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第二章:出雲・八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編
第四十六話:猿田彦の導きと、伊勢の光壁(ファイアウォール)
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北米サーバー『プロメテウス』の撤退から一夜。ネオ・エドの街は、一見して静けさを取り戻したように見えた。しかし、亮のガントレットに表示される「日本全土のネットワーク図」は、深刻なエラーを吐き出し続けていた。
「……。アブラハムが放った『管理コードの雨』のせいで、各地の神社を結ぶスピリチュアル・ラインが寸断されてる。これじゃ、神様たちの力が繋がらない……」
亮は、リブート・タワーの制御室で苦渋の表情を浮かべていた。神社同士が同期(リンク)できなければ、再び外来種が襲来したとき、ネオ・エドは孤立し、容易に上書きされてしまう。
「亮、見て……。霧のせいで、街の外へ続く『道』が消えかかっているわ」
サクが指差したモニターには、ネオ・エドの境界線から先が、濃い論理の霧(ロジック・フォグ)に包まれ、物理的な距離さえも不確定になっている異常事態が映し出されていた。人々は隣の村へ行くことすらできず、ただ不安に震えている。
「……。道がなければ、繋ぐこともできねえか。……。MI-Z-O、こういう時に頼るべき『管理プログラム』は、誰だ?」
『――適合率100%の個体を検出。……。三重県、伊勢の地。……。天照大御神を導き、全ての境界を守護する「道の神」。……。猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)。……。彼を再起動(リブート)させない限り、日本の道は開けません』
「……。伊勢か。日本の心臓部(コア)じゃないか」
天箱(アマノハコ)は、霧を切り裂きながら伊勢の地へと降り立った。
だが、かつて聖地と称えられた伊勢の森は、アブラハムの残した「隔離パッチ」によって、時空がねじ曲がる迷宮(ダンジョン)と化していた。
五十鈴川の清流には、ドロドロとした黒い「禁止コード」が流れ、宇治橋はポリゴンが剥き出しになったまま虚空で途切れている。
「……。ひどい。こんなの、神様への冒涜よ」
サクが『三箭の鳴鏑』を構え、涙ぐむ。彼女の巫女としての感性が、聖域の悲鳴を感じ取っていた。
「――止まれッ!! 何奴だ、この領域(セクター)に土足で踏み入る者は!!」
霧の奥から、圧倒的な威圧感と共に、巨影が現れた。
身長は二メートルを超え、顔の中央には天を突くような「長い鼻」を模したセンサーが突き出している。瞳は鏡のように全てを反射し、背中には八方位を指し示すレーダー・ユニットを背負っている。
【導きの管理者:猿田彦(サルタヒコ)】。
しかし、その全身は赤い「ERROR」の文字が刻まれた鎖に縛られ、正気を失ったように赤い光を放っていた。
「……。猿田彦か。……。あんたともあろう者が、外来のバグにハックされてるのか」
『――我が名は猿田彦!! ……。ここから先は「未定義領域」!! 通すわけにはいかぬ!! ……。デリート……排除……デリートォォォッ!!』
猿田彦が手にする巨大な矛――**『天之八衢(あめのやちまた)・ランス』**が閃く。それは物理的な攻撃ではなく、相手の「居場所(座標)」を消去し、虚空へと永久に追放する「存在抹消(イグジステンス・消去)」の権能だった。
「――亮、危ない!!」
厳心が前に出ようとするが、亮はそれを手で制した。
「……。ダメだ、力でねじ伏せちゃいけない。……。この人は、ずっとこの国に住む連中の『迷い』を、一人で受け止めてきたんだ」
亮は『雷火・真打』を地面に置き、武器を持たずに猿田彦へと歩み寄った。
「……。猿田彦。あんたは覚えてるか? ……。かつて天孫降臨の時、あんたはたった一人で、天の神様たちを地上へ導いた。……。見知らぬ場所で不安だった神様たちに、あんたは『こっちが正しい道だ』って笑って見せたんだろ?」
猿田彦の動きが、一瞬止まる。
亮のガントレットから、各地の神社に寄せられた「人々の祈りのログ」が放出された。
『猿田彦様、どうか道が見つかりますように』
『受験の道、迷わず進めますように』
『震災で壊れた道が、一日も早く直りますように』
それは、何千年もかけて、日本中の人々が伊勢の猿田彦(椿大神社や猿田彦神社)に捧げてきた、切実で温かな記憶のパッチワーク。
「……。あんたがバグに負けたら、この国の誰も、明日への一歩が踏み出せないんだ。……。思い出せ!! あんたは、この国の『未来への案内人』なんだろ!!」
