88 / 171
追憶編
陽だまりの教会で
しおりを挟む
その頃。
街の反対側――屋台が立ち並ぶ通りを一巡したカイルは、手にした簡易マップを広げて確認していた。
「ふむ……巡回ルートの確認は済んだ。あとはバニッシュと合流するだけだな」
真面目な表情でマップを畳み、目的の方向へと歩き出す。
陽は高く、祭りの準備で街はどこも賑やかだ。
飾り布が風に翻り、遠くから笛の音が聞こえてくる。
そんな中――ふと、視界の端に白い教会の尖塔が映った。
穏やかな雰囲気を纏うその建物を見て、カイルは小さく呟く。
「教会か……ここにも女神の加護があるのかもしれないな」
立ち止まり、しばし眺めていたその時――。
「おっさん、これもーらい!」
「わたしもー!」
「こ、こら、それは俺のだ!」
賑やかな子どもの声が、教会の裏手から響いてきた。
笑い声に混じって、どこか聞き覚えのある――間の抜けた声。
(……ん? 今の声、まさか)
眉をひそめたカイルは、気になって足を向ける。
教会の角を回り、裏手の庭に出ると――目に飛び込んできたのは、子どもたちに囲まれ、スープを奪い合われているバニッシュの姿だった。
「こらこら、お前たち、スープはひとり一杯だぞ!」
「やーだー! おっさんのも飲みたーい!」
「うわっ、ちょ、やめろって! こぼれるだろ!」
無邪気な笑い声と共に、パンくずが舞う。
セリナはその横で慌てて子どもたちを宥め、年配のシスター・タリズは微笑ましく見守っていた。
――まさに、平和そのものの光景。
だが、カイルの眉間には深いしわが寄る。
「……おい、バニッシュ!」
堪えきれず、声を張り上げた。
その声に反応して、庭の全員がピタリと動きを止める。
子どもたちはスプーンを口に咥えたまま、きょとんとした顔でカイルを見上げた。
セリナもタリズも何事かと不思議そうな表情を浮かべる。
そして――当の本人、バニッシュはスプーンを片手に固まった。
「……あ、あちゃー……」
額に手を当て、明らかに“やらかした”顔。
気まずそうに笑いながら、ぼそりと呟いた。
「お、おう、カイル。どうした?」
バニッシュは気まずそうに笑いながら、片手を上げた。
しかし――。
「どうした? じゃないだろ!」
カイルは即座にツッコミを入れる。
その眉間にはくっきりと怒りのしわが刻まれていた。
「お前、仕事中に何してるんだよ!」
「い、いやぁ……色々あってな……」
苦笑いしながら、バニッシュは頭をかく。
「色々って何だよ……」
カイルはため息をつき、こめかみを押さえた。
その横顔には、呆れと諦めが半分ずつ混ざっている。
そんな二人のやり取りに、セリナがそっと口を挟む。
「あ、あの……その方は?」
カイルを見上げるセリナの瞳は、困惑と少しの警戒が入り混じっていた。
バニッシュは慌てて手を振りながら説明する。
「ああ、こいつは俺の仲間でな。名前はカイル。今、一緒に仕事してるんだ」
「はあ……そうでしたか」
とセリナが小さく頭を下げると、その様子を見ていたタリズが穏やかな笑みを浮かべた。
「まあまあ。立ち話もなんですし、とにかく中へどうぞ」
そう促され、カイルは半ば引きずられるように教会の中へと入る。
木の扉が閉まると同時に、香草とパンの香りが漂った。
穏やかな空気の中、二人は長椅子に腰を下ろす。
カイルは腕を組み、じとっとした視線でバニッシュを見つめた。
「……で、何があったんだ?」
逃げ場をなくしたバニッシュは、引きつった笑みのまま頭をかく。
「いや~、その……なんて言っていいか……。食事をご馳走してもらってた、というか……」
「それは見ればわかる!!」
カイルの怒声が教会に響く。
「どうしてここで飯を食ってるんだって聞いてるんだ!?」
詰め寄るカイルに、バニッシュは慌てて両手を広げ、「ど、どうどう……落ち着けって!」と必死に制止する。
そんな二人を見かねて、セリナが小さく声を上げた。
「あ、あのっ!」
二人の視線がセリナに向く。
彼女は胸の前で手をぎゅっと握りしめ、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「私が……バニッシュさんにお花を摘むのを手伝ってもらって……。そのお礼に、食事を……と思いまして……」
