勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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追憶編

ルミナ祭開幕

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 沈黙――。
 場を切り裂くような緊張が、重く空気を支配していた。
 グレオは、ゆっくりと顔を上げる。
 その眼差しはまるで刃のように鋭く、真っ直ぐにエルフを射抜いた。

「……」

 視線と視線がぶつかる。
 互いに一言も発さず、ただ空気だけが張り詰めていく。
 エルフはその鋭さを正面から受け止め、ふっと口角を上げた。
 意味深な笑み――それは挑発にも、あるいは試すようにも見える。
 緊迫した空気が、冒険者たち全員の背筋を凍らせた。
 誰もが息を呑み、誰一人として声を発さない。
 しばしの沈黙のあと、グレオはふっと息を吐き、背を向けた。
 そして元の位置に戻ると、背中越しに静かに言葉を落とす。

「――先ほども言ったが、諸君ら冒険者をギルドが縛ることはできん」

 その声は低く、だが確かな重みを持っていた。
 背中から放たれる威圧感に、誰もが再び姿勢を正す。

「ただし、各々が独立して動くということは――その責任もまた、各自が負うということだ。状況に応じ、臨機応変に対応を求む」

 その最後の一言には、静かだが確実に圧があった。
 場の誰もが、その言葉の裏に隠された覚悟を感じ取る。
 その後、グレオは他の注意事項を淡々と読み上げていく。
 出入り口の通行規制、露店周辺の混雑時対応、緊急時の避難誘導――。

 そして約一時間後――ギルド長グレオの「以上で解散だ」という一声で、朝の説明会は幕を閉じた。
 冒険者たちはそれぞれ自分の持ち場へと散っていく。
 活気ある街の通りに、冒険者の装備音と人々の喧騒が重なり合う。




「おい、さっきの……お前、何か知ってるのか?」

 6区画へ向かう途中、バニッシュは並んで歩くエルフに問いかけた。
 ラグナは振り返りもせず、軽く片手を上げてとぼけたように言う。

「ん~? 何かって、何をだ?」

「いや、お前、ギルド長に突っかかってただろう?」

 エルフは口の端を吊り上げて笑う。

「だから言ったろ? ――ただの勘だって」

 それだけ言うと、彼は足を止め、くるりと方向を変えた。

「じゃあ、俺は俺で見回りしてくる。どうせ同じ区画なんだ、困ったら呼んでくれ」

 軽く手を振りながら、スタスタと逆方向へ歩き出す。

「お、おい! 勝手に行くな!」

 呼び止めようとするバニッシュだったが、彼の背中はすぐに人混みの向こうへと消えていった。

「ちっ……」

 舌打ちするカイルの眉間に、うっすらと皺が刻まれる。

「勝手な奴だ……放っておけ。俺たちは俺たちの仕事をする」

 そう言いながらも、その声には苛立ちと不安が入り混じっていた。
 バニッシュは心配そうにカイルの横顔を見つめる。

「……わかった。だが、あのエルフ、何か引っかかるな」

「考えすぎだ。まずは自分の任務を果たすことだ」

 カイルはそう言って前を向く。
 真っ直ぐな背中が、朝の光に淡く照らされていた。

 第六区画――朝の光が石畳の上で反射し、人々の活気とともに街を包み込んでいた。
 祭りの準備はすでに人が多く行き来している。
 露店では炭火が起こされ、鉄板の上で焼かれる肉の香ばしい匂いが風に乗って漂う。
 子供たちが花飾りを手に走り回り、職人たちは慌ただしく設営を進めていた。

