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獣人の国編
獣人の国を目指して
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翌日。
工房の中央に据えられた試作装置の前で、バニッシュとグラドは並んで立っていた。
机の上には、昨日持ち帰ったばかりの精霊石――深い碧色の輝きが、室内の明かりを反射している。
「……こいつが、古代魔法の核を担う“媒体”だ」
「精霊召喚の理と制約を……か。三つの魔法理論の融合、その要だな」
バニッシュは精霊石を両手で持ち上げ、装置中央の台座へと慎重に嵌め込む。
刃物が鞘に収まるような感触とともに、精霊石は装置にぴたりと収まった。
「……さて、行くぞ」
「ああ、壊すなよ」
「そっちこそ」
二人は同時に操作盤へ手を伸ばし、魔力を流し込む。
低く唸る音とともに、装置の内部で複数の術式が回転を始めた。
やがて精霊石が淡い光を帯び、その輝きは呼吸のようにゆるやかに脈動する。
……数分後、光はゆっくりと弱まり、やがて完全に消える。
装置は静寂に包まれた。
一瞬の沈黙の後――
「……これなら、いけそうだな」
「ああ。多少の加工と調整は必要だが……悪くねぇ」
二人はにやりと顔を見合わせ、まるで少年のような笑みを交わした。
装置の光が完全に消え、工房に静けさが戻る。
バニッシュは装置から精霊石を外し、布で丁寧に包んで机に置いた。
「……加工と調整は後回しにして、次の課題に取りかかるか」
「ああ。今度は“魔族の魔法理論”の媒体だな」
グラドは作業台に肘をつき、顎に手を当てる。
その眉間には、精霊石の時とは違う深い皺が寄っていた。
「古代魔法は石や器具といった“形あるもの”を媒介にできるが……魔族の魔法は違う。魔素の流れを感情や環境によって直接展開する、形のない術だ」
「つまり、“物”として固定できない……」
バニッシュは装置の空いた枠を眺めながら呟く。
そこには何も嵌っていない――まるで存在しない何かを待ち望むかのように。
「感情を“物”に変換する……難題だな。精霊石みたいな核は存在しない」
「だが、媒介なしじゃ装置に組み込めん。感情も魔素も流動的すぎる。固定するには……」
グラドはしばし黙り込み、手元の図面に視線を落とす。
インクのしみが広がる中、荒削りな線で何度も描き直された円環の図形があった。
図面の上で指を組みながら、グラドが口を開く。
「……一つ案がある。魔素を循環させ、それを増幅させる仕組みはどうだ?」
バニッシュは眉をひそめ、しばし黙考する。
机の上で指先がリズムを刻み、やがて小さく頷いた。
「理論的には可能だろう。循環させれば消費は抑えられるし、増幅で出力も補える……だが――」
バニッシュは窓の外に広がる“魔の森”へと視線をやる。
夜の帳の向こう、濃い霧のような魔素が漂っている。
「この森は通常より魔素が濃い。だが、それでも継続的に使えばいずれ枯渇する。循環だけじゃ、限界が来る」
「……そうか。やはりそうなるか」
短く吐息をつき、グラドは再び図面へと目を落とす。
しばらくペン先で紙を叩いてから、口を開いた。
「となると……“心”の代わりになるものが必要になるな」
「心、か……感情の源を代替できる何か……」
二人は無言で考え込む。
グラドは図面の上に手を置き、ぼそりと漏らす。
「……やっぱり、この森の素材だけじゃ限界があるな」
「だが、“心”の代わりになるものなんて……他でもそう簡単に手に入らねぇだろ」
その言葉に、グラドは小さく首を横に振った。
「……獣人の国になら、もしかしたらあるかもしれねぇ」
「獣人の国?」
怪訝そうな顔で問い返すバニッシュに、グラドは腕を組みながら続ける。
