AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

RYOアズ

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​サイドストーリー連作:【対馬・亡国編】

​第四話:徳蔵の槌音と、ゴミ拾いの少年

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​ 「棄てられた島(ジャンク・ヤード)」の朝は、太陽の光ではなく、不快な高周波ノイズと、巨大なプレス機が廃材を叩き潰す地響きで幕を開ける。
​ サクが意識を取り戻したのは、錆びた鉄板を継ぎ接ぎして作られた、徳蔵の工房の隅だった。

 鼻を突くのは、重油と焼けたハンダの匂い。そして、耳の奥に残る「ガギィィン!」というあの槌音。

​「……っ、お父……さん……!」

​ サクは飛び起きようとしたが、全身の筋肉が断線したかのような激痛に襲われ、再びシーツ代わりの古い防護布に沈み込んだ。

​「……無茶するな、小娘。お前の親父なら、隣の冷却槽で眠っとる。死にかけの神経系を、ワシの特製パッチで無理やり繋ぎ止めておるところじゃ」

​ 工房の奥、火花の散る作業台から、あの野太い声が響いた。徳蔵だ。
 彼はサクを一瞥もせず、巨大な槌を振るい続けている。その槌が振り下ろされるたび、工房全体の電圧が跳ね上がり、サクの肌にピリピリとした静電気が走った。

​「……徳蔵、さん。助けてくれて、ありがとうございました。……でも、ここは? 不比等のドローンは……」

​「あんなガラクタ、ワシの島ではただの資源(リソース)じゃ。だが、安心するのは早いわい。この島には『神の秩序』はないが、その代わりに『飢え』と『腐食』がある。……おい、亮(りょう)! 客人が起きたぞ。何か口に合うもんを出してやれ」

​ 徳蔵がそう叫ぶと、積み上げられた古いサーバーラックの影から、一人の少年が這い出してきた。

 サクとそれほど歳の変わらないその少年は、油に汚れた作業着を纏い、右手には不格好な――だが緻密な回路が露出した――デバッグ・ガントレットを装着していた。

​「……分かってるよ、親父。……ほら、これ。大三島の保存食をここの回路で温めた。味の保証はしねえけど、バイタルを戻すには十分だ」

​ 少年――亮は、無造作にプラスチックのトレイをサクの前に置いた。
 その瞳は、サクが今まで見てきた瑞澪の若者たちとは決定的に違っていた。

 絶望に打ちひしがれているわけでも、使命に燃えているわけでもない。ただ、目の前にある「壊れた現実」をどうやって動かすか、その一点だけを見つめている、冷徹なまでに研ぎ澄まされたエンジニアの瞳。

​「……あんた、誰?」

​「……亮だ。あんたと同じ、不比等の掃き溜めに流されてきたゴミ拾いだよ」

​ 亮はそれだけ言うと、再び自分の作業台に戻り、黙々と壊れた基板のハンダ付けを始めた。
 サクは、差し出された食料を口に運ぶ。……泥臭い。けれど、死にかけていた五感に、強引に熱が流し込まれるのが分かった

​ それから三日間、サクは動けない身体で、亮の作業をずっと眺めていた。

 亮は、徳蔵から「親父」と呼ばれながらも、技術の伝承を受けているようには見えなかった。ただひたすらに、山のように積まれたスクラップの中から、まだ息をしているパーツを掘り出し、それを一つの形へと組み上げていく。

​「……何を作ってるの? それ」

​ 四日目の夕暮れ。サクがようやく立ち上がれるようになった頃、亮に問いかけた。
 亮が手にしていたのは、厳心が使っていた折れた槍の破片と、島の防衛ドローンから剥ぎ取った高出力のコンデンサだった。

​「……あんたの親父さんの槍だよ。……そのままじゃ、ただの鉄屑だ。だが、この島の『ノイズ』をエネルギーに変換する回路を組めば、不比等の予測を上回る『バグ』を叩き込める武器になる」

​「お父さんの槍を……勝手に弄らないで! 瑞澪の槍は、一族の魂なのよ!」

​ サクが声を荒らげると、亮は初めて作業を止め、サクを真っ直ぐに見つめた。

​「魂、ね。……その魂とやらが、あの日、対馬を守れたのか?」

​ 亮の言葉は、鋭い刃物のようにサクの心に突き刺さった。

​「……何も知らないくせに、勝手なこと言わないで。兄さまも、お母さんも、みんな……!」

​「知らないよ。だが、俺も目の前で全部消されたのは同じだ。……サク、あんたが握りしめてるその『メモリ』。……死んだ家族の記憶を閉じ込めておくだけの墓石にするつもりか?」

