AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第二章:出雲・​八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編

​第四十一話:富士の樹海・論理の森と、黄泉の番犬ケルベロス

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​ 天箱(アマノハコ)が出雲を離れ、東へと進むにつれ、世界は色彩を失っていった。
 眼下に広がる日本の景色は、もはや「土地」とは呼べない代物に変貌している。かつて森だった場所は、無機質な立方体が積み重なった「ボクセル・アート」のように角立ち、川の流れは銀色の水銀のような流体データへと置換されていた。

​「……ひどいわね。不比等が消えてから、システムの自浄作用(オート・デバッグ)が完全に暴走してる」

​ サクは、出雲で手に入れた神器『三箭の鳴鏑(みつやのなりかぶら)』を握りしめ、窓の外を見つめていた。彼女の瞳には、因果律を読み取る新機能によって、空間に走る「亀裂(クラック)」が赤黒いノイズとして映っている。

​ 天箱の艦橋では、亮が自身のガントレットと睨み合っていた。那智から告げられた「自壊パッチ」のカウントダウン。残り時間は、160時間を切っている。右手の指先は時折、ポリゴンが剥がれるようにグリッチを起こし、自分の実体が「偽りのログ」であることを突きつけてくる。

​「亮、バイタルが低下してるわよ。……無理はしないで」

 那智が背後から声をかける。彼女の瞳には後悔の色が滲んでいたが、亮は振り向かずに答えた。

​「……関係ねえよ。俺の体がクローンだろうが、この世界がバグの塊だろうがな。……目の前の『穴』を塞がない限り、俺たちが戦ってきた意味が全部NULL(無)になる」

​ 天箱の正面、富士山を飲み込むように広がっているのは、巨大な**【黄泉(ヨミ)の根源サーバーへのアクセス・ゲート】**だった。
 それは空に穿たれた、直径数キロメートルに及ぶ「暗黒の渦」。

 渦の周囲では、物理法則が逆転し、地上の樹木が空へと吸い上げられ、空からは「文字化けした雨」が降り注いでいる。

​「よし、野郎ども!! 降下準備だ!! あの渦の底に、この国の全エラーの『元凶』が眠ってやがる!!」

​ 亮、サク、厳心、阿国の四人は、天箱から高速降下ポッドで富士の樹海へと着地した。
 だが、そこはかつての「青木ヶ原」ではなかった。
 木々の一本一本が、人間の絶叫をエンコードしたような異様な形にねじれ、地面からは「未処理の幽霊データ」が霧となって立ち昇っている。

​「……。ここは、死んだデータの掃き溜め(ゴミ箱)か」

​ 厳心が漆黒の槍を構え、周囲を警戒する。
 一歩踏み出すたびに、地面のテクスチャが「草原」から「溶岩」、「氷床」へと目まぐるしく書き換わる。不比等のシステムが遺した「ランダム生成トラップ」だ。

​「――っ、来るよ!! エンジニアさん!! 足元の『座標』が消失する!!」

​ 阿国の叫びと同時に、亮たちの足元の地面が消失し、無限の虚空へと繋がる「穴」が開いた。
 
「――MI-Z-O!! 空間レンダリング、固定しろ!!」

​ 亮が『雷火・真打』を虚空へと突き立てる。
 黄金の光が網目状に広がり、消失した地面を「強制的なホログラム」で補完して、四人の落下を繋ぎ止めた。

​「……ハァ、ハァ……。一瞬でも気を抜いたら、存在自体をデリートされるな」

​ 亮の額に脂汗が浮かぶ。自壊パッチの浸食は、思考の速度さえも奪い始めていた。
 だが、休む暇はない。
 樹海の奥から、大地を揺らす咆哮と、金属が擦れるような電子音が響いてきた。

​ 森を薙ぎ倒して現れたのは、全長二十メートルを超える、三つの首を持つ「鋼鉄の獣」だった。
 【黄泉の番犬:ケルベロス・デバッガー】。
 
 中央の首は「過去の消去」、左の首は「現在の凍結」、右の首は「未来の改竄」を司る、不比等システム究極の防衛プログラムだ。
 その体表には、何万という「犠牲となったエンジニアの顔」がノイズとして浮かび上がり、苦悶の声を上げている。

​「……。こいつ、……。ただのプログラムじゃない。……。これまでこのゲートを潜ろうとした連中の『魂』を吸い込んで、肥大化してやがるんだ」

​ 亮の怒りが沸騰した。
 
「――サク!! 左の首を射抜け!! 厳心さんは右だ!! 阿国、あんたの舞で、こいつの『同期』をバラバラにしてくれ!!」

​「任せな!!」

「承知!!」

​ 阿国が三味線を掻き鳴らし、狂乱のステップを踏む。

 ケルベロスの三つの首が、それぞれ異なる時間軸で動こうとするが、阿国のノイズ・ハッキングによって、その行動の「順序(シーケンス)」が致命的に狂い始めた。

​「――今だ!! 兄さま、力を貸して!!」

​ サクが神器『三箭の鳴鏑』を引き絞る。
 放たれた矢は、空中で「三つの次元」に分岐した。

 一射目は、ケルベロスが「五秒前にいた場所」を。
 二射目は、「現在いる場所」を。
 三射目は、「三秒後に逃げる場所」を。
 
 ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!
 
