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第二章:出雲・八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編
第四十五話:自由の女神サーバーと、摩天楼のバグ
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ネオ・エドの港を、かつてない濃霧が覆い尽くしていた。
それは自然の気象現象ではない。北米連合サーバー『プロメテウス』から散布された、極小のナノ・マシンによる**「環境書き換えパッチ(テラフォーミング・ミスト)」**だ。
霧に触れたネオ・エドの木々は、瞬く間に無機質な「銀色の多面体」へと結晶化し、街の情緒ある石畳は、均一な「灰色のグリッド」へと上書きされていく。
「……。これが、あいつらの言う『救済』か。……。個性を消して、すべてを同じ形に整形しやがる」
亮は、霧の中から現れる異形の軍勢を見据えていた。
それは、白一色の流線型の甲冑に身を包んだ、天使の翼を持つ兵士たち――【電子天使(サイバー・エンジェル):セラフィム・ユニット】。
彼らの頭上には、日本神話の円環(輪)とは異なる、鋭角な「光の三角」が浮かんでいる。
『――不確定要素(カオス)の排除を開始。……。八百万の多神論は、システムを不安定にさせる重篤なバグです。……。唯一無二の理(ロゴス)に従い、初期化(フォーマット)されなさい』
先頭に立つ巨大な天使が、光の長剣を振り上げた。
その瞬間、ネオ・エドの神社ネットワーク――大国主のブースターが、激しい不協和音を上げて火花を散らした。
「――っ、亮!! 神社からの信号(パルス)が、外来種のコードに『汚染』されてるわ!!」
サクが叫びながら、背中の『三箭の鳴鏑』を引き抜いた。だが、霧の影響で、因果律を読み取る豊玉姫の力が霧散し、未来の軌道がノイズに消えていく。
「……。MI-Z-O、外来種のコードに干渉されるな。……。日本書紀の『神代(かみよ)』のログを、物理メモリに直接展開(ロード)しろ!!」
『――了解!! 亮、全神社ノードを一時切断。……。代わりに、あなたたち四人の『魂の回路』だけで、神々を直接顕現させます!! ……。負荷が大きすぎますが、これしかありません!!』
亮、サク、厳心、阿国の四人が、互いに背中を合わせた。
「――大国主よ!! 地を均し、この侵略者の足を泥に沈めろ!! 『神代・国譲り(くにゆずり)の拒絶』!!」
亮が神器『雷火・真打』を地面に突き立てた。
黄金の光が炸裂し、エデン・プロトコルによって整形された灰色のグリッドが、力強く「耕された土」へと先祖返りしていく。天使たちの足元が泥濘と化し、その高速移動を封じた。
「――豊玉姫!! 海の深淵より、この穢れた霧を洗い流す清流を!! 『神代・潮満珠(しおみつたま)』!!」
サクの放った矢が、巨大な「水の渦」を巻き起こす。それは日本神話において潮の干満を司った霊宝の力をコード化したもの。渦はナノマシンの霧を飲み込み、ネオ・エドの空に再び青空を無理やりレンダリングした。
「――カグツチよ!! 異神の翼を、不浄を焼く炎で包め!! 『神代・黄泉戸喫(よもつへぐい)の業火』!!」
厳心が炎の翼を羽ばたかせ、空中へと舞い上がる。彼の槍が天使の盾に触れると、その「完璧な防御」の論理を、古の火の神が放つ「原始の熱」が強引に融解させた。
「――アメノウズメ!! この静かすぎる世界を、笑いと歌でバグらせちまえ!! 『神代・天岩戸(あまのいわと)・ディスコ』!!」
阿国の三味線が、かつて太陽神を洞窟から引きずり出した「狂乱のリズム」を爆音で奏でた。天使たちの無機質な思考回路に「笑い」という名の致命的なノイズが混入し、彼らは空中で足並みを乱し、墜落し始めた。
地上での乱戦の中、亮は阿国と視線を交わした。
「……。阿国、隙を見てあの黒船(プロメテウス)の内部に入るぞ。……。外側をどれだけ叩いても、アブラハムの『親(ルート)権限』を止めなきゃ、街は上書きされ続ける」