「ああ。俺も詳しいことは知らんが……獣人の中には、“心理”を読み解く能力を持つ奴らがいるらしい」
「心理を……?」
興味を引かれ、身を乗り出すバニッシュ。
グラドは遠い記憶を探るように眉をひそめた。
「それは一部の獣人だけだ。確か……狐の獣人だったような気がする。感情や思考を魔素に変換する、不思議な術を使うって話だ」
その言葉を聞いた瞬間――バニッシュの脳裏に、艶やかな姿がよぎった。
エルフの里で出会った、花魁のような格好をした狐女の獣人。
緩やかに微笑みながらも、底の見えない金色の瞳でこちらを見透かしていたあの視線。
(……まさか、あいつが)
バニッシュは腕を組み、しばし黙ったあと口を開いた。
「……しかし、獣人の国に行くにしても、エルフの里から帰ったばかりだ。流石にリュシアとセレスティナには、これ以上無理はさせたくない」
その言葉に、グラドは顎に手を当てて小さく頷く。
「……確かにな」
短く考え込んだ後、グラドはぽんと手を叩いた。
「なら、今回は俺が一緒に行こう」
「お前が?」
意外そうな顔をするバニッシュに、グラドはにやりと笑う。
「ああ、まだまだ若い奴には負けんわ」
その豪快な言いぶりに苦笑を漏らすバニッシュだったが、ふと思い出したように尋ねる。
「……で、行くのはいいが、転移なしで行くのか?」
「それなら任せとけ」
自信満々な口調でそう言うと、グラドはバニッシュを工房の奥へ案内した。
扉を抜けると、そこには見慣れぬ巨大な装置が鎮座していた。
「……なんだこれは?」
「これはな、お前たちがエルフの里に向かうとき、セレスティナが使った転移魔法を俺なりに解析して作ったもんだ」
グラドは胸を張り、どこか少年のように誇らしげな顔を見せた。
装置の基盤には複雑な魔法陣と金属フレームが組み合わされ、中央には小さな魔鉱核が脈動している。
「……お前、本当に何者なんだよ」
「鍛冶師は道具だけじゃねぇ。使う者の道も切り開くもんだ」
その言葉に、バニッシュは思わず口元を緩めた。
バニッシュは怪訝そうに眉をひそめた。
「……解析って言っても、お前、俺たちがエルフの里から戻るまでの時間なんて、たかが知れてるだろ。大丈夫なのか?」
グラドはまるで気にも留めず、ニヤリと笑う。
「ま、細けぇことはいいんだよ。とりあえず試してみようぜ」
そう言って装置のスイッチを入れ、中央の魔法陣を淡く輝かせる。
「ほら、そこに立て。……よし、とりあえずあそこの木まで転移だ」
バニッシュは渋々、装置の真ん中に立った。
淡い光が足元からせり上がり、セレスティナが使っていた転移魔法とよく似た感覚に包まれる。
「おっ……これは」
そう思った瞬間――。
バシャンッ!
全身を包む温かな感触。水……いや、ぬるりとしたお湯だ。
慌てて顔を上げると、視界いっぱいに湯けむりが広がっていた。
そして――視線の先に、湯に浸かるリュシアとセレスティナの姿。
……女湯だった。
数秒間、時が止まる。
バニッシュの血の気は一瞬で引き、顔が引きつる。
「ま、まて、これには理由が――」
言い訳を始めようとしたその瞬間、
「変態ッ!!」
両頬に衝撃が走る。
左右から同時に放たれたリュシア&セレスティナの平手打ちは見事にシンクロし、バニッシュはそのまま湯船に沈んだ。
転移装置がお蔵入りとなった翌日。
まだ空気がひんやりと澄んだ作業場の奥で、バニッシュとグラドは広げた地図を囲んでいた。
分厚い羊皮紙には、森を抜けた先の街道、川沿いの集落、そして目的地である獣人の国の国境線が、細かく描かれている。
バニッシュが指先で道筋をなぞりながら、眉間に皺を寄せた。
「……エルフの里と違って、距離は大したことないな。三日もあれば着くだろう」
地図を覗き込んだグラドは、口の端を上げて頷く。
「ああ、道も比較的整ってる。山越えもねえしな。ただし、“心の代わりになるもの”を見つけられるかどうかは、行ってみないとわからんぞ」
