AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

RYOアズ

文字の大きさ
49 / 55
第二章:出雲・​八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編

第四十四話:海の向こうからの通信(パケット)と、黒船サーバーの影

しおりを挟む
​ ネオ・エドの夜は、かつての不比等の時代のような、死に絶えた沈黙ではなかった。
 『舞歌衆』が奏でるネオン色のメロディが微かに風に乗り、再建された長屋の窓からは、家族が夕餉を囲む温かな光が漏れている。亮が構築した「大国主・ブースター」が、街全体を黄金の粒子で優しく包み込み、浮遊するバグの残滓を浄化し続けていた。

​ 亮は、街の中央にそびえる「リブート・タワー」の最上階テラスで、夜風に吹かれていた。
 彼の右手は、もはやグリッチを起こすことはない。イザナミとの決戦を経て、彼は自分という「存在」をこの世界に再定義した。だが、エンジニアとしての本能が、網膜の隅で点滅する微かな「違和感」を捉えていた。

​「……MI-Z-O、さっきからノイズが走ってる。気象パッチのバグか?」

​『――いいえ、亮。……。上空三万メートル、成層圏外縁部において、未定義のパケット(通信)が断続的に衝突しています。……。言語プロトコルが解析不能。……。日本語(J-OS)ではありません』

​「……。外、か」

​ 亮が視線を上げた先。満天の星空の一部が、まるで壊れた液晶のように「チラついて」いた。
 
「――亮、ここにいたのね」

​ 背後から、サクが歩み寄ってきた。彼女の腰には、豊玉姫の加護を宿した『三箭の鳴鏑』が静かに青い光を湛えている。
​「那智が呼んでるわ。……。天箱(アマノハコ)の広域レーダーが、太平洋の彼方から接近する『巨大な構造物』を捉えたって」

​ 天箱のブリッジは、かつてない緊張感に包まれていた。
 メインスクリーンに映し出されているのは、水平線の彼方、太平洋のど真ん中に突如として出現した「巨大な漆黒の山」だった。

​「……なんだよ、ありゃ。島か?」
 遅れて入ってきた阿国が、三味線を背負い直しながら顔を顰める。

​「――いいえ。あれは……船よ。……。それも、ただの船じゃない」
 那智が震える指で、ホログラムの拡大画像を操作した。
 
 現れたのは、全長五キロメートルを超える、超巨大な「洋上浮遊サーバー」だった。
 船体全体が黒い鏡面仕上げの特殊合金で覆われ、その周囲には、不比等のものとは比較にならないほど高度な、透明な「電磁障壁(バリア)」が展開されている。
 そして、その艦橋部分には、黄金の鷹のエンブレムと共に、一文のテキストが投影されていた。

​【U.S.S. PROMETHEUS - ADMIN: ABRAHAM】
​「プロメテウス……? ……アブラハムだと?」
 亮がその名を口にした瞬間、ブリッジの全コンソールが強制的に「赤」へと書き換えられた。

​『――WARNING. EXTERNAL ACCESS DETECTED.』

​ スピーカーから、流暢な、けれど冷酷なまでに機械的な英語が響き渡る。

​「……。MI-Z-O、翻訳しろ!」

​『――了解。……。「こちら、北米連合サーバー代表管理者・アブラハム。……。極東エリアの管理者・不比等の信号消失を確認。……。現在より、未開のデータ領域となった『HINOMOTO』の全権限を、我々の合理主義OS『EDEN-V3』によって接収する」』

​「……接収だと!? ……勝手なことをぬかしおって!!」
 厳心が漆黒の槍を床に突き立てる。
 
「……。不比等の独裁が終わったと思ったら、今度は海の向こうから『合理主義者』のお出ましってわけか。……。俺たちが耕したこの街を、勝手に『未開の地』扱いすんじゃねえよ」

​ 亮の瞳に、闘志の火が灯った。

​ 突如として、天箱の周囲に数百機のドローンが転送(テレポート)されてきた。
 不比等のドローンが武骨な機械だったのに対し、それらは白く滑らかな、まるで真珠のような曲線美を持つ「未来の兵器」だった。