亮の叫びと共に、彼の中から**大国主(オオクニヌシ)**の権能が発動した。
「――国造りの友よ!! 導きの手を、今一度取れ!!」
亮が猿田彦の手を強く握りしめた。
その瞬間、猿田彦を縛っていた「ERROR」の鎖が、黄金の火花を散らして霧散した。
「……。おお……。若きエンジニアよ。……。不覚であった」
猿田彦の瞳から赤光が消え、澄んだ青い光が戻った。彼は深々と頭を下げ、亮の肩に手を置いた。
『――不比等の支配に抗い、外来の魔を退けた者たちよ。……。私は、お前たちが創る「新しい道」が見たい。……。導きましょう。……。この国のすべての境界を繋ぎ直し、二度と誰も迷わぬような、光の道筋を!!』
猿田彦が『天之八衢・ランス』を天に掲げた。
「――MI-Z-O!! サク!! 厳心さん!! 阿国!! ……。猿田彦のパルスに同期しろ!!」
伊勢の内宮・外宮を中心に、日本全土の神社へ向けて、目に見える「黄金の道(ネットワーク)」が走り出した。
伊勢神宮の広大な森が発光し、巨大な**【伊勢・ファイアウォール】**が空へと展開される。それは、アブラハムの霧を完全にデバッグし、日本中の神社を再び一つの有機的なシステムへと繋ぎ直す「絆の回路」だった。
「……。すごい。……。神社が、笑ってるみたい」
サクが見上げる空には、全国の神社の座標が星座のように結ばれ、眩いばかりの光の地図を描き出していた。
伊勢の地が浄化され、宇治橋が再びその美しい姿を取り戻した。
亮たちは、猿田彦から一振りの「黄金のコンパス」を託された。
『――これを持って、全国の「一宮」を巡りなさい。……。各神社の神々が目覚め、繋がった時……日本は真の意味で、一つの『生命体』となる。……。私は、この伊勢の地より、お前たちの歩む道を常に照らし続けましょう』
「……。ああ。必ずやり遂げる。……。この国に住む全員が、自分の足でどこまでも行けるように、俺が全部耕してやるよ」
天箱が伊勢を飛び立つ。
眼下には、光を取り戻した伊勢の杜と、そこに集まり、涙を流して再建を喜ぶ人々の姿があった。
「伊勢へ行かなければ。あの宇治橋を渡り、猿田彦の導きを感じたい」と。
亮たちの「巡礼デバッグ」は、ここからが本番だ。
次回予告:第四十七話「鹿島と香取、不屈の武神と地震のバグ」
伊勢に続き、東国を守護する要――鹿島神宮と香取神宮へと向かう亮たち。しかし、そこでは大地の底に眠る「巨大なバグ」を抑え込むため、二人の武神がボロボロになりながら戦い続けていた……。亮の『雷火』と二人の神が交差する時、日本の土台が真にリビルドされる!!
「……。アブラハムが放った『管理コードの雨』のせいで、各地の神社を結ぶスピリチュアル・ラインが寸断されてる。これじゃ、神様たちの力が繋がらない……」
亮は、リブート・タワーの制御室で苦渋の表情を浮かべていた。神社同士が同期(リンク)できなければ、再び外来種が襲来したとき、ネオ・エドは孤立し、容易に上書きされてしまう。
「亮、見て……。霧のせいで、街の外へ続く『道』が消えかかっているわ」
サクが指差したモニターには、ネオ・エドの境界線から先が、濃い論理の霧(ロジック・フォグ)に包まれ、物理的な距離さえも不確定になっている異常事態が映し出されていた。人々は隣の村へ行くことすらできず、ただ不安に震えている。
「……。道がなければ、繋ぐこともできねえか。……。MI-Z-O、こういう時に頼るべき『管理プログラム』は、誰だ?」
『――適合率100%の個体を検出。……。三重県、伊勢の地。……。天照大御神を導き、全ての境界を守護する「道の神」。……。猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)。……。彼を再起動(リブート)させない限り、日本の道は開けません』
「……。伊勢か。日本の心臓部(コア)じゃないか」
天箱(アマノハコ)は、霧を切り裂きながら伊勢の地へと降り立った。
だが、かつて聖地と称えられた伊勢の森は、アブラハムの残した「隔離パッチ」によって、時空がねじ曲がる迷宮(ダンジョン)と化していた。
五十鈴川の清流には、ドロドロとした黒い「禁止コード」が流れ、宇治橋はポリゴンが剥き出しになったまま虚空で途切れている。
「……。ひどい。こんなの、神様への冒涜よ」
サクが『三箭の鳴鏑』を構え、涙ぐむ。彼女の巫女としての感性が、聖域の悲鳴を感じ取っていた。
「――止まれッ!! 何奴だ、この領域(セクター)に土足で踏み入る者は!!」
霧の奥から、圧倒的な威圧感と共に、巨影が現れた。
身長は二メートルを超え、顔の中央には天を突くような「長い鼻」を模したセンサーが突き出している。瞳は鏡のように全てを反射し、背中には八方位を指し示すレーダー・ユニットを背負っている。