静かな教会に、セリナの震える声が落ち着いた響きで広がった。
その姿を見たカイルは、怒りを飲み込み――深く息を吐いた。
「……なるほど。そういうことか」
しばし沈黙のあと、カイルはバニッシュに冷ややかな視線を送る。
「――で? お花摘みを手伝って、子どもたちに混ざって飯まで食ってたってわけか?」
「……まぁ、そうなるな」
「まぁ、じゃない!」
またも突っ込みを食らい、バニッシュは情けない笑みを浮かべる。
だが、セリナの顔に浮かんだ小さな安堵の笑みを見て、
カイルの怒気は、ほんの少しだけ和らいでいった。
「それよりお前も飯を食ったらどうだ?」
バニッシュは、何気ない口調で言った。
カイルはすぐに眉をひそめる。
「あのな、俺たちは冒険者だぞ。冒険者ってのは人々を救う仕事だ。なのに、その俺たちが施しを受けるなんて――」
まるでギルド教本のように、カイルはきっちりと説教を始めた。
だが、その台詞の途中――
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……
静かな教会に、盛大な腹の虫が鳴り響いた。
一瞬の沈黙。
空気が止まり、蝋燭の火がぴくりと揺れる。
カイルの顔がみるみる赤くなっていく。
耳まで真っ赤に染まり、額に汗が滲む。
「…………」
「…………ぷっ」
バニッシュは吹き出しそうになりながら、ニヤリと笑う。
「ほらな、無理するなって。腹の方は正直みたいだぞ?」
「う、うるさい!」
カイルは顔を背けたが、その耳まで赤くなっているのは隠せない。
タリズとセリナは思わずクスクスと笑い合った。
その柔らかな笑いが、厳しい空気をそっとほどいていく。
セリナは一歩前に出て、両手を胸の前で組むと、穏やかな声で言った。
「カイルさんも……ご一緒にいかがですか?」
その誘いに、カイルは肩を震わせる。
「い、いや、その……俺は――」
言い訳を探そうとしたその時、セリナは静かに目を閉じ、祈るように微笑んだ。
「これも、女神ルミナ=リュミエール様のお導きです」
柔らかな光が差し込み、ステンドグラスの女神像の前で微笑むその姿は、まるで天啓のようだった。
カイルの喉が小さく鳴る。
――その微笑みを見た瞬間、胸の奥が不意に高鳴った。
「……し、しかし……」と口では言いながら、頬はほんのりと紅に染まっている。
それを見逃すバニッシュではない。
ニヤニヤと口角を上げ、肘でカイルの脇腹を小突き。
「おいおい……どうした、カイル? 顔が赤いぞ?」
「だ、黙れ!バニッシュ!!」
教会の中に、子どもたちの笑い声とスープの香り、そして少し焦げたパンの匂いが広がっていた。
結局――カイルもタリズとセリナの勧めを断りきれず、食事を頂くことになった。
「……じゃあ、少しだけ」
タリズに案内され、子どもたちの待つ教会の庭へと戻ると――。
「おお~!!」
子どもたちの元気な声が一斉に上がった。
「今度は若い男だ~!」
「カッコいい~!」
「お兄ちゃんだー!」
小さな庭が、一瞬で黄色い歓声に包まれる。
中でも二人の女の子が、うっとりとカイルを見上げ、頬を染めていた。
「わぁ……目がキラキラしてる……」
「ねぇ、王子様みたい……」
――一方、バニッシュは。
口を半開きにして、その光景を呆然と見つめていた。
さらに、男の子二人がバニッシュを指差し、悪戯っぽく笑う。
「やっぱ若い男がいいよな~!」
「バニッシュなんか、ただのオッサンだもんな~!」
「な、なんだとぉ!? お前ら……!」
バニッシュの額に青筋が浮かぶ。
しかし子どもたちは怯むどころか、さらに笑い転げた。
「ふ、ふん……! これだからお子様は……。男は顔じゃないんだぞ、心だ心!」
そう言いながら、ぷいと顔を背けて席に座るバニッシュ。
――が。
腰を下ろした瞬間、彼は違和感に気づく。
テーブルの上にあるはずのパンとスープが――見当たらない。
「……あれ?」
辺りを見回すバニッシュ。
「俺のパンとスープ、どこ行った?」
すると、向かいに座っていた男の子二人がニヤリと笑い、胸を張った。
「バニッシュの分、俺たちが頂いたぜ!」
「ありがとな、オッサン!」
「な、なにぃーーーっ!!??」
バニッシュの絶叫が庭に響く。