 因果律を無視した必殺の射撃が、左の首を粉砕した。
 
「――次は我だ!! 不動明王、出力全開!!」
 
 厳心が背後に巨大な「火炎の翼(高熱ノイズ)」を展開し、重力加速度を無視した突撃を仕掛ける。

 右の首が放つ「未来改竄」の光線に対し、厳心は自らの槍を「不確定なノイズ」の塊に変えることで、予測を完全に封殺した。
 
 ガギィィィィィィィィィンッ!!
 
 漆黒の槍が右の首を貫き、機械の臓物を撒き散らす。

​ 残るは、最も巨大な「中央の首」。
 その首が大きく口を開け、世界そのものを消去する**【根源デリート・バースト】**をチャージし始めた。
 
 周囲の色彩が吸い込まれ、完全な「無」が亮たちを飲み込もうとする。
 
「……。亮!! 逃げて!! あれを受けたら、魂ごと消される!!」

​ サクの叫びが届くが、亮の足は動かない。
 自壊パッチの影響で、全身の感覚が消失し始めていた。
 視界が真っ白になり、脳内にエラーメッセージが鳴り響く。

​『――亮!! 意識を手放すな!! ……。あなたが消えたら、誰がこの国を「再起動」するんですか!!』

​ MI-Z-Oの悲鳴のような警告。
 その時、亮の意識の中に、一つの「記憶(ログ)」が蘇った。
 それは、棄てられた島で、サクと交わした指切りの感触。
 自分がクローンだろうが、造りもんだろうが、あの時感じた「守りたい」という意志だけは、誰にも書き換えられない本物のコードだった。

​「……。ああ、……分かってるよ。……。俺は、……偽物なんかじゃねえ」

​ 亮の瞳が、黄金色に発光した。
 全身のグリッチが消え、消失しかけていた肉体が、純粋な「意志のデータ」によって再構築されていく。
 
 亮は、肩に担いだ『雷火・真打』を、ゆっくりと、けれど確かな重みを持って構えた。
 
「――神器・雷火……『最終定義(グランド・リブート)・黄金の開墾』!!!」
 
 亮が地を蹴った。
 その背後には、何千、何万というエンジニアたちの「手の残像」が出現し、一斉に虚空のキーボードを叩く音が響いた。
 
 ケルベロスが放った「絶望の黒光」に対し、亮は正面から鍬を振り下ろした。
 
 ドォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
 
 黒い光が黄金の輝きによって押し返され、ケルベロスの巨大な体躯が、根元から「耕されて」いく。
 それは破壊ではない。
 不の感情に囚われたデータを、正常な「記憶」へと還元していく、亮だけのエンジニアリング。
 
 爆発の光が収まったとき、そこには一機のドローンも、一頭の獣もいなかった。
 あるのは、静かに、けれど力強く拍動する、黄泉の国への「真の入口」だけだった。

​「……ハァ、……ハァ……。……終わった、な」
​ 亮は、折れかけた『雷火』を杖にして、なんとか立ち上がった。
 サクと厳心、阿国が駆け寄る。
 
「亮、大丈夫!? 今、体が……光って……」
​「……。ちょっと、本気を出しただけだ。……。それより、開いたぜ。……この国を腐らせている、真の地獄への道が」
​ 目の前には、地下深へと続く、巨大な螺旋階段のデータ・ロード。

 その奥底からは、これまでの不比等とは比較にならないほど、冷徹で、かつ「虚無」に近い意志が漂ってきている。
 
「……。行くぞ。……。俺のパッチが切れる前に、……全部ケリをつけてやる」
​ 亮の背中には、もう迷いはなかった。
 自分という存在の正体を知り、それでもなお、彼はエンジニアとして、愛する者たちが住む世界の「明日」をビルドするために。
 
 一行は、光の届かない黄泉の深淵へと、一歩を踏み出した。



​次回予告:第四十二話「黄泉の根源サーバーと、最古の管理者『イザナミ』」
地下数万メートルに隠されていた、日本の真の心臓部。そこで待っていたのは、かつて不比等さえもひれ伏した、全ての命を「死」というデータに変える最古の管理者だった。亮の自壊パッチが限界を迎える中、サクが下した「最悪の決断」とは――!?
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