【導きの管理者:猿田彦(サルタヒコ)】。
しかし、その全身は赤い「ERROR」の文字が刻まれた鎖に縛られ、正気を失ったように赤い光を放っていた。
「……。猿田彦か。……。あんたともあろう者が、外来のバグにハックされてるのか」
『――我が名は猿田彦!! ……。ここから先は「未定義領域」!! 通すわけにはいかぬ!! ……。デリート……排除……デリートォォォッ!!』
猿田彦が手にする巨大な矛――**『天之八衢(あめのやちまた)・ランス』**が閃く。それは物理的な攻撃ではなく、相手の「居場所(座標)」を消去し、虚空へと永久に追放する「存在抹消(イグジステンス・消去)」の権能だった。
「――亮、危ない!!」
厳心が前に出ようとするが、亮はそれを手で制した。
「……。ダメだ、力でねじ伏せちゃいけない。……。この人は、ずっとこの国に住む連中の『迷い』を、一人で受け止めてきたんだ」
亮は『雷火・真打』を地面に置き、武器を持たずに猿田彦へと歩み寄った。
「……。猿田彦。あんたは覚えてるか? ……。かつて天孫降臨の時、あんたはたった一人で、天の神様たちを地上へ導いた。……。見知らぬ場所で不安だった神様たちに、あんたは『こっちが正しい道だ』って笑って見せたんだろ?」
猿田彦の動きが、一瞬止まる。
亮のガントレットから、各地の神社に寄せられた「人々の祈りのログ」が放出された。
『猿田彦様、どうか道が見つかりますように』
『受験の道、迷わず進めますように』
『震災で壊れた道が、一日も早く直りますように』
それは、何千年もかけて、日本中の人々が伊勢の猿田彦(椿大神社や猿田彦神社)に捧げてきた、切実で温かな記憶のパッチワーク。
「……。あんたがバグに負けたら、この国の誰も、明日への一歩が踏み出せないんだ。……。思い出せ!! あんたは、この国の『未来への案内人』なんだろ!!」
亮の叫びと共に、彼の中から**大国主(オオクニヌシ)**の権能が発動した。
「――国造りの友よ!! 導きの手を、今一度取れ!!」
亮が猿田彦の手を強く握りしめた。
その瞬間、猿田彦を縛っていた「ERROR」の鎖が、黄金の火花を散らして霧散した。
「……。おお……。若きエンジニアよ。……。不覚であった」
猿田彦の瞳から赤光が消え、澄んだ青い光が戻った。彼は深々と頭を下げ、亮の肩に手を置いた。
『――不比等の支配に抗い、外来の魔を退けた者たちよ。……。私は、お前たちが創る「新しい道」が見たい。……。導きましょう。……。この国のすべての境界を繋ぎ直し、二度と誰も迷わぬような、光の道筋を!!』
猿田彦が『天之八衢・ランス』を天に掲げた。
「――MI-Z-O!! サク!! 厳心さん!! 阿国!! ……。猿田彦のパルスに同期しろ!!」
伊勢の内宮・外宮を中心に、日本全土の神社へ向けて、目に見える「黄金の道(ネットワーク)」が走り出した。
伊勢神宮の広大な森が発光し、巨大な**【伊勢・ファイアウォール】**が空へと展開される。それは、アブラハムの霧を完全にデバッグし、日本中の神社を再び一つの有機的なシステムへと繋ぎ直す「絆の回路」だった。
「……。すごい。……。神社が、笑ってるみたい」
サクが見上げる空には、全国の神社の座標が星座のように結ばれ、眩いばかりの光の地図を描き出していた。
伊勢の地が浄化され、宇治橋が再びその美しい姿を取り戻した。
亮たちは、猿田彦から一振りの「黄金のコンパス」を託された。
『――これを持って、全国の「一宮」を巡りなさい。……。各神社の神々が目覚め、繋がった時……日本は真の意味で、一つの『生命体』となる。……。私は、この伊勢の地より、お前たちの歩む道を常に照らし続けましょう』
「……。ああ。必ずやり遂げる。……。この国に住む全員が、自分の足でどこまでも行けるように、俺が全部耕してやるよ」
天箱が伊勢を飛び立つ。
眼下には、光を取り戻した伊勢の杜と、そこに集まり、涙を流して再建を喜ぶ人々の姿があった。
「伊勢へ行かなければ。あの宇治橋を渡り、猿田彦の導きを感じたい」と。
亮たちの「巡礼デバッグ」は、ここからが本番だ。
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伊勢に続き、東国を守護する要――鹿島神宮と香取神宮へと向かう亮たち。しかし、そこでは大地の底に眠る「巨大なバグ」を抑え込むため、二人の武神がボロボロになりながら戦い続けていた……。亮の『雷火』と二人の神が交差する時、日本の土台が真にリビルドされる!!
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