その様子に子どもたちはケラケラと笑い転げ、セリナもタリズも思わず口元を押さえる。
その一方で――カイルはというと。
女の子二人が、顔を赤らめながら小さく差し出した。
「よかったら……わたしたちの分、どうぞ……」
「はい、これ……パンも半分……」
カイルは少し驚いたように目を瞬かせ、柔らかく微笑む。
「ありがとう」
その瞬間――。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「笑った! カイルお兄ちゃんカッコイイー!!」
庭がまるでお祭りのような騒ぎになった。
……そして。
端の席でそれを見ていたバニッシュは、スプーンを握りしめながら小さく唸る。
「おいおいおい……お前ら、俺とカイルの扱いの差が、ひどくないか……?」
空になった皿を前に、涙目で嘆くバニッシュ。
その姿に子どもたちはまた大笑いし、タリズは肩を揺らしながら微笑む。
「あの……これ、食べてください」
小さな手が、そっと差し出される。
セリナの分のパンとスープだった。
「い、いや、それは君のだろう? そんなわけには――」
遠慮がちに手を振るバニッシュ。
だがその瞬間――。
ぐぅぅぅぅぅぅ……。
教会の庭に、無情にも響く音。
バニッシュの腹の虫が、誠実な意志をもって訴えた。
その場が一瞬静まり返り、セリナはふっと小さく笑う。
「ぐ……」
バニッシュは顔を赤くし、どこか気まずそうに視線を逸らす。
セリナは優しくパンを差し出しながら、穏やかに微笑んだ。
「私は大丈夫です。それに、これは……お花摘みを手伝っていただいたお礼です」
その言葉に、バニッシュの胸がじんと熱くなる。
気取らず、誰かのために笑っていられる――この少女の優しさが、まるで陽だまりのように心に染みた。
「……そうか。それじゃあ……ありがたく、いただくよ」
照れくさそうに笑いながら、パンとスープを受け取る。
セリナの笑顔は、まるで春風のように柔らかく――その日、バニッシュの中に忘れられない温もりとして刻まれた。
食事を終えた後、二人は教会の入口に立っていた。
タリズとセリナ、そして子供たちが玄関先で見送ってくれる。
「ご馳走様でした。本当にありがとうございました」
カイルが真っ直ぐな瞳で頭を下げる。
「美味かったです」
バニッシュも、照れたように笑いながら軽く頭を下げた。
「ふふ、どういたしまして」
タリズは柔らかく微笑み、セリナもそれに倣って小さく会釈をする。
「明日のお祭りは、お二人ともどうするんですか?」
セリナが小首を傾げて尋ねた。
「俺たちは明日からのお祭りの警護の依頼で来てるんだ」
カイルが淡々と答える。
「まぁ、そうだったんですね。ご苦労さまです」
タリズが感心したように頷くと、続けて微笑む。
「もしお暇があるときで構いませんので、また教会にも顔を出していただけると、子供たちも喜びますよ」
その言葉に、子供たちが一斉に顔を輝かせた。
「絶対きてね、カイル様!」
「また遊ぼうね!」
「……ああ、約束するよ」
カイルは爽やかな笑顔で応える。
「きゃー! カイル様、カッコいい~!」
女の子たちは飛び跳ねて喜び、庭は再び賑やかな声に包まれた。
その横で、男の子たちが口を揃える。
「おっさんも来てよな!」
「おっさん言うな!」
バニッシュは苦笑いしながらツッコミを入れ、子どもたちはケラケラと笑う。
タリズとセリナが微笑ましそうに二人を見送り、木の門の前で、そっと手を振った。
「またいつでもいらしてくださいね」
「……ああ」
夕陽が街の屋根を朱に染める中――バニッシュとカイルは、静かに教会を後にした。
背後からは、子供たちの笑い声とセリナの柔らかな祈りの声。
その音が、どこか懐かしく、胸の奥に残り続けた。
街の反対側――屋台が立ち並ぶ通りを一巡したカイルは、手にした簡易マップを広げて確認していた。
「ふむ……巡回ルートの確認は済んだ。あとはバニッシュと合流するだけだな」
真面目な表情でマップを畳み、目的の方向へと歩き出す。
陽は高く、祭りの準備で街はどこも賑やかだ。
飾り布が風に翻り、遠くから笛の音が聞こえてくる。
そんな中――ふと、視界の端に白い教会の尖塔が映った。
穏やかな雰囲気を纏うその建物を見て、カイルは小さく呟く。