「……にしても、朝からすごい人だな」

 バニッシュは人波を眺めながら、どこか感心したように呟いた。

「さて、これからどうする?」

 と肩を回しながら言う。

 カイルは顎に手をあて、少し考えてから答えた。

「そうだな。祭りの開始までまだ時間があるし……今のうちに腹を満たしておくか」

「朝飯、か」

 バニッシュは周囲を見渡したが、屋台はまだ仕込み中で、煙は立ちのぼっているが、売り物はどこも準備段階だった。

「この時間から開いてる店なんて、そうないだろうなぁ~」

 頭を掻きながら、バニッシュは苦笑する。
 そして、にへらと笑って一言。

「また教会に行って食べさせてもらうか」

「……お前な」

 カイルは半眼になってため息をつく。

「それじゃあ、ただの物乞いだろ。俺たちは冒険者なんだぞ」

「冗談だって」

 とバニッシュは手を振るが、教会のパンとスープの優しい味が頭をよぎり、つい口元が緩む。
 そんな様子にカイルは再びため息をつき、腰のポーチをまさぐった。

 「ちょっと待ってろ」

 取り出したのは、硬い包みをした携帯食が二つ。
 ひとつを無言でバニッシュに放り投げる。

「……う、携帯食か」

 バニッシュの顔が一気に曇る。

「なんか文句でもあるのか?」

 カイルはすでに自分の分を噛み始めていた。

「い、いや……文句はないんだがな」

 仕方なく受け取り、バニッシュも包装を破る。
 口に放り込むと――すぐに顔がしかめっ面になる。

「……あっ……いまいち……」

 携帯食は、冒険者の旅路には欠かせない必需品。
 魔獣の肉粉と穀物、乾燥果実を圧縮し、魔法処理で保存性を高めたものだ。
 栄養価は高く、日持ちもする。腹持ちもいい。
 ――だが、その代償として、味という概念は存在しない。
 口の中でボソボソと崩れ、喉を通すたびに粉のような後味が残る。
 冒険者の多くはこれを“胃を騙す魔法の石”と呼んでいた。

「はぁ……教会のスープが恋しいな……」

 バニッシュは涙目で呟く。

「贅沢言うな」

 淡々と食べ続けるカイルは、まるで修行僧のようだ。

「はぁ……」

 バニッシュは最後の一欠片を無理やり口に押し込み、天を仰ぐ。
 遠くで鐘の音が鳴り、人々の笑い声がこだまする。

 携帯食でとりあえず腹を満たした二人は、第六区画の巡回を開始した。
 祭りの警備とはいえ、その範囲は広く、二人が一周するのに小一時間はかかるほどだった。
 露店の並ぶ通り、装飾の施された広場、貴族用の観覧席――どこも準備の真っ最中で、人の流れは絶えない。

「……なかなか広いもんだな。10区画のうちのひとつとはいえ、こりゃ大変だ」

 バニッシュは腰を伸ばしながら、汗をぬぐう。

「文句言うな」

 カイルは淡々と地図を確認し、次のルートを指し示す。
 彼の目は終始鋭く、通りの隅々まで視線を走らせていた。

 その途中――。
 重厚な鎧の音が、石畳に響く。
 王都から派遣された警備隊員たちが、整然と行進していた。
 銀光を放つ全身鎧に、紋章入りのマント。
 腰には儀礼用とは思えぬ鋭い剣。
 その姿は威厳に満ちており、まさしく“王の盾”と呼ぶにふさわしい。

