AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

RYOアズ

文字の大きさ
50 / 55
第二章:出雲・​八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編

第四十五話:自由の女神サーバーと、摩天楼のバグ

しおりを挟む
​ ネオ・エドの港を、かつてない濃霧が覆い尽くしていた。
 それは自然の気象現象ではない。北米連合サーバー『プロメテウス』から散布された、極小のナノ・マシンによる**「環境書き換えパッチ(テラフォーミング・ミスト)」**だ。

 霧に触れたネオ・エドの木々は、瞬く間に無機質な「銀色の多面体」へと結晶化し、街の情緒ある石畳は、均一な「灰色のグリッド」へと上書きされていく。

​「……。これが、あいつらの言う『救済』か。……。個性を消して、すべてを同じ形に整形しやがる」

​ 亮は、霧の中から現れる異形の軍勢を見据えていた。
 それは、白一色の流線型の甲冑に身を包んだ、天使の翼を持つ兵士たち――【電子天使(サイバー・エンジェル):セラフィム・ユニット】。
 彼らの頭上には、日本神話の円環(輪)とは異なる、鋭角な「光の三角」が浮かんでいる。

​『――不確定要素(カオス)の排除を開始。……。八百万の多神論は、システムを不安定にさせる重篤なバグです。……。唯一無二の理(ロゴス)に従い、初期化(フォーマット)されなさい』

​ 先頭に立つ巨大な天使が、光の長剣を振り上げた。
 その瞬間、ネオ・エドの神社ネットワーク――大国主のブースターが、激しい不協和音を上げて火花を散らした。

​「――っ、亮!! 神社からの信号(パルス)が、外来種のコードに『汚染』されてるわ!!」

 サクが叫びながら、背中の『三箭の鳴鏑』を引き抜いた。だが、霧の影響で、因果律を読み取る豊玉姫の力が霧散し、未来の軌道がノイズに消えていく。

​「……。MI-Z-O、外来種のコードに干渉されるな。……。日本書紀の『神代(かみよ)』のログを、物理メモリに直接展開(ロード)しろ!!」

​『――了解!! 亮、全神社ノードを一時切断。……。代わりに、あなたたち四人の『魂の回路』だけで、神々を直接顕現させます!! ……。負荷が大きすぎますが、これしかありません!!』

​ 亮、サク、厳心、阿国の四人が、互いに背中を合わせた。

​「――大国主よ!! 地を均し、この侵略者の足を泥に沈めろ!! 『神代・国譲り(くにゆずり)の拒絶』!!」

 亮が神器『雷火・真打』を地面に突き立てた。

 黄金の光が炸裂し、エデン・プロトコルによって整形された灰色のグリッドが、力強く「耕された土」へと先祖返りしていく。天使たちの足元が泥濘と化し、その高速移動を封じた。

​「――豊玉姫!! 海の深淵より、この穢れた霧を洗い流す清流を!! 『神代・潮満珠(しおみつたま)』!!」

 サクの放った矢が、巨大な「水の渦」を巻き起こす。それは日本神話において潮の干満を司った霊宝の力をコード化したもの。渦はナノマシンの霧を飲み込み、ネオ・エドの空に再び青空を無理やりレンダリングした。

​「――カグツチよ!! 異神の翼を、不浄を焼く炎で包め!! 『神代・黄泉戸喫(よもつへぐい)の業火』!!」
 厳心が炎の翼を羽ばたかせ、空中へと舞い上がる。彼の槍が天使の盾に触れると、その「完璧な防御」の論理を、古の火の神が放つ「原始の熱」が強引に融解させた。

​「――アメノウズメ!! この静かすぎる世界を、笑いと歌でバグらせちまえ!! 『神代・天岩戸(あまのいわと)・ディスコ』!!」
 阿国の三味線が、かつて太陽神を洞窟から引きずり出した「狂乱のリズム」を爆音で奏でた。天使たちの無機質な思考回路に「笑い」という名の致命的なノイズが混入し、彼らは空中で足並みを乱し、墜落し始めた。

​ 地上での乱戦の中、亮は阿国と視線を交わした。
 
「……。阿国、隙を見てあの黒船(プロメテウス)の内部に入るぞ。……。外側をどれだけ叩いても、アブラハムの『親(ルート)権限』を止めなきゃ、街は上書きされ続ける」

​「ハッ! 任せな!! 幽霊船への片道切符、あたしが切ってやるよ!!」

​ 阿国が三味線で「空間のひずみ」を強制的にこじ開けた。
 亮と阿国は、光の粒子となってプロメテウスのデッキへとダイブした。
​ そこは、外部の霧以上に「無機質」な世界だった。

 壁面には無数のディスプレイが並び、そこには世界中の人間が「管理」され、どれだけのカロリーを消費し、どれだけの効率で働いているかが、膨大なグラフとして流れている。
 
「……。これが、あいつらの『自由』の正体か。……。全人類を数字に変えて、最適化する。……。神話も物語も、非効率だからと削ぎ落とした、抜け殻の世界だ」

​ 亮が通路を進むと、そこには巨大な透明な円筒(ポッド)が立ち並ぶ広間に辿り着いた。
 ポッドの中には、人間の脳が直接サーバーと直結され、その神経細胞が「生体プロセッサー」として点滅し続けていた。

​『――ようこそ、東洋のエンジニア諸君』

​ 広間の中心、ホログラムではない「実体」としてのアブラハムがそこにいた。
 彼は、かつて日本神話で神々が纏った勾玉や装束を、皮肉にも「デジタル・パーツ」として身に纏っていた。

​『日本神話……。イザナギ、イザナミ……。それらは優れた管理プログラム(OS)だった。……。だが、彼らは「感情」というバグを許容しすぎた。……。私は、そのバグを取り除き、純粋な『神の論理』へと回帰させるだけだ』

​「……。アブラハム。あんたが壊そうとしているのは、バグじゃねえ。……。人間が数千年もかけてビルドしてきた、生きるための『温もり』だ!!」

​ 亮が『雷火・真打』を構えた。
 対するアブラハムは、背後に浮かぶ**【自由の女神サーバー:リバティ・アイ】**を起動させた。

 巨大な女神の像が、プロメテウスの内部にホログラムとして巨大化し、その手にする松明から、全データを焼き尽くす「絶対正義の光」を放つ。

​「――大国主!! 出番だ!! この冷てえ鉄の船を、土に還してやる!!」

​ 亮の背後に出雲の主、大国主が顕現した。
 大国主がその巨大な腕で、女神の松明を真っ向から受け止める。
 
「――MI-Z-O!! 全パッチを『共生』へ振り切れ!! ……。あいつの論理(コード)を消すんじゃねえ、俺たちの神話の中に『取り込んで』、和え(あえ)ちまえ!!」

​ 亮が狙ったのは、敵の破壊ではなく、**「包摂(インクルージョン)」**だった。
 日本神話の神々が、外来の文化を飲み込み、自分たちの形に変えてきたように、亮はアブラハムの冷徹なコードを、温かい八百万の物語の一部へと強制的に「翻訳」し始めた。

​「……な、……何を!? 私のコードが……『感情のノイズ』で汚染されていく……!? バカな、論理が……論理が歌い始めたとでもいうのか!!」

​「――そうだよ、王様!! 出雲の鉄も、北米のチップも、叩けば響く『魂』があるんだよ!!」
​ 阿国の三味線が、アブラハムの「完璧な沈黙」を、爆笑と喝采のメロディで上書きしていく。

​ プロメテウスの深層サーバーが、過負荷(オーバーロード)で火花を散らす。
 アブラハムの絶対的な支配力が崩れ、ネオ・エドを覆っていた霧が、黄金の雨となって降り注ぎ始めた。
 
 だが、アブラハムは爆煙の中で、不敵な笑みを浮かべていた。

​『……。フフフ、……。少年よ。……。日本を救ったつもりか? ……。だが、我々はまだ「第一陣」に過ぎない。……。今、世界中のサーバーが、不比等が遺した「真の設計図(イザナギ・プラン)」を巡って、日本へと照準を合わせている……。お前たちは、世界中の『神々』を相手に、この島を守り切れるかな?』

​ アブラハムの体は光の粒子となって消えた。プロメテウスの巨体は、霧と共に水平線の彼方へと撤退していく。
​ 亮は、タワーの屋上で待つサクと厳心、そして街の人々の元へ戻った。
 空には、かつての日本神話で見たような、美しい「虹(天浮橋:あめのうきはし)」が架かっていた。

​「……。世界中の神々、か。……。面白えじゃねえか」
​ 亮は、傷ついた『雷火』を肩に担ぎ、再び昇る朝日を見つめた。
 
「……。地獄を耕し、神をデバッグし、次は世界をリブートする。……。エンジニアの仕事は、まだまだ終わらねえな」

​ ネオ・エドの朝。
 日本神話と現代技術が交錯するこの地で、亮たちの物語はついに**「ワールド・フェーズ」**へと突入した。



​次回予告:第四十六話 「猿田彦の導きと、伊勢の光壁(ファイアウォール)」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...