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星降る収穫祭編
収穫祭開幕
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拠点の空気は、日を追うごとに活気を増していた。
収穫祭に向けて飾りや料理の準備が進み、畑では獣人とエルフたちが笑顔で作業に励んでいる。
その光景を横目に、バニッシュはフィリアの元へと歩み寄った。
眼鏡を押し上げ、手に資料を抱えながら畑の端で作業を確認している姿は、どこか学者のようにも見える。
「収穫のほうは、どうだ?」
声をかけると、フィリアは眼鏡の奥で涼やかな視線を上げた。
手にした記録板に目を走らせながら、冷静に答える。
「順調だ。収穫した次の日には、また豊作となっている」
その言葉に、バニッシュは畑へ視線を向ける。
――畑の列から次々と作物が運ばれ、籠に積み上げられていく。
つい昨日摘み取ったばかりのはずなのに、もう瑞々しい実りが顔を覗かせているのだ。
「正に奇跡だな」
思わず呟き、感心の声が漏れる。
「まったくだ。普通なら一年に一度でさえ大変なことが、ここでは数日で繰り返されているのだからな」
フィリアは資料にさらりと書き込み、眼鏡を光らせる。
バニッシュは頭に手をやり、苦笑を浮かべた。
「ただ……倉庫も新しく建ててはいるんだが、間に合うかな。保存のほうが追いつかないかもしれん」
その不安を口にしたとき、フィリアの口元にふっと笑みが浮かぶ。
「足りないより多いほうが、ずっといいだろう?」
「……なるほどな」
少し肩の力が抜け、バニッシュは小さく笑い返す。
フィリアは資料を閉じ、まっすぐに問いを投げかけた。
「それよりも――祭りのほうは、いつ頃開催する予定なんだ?」
バニッシュは顎に手をあて、しばし考えるように空を見上げる。
やがて、柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだな……次の月が満ちる頃に、やろうと思ってる」
その声は、収穫祭を待ち望む皆の心に寄り添うように穏やかで。
陽光を浴びて輝く畑は、まるでその言葉に応えるように黄金色の光を放っていた。
広場のほうも、日に日に祭りの色に染め上げられていった。
木で組まれた骨組みに色とりどりの布が垂らされ、道の両脇には灯籠が並べられている。
花々が摘み取られ、束ねられ、あちらこちらに華やぎを添えた。
中央の広場には、大きな丸太を組んだキャンプファイヤーの準備が進み、その隣では即席の木製ステージが立ち上がりつつある。
「随分、祭りらしくなってきたな……」
広場の景色を眺めながら、バニッシュは思わず呟いた。
当初は、収穫の恵みを皆で少し分かち合う程度の小さな催しにするつもりだった。
だが、今では住人の数も増え、獣人とエルフ、そして人々が入り交じっての大規模な祭りへと変貌しつつある。
もっとも――感心してばかりもいられない。
獣人とエルフの区画調整、出店の配置、余興や催し物のスケジュール……次から次へと舞い込む調整ごとに、バニッシュは書類と頭を抱える日々を送っていた。
そんな中、ふと視線の先に、せっせと飾り付けを頑張る一人の少女の姿が目に留まる。
セリナだった。
高台にかけられた布を背伸びしながら整え、落ちかけた花飾りを直そうと懸命に手を伸ばしている。
「セリナ」
バニッシュが声をかけると、セリナは振り返り、ぱっと笑顔を見せた。
「あ、バニッシュ。どうしたの?」
「いや……頑張ってるな、と思ってな」
バニッシュの言葉に、セリナは花飾りを抱えたまま小さく笑った。
その微笑みは、かつて勇者一行の中で不安に押しつぶされていた彼女の面影を、ほんの少し和らげているように見えた。