「そうだな」
バニッシュは視線を地図から外し、少し考え込むような表情を浮かべた。
「……今回は、リュシアとセレスティナには伏せて行こう」
グラドはその意図をすぐに察し、豪快に笑う。
「ははっ、確かにな。あの二人の性格からして、“一緒に行く”って言い出しかねん」
話がまとまると、バニッシュは地図を丁寧に巻き取り、腰の革袋にしまう。ザイロとメイラに翌朝の早出を告げた。
薪を運び込んでいたザイロは、バニッシュの言葉を黙って聞き終えると、太い腕を組んで静かに頷く。
一方、台所で干し肉を切っていたメイラは、すぐに手を止めて笑顔を向けた。
「じゃあ、道中の食料は私に任せて」
そう言うと、彼女は手際よく干し肉と黒パン、干し野菜を詰めた保存袋をいくつも用意し始める。
バニッシュはその様子を見て、口元をわずかに緩めた。
同じ頃、グラドは自分の工房で、出発の準備に取りかかっていた。
壁際に吊るされた革袋や道具箱から、旅に必要な品を次々と引き抜いては、机の上に並べていく。
「テントよし、水袋よし、地図……っと。こっちはバニッシュに持たせるか」
ぶつぶつ呟きながら、彼は愛用の鉄槌を両手で確かめるように握り、重みと手触りを確かめてから腰のホルダーに収めた。
さらに小型の工具セット、油差し、火打石まできちんと用意するあたり、職人としての性分がにじみ出ている。
昼頃には、二人の荷は整っていた。
机の上には、革の背嚢、保存食の詰まった袋、折りたたみ式のテント、そして旅の必需品が整然と並んでいる。
外では、強い日差しが木漏れ日となって地面を照らし、遠くで鳥の鳴き声が響いていた。
夜も更け、焚き火の明かりが弱まり始めた頃。
工房での作業を終えたバニッシュは、机に広げた地図をもう一度手元へ引き寄せた。
指先で獣人の国までの道程をなぞり、曲がり角や川の位置を頭に入れる。
目を細め、心の中でおおよその所要時間を繰り返し確認すると、ゆっくりと地図を巻き取り、革紐で結わえた。
「……よし、準備は万全だな」
そう呟き、明日の早朝に備えて寝床に向かおうと立ち上がった、その時だった。
薄暗い廊下の奥、ランタンの明かりがゆらめく中から、足音もなく現れた影。
リュシアだった。
長い髪が夜の光を受けて揺れ、その瞳は鋭く、じっとこちらを射抜いてくる。
「どうしたんだ?」
突然の訪問に、バニッシュは足を止めた。
リュシアは腕を組み、じとりとした視線を向けたまま、ゆっくりと口を開く。
「あんた……私に内緒で、裏でこそこそ何かやってないでしょうね?」
その問いかけに、バニッシュは一瞬肩を強張らせたが、すぐに作り笑いを浮かべる。
「いやいや、何もやってないぞ。本当に」
しかし、リュシアの目は鋭いままだった。
じーっと睨みつけるように見つめ、バニッシュの視線の逃げ場を奪う。
その瞳には、「どうせ何か隠してるでしょ」と言いたげな光が宿っていた。
「……ふぅん。そう、ならいいわ」
あっさりと言い残し、リュシアはくるりと背を向ける。
そのまま長い髪を揺らしながら、自分の寝床へ向かって歩き去っていった。
廊下に一人残されたバニッシュは、ぽかんとその背中を見送る。
(……あれ? もっと突っ込んでくると思ったんだが)
予想外に引き下がったことに、妙な違和感を覚えながらも、バニッシュは首をひねりつつ自分の寝床へ戻っていった。
まだ夜明け前の冷たい空気が漂う拠点。
空はわずかに白み始めているが、住人たちはまだ深い眠りの中にあった。
バニッシュとグラドは物音を立てぬよう荷を背負い、工房裏からそっと歩き出す。
結界を抜けた瞬間、森の空気が一段と濃くなる。
魔素を含んだ湿った風が肌を撫で、草木が夜露を纏って微かに光っている。
バニッシュは足を止め、指先に魔力を込めて小さく呟く。
「導きの燈《ルミナ・ガイド》」