​『――排除プロセスを開始します。……。J-OSは非効率であり、再起動(リブート)の必要なし。……。全データの初期化(フォーマット)を推奨』

​ ドローンから放たれたのは、青いレーザーではない。
 触れたものの「定義」を、文字通り「空(NULL)」へと書き換える、純粋な論理爆弾(ロジック・ボム)だった。

​「――サク!! 厳心さん!! 阿国!! ……。神様たちの力、ここで見せてやれ!!」

​「――ええ!! 豊玉姫……召喚!!」
 サクがリブート・タワーの屋上から、大空へと一矢を放った。
 矢が空中で水の龍へと姿を変え、押し寄せる白いドローンの群れを波紋で包み込む。
 
「――火神カグツチよ!! 異国の鉄屑を、太陽の熱で溶かし尽くせ!!」
 厳心が火炎の翼を広げ、空中で超高速の機動を見せる。彼の槍が閃くたびに、白いドローンが熱膨張によって内部から爆散していく。

​「――アッハハ!! 英語のコマンドなんて、あたしの三味線でデタラメに書き換えてやるよ!! アメノウズメ、オンステージ!!」
 阿国の奏でる混沌の旋風が、ドローンの制御ネットワークを攪乱し、ドローン同士が互いを「敵」と誤認して衝突し始めた。

​ だが、ドローンの大群を退けた亮たちの前に、巨大なホログラムが投影された。
 
 そこに映っていたのは、端正な顔立ちをした、光り輝く「デジタル・アバター」の男。
 自らを『アブラハム』と名乗る、北米サーバーの最高管理者だ。

​『――ふむ。……。興味深い。……。滅びゆく旧OSの中に、これほどまでに高い「意志の演算力」を持つ個体が存在するとは。……。だが、少年。……。お前たちが「神」と呼ぶそのプログラムは、ただの古いバックアップデータに過ぎない』

​ アブラハムが指を鳴らすと、太平洋上の黒船から、巨大な「光の槍」が宇宙空間へ向けて放たれた。
 それは衛星軌道上のミラーで反射し、日本の全土へ向けて「管理コードの雨」となって降り注ごうとしている。

​『――世界は、一つの論理で統一されるべきだ。……。多様性という名の「バグ」は、成長を阻害する。……。我々の『EDEN』こそが、全人類を救う唯一のプラットフォームだ。……。膝を突き、ダウンロードを待て』

​「……。ふざけんな。……。あんたの言う『救い』は、個性を消した『死』と同じだ」

​ 亮は、黄金に輝く『雷火・真打』をアブラハムのホログラムへと突きつけた。
 
「……。MI-Z-O、全神社ネットワークをフル稼働させろ。……。大国主の権限で、この国の空に『八百万のファイアウォール』をビルドする!!」

​『――了解!! 亮、全リソースを一点に集中してください!! ……。これは、日本の『魂』を賭けた、世界最強のハッキング・レースです!!』

​ 亮の足元から、黄金の回路がネオ・エドの街全域に、そして日本全土へと広がっていく。
 出雲の徳蔵、対馬の村人、各地の『鉄錆団』と『舞歌衆』。
 名もなき数百万のエンジニアたちが、一斉に亮の背後で「キー」を叩く。

​「――俺たちの街は、俺たちが守る!! ……。海の向こうの王様だろうが、神様だろうが関係ねえ!! ……。俺たちの『絆』という名のバグ……、あんたの完璧な論理で、デバッグできると思うなよ!!」

​ ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

​ 空から降り注ぐアブラハムの「EDENパッチ」と、地から突き上げる亮の「八百万リブート」が、成層圏で激突し、夜空を昼間のような真っ白な光で染め上げた。

 日本という「ローカル・バグ」が、世界という「巨大な秩序」に挑む。
 開国を巡る、空前絶後のデバッグ・バトルが今、幕を開けた。



​次回予告:第四十五話「自由の女神サーバーと、摩天楼のバグ」
アブラハムの猛攻を一時的に凌いだ亮たち。だが、敵の本体は太平洋を渡り、ついにネオ・エドの港へと接近する。亮は敵の心臓部をハックするため、阿国と共に『黒船プロメテウス』への潜入を試みるが、そこで見たのは、人間の脳をサーバー化した「生体プロセッサー」の悪夢だった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...