「うん。これ、皆で作った飾りだからね。ひとつひとつ大事にしたいの」
そう言って、彼女は手にした花を丁寧に飾りへと差し込む。
その姿を見ながら、バニッシュは少し声を落として尋ねた。
「どうだ? 少しは……ここに慣れてきたか?」
問いかけに、セリナは一瞬だけ目を伏せ、やがて柔らかく頷いた。
「ええ。……こんな私を受け入れてくれて、皆、本当にいい人ばかりだよ」
その言葉には、感謝と安堵が入り混じっていた。
――勇者カイルから逃れ、この拠点でようやく見つけた居場所。
セリナの胸に芽生える温かな感情を、バニッシュは静かに受け止めていた。
「……そういえば、覚えてる?」
小さく漏らされた声に、バニッシュは首を傾げる。
「何をだ?」
セリナは胸の前で手にした花飾りを握り、少し照れたように、けれどどこか切なげに微笑んだ。
「私が、はじめてバニッシュと……それからカイルに会った時のこと。あの時も、こんな感じだったよね」
その瞳は、遠い記憶をなぞるように柔らかく揺れていた。
「ああ……そうだったな」
バニッシュも、懐かしむように息を吐いた。
まだ駆け出しで、何も持たず、何も知らず。
カイルが「勇者」としての恩恵を受ける前、三人で肩を並べ、笑い合い、苦しい旅路を共に歩いた。
その時間は短くとも、確かに温かな記憶として残っている。
「……もう、あの頃のような楽しい時間は送れないんだね」
セリナは視線を落とし、寂しげに目を伏せた。
勇者一行として持て囃される前――あの頃は皆がただ仲間で、ひとつの夢を追っていた。
けれど、その絆は崩れ、失われ、戻ることはない。
その喪失は、セリナにとっても痛みだった。
――そして、それはバニッシュにとっても同じだった。
バニッシュは目を細め、輝く陽の光を背に柔らかく笑った。
「……なら、ここで新しい思い出を作ればいいさ」
その言葉は力強くはなかったが、胸にじんわりと染み込むような温かさを帯びていた。
「……うん」
セリナは小さく頷き、寂しさの残る笑顔を浮かべる。
それでも、その笑みにはほんの少しの光が宿っていた。
――過去は戻らない。
けれど、この場所でなら、新しい日々を紡いでいける。
その確信が、ふたりの間に静かに芽生えていた。
日も暮れて、収穫祭の前夜。
拠点はすっかり祭りの顔に変わり果てていた。
飾り付けられた灯籠は夜風に揺れ、花々や布飾りは月明かりを受けて淡く照らし出されている。
広場の片隅では、グラドが「前夜祭だ!」と高笑いし、獣人やエルフたちと肩を組んで酒を酌み交わしていた。
豪快な笑い声が夜空に響き、酔った者たちは歌を口ずさみ、杯を掲げる。
それに誘われ、バニッシュも半ば仕方なくその輪に加わっていた。
――明日の祭りを前に、気を引き締める者もいれば、すでに浮かれる者もいる。
最後の確認を重ねる真面目な者もいて、拠点の夜はそれぞれに彩られていた。
やがて杯を置いたバニッシュは、酔客の笑い声から離れるようにして席を立った。
「悪い、ちょっと抜ける」
そう言い残し、夜風を浴びながら歩を進める。
用を足して帰る途中――ふと足を止めた。
視線の先、祭りの中心となる広場。
そこに一人、誰もいない舞台の中央で、月を仰ぐ影があった。
――リュシア。
飾り付けられた花や灯籠に囲まれ、彼女はただ静かに空を見上げていた。
夜空に浮かぶ丸い月の光が、濡れた夜のような深紫の髪を照らし、輪郭を淡く縁取っている。
その姿は、喧騒から切り離されたひとつの静寂のようで――バニッシュは思わず、足を止めたまま見入ってしまった。
「どうしたんだ?」
月明かりの中、バニッシュは歩み寄りながら声をかけた。
リュシアは振り返り、その瞳をじとりと細める。
「……アンタ、結構飲んでるでしょ。お酒臭いわよ」
言われてバニッシュは思わず頭に手をやり、苦笑した。
「ああ、まあ、付き合いでな。断りきれなくて、ははは……」