「教会か……ここにも女神の加護があるのかもしれないな」
立ち止まり、しばし眺めていたその時――。
「おっさん、これもーらい!」
「わたしもー!」
「こ、こら、それは俺のだ!」
賑やかな子どもの声が、教会の裏手から響いてきた。
笑い声に混じって、どこか聞き覚えのある――間の抜けた声。
(……ん? 今の声、まさか)
眉をひそめたカイルは、気になって足を向ける。
教会の角を回り、裏手の庭に出ると――目に飛び込んできたのは、子どもたちに囲まれ、スープを奪い合われているバニッシュの姿だった。
「こらこら、お前たち、スープはひとり一杯だぞ!」
「やーだー! おっさんのも飲みたーい!」
「うわっ、ちょ、やめろって! こぼれるだろ!」
無邪気な笑い声と共に、パンくずが舞う。
セリナはその横で慌てて子どもたちを宥め、年配のシスター・タリズは微笑ましく見守っていた。
――まさに、平和そのものの光景。
だが、カイルの眉間には深いしわが寄る。
「……おい、バニッシュ!」
堪えきれず、声を張り上げた。
その声に反応して、庭の全員がピタリと動きを止める。
子どもたちはスプーンを口に咥えたまま、きょとんとした顔でカイルを見上げた。
セリナもタリズも何事かと不思議そうな表情を浮かべる。
そして――当の本人、バニッシュはスプーンを片手に固まった。
「……あ、あちゃー……」
額に手を当て、明らかに“やらかした”顔。
気まずそうに笑いながら、ぼそりと呟いた。
「お、おう、カイル。どうした?」
バニッシュは気まずそうに笑いながら、片手を上げた。
しかし――。
「どうした? じゃないだろ!」
カイルは即座にツッコミを入れる。
その眉間にはくっきりと怒りのしわが刻まれていた。
「お前、仕事中に何してるんだよ!」
「い、いやぁ……色々あってな……」
苦笑いしながら、バニッシュは頭をかく。
「色々って何だよ……」
カイルはため息をつき、こめかみを押さえた。
その横顔には、呆れと諦めが半分ずつ混ざっている。
そんな二人のやり取りに、セリナがそっと口を挟む。
「あ、あの……その方は?」
カイルを見上げるセリナの瞳は、困惑と少しの警戒が入り混じっていた。
バニッシュは慌てて手を振りながら説明する。
「ああ、こいつは俺の仲間でな。名前はカイル。今、一緒に仕事してるんだ」
「はあ……そうでしたか」
とセリナが小さく頭を下げると、その様子を見ていたタリズが穏やかな笑みを浮かべた。
「まあまあ。立ち話もなんですし、とにかく中へどうぞ」
そう促され、カイルは半ば引きずられるように教会の中へと入る。
木の扉が閉まると同時に、香草とパンの香りが漂った。
穏やかな空気の中、二人は長椅子に腰を下ろす。
カイルは腕を組み、じとっとした視線でバニッシュを見つめた。
「……で、何があったんだ?」
逃げ場をなくしたバニッシュは、引きつった笑みのまま頭をかく。
「いや~、その……なんて言っていいか……。食事をご馳走してもらってた、というか……」
「それは見ればわかる!!」
カイルの怒声が教会に響く。
「どうしてここで飯を食ってるんだって聞いてるんだ!?」
詰め寄るカイルに、バニッシュは慌てて両手を広げ、「ど、どうどう……落ち着けって!」と必死に制止する。
そんな二人を見かねて、セリナが小さく声を上げた。
「あ、あのっ!」
二人の視線がセリナに向く。
彼女は胸の前で手をぎゅっと握りしめ、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「私が……バニッシュさんにお花を摘むのを手伝ってもらって……。そのお礼に、食事を……と思いまして……」
静かな教会に、セリナの震える声が落ち着いた響きで広がった。
その姿を見たカイルは、怒りを飲み込み――深く息を吐いた。
「……なるほど。そういうことか」
しばし沈黙のあと、カイルはバニッシュに冷ややかな視線を送る。
「――で? お花摘みを手伝って、子どもたちに混ざって飯まで食ってたってわけか?」
「……まぁ、そうなるな」
「まぁ、じゃない!」
またも突っ込みを食らい、バニッシュは情けない笑みを浮かべる。
だが、セリナの顔に浮かんだ小さな安堵の笑みを見て、
カイルの怒気は、ほんの少しだけ和らいでいった。
