勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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追憶編

気弱な魔導士 ミレイユ

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 祭りの喧騒が最高潮に達していた。
 広場では音楽と笑い声、露店では香ばしい匂いと呼び込みの声が入り混じり、街全体が熱気の渦に包まれている。
 だが、そんな賑わいの裏では――しっかりとした規律が敷かれていた。
 祭り期間中、王族や貴族の護衛を除き、武器や魔法の使用は厳しく禁じられている。
 祭りに訪れた冒険者たちも、例外なく簡易検査を受け、武器を預ける決まりになっていた。
 とはいえ、中には抜け道を見つけ、短剣や小型の魔具を密かに隠し持つ者もいるらしい。

「――それにしても、すごい人だな」

 バニッシュは串焼きを頬張りながら、人混みを見渡す。
 口いっぱいに肉の旨味を広げ、顔をほころばせた。

「おい」

 隣で腕を組むカイルが、呆れた声を出す。

「お前、完全に祭りを楽しんでるな」

「やっぱり携帯食だけじゃ足りなくてな」

 バニッシュは笑いながら、もう一口かじる。

「……たく、仕方ない奴だな」

 カイルはため息をつくが、その口元にはわずかな苦笑も浮かんでいた。
 そんな時――。

「――何やってやがる! この役立たずがぁッ!」

 祭りのざわめきを突き破るように、荒々しい怒声が響いた。
 カイルとバニッシュは一瞬だけ視線を交わし、同時に走り出した。
 声の聞こえた方向は、広場の裏手――人気の少ない路地裏だ。

「こっちだ!」

 カイルが路地を駆け抜け、角を曲がったその先。
 そこでは、四人の男たちが一人の女を取り囲み、怒鳴り散らしていた。
 男たちはいずれも冒険者風の装い。
 革鎧に粗末な剣、そして酔っているのか、目つきは濁っている。
 一方、囲まれている女は紺のマントを羽織り、先端の折れた杖を胸に抱く若い魔導士だった。
 頭には小さな三角帽――だが、その姿は今や震え、涙に濡れている。

「テメェのせいで依頼を失敗しただろうが!」

「魔法もろくに使えねぇで、何が魔導士だ!」

「誰のおかげで食ってけてると思ってんだ、クズがッ!」

 罵声が飛び交い、女はただ必死にうずくまっていた。

「ご、ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」

 震える声。小さな体。握る杖が、今にも手から滑り落ちそうになる。
 バニッシュはその光景を見て、すぐに足を止めた。
 カイルは一歩前へ出る。

「お前ら、何やってるッ!」

 鋭い声が路地裏に響いた。カイルだ。
 怒鳴り声に、男たちが一斉に振り返る。

「……あぁん?」

 酒と苛立ちが混じった濁った眼差しで、カイルとバニッシュを睨みつける。

「なんだテメェら!」

 リーダー格らしき男が唾を吐き捨て、胸ぐらを張るように威圧する。

「今日は祭りだ。あまり騒ぎを起こさないでもらいたいんだがな」

 バニッシュは、あくまで冷静に、宥めるように声を掛けた。

「うるせぇ! テメェらに関係ねぇだろうが!」

 怒鳴りながら男たちが一歩、二歩と詰め寄ってくる。

「……関係ある」

 その時、カイルが静かに言った。

「俺たちは、この祭りの警備を担当している。これ以上騒ぎを起こすようなら――拘束する」

 静かでありながら、刃のように鋭い声音。
 圧のあるその言葉に、男たちは一瞬だけ怯む。だが、すぐに顔を歪めた。

「警備だぁ? 知ったこっちゃねぇ!」

 リーダー格が腰を落とし、拳を構える。
 それを合図に、他の三人も臨戦の構えを取った。

「……ちっ、やっぱりこうなるか」

 バニッシュはポーチに手を伸ばし、捕縛玉を取り出しかけた――その瞬間。

「そうか」

 低く呟いたカイルが、一歩前に出た。
 その声音には冷たい決意が宿っていた。

 風を切る音。
 次の瞬間、カイルの姿が一閃する。

「なっ――!」

 反応する間もなく、手前の男が拳を振り上げた。
 だが、カイルの体はその拳の下をすり抜ける。
 低く潜り込むように屈み――全身のバネを使って跳ね上がる。

「はっ!」

 掌底が男の顎を打ち抜いた。
 衝撃とともに男の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。

「な、なんだコイツ――!」

 残りの二人が左右から挟み込むように殴りかかる。
 だが、カイルはその拳を風のような回転で避けた。
 回転の勢いを殺さず、一人の腕を掴み取る。

「うおっ!?」

 そのまま腰を落とし、見事な背負い投げ。
 投げ飛ばされた男の体が、もう一人の仲間に激突し、二人まとめて地面に崩れた。
 残るは一人。
 恐怖に顔をひきつらせ、数歩後ずさる。
 だが、カイルは逃がさなかった。
 地を蹴り、一瞬で間合いを詰める。