「まったく、ほどほどにしておきなさいよね」
リュシアは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。
その仕草に、どこか長年連れ添った家族のような気遣いが滲んでいた。
気まずさを誤魔化すように、バニッシュは話題を変える。
「それより、明日はセレスとライラとセリナ……お前を入れて四人で祭りを回るんだろ? 早めに休むんじゃなかったのか?」
「……うん、そうなんだけどね」
リュシアは視線を再び夜空へと戻す。
深紫の髪が月光を受けて輝き、吐息が小さく夜気に溶けていく。
「なんだか、信じられないなって思って」
彼女の声は、先ほどまでの強気な調子ではなかった。
月を見上げる横顔に、静かな感慨が浮かぶ。
「最初はアンタと私だけだったのに。ライラたち家族が来て、セレスが来て、グラドが来て……あの時は本当に小さな拠点だったのにね。いつの間にか、こんなお祭りが出来るくらい大きくなるなんて」
その言葉には、喜びと戸惑いが入り混じっていた。
人が増えるたびに温かさは広がる。けれど同時に、自分の知らなかった世界へ変わっていく寂しさもある。
リュシアはそのはざまで揺れていた。
バニッシュは黙ってその心情を察し、隣に並んで夜空を仰いだ。
そして一言、静かに応える。
「ああ……そうだな」
その短い言葉には、リュシアと同じ思いが込められていた。
月明かりの下、二人の影は並び、言葉以上のものが夜風に溶けてゆくのだった。
「……セリナさんさぁ」
リュシアがぽつりと呟いた。
バニッシュは首を傾げ、横顔を見やる。
彼女は月明かりに照らされながら、どこか迷いのある表情をしていた。
「いい人だね」
小さく笑い、けれどその声は少し沈んでいる。
「最初は……黒の勇者の仲間だったっていうから、正直、受け入れられなかったし、疑ってた」
視線を落とし、両手を胸の前で握りしめるリュシア。
そのまま、ぽつりぽつりと心の内を吐き出す。
「でも……一緒に過ごして、話してみたら。なんていうか……この人はそんな酷い人じゃないって思えて。むしろ……」
そこまで言って、リュシアは小さく息を吐いた。
「……信じられる気がしたの」
夜風がそっと吹き抜ける。
バニッシュは黙ってリュシアを見つめ、彼女の言葉を遮らずに受け止めた。
やがてリュシアが顔を上げる。
赤と琥珀の瞳に映る月の光は、どこか晴れやかで、ほんの少し涙に濡れているようにも見えた。
バニッシュはふっと口元を緩め、温かな声で言った。
「なら……良かったよ」
その言葉は短く、不器用に聞こえるかもしれない。
けれどリュシアには、それがどんな長い説得よりも優しく胸に響いた。
翌日――晴れ渡る空の下、拠点の広場に設けられたステージ。
そこに立つのは、場違いにも緊張で固まったバニッシュだった。
「……っ」
視線を前に向ければ、見渡す限りの獣人とエルフ、そして仲間たち。
祭りを前に高揚する笑顔がこちらを見つめている。
だが、本人にしてみれば胃に鉛を詰め込まれたような心境であった。
思い返せば――ほんの数日前のこと。
「いや、何で俺なんだ?! こういうのはツヅラやフィリアの方が適任だろ!」
バニッシュは必死に食い下がった。
ツヅラは扇で口元を隠しながら、金の瞳を愉快そうに細める。
「何言うてはるんや。ここのリーダーはアンタやろ? うちらやあらへん」
「そうだぞ。しっかりしろ、バニッシュ」
フィリアは涼しい顔で眼鏡を押し上げる。
「い、いや、しかしだな……」
そんな彼の言い訳を、リュシアが一蹴した。
「何よ! 挨拶くらいバシッと決めなさいよ!」
バンッと背中を叩かれ、思わず咳き込むバニッシュ。
セレスティナは柔らかに微笑みながら「期待してますね」と添え、グラドは肩をすくめ「責任重大だな」と呑気に笑っていた。
あの時、完全に逃げ道を塞がれてしまったのだ。
――そして今。
澄み渡る青空の下、広場に集った獣人もエルフも、仲間たちも、皆が期待に満ちた眼差しをステージに送っていた。
「え、え~……本日はお日柄も良く……」
上擦った声が響いた瞬間、場に小さなざわめきが走る。
堅苦しい言葉に似合わぬぎこちなさ。
「おいおい!」
笑いを堪えながら声を張り上げたのはグラドだった。
「長ぇと日が暮れちまうぞ~!」
広場にクスクスと笑いが広がる。
「くぅ~……っ」
バニッシュは顔を引きつらせながら、面白そうに野次を飛ばすグラドを鋭く睨みつけた。
その様子にさらに笑いが弾け、空気が一気に和やかさを増す。
バニッシュはゴホンと大きく咳払いし、仕切り直す。
「とにかく……!」
声に力を込め、仲間たちをぐるりと見渡す。
「皆の協力のおかげで、こうして収穫祭を行うことが出来た!」
真剣な響きが広場を包む。
「女神セラフィ=リュミエールの加護と、この大いなる恵みに感謝し――今ここに、収穫祭を始める!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、広場中に大きな拍手と歓声が巻き起こった。
「うおおおおっ!」
「ばんざーい!」
「収穫祭だー!」
獣人たちの雄叫び、エルフの澄んだ歌声、子供たちの無邪気な歓声が混ざり合い、拠点は一気に祝祭の空気に包まれる。
バニッシュはその熱気を前に、ようやく肩の力を抜いて小さく笑った。
収穫祭に向けて飾りや料理の準備が進み、畑では獣人とエルフたちが笑顔で作業に励んでいる。
その光景を横目に、バニッシュはフィリアの元へと歩み寄った。
眼鏡を押し上げ、手に資料を抱えながら畑の端で作業を確認している姿は、どこか学者のようにも見える。
「収穫のほうは、どうだ?」
声をかけると、フィリアは眼鏡の奥で涼やかな視線を上げた。
手にした記録板に目を走らせながら、冷静に答える。
「順調だ。収穫した次の日には、また豊作となっている」
その言葉に、バニッシュは畑へ視線を向ける。
――畑の列から次々と作物が運ばれ、籠に積み上げられていく。
つい昨日摘み取ったばかりのはずなのに、もう瑞々しい実りが顔を覗かせているのだ。
「正に奇跡だな」
思わず呟き、感心の声が漏れる。
「まったくだ。普通なら一年に一度でさえ大変なことが、ここでは数日で繰り返されているのだからな」
フィリアは資料にさらりと書き込み、眼鏡を光らせる。
バニッシュは頭に手をやり、苦笑を浮かべた。
「ただ……倉庫も新しく建ててはいるんだが、間に合うかな。保存のほうが追いつかないかもしれん」
その不安を口にしたとき、フィリアの口元にふっと笑みが浮かぶ。
「足りないより多いほうが、ずっといいだろう?」
「……なるほどな」
少し肩の力が抜け、バニッシュは小さく笑い返す。
フィリアは資料を閉じ、まっすぐに問いを投げかけた。
「それよりも――祭りのほうは、いつ頃開催する予定なんだ?」
バニッシュは顎に手をあて、しばし考えるように空を見上げる。
やがて、柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだな……次の月が満ちる頃に、やろうと思ってる」
その声は、収穫祭を待ち望む皆の心に寄り添うように穏やかで。
陽光を浴びて輝く畑は、まるでその言葉に応えるように黄金色の光を放っていた。
広場のほうも、日に日に祭りの色に染め上げられていった。
木で組まれた骨組みに色とりどりの布が垂らされ、道の両脇には灯籠が並べられている。
花々が摘み取られ、束ねられ、あちらこちらに華やぎを添えた。
中央の広場には、大きな丸太を組んだキャンプファイヤーの準備が進み、その隣では即席の木製ステージが立ち上がりつつある。
「随分、祭りらしくなってきたな……」
広場の景色を眺めながら、バニッシュは思わず呟いた。
当初は、収穫の恵みを皆で少し分かち合う程度の小さな催しにするつもりだった。
だが、今では住人の数も増え、獣人とエルフ、そして人々が入り交じっての大規模な祭りへと変貌しつつある。
もっとも――感心してばかりもいられない。
獣人とエルフの区画調整、出店の配置、余興や催し物のスケジュール……次から次へと舞い込む調整ごとに、バニッシュは書類と頭を抱える日々を送っていた。
そんな中、ふと視線の先に、せっせと飾り付けを頑張る一人の少女の姿が目に留まる。
セリナだった。
高台にかけられた布を背伸びしながら整え、落ちかけた花飾りを直そうと懸命に手を伸ばしている。
「セリナ」
バニッシュが声をかけると、セリナは振り返り、ぱっと笑顔を見せた。
「あ、バニッシュ。どうしたの?」
「いや……頑張ってるな、と思ってな」
バニッシュの言葉に、セリナは花飾りを抱えたまま小さく笑った。
その微笑みは、かつて勇者一行の中で不安に押しつぶされていた彼女の面影を、ほんの少し和らげているように見えた。
「うん。これ、皆で作った飾りだからね。ひとつひとつ大事にしたいの」
そう言って、彼女は手にした花を丁寧に飾りへと差し込む。
その姿を見ながら、バニッシュは少し声を落として尋ねた。
「どうだ? 少しは……ここに慣れてきたか?」
問いかけに、セリナは一瞬だけ目を伏せ、やがて柔らかく頷いた。
「ええ。……こんな私を受け入れてくれて、皆、本当にいい人ばかりだよ」
その言葉には、感謝と安堵が入り混じっていた。
――勇者カイルから逃れ、この拠点でようやく見つけた居場所。
セリナの胸に芽生える温かな感情を、バニッシュは静かに受け止めていた。
「……そういえば、覚えてる?」
小さく漏らされた声に、バニッシュは首を傾げる。
「何をだ?」
セリナは胸の前で手にした花飾りを握り、少し照れたように、けれどどこか切なげに微笑んだ。
「私が、はじめてバニッシュと……それからカイルに会った時のこと。あの時も、こんな感じだったよね」
その瞳は、遠い記憶をなぞるように柔らかく揺れていた。
「ああ……そうだったな」
バニッシュも、懐かしむように息を吐いた。
まだ駆け出しで、何も持たず、何も知らず。
カイルが「勇者」としての恩恵を受ける前、三人で肩を並べ、笑い合い、苦しい旅路を共に歩いた。
その時間は短くとも、確かに温かな記憶として残っている。
「……もう、あの頃のような楽しい時間は送れないんだね」
セリナは視線を落とし、寂しげに目を伏せた。
勇者一行として持て囃される前――あの頃は皆がただ仲間で、ひとつの夢を追っていた。
けれど、その絆は崩れ、失われ、戻ることはない。
その喪失は、セリナにとっても痛みだった。
――そして、それはバニッシュにとっても同じだった。
バニッシュは目を細め、輝く陽の光を背に柔らかく笑った。
「……なら、ここで新しい思い出を作ればいいさ」
その言葉は力強くはなかったが、胸にじんわりと染み込むような温かさを帯びていた。
「……うん」
セリナは小さく頷き、寂しさの残る笑顔を浮かべる。
それでも、その笑みにはほんの少しの光が宿っていた。
――過去は戻らない。
けれど、この場所でなら、新しい日々を紡いでいける。
その確信が、ふたりの間に静かに芽生えていた。
日も暮れて、収穫祭の前夜。
拠点はすっかり祭りの顔に変わり果てていた。
飾り付けられた灯籠は夜風に揺れ、花々や布飾りは月明かりを受けて淡く照らし出されている。
広場の片隅では、グラドが「前夜祭だ!」と高笑いし、獣人やエルフたちと肩を組んで酒を酌み交わしていた。
豪快な笑い声が夜空に響き、酔った者たちは歌を口ずさみ、杯を掲げる。
それに誘われ、バニッシュも半ば仕方なくその輪に加わっていた。
――明日の祭りを前に、気を引き締める者もいれば、すでに浮かれる者もいる。
最後の確認を重ねる真面目な者もいて、拠点の夜はそれぞれに彩られていた。
やがて杯を置いたバニッシュは、酔客の笑い声から離れるようにして席を立った。
「悪い、ちょっと抜ける」
そう言い残し、夜風を浴びながら歩を進める。
用を足して帰る途中――ふと足を止めた。
視線の先、祭りの中心となる広場。
そこに一人、誰もいない舞台の中央で、月を仰ぐ影があった。
――リュシア。
飾り付けられた花や灯籠に囲まれ、彼女はただ静かに空を見上げていた。
夜空に浮かぶ丸い月の光が、濡れた夜のような深紫の髪を照らし、輪郭を淡く縁取っている。
その姿は、喧騒から切り離されたひとつの静寂のようで――バニッシュは思わず、足を止めたまま見入ってしまった。
「どうしたんだ?」
月明かりの中、バニッシュは歩み寄りながら声をかけた。
リュシアは振り返り、その瞳をじとりと細める。
「……アンタ、結構飲んでるでしょ。お酒臭いわよ」
言われてバニッシュは思わず頭に手をやり、苦笑した。
「ああ、まあ、付き合いでな。断りきれなくて、ははは……」
「まったく、ほどほどにしておきなさいよね」
リュシアは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。
その仕草に、どこか長年連れ添った家族のような気遣いが滲んでいた。
気まずさを誤魔化すように、バニッシュは話題を変える。
「それより、明日はセレスとライラとセリナ……お前を入れて四人で祭りを回るんだろ? 早めに休むんじゃなかったのか?」
「……うん、そうなんだけどね」
リュシアは視線を再び夜空へと戻す。
深紫の髪が月光を受けて輝き、吐息が小さく夜気に溶けていく。
「なんだか、信じられないなって思って」
彼女の声は、先ほどまでの強気な調子ではなかった。
月を見上げる横顔に、静かな感慨が浮かぶ。
「最初はアンタと私だけだったのに。ライラたち家族が来て、セレスが来て、グラドが来て……あの時は本当に小さな拠点だったのにね。いつの間にか、こんなお祭りが出来るくらい大きくなるなんて」
その言葉には、喜びと戸惑いが入り混じっていた。
人が増えるたびに温かさは広がる。けれど同時に、自分の知らなかった世界へ変わっていく寂しさもある。
リュシアはそのはざまで揺れていた。
バニッシュは黙ってその心情を察し、隣に並んで夜空を仰いだ。
そして一言、静かに応える。
「ああ……そうだな」
その短い言葉には、リュシアと同じ思いが込められていた。
月明かりの下、二人の影は並び、言葉以上のものが夜風に溶けてゆくのだった。
「……セリナさんさぁ」
リュシアがぽつりと呟いた。
バニッシュは首を傾げ、横顔を見やる。
彼女は月明かりに照らされながら、どこか迷いのある表情をしていた。
「いい人だね」
小さく笑い、けれどその声は少し沈んでいる。
「最初は……黒の勇者の仲間だったっていうから、正直、受け入れられなかったし、疑ってた」
視線を落とし、両手を胸の前で握りしめるリュシア。
そのまま、ぽつりぽつりと心の内を吐き出す。
「でも……一緒に過ごして、話してみたら。なんていうか……この人はそんな酷い人じゃないって思えて。むしろ……」
そこまで言って、リュシアは小さく息を吐いた。
「……信じられる気がしたの」
夜風がそっと吹き抜ける。
バニッシュは黙ってリュシアを見つめ、彼女の言葉を遮らずに受け止めた。
やがてリュシアが顔を上げる。
赤と琥珀の瞳に映る月の光は、どこか晴れやかで、ほんの少し涙に濡れているようにも見えた。
バニッシュはふっと口元を緩め、温かな声で言った。
「なら……良かったよ」
その言葉は短く、不器用に聞こえるかもしれない。
けれどリュシアには、それがどんな長い説得よりも優しく胸に響いた。
翌日――晴れ渡る空の下、拠点の広場に設けられたステージ。
そこに立つのは、場違いにも緊張で固まったバニッシュだった。
「……っ」
視線を前に向ければ、見渡す限りの獣人とエルフ、そして仲間たち。
祭りを前に高揚する笑顔がこちらを見つめている。
だが、本人にしてみれば胃に鉛を詰め込まれたような心境であった。
思い返せば――ほんの数日前のこと。
「いや、何で俺なんだ?! こういうのはツヅラやフィリアの方が適任だろ!」
バニッシュは必死に食い下がった。
ツヅラは扇で口元を隠しながら、金の瞳を愉快そうに細める。
「何言うてはるんや。ここのリーダーはアンタやろ? うちらやあらへん」
「そうだぞ。しっかりしろ、バニッシュ」
フィリアは涼しい顔で眼鏡を押し上げる。
「い、いや、しかしだな……」
そんな彼の言い訳を、リュシアが一蹴した。
「何よ! 挨拶くらいバシッと決めなさいよ!」
バンッと背中を叩かれ、思わず咳き込むバニッシュ。
セレスティナは柔らかに微笑みながら「期待してますね」と添え、グラドは肩をすくめ「責任重大だな」と呑気に笑っていた。
あの時、完全に逃げ道を塞がれてしまったのだ。
――そして今。
澄み渡る青空の下、広場に集った獣人もエルフも、仲間たちも、皆が期待に満ちた眼差しをステージに送っていた。
「え、え~……本日はお日柄も良く……」
上擦った声が響いた瞬間、場に小さなざわめきが走る。
堅苦しい言葉に似合わぬぎこちなさ。
「おいおい!」
笑いを堪えながら声を張り上げたのはグラドだった。
「長ぇと日が暮れちまうぞ~!」
広場にクスクスと笑いが広がる。
「くぅ~……っ」
バニッシュは顔を引きつらせながら、面白そうに野次を飛ばすグラドを鋭く睨みつけた。
その様子にさらに笑いが弾け、空気が一気に和やかさを増す。
バニッシュはゴホンと大きく咳払いし、仕切り直す。
「とにかく……!」
声に力を込め、仲間たちをぐるりと見渡す。
「皆の協力のおかげで、こうして収穫祭を行うことが出来た!」
真剣な響きが広場を包む。
「女神セラフィ=リュミエールの加護と、この大いなる恵みに感謝し――今ここに、収穫祭を始める!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、広場中に大きな拍手と歓声が巻き起こった。
「うおおおおっ!」
「ばんざーい!」
「収穫祭だー!」
獣人たちの雄叫び、エルフの澄んだ歌声、子供たちの無邪気な歓声が混ざり合い、拠点は一気に祝祭の空気に包まれる。
バニッシュはその熱気を前に、ようやく肩の力を抜いて小さく笑った。
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出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
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※表紙のイラストはAIによるイメージです
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
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勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
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ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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