「……あれじゃ祭りの雰囲気もぶち壊しなんじゃねぇか?」

 バニッシュは遠目で眺めながら肩をすくめる。

「いや、むしろあれでいいんだろう」

 カイルは横目で隊列を見ながら淡々と言う。

「これだけの装備を見せつけておけば、多少なりとも抑止力になる。何かを企む連中にとっては、それだけで十分な脅威になるさ」

「ふぅん……理屈はわかるが、祭りってのはもっとこう……楽しいもんだろ?」

 バニッシュは苦笑しながら首をひねる。

「理想と現実は違う。――特に、今回は王族が来るんだ。警戒しすぎるくらいでちょうどいいんだろう」

 カイルの言葉に、バニッシュは一瞬だけ考え込み、ふとエルフの顔を思い出す。

「なぁ、カイル。アイツが言ってた通り……デカい組織の人間が本当に動くと思うか?」

 カイルは少しだけ沈黙し、視線を遠くの塔へ向けた。

「……さあな。だが、ないと思って油断するより、あると思って備える方がいい」

 その言葉には、冷静さと同時に鋭い勘があった。

「……そうだな」

 バニッシュは短く息を吐き、笑みを浮かべる。

「できれば、何も起きないことを願おう」

 そう言って、彼は拳を突き出した。
 カイルは一瞬だけ目を細め――口の端を上げる。

 「――ああ」

 そして、二人の拳が静かにぶつかり合った。

 祭りの開始を告げる鐘が、街の中央広場に高らかに響いた。
 まるで世界がその音を合図に息づくように、人、人、人――どこを見ても人の波だった。
 見渡す限りの群衆。その数は優に数万人を超える。
 通りという通りは人で埋まり、祭りの熱気が空気そのものを揺らしているようだった。
 中央には巨大な高見櫓が組まれ、その上では司会役の男が朗々と声を張り上げていた。

「――それでは! 本年度、五〇年記念、ルミナ祭を開幕いたします!」

 歓声が上がり、拍手がどっと広がる。
 だが、そこからが本番だった。
 続いて登壇したのは、この地域を治める王族の一行。
 金糸の衣をまとった王の代表が、荘厳な声で長い挨拶を始める。

「我が王国の繁栄と、人々の平和を祈り――」

 その声は確かに立派ではあったが、内容は堅苦しく、長々とした演説だった。
 そして、そのあとに続く来賓の貴族たちも、負けじと延々と挨拶を続けた。

「……ふ、ふわぁ……」

 バニッシュは欠伸を必死に噛み殺し、涙目になりながらぼそりと呟いた。
 その隣でカイルが肘でつつく。

「おい、しっかりしろ」

「お、おう……分かってるだがな……」

 眠気と退屈の狭間で戦うバニッシュの姿に、カイルは呆れたようにため息をつく。
 ようやく王族・貴族の挨拶が終わり、司会の男が再び声を張り上げる。

「――ではここに、ルミナ祭の開幕を宣言する!」

 その瞬間、空に向かって、ポンッ!  ポンッ! と狼煙が上がった。
 色とりどりの煙が空へと昇り、次の瞬間、紙吹雪が舞い散る。
 風に乗ってきらめく光の粒が、朝の陽光を反射して虹のように広がった。
 歓声が一気に弾ける。
 人々が一斉に広場を離れ、それぞれの目的地へと流れていく。
 露店からは香ばしい匂いと威勢のいい売り声が飛び交う。

「美味しい串焼きだよー! 今焼きたてだー!」

「甘い蜜菓子はいかがー!」

 広場の一角には芸術家たちの展示ブースが並び、色鮮やかなガラス細工や金属工芸が目を引く。
 道端では詩人が竪琴を奏で、道化師が火を吹き、子どもたちが笑い声を上げていた。
 さらに昼と夜には、街を挙げての大パレードも行われるらしい。
 すでに街全体が“祭りそのもの”と化していた。

「……こりゃ、すごいな」

 群衆の波を見下ろしながら、バニッシュは感嘆の声を漏らす。
 その光景には、純粋な感動と、どこか懐かしさすら感じられた。
 戦場や荒野ばかりを歩いてきた男にとって、こうした“人の笑顔”は何よりの癒しだった。

 しかし――。

「ぼーっとしてられないぞ」

 隣のカイルが真面目な声で言う。

「さっそく巡回をするぞ。人が多いほど、何か起きやすい。行くぞ」

 バニッシュは、はっとして気を引き締める。

「……了解。祭りを守るのが、俺たちの仕事だもんな」

 二人は人混みの中へと歩き出した。
 笑顔と喧騒の溢れる祭りの裏で、少しずつ静かな不穏が、その幕を開けようとしていた。
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