「ハッ! 任せな!! 幽霊船への片道切符、あたしが切ってやるよ!!」
阿国が三味線で「空間のひずみ」を強制的にこじ開けた。
亮と阿国は、光の粒子となってプロメテウスのデッキへとダイブした。
そこは、外部の霧以上に「無機質」な世界だった。
壁面には無数のディスプレイが並び、そこには世界中の人間が「管理」され、どれだけのカロリーを消費し、どれだけの効率で働いているかが、膨大なグラフとして流れている。
「……。これが、あいつらの『自由』の正体か。……。全人類を数字に変えて、最適化する。……。神話も物語も、非効率だからと削ぎ落とした、抜け殻の世界だ」
亮が通路を進むと、そこには巨大な透明な円筒(ポッド)が立ち並ぶ広間に辿り着いた。
ポッドの中には、人間の脳が直接サーバーと直結され、その神経細胞が「生体プロセッサー」として点滅し続けていた。
『――ようこそ、東洋のエンジニア諸君』
広間の中心、ホログラムではない「実体」としてのアブラハムがそこにいた。
彼は、かつて日本神話で神々が纏った勾玉や装束を、皮肉にも「デジタル・パーツ」として身に纏っていた。
『日本神話……。イザナギ、イザナミ……。それらは優れた管理プログラム(OS)だった。……。だが、彼らは「感情」というバグを許容しすぎた。……。私は、そのバグを取り除き、純粋な『神の論理』へと回帰させるだけだ』
「……。アブラハム。あんたが壊そうとしているのは、バグじゃねえ。……。人間が数千年もかけてビルドしてきた、生きるための『温もり』だ!!」
亮が『雷火・真打』を構えた。
対するアブラハムは、背後に浮かぶ**【自由の女神サーバー:リバティ・アイ】**を起動させた。
巨大な女神の像が、プロメテウスの内部にホログラムとして巨大化し、その手にする松明から、全データを焼き尽くす「絶対正義の光」を放つ。
「――大国主!! 出番だ!! この冷てえ鉄の船を、土に還してやる!!」
亮の背後に出雲の主、大国主が顕現した。
大国主がその巨大な腕で、女神の松明を真っ向から受け止める。
「――MI-Z-O!! 全パッチを『共生』へ振り切れ!! ……。あいつの論理(コード)を消すんじゃねえ、俺たちの神話の中に『取り込んで』、和え(あえ)ちまえ!!」
亮が狙ったのは、敵の破壊ではなく、**「包摂(インクルージョン)」**だった。
日本神話の神々が、外来の文化を飲み込み、自分たちの形に変えてきたように、亮はアブラハムの冷徹なコードを、温かい八百万の物語の一部へと強制的に「翻訳」し始めた。
「……な、……何を!? 私のコードが……『感情のノイズ』で汚染されていく……!? バカな、論理が……論理が歌い始めたとでもいうのか!!」
「――そうだよ、王様!! 出雲の鉄も、北米のチップも、叩けば響く『魂』があるんだよ!!」
阿国の三味線が、アブラハムの「完璧な沈黙」を、爆笑と喝采のメロディで上書きしていく。
プロメテウスの深層サーバーが、過負荷(オーバーロード)で火花を散らす。
アブラハムの絶対的な支配力が崩れ、ネオ・エドを覆っていた霧が、黄金の雨となって降り注ぎ始めた。
だが、アブラハムは爆煙の中で、不敵な笑みを浮かべていた。
『……。フフフ、……。少年よ。……。日本を救ったつもりか? ……。だが、我々はまだ「第一陣」に過ぎない。……。今、世界中のサーバーが、不比等が遺した「真の設計図(イザナギ・プラン)」を巡って、日本へと照準を合わせている……。お前たちは、世界中の『神々』を相手に、この島を守り切れるかな?』
アブラハムの体は光の粒子となって消えた。プロメテウスの巨体は、霧と共に水平線の彼方へと撤退していく。
亮は、タワーの屋上で待つサクと厳心、そして街の人々の元へ戻った。
空には、かつての日本神話で見たような、美しい「虹(天浮橋:あめのうきはし)」が架かっていた。
「……。世界中の神々、か。……。面白えじゃねえか」
亮は、傷ついた『雷火』を肩に担ぎ、再び昇る朝日を見つめた。
「……。地獄を耕し、神をデバッグし、次は世界をリブートする。……。エンジニアの仕事は、まだまだ終わらねえな」
ネオ・エドの朝。