「それよりお前も飯を食ったらどうだ?」
バニッシュは、何気ない口調で言った。
カイルはすぐに眉をひそめる。
「あのな、俺たちは冒険者だぞ。冒険者ってのは人々を救う仕事だ。なのに、その俺たちが施しを受けるなんて――」
まるでギルド教本のように、カイルはきっちりと説教を始めた。
だが、その台詞の途中――
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……
静かな教会に、盛大な腹の虫が鳴り響いた。
一瞬の沈黙。
空気が止まり、蝋燭の火がぴくりと揺れる。
カイルの顔がみるみる赤くなっていく。
耳まで真っ赤に染まり、額に汗が滲む。
「…………」
「…………ぷっ」
バニッシュは吹き出しそうになりながら、ニヤリと笑う。
「ほらな、無理するなって。腹の方は正直みたいだぞ?」
「う、うるさい!」
カイルは顔を背けたが、その耳まで赤くなっているのは隠せない。
タリズとセリナは思わずクスクスと笑い合った。
その柔らかな笑いが、厳しい空気をそっとほどいていく。
セリナは一歩前に出て、両手を胸の前で組むと、穏やかな声で言った。
「カイルさんも……ご一緒にいかがですか?」
その誘いに、カイルは肩を震わせる。
「い、いや、その……俺は――」
言い訳を探そうとしたその時、セリナは静かに目を閉じ、祈るように微笑んだ。
「これも、女神ルミナ=リュミエール様のお導きです」
柔らかな光が差し込み、ステンドグラスの女神像の前で微笑むその姿は、まるで天啓のようだった。
カイルの喉が小さく鳴る。
――その微笑みを見た瞬間、胸の奥が不意に高鳴った。
「……し、しかし……」と口では言いながら、頬はほんのりと紅に染まっている。
それを見逃すバニッシュではない。
ニヤニヤと口角を上げ、肘でカイルの脇腹を小突き。
「おいおい……どうした、カイル? 顔が赤いぞ?」
「だ、黙れ!バニッシュ!!」
教会の中に、子どもたちの笑い声とスープの香り、そして少し焦げたパンの匂いが広がっていた。
結局――カイルもタリズとセリナの勧めを断りきれず、食事を頂くことになった。
「……じゃあ、少しだけ」
タリズに案内され、子どもたちの待つ教会の庭へと戻ると――。
「おお~!!」
子どもたちの元気な声が一斉に上がった。
「今度は若い男だ~!」
「カッコいい~!」
「お兄ちゃんだー!」
小さな庭が、一瞬で黄色い歓声に包まれる。
中でも二人の女の子が、うっとりとカイルを見上げ、頬を染めていた。
「わぁ……目がキラキラしてる……」
「ねぇ、王子様みたい……」
――一方、バニッシュは。
口を半開きにして、その光景を呆然と見つめていた。
さらに、男の子二人がバニッシュを指差し、悪戯っぽく笑う。
「やっぱ若い男がいいよな~!」
「バニッシュなんか、ただのオッサンだもんな~!」
「な、なんだとぉ!? お前ら……!」
バニッシュの額に青筋が浮かぶ。
しかし子どもたちは怯むどころか、さらに笑い転げた。
「ふ、ふん……! これだからお子様は……。男は顔じゃないんだぞ、心だ心!」
そう言いながら、ぷいと顔を背けて席に座るバニッシュ。
――が。
腰を下ろした瞬間、彼は違和感に気づく。
テーブルの上にあるはずのパンとスープが――見当たらない。
「……あれ?」
辺りを見回すバニッシュ。
「俺のパンとスープ、どこ行った?」
すると、向かいに座っていた男の子二人がニヤリと笑い、胸を張った。
「バニッシュの分、俺たちが頂いたぜ!」
「ありがとな、オッサン!」
「な、なにぃーーーっ!!??」
バニッシュの絶叫が庭に響く。
その様子に子どもたちはケラケラと笑い転げ、セリナもタリズも思わず口元を押さえる。
その一方で――カイルはというと。
女の子二人が、顔を赤らめながら小さく差し出した。
「よかったら……わたしたちの分、どうぞ……」
「はい、これ……パンも半分……」
カイルは少し驚いたように目を瞬かせ、柔らかく微笑む。
「ありがとう」
その瞬間――。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「笑った! カイルお兄ちゃんカッコイイー!!」
庭がまるでお祭りのような騒ぎになった。
……そして。