淡い光の粒が、彼の足元から立ち昇り、空中に点々と浮かび始める。
それらは一定の間隔を保ちながら森の奥へと伸び、まるで目に見える“帰り道”のように輝いていた。
「これで、帰るとき迷わずすむ」
「便利なもんだな……魔の森じゃなきゃ観光用に使えそうだ」
グラドが感心したように笑う。
魔の森は魔素の濃度が異常に高く、深い木々が昼間でも日差しを遮る。
方角感覚を狂わせる霧や幻影が現れることも珍しくないため、道しるべを残すのは必須だった。
ふたりは慎重に足を進めながら、森を抜ける道を選んでいく。
やがて木々が途切れ、視界が開けた。
足元に広がるのは、よく整備された街道。
硬く踏み固められた土の道がまっすぐ先へと伸び、遠くの丘陵地帯まで続いている。
バニッシュは荷物を背負い直し、深く息をついた。
「ここまでくれば、ひとまず安全だな」
「ああ。あとは獣人の国までまっすぐだ」
ふたりは一定のペースで街道を歩き続ける。
森の湿った空気から解放され、風が頬を撫でる心地よさに思わず肩の力が抜ける。
午前の陽光が少しずつ強まり、道端の草花を黄金色に照らし出していた。
半日ほど歩いた頃、バニッシュは先の地平を見やって口を開いた。
「この先に小さな村がある。今日はそこに泊まろう」
「そうだな。あまり無理しても体がもたん」
グラドは軽く笑いながら、肩に担いだ槌を揺らす。
こうして、ふたりは穏やかな街道を進みながら、村へと向かっていった。
工房の中央に据えられた試作装置の前で、バニッシュとグラドは並んで立っていた。
机の上には、昨日持ち帰ったばかりの精霊石――深い碧色の輝きが、室内の明かりを反射している。
「……こいつが、古代魔法の核を担う“媒体”だ」
「精霊召喚の理と制約を……か。三つの魔法理論の融合、その要だな」
バニッシュは精霊石を両手で持ち上げ、装置中央の台座へと慎重に嵌め込む。
刃物が鞘に収まるような感触とともに、精霊石は装置にぴたりと収まった。
「……さて、行くぞ」
「ああ、壊すなよ」
「そっちこそ」
二人は同時に操作盤へ手を伸ばし、魔力を流し込む。
低く唸る音とともに、装置の内部で複数の術式が回転を始めた。
やがて精霊石が淡い光を帯び、その輝きは呼吸のようにゆるやかに脈動する。
……数分後、光はゆっくりと弱まり、やがて完全に消える。
装置は静寂に包まれた。
一瞬の沈黙の後――
「……これなら、いけそうだな」
「ああ。多少の加工と調整は必要だが……悪くねぇ」
二人はにやりと顔を見合わせ、まるで少年のような笑みを交わした。
装置の光が完全に消え、工房に静けさが戻る。
バニッシュは装置から精霊石を外し、布で丁寧に包んで机に置いた。
「……加工と調整は後回しにして、次の課題に取りかかるか」
「ああ。今度は“魔族の魔法理論”の媒体だな」
グラドは作業台に肘をつき、顎に手を当てる。
その眉間には、精霊石の時とは違う深い皺が寄っていた。
「古代魔法は石や器具といった“形あるもの”を媒介にできるが……魔族の魔法は違う。魔素の流れを感情や環境によって直接展開する、形のない術だ」
「つまり、“物”として固定できない……」
バニッシュは装置の空いた枠を眺めながら呟く。
そこには何も嵌っていない――まるで存在しない何かを待ち望むかのように。
「感情を“物”に変換する……難題だな。精霊石みたいな核は存在しない」
「だが、媒介なしじゃ装置に組み込めん。感情も魔素も流動的すぎる。固定するには……」
グラドはしばし黙り込み、手元の図面に視線を落とす。
インクのしみが広がる中、荒削りな線で何度も描き直された円環の図形があった。
図面の上で指を組みながら、グラドが口を開く。
「……一つ案がある。魔素を循環させ、それを増幅させる仕組みはどうだ?」
バニッシュは眉をひそめ、しばし黙考する。