日本神話と現代技術が交錯するこの地で、亮たちの物語はついに**「ワールド・フェーズ」**へと突入した。
次回予告:第四十六話 「猿田彦の導きと、伊勢の光壁(ファイアウォール)」
それは自然の気象現象ではない。北米連合サーバー『プロメテウス』から散布された、極小のナノ・マシンによる**「環境書き換えパッチ(テラフォーミング・ミスト)」**だ。
霧に触れたネオ・エドの木々は、瞬く間に無機質な「銀色の多面体」へと結晶化し、街の情緒ある石畳は、均一な「灰色のグリッド」へと上書きされていく。
「……。これが、あいつらの言う『救済』か。……。個性を消して、すべてを同じ形に整形しやがる」
亮は、霧の中から現れる異形の軍勢を見据えていた。
それは、白一色の流線型の甲冑に身を包んだ、天使の翼を持つ兵士たち――【電子天使(サイバー・エンジェル):セラフィム・ユニット】。
彼らの頭上には、日本神話の円環(輪)とは異なる、鋭角な「光の三角」が浮かんでいる。
『――不確定要素(カオス)の排除を開始。……。八百万の多神論は、システムを不安定にさせる重篤なバグです。……。唯一無二の理(ロゴス)に従い、初期化(フォーマット)されなさい』
先頭に立つ巨大な天使が、光の長剣を振り上げた。
その瞬間、ネオ・エドの神社ネットワーク――大国主のブースターが、激しい不協和音を上げて火花を散らした。
「――っ、亮!! 神社からの信号(パルス)が、外来種のコードに『汚染』されてるわ!!」
サクが叫びながら、背中の『三箭の鳴鏑』を引き抜いた。だが、霧の影響で、因果律を読み取る豊玉姫の力が霧散し、未来の軌道がノイズに消えていく。
「……。MI-Z-O、外来種のコードに干渉されるな。……。日本書紀の『神代(かみよ)』のログを、物理メモリに直接展開(ロード)しろ!!」
『――了解!! 亮、全神社ノードを一時切断。……。代わりに、あなたたち四人の『魂の回路』だけで、神々を直接顕現させます!! ……。負荷が大きすぎますが、これしかありません!!』
亮、サク、厳心、阿国の四人が、互いに背中を合わせた。
「――大国主よ!! 地を均し、この侵略者の足を泥に沈めろ!! 『神代・国譲り(くにゆずり)の拒絶』!!」
亮が神器『雷火・真打』を地面に突き立てた。
黄金の光が炸裂し、エデン・プロトコルによって整形された灰色のグリッドが、力強く「耕された土」へと先祖返りしていく。天使たちの足元が泥濘と化し、その高速移動を封じた。
「――豊玉姫!! 海の深淵より、この穢れた霧を洗い流す清流を!! 『神代・潮満珠(しおみつたま)』!!」
サクの放った矢が、巨大な「水の渦」を巻き起こす。それは日本神話において潮の干満を司った霊宝の力をコード化したもの。渦はナノマシンの霧を飲み込み、ネオ・エドの空に再び青空を無理やりレンダリングした。
「――カグツチよ!! 異神の翼を、不浄を焼く炎で包め!! 『神代・黄泉戸喫(よもつへぐい)の業火』!!」
厳心が炎の翼を羽ばたかせ、空中へと舞い上がる。彼の槍が天使の盾に触れると、その「完璧な防御」の論理を、古の火の神が放つ「原始の熱」が強引に融解させた。
「――アメノウズメ!! この静かすぎる世界を、笑いと歌でバグらせちまえ!! 『神代・天岩戸(あまのいわと)・ディスコ』!!」
阿国の三味線が、かつて太陽神を洞窟から引きずり出した「狂乱のリズム」を爆音で奏でた。天使たちの無機質な思考回路に「笑い」という名の致命的なノイズが混入し、彼らは空中で足並みを乱し、墜落し始めた。
地上での乱戦の中、亮は阿国と視線を交わした。
「……。阿国、隙を見てあの黒船(プロメテウス)の内部に入るぞ。……。外側をどれだけ叩いても、アブラハムの『親(ルート)権限』を止めなきゃ、街は上書きされ続ける」
「ハッ! 任せな!! 幽霊船への片道切符、あたしが切ってやるよ!!」
阿国が三味線で「空間のひずみ」を強制的にこじ開けた。
亮と阿国は、光の粒子となってプロメテウスのデッキへとダイブした。
そこは、外部の霧以上に「無機質」な世界だった。
