、そして愛する家族の「声」をすべて、その小さな胸に深く沈め、彼女は紅蓮の海へと飛び込んだ。

​ 港に辿り着いたサクを待っていたのは、血塗れになりながらも槍を杖にして立つ父・厳心だった。
 
「……。サク、……。弦一郎は……?」

​ サクは答えることができなかった。ただ、血に汚れたメモリを、震える手で差し出した。
 厳心はその瞬間、すべてを悟った。
 
 最強の槍術を誇る当主の頬に、一筋の、熱い涙が流れた。
 
「……。そうか。……。あいつも、瑞澪として……立派に務めを果たしたのだな。……。さあ、行くぞサク。……。死ぬことよりも辛い、生きるという名の戦い……それが我々の新しい宿命だ」

​ 燃え盛る対馬。
 一艘の小舟が、暗黒の海へと滑り出す。
 サクは、遠ざかる故郷を見つめながら、その瞳から感情という名の「光」を消した。
 
 それが、サクが「狙撃手」として、心を殺して生きることを決めた、最初の夜だった。



​次回予告:サイドストーリー第三話「漂流の涯て、捨てられた島」
対馬を逃れ、食料も尽きかけた厳心とサク。二人が辿り着いたのは、不比等の地図から抹消された「棄てられた島」だった。そこでサクが出会ったのは、同じように家族を失い、心を閉ざした一人の少年――後の「亮」の、若き日の姿だった!?
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