​ 亮の視線は、サクが胸元に隠している母・琴音の形見に向けられていた。

​「……これを墓石にしろって言うの?」

​「違う。……それを『設計図(ソースコード)』にしろって言ってるんだ。……あんたの兄貴が守りたかったのは、あんたの命だろ? なら、そのメモリに眠ってる瑞澪の技術を、俺のこのガラクタと同期させろ。……俺たちが生き残るための、新しい『神器』をビルドするんだ」

​ 亮が差し出したのは、彼が自作した不格好な、けれど驚くほど高密度の演算能力を秘めた「デバッグ・プロトタイプ」のインターフェースだった。

​ サクは迷った。
 瑞澪の純粋な技術を、こんな汚れた島の廃材と混ぜ合わせる。それは、伝統への冒涜に思えた。

 だが、隣の冷却槽で、包帯に巻かれながらも、時折うなされている厳心の姿を見て、サクは悟った。
 自分たちには、もう「綺麗事」を言っている余裕はないのだと。

​「……分かったわ。……どうすればいい?」

​「……メモリをここに挿せ。……解析(スキャン)する。……大丈夫だ。データは壊さない。……俺を、信じろ」

​ 初めて、亮の瞳に温度が宿った。
 サクは震える手で、母のメモリを亮のデバイスへと接続した。
​ ――接続(プラグ・イン)。
​ 瞬間、工房内のモニターに、今まで見たこともないほど複雑で、かつ美しい「瑞澪のアルゴリズム」が奔流となって流れ出した。

​「……すげえ。……これが、本物の瑞澪のコードか。……。MI-Z-O(ミゾオ)、聞こえるか。このログを全て、神器のリビルドに使用するぞ」

​ 亮の腕のガントレットから、機械的な、けれどどこか亮に似た皮肉げな電子音が響く。

​『――了解。……亮、このデータは膨大です。……物理的な強度が足りません。……徳蔵の親父さんの「雷槌」による物理干渉が必要です』

​「親父!! 仕上げだ! 頼む!!」

​ 奥で酒を煽っていた徳蔵が、ゆっくりと立ち上がった。

​「……フン。瑞澪の根性と、大三島の意地。……どっちが先に焼き切れるか、試してやるわい!!」

​ ドォォォォォォン!!

​ 徳蔵の槌が、亮の組み上げた回路と、厳心の槍の破片、そしてサクのメモリから抽出された光の粒子を、一つの形へと叩きつけた。
 工房中が黄金色の放電に包まれ、サクは光の奔流の中で、確かに兄・弦一郎の、そして母・琴音の「エンジニアとしての魂」が、新しい形へと生まれ変わるのを見た。

​ 十日目の朝。
 厳心は、冷却槽から這い出した。
 その眼前には、以前よりもさらに鋭く、黒い回路が血管のように走る「新生・瑞澪の槍」を構えた亮と、そして……。
​ 自分よりも大きな、重機のような弓を背負った、凛々しいサクの姿があった。

​「……亮、と言ったか。……貴殿は、……何を造り出したのだ」

​ 厳心の問いに、亮は満足げに鼻をこすり、新品の鍬(くわ)――神器『雷火』の試作型――を肩に担いだ。

​「……神器の『再定義(リブート)』ですよ、厳心さん。……。さあ、いつまでも寝てられねえ。……不比等の野郎に、この島のゴミの味を教えてやりにいこうぜ」

​ サクは、背負った重厚な弓を強く握りしめた。
 そこにはもう、震えはなかった。
 
 対馬という過去、弃てられた島という現在。
 そして、亮という「未来」を繋ぐための、十日間のビルドが終わった。
 
 天箱(アマノハコ)の産声が、遠い水平線の向こうで、確かに響き始めていた。



​次回予告:サイドストーリー第五話「天箱(アマノハコ)の産声と、別れの誓い」
完成した初期型天箱。だが、島を離れる直前、亮は「ある決意」を固める。厳心とサクだけを先に逃がし、自分はあえて島に残り、不比等の目を逸らす囮(デコイ)になるという。亮がサクと交わした、本編第一話へと繋がる「指切りの約束」とは――。
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