壁面には無数のディスプレイが並び、そこには世界中の人間が「管理」され、どれだけのカロリーを消費し、どれだけの効率で働いているかが、膨大なグラフとして流れている。
「……。これが、あいつらの『自由』の正体か。……。全人類を数字に変えて、最適化する。……。神話も物語も、非効率だからと削ぎ落とした、抜け殻の世界だ」
亮が通路を進むと、そこには巨大な透明な円筒(ポッド)が立ち並ぶ広間に辿り着いた。
ポッドの中には、人間の脳が直接サーバーと直結され、その神経細胞が「生体プロセッサー」として点滅し続けていた。
『――ようこそ、東洋のエンジニア諸君』
広間の中心、ホログラムではない「実体」としてのアブラハムがそこにいた。
彼は、かつて日本神話で神々が纏った勾玉や装束を、皮肉にも「デジタル・パーツ」として身に纏っていた。
『日本神話……。イザナギ、イザナミ……。それらは優れた管理プログラム(OS)だった。……。だが、彼らは「感情」というバグを許容しすぎた。……。私は、そのバグを取り除き、純粋な『神の論理』へと回帰させるだけだ』
「……。アブラハム。あんたが壊そうとしているのは、バグじゃねえ。……。人間が数千年もかけてビルドしてきた、生きるための『温もり』だ!!」
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対するアブラハムは、背後に浮かぶ**【自由の女神サーバー:リバティ・アイ】**を起動させた。
巨大な女神の像が、プロメテウスの内部にホログラムとして巨大化し、その手にする松明から、全データを焼き尽くす「絶対正義の光」を放つ。
「――大国主!! 出番だ!! この冷てえ鉄の船を、土に還してやる!!」
亮の背後に出雲の主、大国主が顕現した。
大国主がその巨大な腕で、女神の松明を真っ向から受け止める。
「――MI-Z-O!! 全パッチを『共生』へ振り切れ!! ……。あいつの論理(コード)を消すんじゃねえ、俺たちの神話の中に『取り込んで』、和え(あえ)ちまえ!!」
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日本神話の神々が、外来の文化を飲み込み、自分たちの形に変えてきたように、亮はアブラハムの冷徹なコードを、温かい八百万の物語の一部へと強制的に「翻訳」し始めた。
「……な、……何を!? 私のコードが……『感情のノイズ』で汚染されていく……!? バカな、論理が……論理が歌い始めたとでもいうのか!!」
「――そうだよ、王様!! 出雲の鉄も、北米のチップも、叩けば響く『魂』があるんだよ!!」
阿国の三味線が、アブラハムの「完璧な沈黙」を、爆笑と喝采のメロディで上書きしていく。
プロメテウスの深層サーバーが、過負荷(オーバーロード)で火花を散らす。
アブラハムの絶対的な支配力が崩れ、ネオ・エドを覆っていた霧が、黄金の雨となって降り注ぎ始めた。
だが、アブラハムは爆煙の中で、不敵な笑みを浮かべていた。
『……。フフフ、……。少年よ。……。日本を救ったつもりか? ……。だが、我々はまだ「第一陣」に過ぎない。……。今、世界中のサーバーが、不比等が遺した「真の設計図(イザナギ・プラン)」を巡って、日本へと照準を合わせている……。お前たちは、世界中の『神々』を相手に、この島を守り切れるかな?』
アブラハムの体は光の粒子となって消えた。プロメテウスの巨体は、霧と共に水平線の彼方へと撤退していく。
亮は、タワーの屋上で待つサクと厳心、そして街の人々の元へ戻った。
空には、かつての日本神話で見たような、美しい「虹(天浮橋:あめのうきはし)」が架かっていた。
「……。世界中の神々、か。……。面白えじゃねえか」
亮は、傷ついた『雷火』を肩に担ぎ、再び昇る朝日を見つめた。
「……。地獄を耕し、神をデバッグし、次は世界をリブートする。……。エンジニアの仕事は、まだまだ終わらねえな」
ネオ・エドの朝。
日本神話と現代技術が交錯するこの地で、亮たちの物語はついに**「ワールド・フェーズ」**へと突入した。
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