「――終わりだ」

 鋭く放たれた拳が、男の腹を撃ち抜いた。
 鈍い音とともに男が崩れ落ち、呻き声を漏らす。

 静寂――わずか数秒の出来事だった。
 路地裏には、うずくまる男たちと、淡々と息を整えるカイルだけが立っていた。

「……流石だな」

 バニッシュは唖然とした表情のまま、感心と呆れの入り混じった声を漏らした。
 ほんの数秒で四人の男を沈めた青年の背中を見て、改めてカイルの資質を実感する。
 カイルはふーっと息を整え、肩に積もった埃を軽く払う。
 そして、ゆっくりと女のほうへ向き直った。

 その瞬間――女はびくりと肩を震わせた。
 まるで叱られる子どものように小さく縮こまり、震える声で繰り返す。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

 その姿に、カイルは少しだけ目を細めた。
 敵意のないことを示すように、ゆっくりと近づく。

「大丈夫ですか?」

 穏やかな声音とともに、手を差し伸べた。
 優しい陽光が差し込み、その手のひらを照らす。

 女はその光景に一瞬ためらい、怯えながらも顔を上げた。
 視線が、カイルの瞳と交わる。
 透き通るような瞳。
 まっすぐに、何の疑いもなく自分を見つめてくる光。

「……あ、あの……わ、私は……」

 女は言葉を探すように口を開くが、喉が震えてうまく声にならない。
 カイルは柔らかく微笑んだ。
 まるで春の陽だまりのような笑み。

「俺の名前はカイル。君は?」

 その瞬間、路地裏に差し込む陽光が彼の髪を照らし、金色の光が揺れた。
 優しい笑顔に、女の頬がほんのりと赤く染まる。

「わ、私は……ミレイユって……いいます……」

 俯きがちに、しかし確かに名を告げる女。
 カイルはその名を静かに繰り返した。

「ミレイユ……いい名前だ」

 ミレイユの胸の奥で、何かが小さく弾けた。
 恐怖と怯えで閉じ込められていた心に、ほんの少しだけ、あたたかな光が差し込んだ瞬間だった。

 その光景を見て、バニッシュは口を半ば開いたまま固まっていた。
 ミレイユの手を取り、微笑みながら優しく立ち上がらせるカイル。
 陽光が差し込む中、その姿はまるで絵画の一幕のようで――。

(……流石だな。)

 感心と呆れが入り混じったため息が、胸の内に零れた。
 正義の象徴という言葉が、これほど似合う男はいないだろうとバニッシュは思う。

「立てますか?」

 カイルが手を差し伸べ、穏やかに微笑む。
 ミレイユは頬を真っ赤に染め、視線を泳がせながらも、震える手でその手を取った。

「は、はいっ……」

 王子が姫を救い上げるような光景。
 その場の空気すら一瞬だけ柔らかく、温かくなったように感じられた。

 ――だが、その穏やかな瞬間は、長くは続かなかった。

「……っ!」

 カイルの背後で、のそりと動く影。
 先ほど吹き飛ばされた男の一人が、血走った目で立ち上がっていた。

「テメェ……ぶっ殺してやる!」

 ナイフを抜き放ち、カイルの背中へと走り出す。

「カイルッ!!」

 バニッシュの叫びが響く。
 カイルは即座に反応し、身を翻してミレイユを庇うように抱き寄せる。
 ギリギリのところで、ナイフの軌道をかわした。
 だが、男は止まらない。
 怒りと恐怖に支配された瞳で、ナイフを闇雲に振り回しながら襲いかかってくる。

「ミレイユ、下がって!」

 カイルは後退しながら叫び、ミレイユを背後へと押しやった。
 しかし、不意打ちによる体勢の乱れと、丸腰であることへの躊躇が、反撃の機を奪う。
 ナイフの閃きが、かすめるようにカイルの腕を裂いた。

「ぐっ……!」

 赤い線が走り、血が滴る。
 その瞬間、男が凶器を突き立てようと一歩踏み込む。
 カイルの動きが止まり、バニッシュの心臓が跳ねた。

(やばい――!)

 バニッシュは咄嗟に補助魔法を発動しようとした。
 だが、脳裏に浮かぶのは、今朝のギルド長グレオの声だった。

 ――「祭り期間中は、武器・魔法の使用を一切禁ずる」

 その言葉が、彼の手を止めた。

(くそっ……!)

 カイルは傷ついた腕を押さえ、後退する。
 男は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ナイフを突き出した。

「死ねぇぇぇっ!!」

「――いやああぁぁッ!!」

 ミレイユの悲鳴が響く。
 バニッシュの手が伸びる――間に合わない。

 その瞬間――。
 路地の奥から、轟音とともに風が弾けた。
 圧縮された風が弾丸のように走り、男の体を真正面から吹き飛ばす。

「な、なに――っ!?」

 男の体が空を舞い、壁に叩きつけられて崩れ落ちる。
 巻き起こる風圧で紙屑や砂埃が舞い上がり、路地裏全体が一瞬白く霞んだ。
 バニッシュは思わず腕で顔を庇いながら、風の吹いた方向を睨む。

 そこに――。
 風を纏い、外套を翻しながら立つ影があった。

 「やれやれ、見てられねぇな。」

 その声は低く、どこか楽しげに笑う、あのエルフの男だった。
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