机の上で指先がリズムを刻み、やがて小さく頷いた。
「理論的には可能だろう。循環させれば消費は抑えられるし、増幅で出力も補える……だが――」
バニッシュは窓の外に広がる“魔の森”へと視線をやる。
夜の帳の向こう、濃い霧のような魔素が漂っている。
「この森は通常より魔素が濃い。だが、それでも継続的に使えばいずれ枯渇する。循環だけじゃ、限界が来る」
「……そうか。やはりそうなるか」
短く吐息をつき、グラドは再び図面へと目を落とす。
しばらくペン先で紙を叩いてから、口を開いた。
「となると……“心”の代わりになるものが必要になるな」
「心、か……感情の源を代替できる何か……」
二人は無言で考え込む。
グラドは図面の上に手を置き、ぼそりと漏らす。
「……やっぱり、この森の素材だけじゃ限界があるな」
「だが、“心”の代わりになるものなんて……他でもそう簡単に手に入らねぇだろ」
その言葉に、グラドは小さく首を横に振った。
「……獣人の国になら、もしかしたらあるかもしれねぇ」
「獣人の国?」
怪訝そうな顔で問い返すバニッシュに、グラドは腕を組みながら続ける。
「ああ。俺も詳しいことは知らんが……獣人の中には、“心理”を読み解く能力を持つ奴らがいるらしい」
「心理を……?」
興味を引かれ、身を乗り出すバニッシュ。
グラドは遠い記憶を探るように眉をひそめた。
「それは一部の獣人だけだ。確か……狐の獣人だったような気がする。感情や思考を魔素に変換する、不思議な術を使うって話だ」
その言葉を聞いた瞬間――バニッシュの脳裏に、艶やかな姿がよぎった。
エルフの里で出会った、花魁のような格好をした狐女の獣人。
緩やかに微笑みながらも、底の見えない金色の瞳でこちらを見透かしていたあの視線。
(……まさか、あいつが)
バニッシュは腕を組み、しばし黙ったあと口を開いた。
「……しかし、獣人の国に行くにしても、エルフの里から帰ったばかりだ。流石にリュシアとセレスティナには、これ以上無理はさせたくない」
その言葉に、グラドは顎に手を当てて小さく頷く。
「……確かにな」
短く考え込んだ後、グラドはぽんと手を叩いた。
「なら、今回は俺が一緒に行こう」
「お前が?」
意外そうな顔をするバニッシュに、グラドはにやりと笑う。
「ああ、まだまだ若い奴には負けんわ」
その豪快な言いぶりに苦笑を漏らすバニッシュだったが、ふと思い出したように尋ねる。
「……で、行くのはいいが、転移なしで行くのか?」
「それなら任せとけ」
自信満々な口調でそう言うと、グラドはバニッシュを工房の奥へ案内した。
扉を抜けると、そこには見慣れぬ巨大な装置が鎮座していた。
「……なんだこれは?」
「これはな、お前たちがエルフの里に向かうとき、セレスティナが使った転移魔法を俺なりに解析して作ったもんだ」
グラドは胸を張り、どこか少年のように誇らしげな顔を見せた。
装置の基盤には複雑な魔法陣と金属フレームが組み合わされ、中央には小さな魔鉱核が脈動している。
「……お前、本当に何者なんだよ」
「鍛冶師は道具だけじゃねぇ。使う者の道も切り開くもんだ」
その言葉に、バニッシュは思わず口元を緩めた。
バニッシュは怪訝そうに眉をひそめた。
「……解析って言っても、お前、俺たちがエルフの里から戻るまでの時間なんて、たかが知れてるだろ。大丈夫なのか?」
グラドはまるで気にも留めず、ニヤリと笑う。
「ま、細けぇことはいいんだよ。とりあえず試してみようぜ」
そう言って装置のスイッチを入れ、中央の魔法陣を淡く輝かせる。
「ほら、そこに立て。……よし、とりあえずあそこの木まで転移だ」
バニッシュは渋々、装置の真ん中に立った。
淡い光が足元からせり上がり、セレスティナが使っていた転移魔法とよく似た感覚に包まれる。
「おっ……これは」
そう思った瞬間――。
バシャンッ!
全身を包む温かな感触。水……いや、ぬるりとしたお湯だ。
慌てて顔を上げると、視界いっぱいに湯けむりが広がっていた。
そして――視線の先に、湯に浸かるリュシアとセレスティナの姿。
……女湯だった。
数秒間、時が止まる。
バニッシュの血の気は一瞬で引き、顔が引きつる。
「ま、まて、これには理由が――」
言い訳を始めようとしたその瞬間、
「変態ッ!!」
両頬に衝撃が走る。
左右から同時に放たれたリュシア&セレスティナの平手打ちは見事にシンクロし、バニッシュはそのまま湯船に沈んだ。
転移装置がお蔵入りとなった翌日。
まだ空気がひんやりと澄んだ作業場の奥で、バニッシュとグラドは広げた地図を囲んでいた。
分厚い羊皮紙には、森を抜けた先の街道、川沿いの集落、そして目的地である獣人の国の国境線が、細かく描かれている。
バニッシュが指先で道筋をなぞりながら、眉間に皺を寄せた。
「……エルフの里と違って、距離は大したことないな。三日もあれば着くだろう」
地図を覗き込んだグラドは、口の端を上げて頷く。
「ああ、道も比較的整ってる。山越えもねえしな。ただし、“心の代わりになるもの”を見つけられるかどうかは、行ってみないとわからんぞ」
「そうだな」
バニッシュは視線を地図から外し、少し考え込むような表情を浮かべた。
「……今回は、リュシアとセレスティナには伏せて行こう」
グラドはその意図をすぐに察し、豪快に笑う。
「ははっ、確かにな。あの二人の性格からして、“一緒に行く”って言い出しかねん」
話がまとまると、バニッシュは地図を丁寧に巻き取り、腰の革袋にしまう。ザイロとメイラに翌朝の早出を告げた。
薪を運び込んでいたザイロは、バニッシュの言葉を黙って聞き終えると、太い腕を組んで静かに頷く。
一方、台所で干し肉を切っていたメイラは、すぐに手を止めて笑顔を向けた。
「じゃあ、道中の食料は私に任せて」
そう言うと、彼女は手際よく干し肉と黒パン、干し野菜を詰めた保存袋をいくつも用意し始める。
バニッシュはその様子を見て、口元をわずかに緩めた。
同じ頃、グラドは自分の工房で、出発の準備に取りかかっていた。
壁際に吊るされた革袋や道具箱から、旅に必要な品を次々と引き抜いては、机の上に並べていく。
「テントよし、水袋よし、地図……っと。こっちはバニッシュに持たせるか」
ぶつぶつ呟きながら、彼は愛用の鉄槌を両手で確かめるように握り、重みと手触りを確かめてから腰のホルダーに収めた。
さらに小型の工具セット、油差し、火打石まできちんと用意するあたり、職人としての性分がにじみ出ている。
昼頃には、二人の荷は整っていた。
机の上には、革の背嚢、保存食の詰まった袋、折りたたみ式のテント、そして旅の必需品が整然と並んでいる。
外では、強い日差しが木漏れ日となって地面を照らし、遠くで鳥の鳴き声が響いていた。
夜も更け、焚き火の明かりが弱まり始めた頃。
工房での作業を終えたバニッシュは、机に広げた地図をもう一度手元へ引き寄せた。
指先で獣人の国までの道程をなぞり、曲がり角や川の位置を頭に入れる。
目を細め、心の中でおおよその所要時間を繰り返し確認すると、ゆっくりと地図を巻き取り、革紐で結わえた。
「……よし、準備は万全だな」
そう呟き、明日の早朝に備えて寝床に向かおうと立ち上がった、その時だった。
薄暗い廊下の奥、ランタンの明かりがゆらめく中から、足音もなく現れた影。
リュシアだった。
長い髪が夜の光を受けて揺れ、その瞳は鋭く、じっとこちらを射抜いてくる。
「どうしたんだ?」
突然の訪問に、バニッシュは足を止めた。
リュシアは腕を組み、じとりとした視線を向けたまま、ゆっくりと口を開く。
「あんた……私に内緒で、裏でこそこそ何かやってないでしょうね?」
その問いかけに、バニッシュは一瞬肩を強張らせたが、すぐに作り笑いを浮かべる。
「いやいや、何もやってないぞ。本当に」
しかし、リュシアの目は鋭いままだった。
じーっと睨みつけるように見つめ、バニッシュの視線の逃げ場を奪う。
その瞳には、「どうせ何か隠してるでしょ」と言いたげな光が宿っていた。
「……ふぅん。そう、ならいいわ」
あっさりと言い残し、リュシアはくるりと背を向ける。
そのまま長い髪を揺らしながら、自分の寝床へ向かって歩き去っていった。
廊下に一人残されたバニッシュは、ぽかんとその背中を見送る。
(……あれ? もっと突っ込んでくると思ったんだが)
予想外に引き下がったことに、妙な違和感を覚えながらも、バニッシュは首をひねりつつ自分の寝床へ戻っていった。
まだ夜明け前の冷たい空気が漂う拠点。
空はわずかに白み始めているが、住人たちはまだ深い眠りの中にあった。
バニッシュとグラドは物音を立てぬよう荷を背負い、工房裏からそっと歩き出す。
結界を抜けた瞬間、森の空気が一段と濃くなる。
魔素を含んだ湿った風が肌を撫で、草木が夜露を纏って微かに光っている。
バニッシュは足を止め、指先に魔力を込めて小さく呟く。
「導きの燈《ルミナ・ガイド》」
淡い光の粒が、彼の足元から立ち昇り、空中に点々と浮かび始める。
それらは一定の間隔を保ちながら森の奥へと伸び、まるで目に見える“帰り道”のように輝いていた。
「これで、帰るとき迷わずすむ」
「便利なもんだな……魔の森じゃなきゃ観光用に使えそうだ」
グラドが感心したように笑う。
魔の森は魔素の濃度が異常に高く、深い木々が昼間でも日差しを遮る。
方角感覚を狂わせる霧や幻影が現れることも珍しくないため、道しるべを残すのは必須だった。
ふたりは慎重に足を進めながら、森を抜ける道を選んでいく。
やがて木々が途切れ、視界が開けた。
足元に広がるのは、よく整備された街道。
硬く踏み固められた土の道がまっすぐ先へと伸び、遠くの丘陵地帯まで続いている。
バニッシュは荷物を背負い直し、深く息をついた。
「ここまでくれば、ひとまず安全だな」
「ああ。あとは獣人の国までまっすぐだ」
ふたりは一定のペースで街道を歩き続ける。
森の湿った空気から解放され、風が頬を撫でる心地よさに思わず肩の力が抜ける。
午前の陽光が少しずつ強まり、道端の草花を黄金色に照らし出していた。
半日ほど歩いた頃、バニッシュは先の地平を見やって口を開いた。
「この先に小さな村がある。今日はそこに泊まろう」
「そうだな。あまり無理しても体がもたん」
グラドは軽く笑いながら、肩に担いだ槌を揺らす。
こうして、ふたりは穏やかな街道を進みながら、村へと向かっていった。
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「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
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これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
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※表紙のイラストはAIによるイメージです
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