端の席でそれを見ていたバニッシュは、スプーンを握りしめながら小さく唸る。
「おいおいおい……お前ら、俺とカイルの扱いの差が、ひどくないか……?」
空になった皿を前に、涙目で嘆くバニッシュ。
その姿に子どもたちはまた大笑いし、タリズは肩を揺らしながら微笑む。
「あの……これ、食べてください」
小さな手が、そっと差し出される。
セリナの分のパンとスープだった。
「い、いや、それは君のだろう? そんなわけには――」
遠慮がちに手を振るバニッシュ。
だがその瞬間――。
ぐぅぅぅぅぅぅ……。
教会の庭に、無情にも響く音。
バニッシュの腹の虫が、誠実な意志をもって訴えた。
その場が一瞬静まり返り、セリナはふっと小さく笑う。
「ぐ……」
バニッシュは顔を赤くし、どこか気まずそうに視線を逸らす。
セリナは優しくパンを差し出しながら、穏やかに微笑んだ。
「私は大丈夫です。それに、これは……お花摘みを手伝っていただいたお礼です」
その言葉に、バニッシュの胸がじんと熱くなる。
気取らず、誰かのために笑っていられる――この少女の優しさが、まるで陽だまりのように心に染みた。
「……そうか。それじゃあ……ありがたく、いただくよ」
照れくさそうに笑いながら、パンとスープを受け取る。
セリナの笑顔は、まるで春風のように柔らかく――その日、バニッシュの中に忘れられない温もりとして刻まれた。
食事を終えた後、二人は教会の入口に立っていた。
タリズとセリナ、そして子供たちが玄関先で見送ってくれる。
「ご馳走様でした。本当にありがとうございました」
カイルが真っ直ぐな瞳で頭を下げる。
「美味かったです」
バニッシュも、照れたように笑いながら軽く頭を下げた。
「ふふ、どういたしまして」
タリズは柔らかく微笑み、セリナもそれに倣って小さく会釈をする。
「明日のお祭りは、お二人ともどうするんですか?」
セリナが小首を傾げて尋ねた。
「俺たちは明日からのお祭りの警護の依頼で来てるんだ」
カイルが淡々と答える。
「まぁ、そうだったんですね。ご苦労さまです」
タリズが感心したように頷くと、続けて微笑む。
「もしお暇があるときで構いませんので、また教会にも顔を出していただけると、子供たちも喜びますよ」
その言葉に、子供たちが一斉に顔を輝かせた。
「絶対きてね、カイル様!」
「また遊ぼうね!」
「……ああ、約束するよ」
カイルは爽やかな笑顔で応える。
「きゃー! カイル様、カッコいい~!」
女の子たちは飛び跳ねて喜び、庭は再び賑やかな声に包まれた。
その横で、男の子たちが口を揃える。
「おっさんも来てよな!」
「おっさん言うな!」
バニッシュは苦笑いしながらツッコミを入れ、子どもたちはケラケラと笑う。
タリズとセリナが微笑ましそうに二人を見送り、木の門の前で、そっと手を振った。
「またいつでもいらしてくださいね」
「……ああ」
夕陽が街の屋根を朱に染める中――バニッシュとカイルは、静かに教会を後にした。
背後からは、子供たちの笑い声とセリナの柔らかな祈りの声。
その音が、どこか懐かしく、胸の奥に残り続けた。
31
あなたにおすすめの小説
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規
NagiKurou
ファンタジー
「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」
国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。
しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。
「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」
管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。
一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく!
一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる